「万事を益となす神」 ローマ章8章28節:

「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、
万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知ってる。」

前号で書きましたが、私達がLAホーリネス教会を出た時は、私達二人だけ送って下さい、それ以外の一切の援助もヘルプも求めませんと、立ち上がりました。思いの外、多くの困難が待ち構えて試みの時でした。礼拝場所(9月号で紹介)、経済、また牧師不在の問題と戦うことになりました。

1)経済的試練の中でスタート:

教会を始めた1994年という年は私達には試練の時でした。1992年はLA暴動の時でした。LAの中小企業が軒並みに打撃を受けた年で、特に、韓国のクライアントを多く持っていた私の仕事は、例年の半分以下の収入でした。

借金し、それでも足りないので将来の退職金、保険金をみんな崩してしまいました。神様、このような最悪の時に、どうして教会開拓に乗り出せと言うのです。経済的に困難な中での難産でした。

しかし、一旦、神様に誓ったことから逃げ出す事は出来ません。信仰を持って進むしか道はありません。厳しい財政の戦いの中でしたがホテルでの礼拝、伝道は喜びでした。特に、魂が救われ、洗礼を受ける人がいると大きな祝福、恵み、慰めでした。

2)牧師不在でスタート:

当時、私はフルタイムの牧師になるつもりはなく、神様からの明確な召もありませんでした。遣わされるであろう牧師の補佐をするつもりでした。仕事をしながら、教会の財源にしたいと思い願っていました。さ〜大変、教会はスタートした、礼拝もスタートした、牧師はいない、いなければ私が立つしかありません。神様は私を崖ップチに立たせて、後ろから背中を押し出すのです、私は困りました。

メッセージの準備も、出張先のエアーポートやホテルで準備をすることもしばしばでした。多くの訓練を受けましたが、喜びでした。 神様の計画は、”お前がわたしのために福音を語れ” であったのです。誰にも頼るな、誰をも期待するな、自分で福音を伝えなさい、経済も誰にも頼るな、自分で立て、私がついている、これが神様の御心でした。そこにも、“ただ、ただ主の恵み”があったのです。

神様は万事を益となすお方です:

1)パウロの権利放棄の伝道型教会
財政的に試練のなかでスタートしましたが、神様は日本からローカルからクリスチャンの会社を与えて下さいました。財政は挽回、祝福されました。そして、私も主から訓練を受け、進む事が出来ました。神様はフルタイムの牧師を遣わされないで、私を立てて下さって、伝統的な教会と違う型の教会作りをさせて下さいました。”無報酬主義の教会”を。

第一コリント9章16節;「それでは、その報酬はなんであるか。福音を宣べ伝えるのにそれを無代価で提供し、わたたしが宣教者として持つ権利を利用しないことである。」私はこの9章を「権利放棄の宣教論」と呼んでいます。

私個人にも語られたみ言葉でもあると受け止めています。私たちの教会は稀に見るユニークな無報酬主義教会となりました。主は信じる者を見捨てられないお方です。

2)教会を追い出されたが会堂購入:
ホテルで礼拝する事は最悪の手段でした。神様、福音を伝えるのに場所が必要です、与えて下さい、しかし神様が導かれたのはホテルでした。ホテルで約4年、そこからユダヤ人の chosen peoplesの教会に移り、そこで8年経った時に、立ち退きを命じられました。

また、新しい場所のために祈り出しました。探せど、探せど、適切な場所が見つかりません。転々と場所を移るのは一時的で、やがて恒久的な場所が準備されていたからです。私達の祈りに勝る計画、奇跡と思われるようにこの会堂を購入できました。主は良いお方と賛美にありますが、実に神様は最高、最善のお方です。

最後に、教会はビジョンに生きる:

私達の教会は先ず、魂の救いを第一として働いています。前述の教会開拓案に4、5年したら、GVICは日英で150人の教会に成長したいとビジョンがあります。私達はすでに24年、50人そこそこ、ビジョンに遠いです。皆さん、祈り、救われる魂が起こされるよう福音を伝えよう。

