「いとも尊き」 賛美歌 191“The Church’s One Foundation”

「なぜなら、キリストは教会のかしらであって、ご自身がそのからだの救い主であられるように、夫は妻のかしらであるからです」 エペソ 5:24

牧師のサミュエル・ストーンによってこの賛美歌が書かれたのは1866年。イギリスでは自由主義運動により英国教会の基本的教義がおびやかされ、神学的議論が激しくたたかわされている時期でした。ストーンは保守的信仰を強く支持し、神学的正説に対する批判的な攻撃を断固拒否する人物でした。

この賛美歌でストーンが描きたかったのは、教会の基礎としてのキリストの主権を再確認することでした。使徒信条を元に、懐疑的な自由主義とたたかうために書いた十二の詩の中で、この賛美歌は「聖なる公同の教会、聖徒の交わり、御子はそのからだである教会のかしら」について書いた第九番目の詩から生まれたものです。

貧しきものの牧師と呼ばれたストーンは、「教会は人々の必要を満たすキリストの道具である」という強い信念を表しています。ロンドン東部で、貧しい人々や恵まれない人々への伝道に多くの時間を割いた彼は「つつましやかな人々のために美しい礼拝の場所を作り、そこを暗闇に射す光の中心とした」と言われています。

教会はこのような場所であるべきです。傷ついた人々のための病院であるべきで、自分本位のクリスチャンが集まる会員制クラブであっては決してなりません。教会とは、賛美と啓示、教えと交わりのために、人々が定期的に会うようにと、神ご自身がこの世界から呼び出された場所なのです。

峯岸麻子

マタイ16:15-18、Iコリ 3:11、コロサイ 1:18参照            

Taken from [Amazing Grace] ©Copyright
September 22, 2017, Kenneth Osbeck,
Published by Kregel Publications, Grand Rapids, MI 
Used by permission of the publisher.
All rights reserved.

1974年、二度目の留学の時にUSCのクラスメートとの出会いを思い出すと、全てが神様の御計画だったのだなあと感じています。

彼女の名前はギタ、イランからの留学生で5歳年下の美しい気品のある学生でした。最初のクラスからとても気が合いすぐに、姉妹のような関係になりました。その時はイランという国がどんな国か全くわからず、彼女からたくさんの事を学びました。

しかし、彼女はとても熱心なイスラム教徒で朝昼晩、身体を清め真剣に彼女の信じている神にひれ伏して祈りを捧げていました。あの熱心さはクリスチャンの私にはショックでした。その日からずっと彼女の救いを毎日祈り始めました。彼女の信じているアラーの神がどんな神なのかギタに聴きました。

マホメッドにある日、大天使ガブリエルが現れ啓示を与えられた。それがイスラム教の始まりだそうでした。父の子であるキリストは神であり、天の父と聖霊とを三位一体として信じている私にとって、いつの日かギタが真の神様、イエスキリストに出会えることを切に願いました。

今から7年まえに、私がハワイ在住の時、ギタはUSCで職を得ていましたが、同僚に誘われて教会に初めて行きました。牧師の説教を通して生けるキリストに出会い、聖霊に満たされました。そして信仰生活を始め、洗礼式を迎えました。

その時に偶然ではなく、神様の御計画に導かれて、私もロスに来ていてギタの洗礼式に出席しました。パサデナにあるプロテスタントの教会で涙ながらの証を聴きました。この動画がインターネットで流れたために、イランには戻りにくくなりましたが生けるキリストを信じて生きる喜びが溢れ出ていました。

その中でギタが、“私のために40年以上祈っていてくれた親友、あきがこの場に来ています。本当にとりなしの祈りをありがとう”と涙ながらに証ししていました。私も神様の素晴らしさに感謝しました。

今は聖霊に燃やされて毎朝、私にみ言葉を送ってくれます。         

鈴木あき



ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A.
www.gospelventure.com/


新しいノーム: Newnorm

イエス様はここで旧約の律法を古い教えと呼び、ご自身の教え、即ち福音を新しい教えと呼ばれた。ぶどう酒とその皮袋の原則のように、古いぶどう酒は古い皮袋に入れ、新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れるべきと教えられた。同じように、ご自分の新しい教えは、古い律法という皮袋に入れるべきでなく、また古い律法という教えを、新しい教えの皮袋に入れるべきでもないと教えられた。

