ひとは幼少期の記憶を鮮明に覚えているものだろうか? 私は3歳くらいの事が不思議とはっきり脳裡に残っている。

私は東京大田区の洗足池と言う都内でもかなり人気の高い池と春には桜が満開の公園が目の前に見渡せるそんな場所で生まれました。

すぐ近くに小さいけれど絵本に出てくるような教会があり両親が私を連れてそして大好きだった祖母も連れて礼拝に行っていた。覚えているのは会堂を駆け回る私を母や祖母が追いかけてはたしなめるシーンです。

繰り返し浮かんでくる思い出です。思えばそれが後に教会とそして神様と繋がる原点であったような気がします。しかし本当に神様を信じ救われる日が訪れるのはその日から長い長い年月の繰り返しの後の事でした。

我が家は平凡だけど幸せな家庭だったと思います。しかし平凡な一家に変化が訪れたのは父の死でした。末期の胃癌で手の施しようがなかったと後に母から聞きました。おそらく現在の医学なら助かったかもしれません。

私が幼稚園に通い始めた頃の事でした。父が残してくれたものもありましたがそれからというもの母は一家のお父さんになりました。

母という人がどうしてあんなに物事にポジティブで何にもめげない性格だったのか、それはやはりすべてを神様に委ね信仰の中で生きていたからだと少しずつ私自身が分かってきたのは物心ついた頃からでした。

とは言うものの母の苦労は並々ならぬものだったろうと思います。都内にレストランを経営し始めた母は幸いお店が大繁盛していたこともあり帰宅も遅くそして以前のように礼拝にも行けなくなり仕事ずくめの毎日でした。

楽しみと言えば夜帰宅してから分厚い本(私はそう呼んでいました)聖書の事です。それを読むことだったようです。母は私にあまり聖書の教えや、み言葉など語ることはありませんでしたが、ただ “すべてに感謝しなさい”“今日の一日も明日の事もすべてね”といつもくりかえし言っていました。

”感謝“の深い意味が分かるようになったのはこれからまだずっと先の事でした。

西原ジュリー



ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A.
www.gospelventure.com/


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