もう一度、この創立記念日、我らの救い主イエス様にすべての栄光をお返します!ただ、ただ主の恵み!によって創立され、今日まで支えられているのです。

前原利夫


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ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A. Tel.(310) 527-6112
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「主が家を建てられるのでなければ、
建てる者の勤労はむなしい。、、」 詩篇127:1

Founder’s Day : GVIC 創立記念日(上)

今年6月の年次報告会で、世話人会を代表して前原牧師から下記の報告がありました。

「今年2018年から9月の第二日曜日を「GVIC創立記念日」として定め神様に感謝を捧げる日とする。」私たちの教会がトーランス市のホテルで第一回目の礼拝を捧げたのは1994年9月の11日、第二日曜日でした。来年、創立25周年を迎えることになります。主イエス様に感謝、 ハレルヤ!

私が教会の創立記念日を祝う伝統を最初に体験したのはロスアンジェルス・ホーリネス教会でした。素晴らしい伝統だと思いました。

1990年3月31日

1990年3月31日であったと思いますが、その日は北米ホーリネス教団の第一回リニューアル・リトリートの二日目でした。午後の休憩時にリトリートセンターの森の中を一人散策しながら、”主よ、教会の名前は何にいたしましょうか”と祈りながら、名前を模索していた時でした。これまで幾つかの候補名がありました

。”venture” という言葉は名称のどこかに入れたいと考えてはいました。その時です、”Gospel Venture”と上から閃光のように閃いてきました。聖霊様の促しであったであろう。まだ、教会の場所も定まらない前に名前が先に出来上ってしまいました。

睦子と私は、1980年代の頃から”ビジネマン伝道”をしたいと祈り、何らかの形でビジネスマンのために立ち上がり、伝道する事を使命と示されつつありました。しかし牧師への明確な召命は得ていませんでした。将来のため神学校で学びを始めました。

仕事を終わり、夜の6時や7時頃からの学びはチャレンジで、深夜までアサインメントととっ組むことしばしばでした。やがて決断し、私達が立ち上がるべき時がきました。

1991年1月21日

1991年1月21日、私はホーリネ教団の常務委員会(私もその一員)に「サウスベイに教会開拓」をしたい趣旨のプロポーザルを提出しました。プロポーザルは1992年1月からサウスベイで日本語部教会を開拓し、数年後に英語部も開拓するという主意でした。

この教会開拓のためホーリネス教団と前原が財務を折半し、教団は一人の牧師を派遣し、前原は補佐するというリクエストでした。この プロポーザルの特徴は教団側と個人がチームとなり、教会開拓を始めるという、教団側には初めてのことでした。ところが、この類の教会開拓案は時機尚早、前例がないとして却下されました。当時、LAホーリネスに出席していた私達は、祈りの中で、信仰のベンチャーに乗り出しました。

プロポーザルを出してから3年半が経過し、私達は礼拝の場所を探し歩きました。アメリカ人の教会は大きいし、沢山の部屋がある、レントするには問題ないとタカをくくっていましたが、現実は厳しいものでした。教会で門前払いに会ったこと数回でした。このような教会にはなりたくないと思いながら、次の候補を探し歩きました。

やっと、落ち着いたのがホテル、当時の Holiday Innでした。ホテルと部屋の契約を済ませ、キーボード、音響機材、聖書、聖歌、礼拝に必要な品々を整え、第一回目の礼拝に備えました。

1994年9月11日

1994年9月11日、私達の教会の歴史の開幕となりました。ホテルの片隅の小さな部屋からイエス様を讃える賛美が流れていきました。時々、ホテルのゲストが廊下で立ち止まり覗いたりしました。睦子は礼拝が始まる10時半になるまで、ホテルの入り口で誰かを待っている様子、今日はこの方が礼拝に来てくれた、あの方が来てくれた、と嬉しそうに数えていました。

私達と一緒に開拓に参加した家族は4家族でした。一家族は天に帰り、一家族は日本に帰り、一家族は教会を変えました。それぞれに良き働きをして下さいました。私達がLAホーリネス教会を出た時は、私達二人だけを送り出して下さい、それ以外の一切の援助もヘルプも求めませんと、立ち上がりました。振り返ってみるとそれは主の恵みでありました。