即ち、律法の時代の考え方と、福音の時代のものの考え方に大きな違いがあると指摘された。マタイの福音書5〜7章の山上の説教の内容を読めば、その意味がはっきりと理解されましょう。また、翻ってこの教えは、新時代にはその時代が要求するもので対応せよとも解釈できよう。

iphone/ipadの出現:ここ10年、私たちはiPhone, iPadの活用が膨大な上昇率で拡大し、手のひらのアイホーンで何でも出来る時代となりつつあります。以前こんな冗談を言ったものです、”私の小切手を Fax するから、貰っていいよ”、と。今は ID泥棒、バーチャル・バンキングでウカウカこんな冗談は禁物です。

スマホーンのIT時代に対応できない我ら高齢者、或いはITを避けている者は益々ついていけない時代になりました。コロナウイルス・パンデミックと重なり、ITの活用範囲は拡散し、新ノームのチャレンジと対応していかねばなりません。

これまで要求されなかったものが日常要求されるものとなりました。コンピューターが嫌だから、学びたくない等と言えない時代です。その様な言い訳は自分が取り残される時代、リーダーシップがないリーダーです。時代とともに新ノームが創造されていく、変化に対する対応がいつの時代にもリーダーの素質です。

新ノーム・Newnorm:この意味はこれまで普通でなかったものが普通になってきたことをいう。ロックダウで昼間何時間も家にいることが普通になった。それで以前よりも多く聖書を読むようになった。
アメリカ人はお金を節約するようになった。これらは新ノーム一例です。教会としては礼拝の持ち方、諸集会の持ち方が新しくなりました。3月の暮れからライブ礼拝、祈祷会もズームで再開するようになり、教会にとって新しい試みで、メッセージも賛美も奉仕者もライブでビデオで流れ、間違いも、言い訳もできません。

それからズームの活用も新ノームとなり、私はかろうじてズームを二ヶ月前から学びだしました。今はズームの時代、礼拝堂がなくても、一人一人が賛美し、メッセージも好きなところで録音され、編集者が各部分を巧みにつなぎ合せ、編集して礼拝が作りあげられるという便利な礼拝形式です。今は、多くの教会の礼拝形式はズームを介していると言う。

新礼拝媒体:会社はズーム媒体を会合や会議に取り入れ大いに用いている。私達は先月から祈祷会はズームで開き、10人前後の参加のお顔がスクリーンに現れる。教会にわざわざ行かなくても、勉強室、どこででも祈祷会に参加出来ます。多くの時間が節約出来ます。このような便利で、非常時の技術の恩恵はまさに福音の武器でありましょう。GVICには5人のズーム・グループがいて、私達を助けて下さいます。

黒澤姉、鈴木兄(俊)、キム明子姉、河野姉、そうして 榊原姉(結婚されて松本姉)。
5人の皆様に感謝申しあげます。

世代の交代: 私達は世代の交代は単に年齢的交代と考えてはいけません。それは時代に対応できない、新時代のニーズに応えられない事とも言えましょう。新ノームを果たせないではリーダーシップの責任を果たせないからです。新しいぶどう酒には相応しい皮袋があるのです。

私達が新時代の新ノームについていけない時、それは新時代の世代を喜び迎え入れ、自らは静かに道を譲るべきでしょう。私達はモーセがヨシュアに引き継いだ時、ダビデ王がソロモンに引き継いだ時、祝福をもって新世代に道を譲り、静かにバトンタッチをした姿をみたい。

ズームの新星と共に、さらに新しい皮袋も準備しなければと、神様は世代交代の道をも示しておられるのでありましょう。

前原利夫



ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A.
www.gospelventure.com/


今年の独立記念日は、おおやけでの花火大会が禁止されたために、かえって個人単位で花火を上げる人々が多く、どこでも花火が許可されている市では当日夜中まであちこちで花火の音がきこえたようです。

花火を見ていつも思い出すのは鹿鳴館時代の舞踏会を書いた芥川龍之介の短編です。17歳の主人公の明子が父親に連れられて初めて鹿鳴館での舞踏会に招かれ、出席します。

明子はそこで出会った仏蘭西(フランス)人の海軍将校にダンスを誘われ、一晩中、一緒にダンスを踊って過ごすのですが、二人の中に漂う淡い恋が美しく描かれています。その中で花火が出てきます。その花火について、このフランスの将校が明子に向かって、花火のことをフランス語でいうヴィ(生)のようだといいます。

