Biolaでの学び
私が卒業したBiola大学は、La Mirada市に位置するキリスト教福音派系のクリスチャンスクールです。学校の名前は、Bible Institute of Los Angeles(ロサンゼルス聖書学院)の頭文字を取ってBiolaとし ...
救われてから
救われてから変わったことは、まず、いつも感謝があふれることです。神様から家族や健康など多くの恵みを頂いていることを思うと感謝が尽きません。その他、語学のタラントを下さり、礼拝や集会などで、これまで通訳の奉仕をさせて下さったことに感謝し ...
二度目の留学と信仰生活
渡米後、最終的に導かれた教会は、LAダウンタウンにあるメガチャーチで、信徒3,000人中、日本人は私が2人目という教会でした。そこでも、すべて神様が備えて下さっていたので、恵まれた素晴らしい教会生活が始まりました。
毎週、 ...
洗礼
最初の留学から帰国すると父が洗礼を受け、クリスチャンになっていました。それは、使徒16章31節に記録された聖書の約束どおりでした。神様は、長年の祖母と母の祈りに応えて下さいました。
その後、私はクリスチャンの両親とイスラエル聖 ...
救いのチャンス
留学当時、私を教会に誘ってくれた友人は、信仰についてもよく話してくれました。例えば、私が「自分は正しくない者だから教会に行くには相応しくない」と言うと、彼女は「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人」(マタイ9:12)だから、そう ...
異文化摩擦
幼い頃から外国の文化や言語に強い関心を持っていた私は大学卒業後、海外に9年間留学をしていました。仕事でも5年ほど海外勤務をしていたので、これまで多くの時間を異文化の人達と共に過ごして来ました。憧れの海外生活でしたが、その中で多くの葛藤 ...
日曜学校(1)
私は、祖母と母がクリスチャンでしたので、幼い頃から毎週日曜学校に通っていました。そこでは聖書の話しを聞いたり、聖句を暗証したりしていました。また、クリスマスにはイエス様ご降誕の劇をしたり、イースターの時には卵をもらったりしていました。 ...
人生の序破急
日本では「終活」という言葉が流行っている。人生の終末をどう締めくくるかということのようだ。私もその終末を迎えて自分の人生を回顧している。
私は生涯で4度,死から救われている。一度は幼年時代、生まれ故郷ハワイの海で溺れかけた ...
実践ある信仰
私は本欄8月、9月号において、日本の著名なキリスト教思想家、内村鑑三について触れたが、彼は奇しくも私の母校で教鞭をとっていたことがある。
メソジスト系ミッションスクール名古屋中学校(前身は創立1887年の名古屋 英和学校; ...
癌と信仰(延長試合)
“癌”というのは異常細胞で、その司令塔であるDNAに異常をきたしたものです。通常は、私たちの“免疫”がそういう異常細胞を殺すのですが、“私は正常な細胞ですよ”というサインを掲げてどんどん繁殖していくのが“癌細胞”なのだそうです。