4年後ホテルからチョーズン・ピープルズの教会に移転

4年後ホテルからチョーズン・ピープルズの教会に移転し、またホテルに戻り、そして2007年11月に本教会堂を購入しました。思えば、長くもあり、短くもある24年のGVICの創立記念です。主は多くの方々の祈り、励ましを備えて下さいました。

また、辻本先生、今は主の元にお帰りになられた美枝子夫人のお祈りを思い起こし、感謝に溢れます。創立記念日はこれらのことをなして下さった我らの主に全ての栄光がありますように、と主を讃える時です。

10月号は続編として、窮地に追い込まれても、尚、さらなる良い道を備えられる神様の業ををシェアいたします。 

前原利夫


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私達の”希望”という概念は、”こうあって欲しい、あ〜なって欲しい” という自分の好きなことを実現してもらう事ですね。もし、希望が叶わなければ、また次の機会に希望をつなげはいいのです。

人間は希望を頼りに生きている様な者です。たとえ、その希望が霧のように消え失せるような性格であっても、生活になくてはならい大切なエネルギー源です。しかし、ここで、み言葉が語る”希望”について考え、真の希望を知り、真の希望に生きたいものです。

1. 希望の永遠性:

第一コリント13章は信仰、希望と愛は永遠であると教えます。これらの3つが永遠であることはそこに霊的要素があり、神的要素があるからです。翻って、神的以外に永遠性はないし、霊的以外に永遠性はないでしょう。

イザヤ書の41章は、私達を贖い、助けて下さる希望がイスラエルの聖者であると教えます。イスラエルの聖者の事をMiqweh Israel、イスラエルの希望と言うそうです。即ち、神ご自身が希望そのものです。

この希望は霧の様に消え去ることはありません。私達は永遠性のない希望を懸命に求めていることに気が付かなければなりません。

イザヤ書41:14「主は言われる、虫にひとしいヤコブよ、イスラエルの人々よ、恐れてはならない。わたしはあなたを助ける。あなたをあがなう者はイスラエルの聖者である。」(”Your redeemer, the Holy One of  Israel” )

エレミヤ書14:7「イスラエルの望みなる主よ、悩みの時の救い主よ。”同17:13「またイスラエルの望みである主よ、あなたを捨てる者はみな恥をかき、、」
 

2. 信仰の先輩達の希望:

聖書の中で’神の友”と呼ばれた人物は2人だけアブラハムとモーセであったと思います。2人の信仰を見ると比例ない信仰の賜物が与えられています。モーセは敢えてこの世の富、名声、エジプトの栄光を塵芥のように捨てました。

それは、イスラエルの希望のゆえ、即ち来るべきメシヤを待ち望んだからであります。このイスラエルの希望のゆえに、艱難、苦難、数々の苦難を耐え忍び、キリストのゆえの艱難をも甘んじて受けたのです。

パウロもしかりです。ローマ書5:2「そして、神の栄光にあずかる希望をもって喜んでいる」

パウロの希望は私達が希望と呼ぶような希望ではない。コリント第一の手紙13章では、おぼろげな神ではない、おぼろげなキリストではい、やがて、はっきりと完全なお方にお会いする希望に燃えている。アグリッパ王の前で弁明するパウロは「王よ、この希望のゆえに、わたしはユダヤ人から訴えられています。」と弁明。 (使徒行伝25:7)
  
私達の希望を確かめようではありりせんか。み言葉の希望は、今作り上げられたばかりの希望ではない、永遠から存在する希望です。この希望から全ての良きものが創造されるのです。この方に置く希望こそ、揺るぎない希望、先輩の先人たちはこの希望のゆえに生きる意味を見つけたのです。この希望が忍耐を授け、力を授けて、永遠に生かし続けて下さる希望です。

私達の希望はMiqweh of Israel、我らの希望、主のイエスキリスト!