花火はあっという間にその美しさを見せて散ります。私達の人生もそうですね。ついこの間、結婚し、ついこの間子供が生まれ、そして、・・・・

でも聖書の詩篇にありますように私達クリスチャンはこの短い地上での生活でも一つの事だけを願います。詩篇27篇の4節です。

命のある限り、主の宮に宿り、主を仰ぎ望んで喜びを得、その宮で朝を迎えることを

そしてこれに曲がつけられ、魂に訴える賛美になっているのですが調べたところ、1984年Stuart Scott作、マンハッタンミュージック社より、世に出たものだということ以外わかりませんでしたが、なんとわれらが織田先生がミシガン州にいた2003年に日本語訳をなさっています。

「ただひとつ私の願い求めは、主の家にすまうことを いのちのかぎり うるわしき主を仰ぎ見て、主の宮に住み、主を思う。」

そして、わが教会の黒澤倫子さんがすばらしい賛美をしてくださっていますので、是非おききください。

イー弘美

「多くの人は道(way)があるならば、志(will)してみようと言いますが、志(will)あるところに、必ず道(way)あり」と尊敬する牧師から渡米する時にこの励ましの言葉を頂いた。

この真理を深く握り、神と一体で生きる喜びをと18歳でアメリカに留学することができました。

まずロスに着き、私の英語が全然通じないことがわかり大変でした。そしてそれに加えて驚いたことはあまりにも文化が異なり、習慣の違いなどで戸惑うことが多々ありました。

ただこの御言葉を信じ、聖書を離さず祈り歩む時に、神様が一つ一つ私の志の道を開いてくださいました。恐れなどは全くなく、神様が必ず最善に導いてくださると信じ、実際そのようにして下さいました。毎朝、神様は御言葉を通して新たなる力と喜びを与えてくださいました。

志あれば必ず道は開けると信じて動きだし、困難な状況下に置かれても信ずる如くなると生きれば、神が助けられ、神と一体で生きることができる。

どんなに生きずまった状態にも、神の愛と善意にすがって、必死に祈る時、必ず救いの道があり、神が助けようとして道を開いてくださいました。

マザーテレサが「もし本当に祈りたいのなら神の声を聴くことを学ばなければなりません。心の静けさの中で神は語り掛けるのです。そしてその静けさが必要であり、清い心が与えられたときにそのことが実現します。」と語られた。

失敗もたくさんしましたが全てを益として導いてくださりました。人間の思いをはるかに超えて、神が愛であり、神は私の為に道を開き, 私の希望を実現させ、繁栄と幸福に生きる希望に満ちた生活にと導いてくださった。

「意志するところ道は存在する」なぜなら、神が人間の善き意志には応え、助け、道を開いてくださるからです。

「神を信ぜよ!」と言う聖書の言葉を握り、神の愛と力を仰いで事を行うとき、どんなことでもなると信じ歩み続けている。

主に栄光 ハレルヤ!

鈴木あき



ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A.
www.gospelventure.com/


8月号は戸羽正一兄のお証しを紹介致します。大きな深い困難の中からついに神様と出会う体験は感動的です。もし、このような困難や悲しみが貴方や私が経験したら、果たして神様を信じていたであろうか、いや神様を呪い、教会を呪い、信仰を嘲笑っていたのではなかろうかと思わされます。

私達前原家は戸羽兄が教会に来られる前から存じ上げていたご夫妻でした。それは、娘の愛子が、天にお帰りになられた尚子奥様からピアノのレッスンを受けていたからです。当時はまだGVIC は初めていませんでしたが、やがてご夫妻をお誘いするようになりました。暫くして奥様が亡くなられ、戸羽さんも手術を受けられたと聞き、お見舞いに参じました。二度目の病院訪問のときは同兄が全身動けずベットに横たわっていたあの光景はショックで私の脳裏から消える事はありまません。どうぞ、祈りつつお読み下さい。前原利夫

証:「主に委ね、勝利への道」 戸羽正一

COVID-19の 蔓延の為 他人との接触を避けて過ごす毎日、余裕の時間を利用して、聖書を読みました. 特にインスピレーションの湧く詩篇を朗読しています。私がこのGVIC教会を訪ねたのはピアニストだった亡妻が未だ元気でいた頃の14年前のことです。其れ以前の数年の間、すでに、彼女の腎臓は悪くなっており、透析を続けていましたが、体力がなくなり、移植が唯一の救う方法でした。然し、U.S.国内では、マッチする腎臓を得ることがほぼ不可能なため、移植を他国に求め、やっと、フイリピンで、マッチする腎臓をお金で買える事になったのです。

2007年の12月初旬に、入院しましたが、数時間後、昏睡状態で手術室から出て来ました。正常な意識に戻らないまま、急に、死を知らされたのです。驚き、呆然として、病院の地下部屋のモルグの一角に、ミクロの個体となった亡骸を抱きかかえて、唯々、号泣する自分でした。

彼女の沖縄の親戚と共に火葬と葬儀を現地で済ませ、LOS ANGELESに、単身で戻ったのは、翌年の2008年の1月末でした。暫くは何も手につかず、無気力なままの毎日でしたが、これを機会に長年勤めたTOYOTA(TMS)から退職を計画する内、今度は、自分の健康管理に注意するべく決心しましたが、自分の右腕に“痺れ”を感じ、主治医に神経外科医を紹介してもらい、首の MRIの断層写真で診断の結果、2008年の8月末に、ついに、外科手術をすることに決心します。

2時間の手術を終えて病室へ移動しましたが、その日の午前0時を回った頃、目が覚め、自分の両手の指先が曲がり、両脚が動かなくなっていたのに、仰天し、看護婦に叫び続けました。担当医者が事後のオープン手術を行ったところ、不適切な手術処理の為、両脚が動かなくなっていたのです。2度までも悲劇的運命に落されるとは想像をするさえできませんでした。自分の余命もその後、最長5年までなのではと、絶望感に苛まれる日々でした。

「わたしは山に向かって目を上げる。我が助けはどこから、来るだろうか、我が助けは 天と地を造られた主からくる」詩篇121篇1&2(口語訳)

その後、前原牧師に導かれ、2009年に2人の友人達と共に、GVICで洗礼を受けました。

「主によって喜びをなせ、主はあなたの心の願いをかなえてくださる」詩篇37−4節

「貴方の道を主に、委ねよ、主を信頼せよ。主が成し遂げてくださる」 同−5

その後、IP細胞(STEM CELL)を使った手術・治療などを ドイツ・DUSELDORFFやPANAMA-CITY(USでは未許可)に求めました。現在は毎日自宅で介護人のヘルプで1時間、全身ストレッチ体操とウェイトリフチングを励行しています。主は、12年前の絶望の崖淵から救いの手を差し伸べて下さっています。現在も生きる勇気と、そのた為の糧を下さっています。

更に、財政的な自由の恵みも下さいました。信頼できる人柄の フィリピン人の兄弟組の介護人と巡り会わせ、長期直接契約で、自宅に共に起居してくれていますので、家族のように大切にしています。趣味は、読書、CLASSIC MUSICや Los Angeles Opera定期公演購読者。こうして、聖書に親しみ、自らの道を主に求め、「主イエスに身を委ね」続けています。そうすれば「主が成し遂げてくださる」のだと思います。 



ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A.
www.gospelventure.com/


こころの緒琴に 賛美歌531 Sweet Peace, The Gift of God’s Love”

「あなたのみおしえを愛する者には豊かな平和があり、つまずきがありません」   詩篇119:165

ありとあらゆるものを手に入れたとしても、心の平和を得ることはしばしば難しい。心の平和という祝福は、それほどまでに貴重なものと言えるでしょう。しかし、平和とは私たちが主から離れることによって失われるという、選択を伴うものでもあります。

イエス様は、私たちが創造主と永遠の交わりを喜ぶために私たちと神との間を取り持ち、人間と神の間に平和をもたらすことをその使命とされています。

作者のピーター・ビルホーンは、神を受け入れた直後の20歳から賛美歌を作り始めて2千曲以上の曲を生み出すと共に、ビリー・サンデーをはじめとする主要な伝道者たちの集会で賛美リーダーを務めた人物です。

ある晩、バイブルキャンプで自作の賛美歌を歌っていた時、友人が「その賛美は君の声にピッタリ合っているね。僕の声にもそのくらい合う賛美歌を書いてくれないかなぁ」と冗談めかして言いました。「どんな感じの曲がいいのかい?」「きれいな曲なら何でもいいさ」そう言われた彼は、その夜にすぐに賛美を書きあげるような人物でした。