前原利夫


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「・・しかし、罪の増し加わったところには、恵みもますます満ちあふれた。」

このみ言葉はパウロ自身の体験から出た言葉ではなかろうか。新約聖書の中で、パウロほどキリスト教を迫害し、自ら教会の迫害者と呼ぶ程罪深い者はいない。彼は福音の大敵であった。その罪深さを深く深く悔い改めるところに、恵みの深さを知ったのであろう。

何回も盗みを犯して赦される人と、一度、出来心から盗みをして赦される人とは、罪が赦されたと感謝する深さは違うはずである。

罪の取り扱い、恵みの深さが違う。罪の深さのどん底が深ければ、上まで引き上げられる恵みの高さと比例するものである。しかし、パウロは恵みを体験するために、罪を犯してはならないと、警告する。

マグダラのマリヤ、十字架の上で救われた強盗の一人も神の赦しの恵みの深さを知った人達でした。今号は、そのような体験をした元ゲリラ戦の総司令官であった極悪人を紹介する。今は逃げ隠れしながら300の教会を開拓している牧師に変わった。驚くべき主の恵みである。彼の名はCharya、匿名で紹介する。

5月11日、驚くべき証の報告が届いた。AAがカンボジヤで牧師を中心にセミナー、トレイニングを開いたときだ。老牧師風に見えた人がセミにーに参加したが、彼の背中は曲がり、片目は潰され、やっとこさ歩けるようで、全体がズタズタな体でした。彼を目の前にし、出席者はびっくりした。

このセミナーでは「罪人のかしら使徒パウロ」について学ぶことになっていた。彼はセミナーが終わったあとに、リーダーに告白した”私は罪人のかしらパウロよりも悪い人間です”と。

時は、1970年代、ポルポト ( Pol Pot)がカンボジヤを共産国にしようと革命を巻き起こし、ゲリラ戦術で掌握した。ポルポトは100万人から200万人の反対派を虐殺し、加えて20万人を餓死しさせた世界最大の虐殺人と言われている。この政権下に Charya は命をかけていたのである。彼はポルポト政権の総司令官として残虐で、Charyaの名前を聞くだけで恐れられたと言われる。彼は残酷極まりなく、生きた人の心臓を切り出し、目の前で殺すような恐ろしい人であった。 Charyaは何百人もの女性をレープした悪人であったと告白した。

ところが、 ポルポトの残酷な政権が終焉し、Charyaの奥さんがクリスチャンになった。そして、この残酷な悪人もイエス様を信じるようになった。福音の力は凄い。福音はダイナマイトのように、彼の悪全てを赦し、吹き飛ばした。

彼が一度仕えた、残酷なポルポトの残党は今なお逃亡中で、彼らから遠くはなれた無名の町に教会を建て、そこの牧師になり、教会は祝福され、成長した。それで、AAのセミナーに参加できるようになったとのことだ。

この二年間セミナーで訓練を受けながら、彼はリーダーに自分の過去を打ち明けた。そして”神様は私を決して赦さない”、と。リーダーは”神様にできないことはありません”、あのパウロをも赦された、Charya、神様はあなたを赦します、イエス様は十字架の上で貴方の罪の身代わりとなりすでに犠牲を払われた。 Charyaは罪の罪悪感から解放され、自由と解放を戴き、過去の恥ずかしい罪から赦されました。ハレルヤですね!

彼は神の恵みを真に体験し、信仰が強められた。そればか`りか多くの弟子を作つた。かつての仲間達をもイエス様に導き、教会のリダーを育て、今では300の教会を立てる牧師になっている。イエスの福音はこれほどまでに人を変える霊のダイナマイトです。

「・・しかし、罪の増し加わったところには、恵みもますます満ちあふれた。」

胸を打つ言葉ではありませんか。  

前原利夫


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今、私のメッセージはマルコの福音書を中心に「神の国」を学んいます。シリーズ第5まで準備しています。イエス様が語られる神の国、その具体性を理解しようと努めている。

学べば学ぶほど神の国の深さ広さを教えられます。マルコの福音書を中心にしていますが、他の福音書を参照しないと学びが前に進まない点もある。

今号は、メシヤの神の国の特徴と思われる革命的な宣言を3点取り上げる。当時、誰も考えもしない奇想天外的な発想・宣言だからである。

1.メシヤは律法の成就者:マタイの福音書5:17

「わたしが律法や預言者を廃するためにきた、と思ってはならない。廃するためではなく、成就するために来たのである」。このイエス様の言葉は、山上の垂訓の中にあり、その言葉の4節後、5章21節からは、旧約の戒めに対する改革があります。従って、この言葉は、これまでの旧約の戒めを完成するのは、メシヤであるご自分がなさるということです。み言葉にあるように、メシヤは古い戒めを無効にしたり、廃するために来られたのではない。神の国の律法は、メシヤの教えが土台であり、古い、しかもユダヤ人たちが継ぎはぎした律法を受け皿にしない新しいルールである、ということです。新しいブドウ酒は新しい皮袋に入れるという原則だ。受け皿が古いと、新鮮な入れ物までも腐れて、長持ちしません。福音書を読んで行くと、メシヤの改革する律法は、黄金律を 土台にした新しい神の国の秩序と言える。

マタイの7章12節:「だから、何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ。これが律法であり預言者である」。

「目には目、歯には歯」の同害報復法・同態復讐法も改革されて、下着を取るものには上着も与え、1マイル行かせようとする者には、その人と2マイル歩け、と神の国は教える。

2.人の子は安息日の主:マルコの福音書2:28

マルコの福音書は神の国は近づいた、と宣言すると同時に悪霊につかれた者の癒しを紹介します。 続いて、安息日の掟を破ったと訴えられた弟子たち、そして、ご自身が安息日に片手のなえた人の癒しをなさった。そこで、パリサイ人はなんとかして、神の律法を破ったイエスを殺そうと相談し始めた。

ユダヤ人にとって、安息日を厳守することは、病人が安息日に癒されることよりも大切なことでした。彼らにとって、安息日は命がけで守るべきことであった。従って、イエスがこの安息日問題を改革するということは、それこそ命がけの問題であった。彼らにとって、イエスは神の戒め、十戒の第四番目の律法を破って死罪に当たる犯罪者。しかし、安息日は人のためにあるのであり、人が安息日のためにあるのではない。これがイエスの安息日の理解である。

イエスは群衆にチャレンジする「安息日に善を行うのと悪を行うのと、命を救うのと殺すのと、どちらがよいか」。「、、人の子は、安息日に もまた主なのである」。メシヤは律法を成就するために来られたのである。

3. 神のみこころを行う者は家族である:マルコの福音書3:35

イエスには4人の兄弟と数人の姉妹がいました。ある集会で母マリヤと兄弟、姉妹たちが、外にたち、イエスを呼ばせた。その時、イエスは群衆に向かい「わたしの母、わたしの兄弟とは、だれのことか」、と目の前の群衆を見まわして、語られた「ごらんなさい、ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。

神のみこころをを行う者はだれでも、わたしの兄弟、また姉妹、また母なのである」。神のみこころを行うの者が家族を構成するという発想は、驚くべきことです。ユダヤ人の同族に対してと異邦人に対する扱いは、神に選ばれた者と罪人との間にある隔たりのようなもだ。

家族は血のつながりで構成してるという長い歴史、伝統にチャレンジするばかりか、神のみこころを行う者は誰でも、異邦人、奴隷、女、子供、全ての人を家族として招いておられる。

キリストの名の下に、これらの発想は、画期的であり愛で支配する福音の寛大さ、公平さです。神の国はイエス様の黄金律によって治めるために作られている。規則は人を縛るためではなく、助けるためにある。福音を信ずる者は(神のみこころを行う者は)イエス様の名の下に家族であり、平等であり、霊の拡大家族の一員なのである。

それ!神の国は近づいた、そうです、貴方の中に、私の中に、神の国を今日迎え入れまようではないか!             

前原利夫


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去る3月20日、前原先生より「Re: 突然のメールを失礼いたします。」というメールを受け取った。

「何だろう?」と思って開くと、北海道札幌にある「オープンドアチャペル」の教会員,北島優さんという男性から送られてきたメールの転送で、同じ教会員、三熊武宏君という男性が、高校時代教育実習にきた一人のクリスチャンによって彼もクリスチャンになったという内容だった。メールを読んでいくうちに、今から46年前のある出来事を思い出した。

明治学院大学で英文科だった私は、卒業後英語の高校教師になろうと教職課程を取り、1972年自分の卒業校「北海道北見柏陽高校」に教育実習に行った。職員室で、私の担当するクラスの担任は名簿を開いて「このクラスの何人かは問題児だ!」と彼らの名前を指さすのだった。