その次の冬、ビルホーンは悲惨な列車事故に遭遇します。その事故で、血だまりの中で静かに横たわる人を見た彼は、私たちの罪の贖いであるキリストの血を思い出し、列車に乗ったままの状況で『こころの緒琴に』を生み出しました。

この曲の誕生以来、人々はこの賛美の歌詞に感動し「天からのすばらしい賜物」を改めて強く思い出し、それを自分の生活に生かしています。神が与えてくださった平和という賜物について考えましょう。平和のある生活は神を賛美する生活に、そして賛美する生活は平和のある生活に導いてくれるのです。

峯岸麻子

イザヤ57:21、ガラテヤ5:22、ピリピ4:6、7、 コロサイ 3:15参照

Taken from [Amazing Grace] ©Copyright
September 22, 2017, Kenneth Osbeck,.
Published by Kregel Publications,Grand Rapids, MI
Used by permission of the publisher.
All rights reserved.



ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A.
www.gospelventure.com/


私は東京生まれの在日韓国人でクリスチャン3代目です。小学校から大学までメソジスト系クリスチャンの学校に通いました。父方の祖父は平壌で初代メソジスト教会の牧師兼神学校の校長でした。

祖父は戦争中、共産主義のキリスト教弾圧を受けました。教会の青年たちが全員連行され監獄に入れられた時に、彼らには何も罪がないと願い出て、釈放を申し出て、自ら一人が責任を取り入獄しました。

そののち、獄中にてイエスキリストを否定すれば許すといわれても、祖父は最期まで拷問を受けながらも、イエスキリストこそわが主ですと殉教するまで言い続けました。教会員、神学生はみな南に逃げることができました。

その3日後に、38度線が引かれて、一つの国が二つに分かれてしまいました。キリスト教は宣教師によって平壌にもたらされ、祖父の信仰がこのようにして南に伝えられ、日本で生まれた私に受け継がれています。

この話を父から聞き、祖父が朝鮮キリスト教の代表で青山学院で開かれた大会に出席したことを知らされました。そして父母の祈りは祖父が足を踏み入れたメソジストの学校に私を入れることでした。

クリスチャンホームに育ち、学校でも毎日礼拝があり、神様の御愛の中で過ごしました。そんな中で父母の祈りでアメリカ留学の道が開かれ、真剣に主に祈りを捧げました。祈れば祈るほど祖父の殉教の思いが常に私の心を突き動かしました。

その後、神の恵みによってロスアンゼルスの大学に学び、韓国の大学にも導かれました。社会人になり、サンタモニカにて教育関係の仕事が与えられました。そんな頃に、神様の不思議な導きによりカイロプラクターをしていた光一さんと結婚いたしました。

求道中だった主人もイエスキリストが十字架にかけられたとき, ご自分を殺す者の為に祈られた、「父よ、彼等をお赦しください。彼らは何をしているのかわからずにいるのです。ルカ23:34」の聖書のみ言葉を通して救われました。

鈴木あき



ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A.
www.gospelventure.com/


「あなたのみ言葉はいかにわがあごに甘いことでしょう。密にまさってわが口に甘いのです。詩篇119:103」

2020年も後半に入りました。一年は前半よりも後半が足が早く、ハロウィーン、感謝祭、クリスマスとあっという間に2020年が過ぎてしまいます。ボヤボヤしていますと、私達はあれも、これもしなかったと後悔するに違いありません。そこで、折返しで聖書通読を自らに言い聞かせ最後までやり抜きましょう。み言葉は口に甘しで、食べれば食べるほどエネルギー補給源です(み言葉には糖尿の心配はありません)。

私達は3月後半から教会で礼拝ができず、他の集会もお休みです。しかし、自宅を礼拝の場として用いる事を努めて来ました。貴方の家も私の家も House of Worship. です。多くの方々が家で礼拝し、祈り、聖書をしっかり読み、霊的成長に励んでおられます。素晴らしいこと、主を崇めます!