確かに、クラスに入って「○○君、英語の本を読んでみて下さい!」と言っても、「読めな~~い!」と言う返事が返ってくるだけ。それでも、数週間教え続けた。

しかし、最後の授業で私は教室にギターを持って行き、「今日は先生ギターを弾いて歌うので、興味のない者は寝てても良い!」と言って, 道立の高校ではあったが、クリスチャンの私は数曲ゴスペルソングを歌い始めた。そして私がどんなふうにクリスチャンになり、イエス様を信じてからどんなに変わったかを話し、授業を終えた。

ところが家に帰ってから1時間ほどして、そのクラスの約10名ほどの学生が私の家の玄関戸を叩き、「先生、さっき話してくれたイエス・キリストの話もう少し聞かせてほしい!」と言うのだった。それも、そのほとんどは先生が「どうしようもない問題児!」と言う生徒達だった。その一人に三熊君もいた。

彼らを家に入れ、イエス様について1時間位話しただろうか。東京に戻ってからも「教会に行ってほしい!」と手紙を書き続けた。半年後に香川紅子という女の子から「来週みんなで教会に行くかもしれない!」とだけ便箋の真ん中に書いて送られた。そして彼らが行った教会は、「キリスト兄弟団北見栄光教会」という神学校卒業して間もない堀由紀子牧師が開拓始めたばかりで人はほとんどいなかったようだ。

ところが不思議なことに「問題児」であるはずの彼らがそれから毎週教会に通い始めたという。半年後、また手紙が届き、「イエスキリストを信じるかもしれない!」とだけ書いてあった。私はまた祈った。最初に香川紅子が洗礼を受けたという。しかし、それから芋ずる式に彼らはキリストを信じ、洗礼を受けたのだった。その中に三熊君もいたのだった。

三熊君は高校を卒業後、私のように大学の英文科に入り、卒業後は北海道の警察官となった。それから数年後、彼は得意な英語が認められ、「在英国日本国大使館二等書記官」として3年間勤務したという。今では彼らも60歳を過ぎているが、香川紅子さんは名古屋一麦教会役員、三熊君は札幌の教会で1~2か月に一度礼拝説教の奉仕をするなど、良きキリストの証し人として活躍しているという。

主にハレルヤ!
  
織田恭博


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Stand Women's Ministry USA

こんにちは スタンズウーマン(Stand”Women’s Ministry USA)のミニリトリートのご案内をいたします。

今月28日土曜日に、ウェストコビナ教会に於きまして、”Stand”Women’s Mini Retreat(スタンズウーマンミニリトリート)を行います。

スタンズウーマンは南加キ教会連合の女性ミニストリーとして行っているもので、年間3回ほど地域の教会にご協力をいただいて行っております。

今回は、井下先生はじめウェストコビナ教会のご協力のもと、ミニリトリート開催いたします。ミニリトリートは、女性が心を注いで主を求める時間。神様の懐で重荷を下す時間です。主を慕い求める賛美の中に聖霊様が充満されることでしょう。

聖霊様の炎がこの地に満ちますように、主のリバイバルを期待しています。ぜひ、教会の皆様にご紹介ください。ミニリトリートで皆様とお会いできること楽しみにしております。

感謝して

“Stand”Women’s Ministry USA
実行委員 代表 キム明子

以前、教会は”墓地”を必要としませんか、と問われたことが度々ありましたが、必要ですが、教会に墓地用の土地はなく、また、今の教会の土地に墓地は建てられない、更に資金の問題があり、教会が墓地を所有することは現実的な話ではないと考えていました。

ところが、4、5ヶ月前にある兄弟から、教会でも墓地を所有したらどうですか、地域の伝道にプラスになり、また、そのための基金$30,000 を捧げます。という全く予期せぬ申し出を受けました。誰でも、お墓の要らない人はいません。私はこの申し出は、素晴らしい、話を具体化すべきと、世話人会と協議を始めました。

  

1.「教会墓地伝道」:  

日本では、教会が墓地を所有することは大事な伝道戦略と聞きました。2014年、アジアン・アクセスの役員会が松島町で開かれた時、震災後の地域の教会巡りを致しました。その時に、地域の伝道に何が必要か、今必要なものは何かというテーマがあり、真っ先に出たのがこの「教会墓地」の建立でした。

地域の高齢者たちが、お寺に属している一つの理由は、死んだ後にお寺の墓に入れて貰える、ということでした。ところが、戒名を貰うのに 100万から500万円かかり、そのようなお金は出せない、という悲痛の声がありました。これでは、お金持ちは墓に入れるが、お金のない人は墓に入れない、という死んでも死ねない、と言うのです。その教会の牧師は 500万円あれば、教会敷地内にお墓が立てられる、何とか助けて下さいと訴えるのです。勿論、その牧師は高齢者にターゲットを絞った伝道を目論んでの事でした。

先日、安藤秀世先生(私たちもサポートしている)の宣教レポートに「教会墓地」を伝道戦略として、真剣に取り組むべきだと、書いてありました。

    

2. GVICの教会墓地の取得は可能か:

世話人会はこの申し出を真剣に受け止め、祈り、そして、キム師をPVの Green Hillsセメトリーの調査にお願いしました。そして、幾つかのオプションをビデオで見させてもらいました。先生自身は、教会とGreen Hillsの仲介が出来るように、ライセンスの申請中で、近日中に取得予定とのこと。

仮見積は$100,000前後で、20-25骨壷が収納可能な広さが取得できそうだ、との報告です。現在、前述の兄弟の$30,000、そしてあと2人の方がそれぞれ$10,000を捧げると申し出を受けています。残りの$50,000は教会の希望者から集める事になりましょう。

これらに関するガイドラインを作成しますが、どうか、ご自分のお墓のない方は、この計画を覚えて、お祈り下さい。

    

3. ガイドラインのドラフト:

教会墓地の必要性は年々高まります。GVICの信徒の年齢層を見ますと、それは明らかです。教会墓地は伝道のためにも活用できますが、イースターやベテランズデーに、教会墓地で記念会を開くことも可能です。そこで、在りし日の兄弟姉妹を偲び、賛美、祈り、交わりの一時を持つことが可能です。

しかし、収納量が小さく限られていますから、すべての希望者が予約を入れることは出来ませんので、何がしかの優先順位を定めなければなりません。例えば、教会の牧師、予約購入者、その他、検討の対象となりましょう。どうか、このプロジェクトが祝福となりますよう、お祈り下さい。ガイドラインができましたら、皆様にご報告致します。もし、ご興味のある方は前原師までコンタクト下さい。

アブラハムの妻サラは127才で天に召されます。アブラハムはエフロンという人から、墓地を買い取りサラを葬ります(創世記23章参照)。エフロンは墓地を無償で提供したが、アブラハムは敢えて断り、マーケット・バリューの値段を払って買います。アブラハムは175才で妻サラの墓地に葬られます。

では、長男イサク、孫のヤコブの墓地も見つけて下さい。

前原利夫

PS:4月8日の礼拝後に本件をご説明いたします。

前原利夫


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今年のイースターは4月1日にあたります。エプリル・フールではありません。

パームサンデーは1週間前の3月25日です。メシヤ・キリストは厳しい試みの1週間から、翌週、復活の栄光に引き上げられる。四福音書はメシヤの苦難の十字架と勝利の復活を漏らさずに記録している。十字架と復活はキリスト教のエッセンス。今号はイースターを前に、四福音書を並置し、比べ、この驚くべき復活のメッセージを探してみましょう。

1.弟子不在の復活の墓:

四福音書を調べて、先ず驚く事は、11人の弟子たちがイエス様が葬られ、甦られた墓近くにいなかったことです。マタイの福音書は弟子達が復活のイエス様に最初に会ったのは、復活の墓から遠くガリラヤであるという印象を与えます。

ルカの福音書は女性達に促されて、ペテロは墓に走ってきて、かがんで墓の中を見た、とある。他の使徒達は、復活は愚かな話のように思えて、空っぽになった墓を見に行こうともしませんでした。