ある方は6月の中旬頃には既に2度も通読されたと証されました。ある方は初めて聖書を通読したと、その喜びを証されました。コロナ騒動で様々な活動、外出等が封じ込まれましたが、私達の霊は決して封じ込まれません。寧ろ、今の時を用いよとある様に、この不便な時に、主に 更に近付き、み言葉に親しみ、励まされています。

今号はお二人の方をご紹介して、み言葉を喜び、楽しんでおられるご様子を伺います;

戸羽正一兄:
[STAY HOME],[CLEAN HANDS],[KEEP SOCIAL DISTANCING]のモットーをなるべく守り、朝、昼、夜寝る前にイエスに1日元気に過ごされる恵に感謝の祈りを捧げています。毎日「新約聖書」を最低1時間は読み、おかげで、今日まで、「ガラテヤ人」への手紙」を終わり、今日から「エペソ人への手紙」の”’キリスト・イエスの使徒パウロからキリスト・イエスにある忠実なエペソの聖徒たちへ”から始めているところです。又、僕の趣味の読書も続けており、最近では「司馬遼太郎の作品」が好きで、彼の「対談集」を読んでいます。毎日両脚の運動とマサージもかかせません。すべて神の恵みという他はないと信じます。すべてに感謝です。」

戸羽さんはお身体が不自由ですが、忠実に礼拝に出席、またこの様にみ言葉に親しんでおられるから感謝です。(戸羽さんの投稿は数ヶ月前の原稿です)。

Potts.敏子姉:
「どうして? こうでなかったのに!満足されてなかったわたしに、そんな時、癒してくれるのは聖書だけ!と読み始めて気がついたときは、もうすでに癒やされていました 感謝。
喜んで受け入れるが根がないので、しばらくは信じていても、試練が来ると信仰から離れてしまう人たちのこと・・・、根がなかったのはこの私でした。

聖書の中で教えていただいた事に 嬉しくてなりませんでした。神様から祈りの重さ、知恵、そして真理を悟る力を頂いたのです。神様は私に信仰の強さ、試練に勝つ力をみ言葉を通して教えて下さったのです。神様って魔法使いみたい。 平安で生きていける最高の恵みを頂いたこと感謝 感謝! 感謝は尽きません、ハレルヤ!」

ご存知の様にPotts さんは昨年の9月に洗礼を受けられたばかりですが、み言葉のチャレンジを受けて、それに従い、信仰の軌道修正をなさっておられます。感謝です。

もし、皆さんの中で、聖書通読にチャレンジをされてない方、或いは、遅れておられるならば、まだまだ先は長いです。是非、今日からみ言葉を開き、神の言葉の甘さをお味わい下さい。
預言者エレミヤの言葉:「わたしはみ言葉を与えられて、それを食べました。

み言葉は、わたしに喜びとなり、心の楽しみとなりました。、、。(エレミヤ15:16)」

 

前原利夫



ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A.
www.gospelventure.com/


「あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。」  IIコリント 8:9

天の回廊の中には『驚くべきイエスの愛と恵み』が、こだましています。そして救い主の深い愛とカルバリを考えるたびに、今日のクリスチャンも皆、『驚くべきイエスの愛と恵み』について、大きな声で叫びたくなるでしょう。

1918年の発表以来、『ああ驚くべきイエスの愛よ』は、最も私たちを元気づける聖歌のひとつとして、聖歌隊、会衆賛美のいずれにおいても長く、また繰り返し歌われてきました。作者のリレネスは、同じく作曲家だった妻のバーサと共に国内の様々な場所を旅しながら、著名な賛美リーダーのために作曲活動を行ったり、聖歌隊の編隊に携わったりしました。

リレネスが書いたおよそ4,000曲の中からこの賛美を見つけたのも、そうした賛美リーダーの一人、チャールズ・アレキサンダーでした。当時(19世紀初頭)行われていた大規模クルセード集会において、大聖歌隊による賛美としてこの曲が最適だと、アレキサンダーは考えたのです。

以来、この聖歌は大きな支持を受けてきました。『深さ広さ誰が図り得る』キリストの『恵みの深さ広さ』を思い出させてくれるこの聖歌を礼拝で歌うたび、今日の私たちもまた、畏敬の思いと感動に打ち震えるのです。

峯岸麻子

使徒15:11、11、テトス3:7、へブル4:16、Iペテロ5:10参照                
Taken from [Amazing Grace] ©Copyright
September 22, 2017, Kenneth Osbeck,.
Published by Kregel Publications,Grand Rapids, MI
Used by permission of the publisher.
All rights reserved.



ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A.
www.gospelventure.com/