ヨハネの福音書はマグダラのマリヤに言われて、ペテロとヨハネが墓の中を点検したと、記録しています。マルコもヨハネも、イエス様ご自身が、弟子達のいるところを探し当ています。弟子たの積極さが見えない。弟子不在とは、弟子たちが主の復活を信じ、墓まで行き、主が甦られたことを確認し、福音として世に証し、語らなかったことでした。

この弟子不在は、彼らの十字架と復活に対する心と思いを即表しているのです。弟子たちが、復活のメッセージを受け、それを最初に語ることが自然のような気がしますが。 勿論、この弟子たちの姿勢は、ペンテコステの体験で、一変します。

2.女性たちが主人公:

マグダラのマリヤ、ヨハンナ、ヤコブの母マリヤ、これらの女性たちの存在は際立ったものでした。弟子たちがなすべき事を、彼女たちは成し遂げました。イエスの死体が十字架から取りおろされるまで、最後まで見届け、納められた墓を見届けたのはこの女性たちであり、最初に復活のメッセージを受けたのも彼女たちでした。

弟子たちは自らの不信仰とユダヤ人からの迫害を恐れて、逃隠れするのが精一杯であたのであったでしょう。それにしても、神様は、思わぬところで、アリマタヤのヨセフやニコデモをご自分の栄光のために用いられました。ガリラヤの田舎の女性たちが、訓練された弟子たちに代わり、この大事な時に主人公の役割を演ずるのは、なんとも頼もしい限りではないでしょうか。

神様は私たちのような小さい名も無い者をも、これという大事なときに、ご自分の栄光のために用いられることでしょう。タイトルに拘らず、小さな奉仕をも大事にしたいものです。

3.復活のメッセージ:

共感福音書(マタイ、マルコ、ルカ)は”よみがえられた”と一番大事な言葉がメッセージとなっている。マタイは「急いで行って、弟子たちにこう伝えなさい、『イエスは死人の中からよみがえられた』」と御使いは女性たちに告げています。マルコは「イエスはよみがってここにはおられない。

ごらんなさい。ここがお納めした場所である。」、ルカは「その方はここにはおられない。よみがえられたのだ。、、」と。ヨハネは「弟子たちは主を見て喜んだ。」と、よみがえられたイエス様を拝し、喜びに包まれたのです。今日、私たちに大切なメッセージは誰でも、福音を伝えなければならない緊急性なのではないでしょうか。

この福音の勝利と喜びを”急いで行って”伝えるべきである。このメッセージが弟子たちに語られず、敢えてガリラヤの女性たちに語られたのは、牧師、伝道師、宣教師だけに委ねられた復活のメッセージではなく、全ての信徒に委ねられたと考えるべきでしょう。

パウロは彼の遺言書と言われるテモテ第二の手紙で”御言葉を宣べ伝えなさい。ときが 良くてもわるくても、、、”(4章)。私たちは主を見て喜ぼう!
鳥瞰的に福音書を読むと、弟子達が小さく見え、ガリラヤの女性達がクローズアップされてくる。復活の喜びを”急いで行って、伝えたのが女性たちであった。私たちも急いで行って、隣の人に甦りのイエス様をお伝えしようではありませんか。

イースター、おめでとうございます!

前原利夫


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皆様、今週末にCPM(クリスチャン パワー ミニストリー)主催、南加キ連合協力のもと、聖霊学校がGVICにて2月9日(金)と10日の2日間連続で行われます。

福野先生は昨年の夏に私たちの教会でのメッセージの御用をしてくださいましたので覚えておられる方も多いと思います。

2月9日(金)午後7時と2月10日(土)の二日目の聖霊学校セミナーには参加費(当日支払い)が必要ですが、あらかじめの申し込みの必要はありません。

子どもケアは特にありませんが、お子さんが来られることは問題ありません。またお子さんの遊ぶお部屋もありますので、親御さんの管理のもとご利用いただけます。

今回、日本で30年続けられているCPMミニストリーがLAで始まることになりました。福野先生は聖霊様を具体的に論理的に語られる先生で、もっとも主に用いられている器の一人であられます。ぜひ、ご参加ください。

宜しくお願いいたします。

感謝して!

キム・明子