こころの緒琴に 賛美歌531 Sweet Peace, The Gift of God’s Love”

「あなたのみおしえを愛する者には豊かな平和があり、つまずきがありません」   詩篇119:165

ありとあらゆるものを手に入れたとしても、心の平和を得ることはしばしば難しい。心の平和という祝福は、それほどまでに貴重なものと言えるでしょう。しかし、平和とは私たちが主から離れることによって失われるという、選択を伴うものでもあります。

イエス様は、私たちが創造主と永遠の交わりを喜ぶために私たちと神との間を取り持ち、人間と神の間に平和をもたらすことをその使命とされています。

作者のピーター・ビルホーンは、神を受け入れた直後の20歳から賛美歌を作り始めて2千曲以上の曲を生み出すと共に、ビリー・サンデーをはじめとする主要な伝道者たちの集会で賛美リーダーを務めた人物です。

ある晩、バイブルキャンプで自作の賛美歌を歌っていた時、友人が「その賛美は君の声にピッタリ合っているね。僕の声にもそのくらい合う賛美歌を書いてくれないかなぁ」と冗談めかして言いました。「どんな感じの曲がいいのかい?」「きれいな曲なら何でもいいさ」そう言われた彼は、その夜にすぐに賛美を書きあげるような人物でした。

その次の冬、ビルホーンは悲惨な列車事故に遭遇します。その事故で、血だまりの中で静かに横たわる人を見た彼は、私たちの罪の贖いであるキリストの血を思い出し、列車に乗ったままの状況で『こころの緒琴に』を生み出しました。

この曲の誕生以来、人々はこの賛美の歌詞に感動し「天からのすばらしい賜物」を改めて強く思い出し、それを自分の生活に生かしています。神が与えてくださった平和という賜物について考えましょう。平和のある生活は神を賛美する生活に、そして賛美する生活は平和のある生活に導いてくれるのです。

峯岸麻子

イザヤ57:21、ガラテヤ5:22、ピリピ4:6、7、 コロサイ 3:15参照

Taken from [Amazing Grace] ©Copyright
September 22, 2017, Kenneth Osbeck,.
Published by Kregel Publications,Grand Rapids, MI
Used by permission of the publisher.
All rights reserved.



ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A.
www.gospelventure.com/


私は東京生まれの在日韓国人でクリスチャン3代目です。小学校から大学までメソジスト系クリスチャンの学校に通いました。父方の祖父は平壌で初代メソジスト教会の牧師兼神学校の校長でした。

祖父は戦争中、共産主義のキリスト教弾圧を受けました。教会の青年たちが全員連行され監獄に入れられた時に、彼らには何も罪がないと願い出て、釈放を申し出て、自ら一人が責任を取り入獄しました。

そののち、獄中にてイエスキリストを否定すれば許すといわれても、祖父は最期まで拷問を受けながらも、イエスキリストこそわが主ですと殉教するまで言い続けました。教会員、神学生はみな南に逃げることができました。

その3日後に、38度線が引かれて、一つの国が二つに分かれてしまいました。キリスト教は宣教師によって平壌にもたらされ、祖父の信仰がこのようにして南に伝えられ、日本で生まれた私に受け継がれています。

この話を父から聞き、祖父が朝鮮キリスト教の代表で青山学院で開かれた大会に出席したことを知らされました。そして父母の祈りは祖父が足を踏み入れたメソジストの学校に私を入れることでした。

クリスチャンホームに育ち、学校でも毎日礼拝があり、神様の御愛の中で過ごしました。そんな中で父母の祈りでアメリカ留学の道が開かれ、真剣に主に祈りを捧げました。祈れば祈るほど祖父の殉教の思いが常に私の心を突き動かしました。

その後、神の恵みによってロスアンゼルスの大学に学び、韓国の大学にも導かれました。社会人になり、サンタモニカにて教育関係の仕事が与えられました。そんな頃に、神様の不思議な導きによりカイロプラクターをしていた光一さんと結婚いたしました。

求道中だった主人もイエスキリストが十字架にかけられたとき, ご自分を殺す者の為に祈られた、「父よ、彼等をお赦しください。彼らは何をしているのかわからずにいるのです。ルカ23:34」の聖書のみ言葉を通して救われました。

鈴木あき



ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A.
www.gospelventure.com/


「あなたのみ言葉はいかにわがあごに甘いことでしょう。密にまさってわが口に甘いのです。詩篇119:103」

2020年も後半に入りました。一年は前半よりも後半が足が早く、ハロウィーン、感謝祭、クリスマスとあっという間に2020年が過ぎてしまいます。ボヤボヤしていますと、私達はあれも、これもしなかったと後悔するに違いありません。そこで、折返しで聖書通読を自らに言い聞かせ最後までやり抜きましょう。み言葉は口に甘しで、食べれば食べるほどエネルギー補給源です(み言葉には糖尿の心配はありません)。

私達は3月後半から教会で礼拝ができず、他の集会もお休みです。しかし、自宅を礼拝の場として用いる事を努めて来ました。貴方の家も私の家も House of Worship. です。多くの方々が家で礼拝し、祈り、聖書をしっかり読み、霊的成長に励んでおられます。素晴らしいこと、主を崇めます!

ある方は6月の中旬頃には既に2度も通読されたと証されました。ある方は初めて聖書を通読したと、その喜びを証されました。コロナ騒動で様々な活動、外出等が封じ込まれましたが、私達の霊は決して封じ込まれません。寧ろ、今の時を用いよとある様に、この不便な時に、主に 更に近付き、み言葉に親しみ、励まされています。

今号はお二人の方をご紹介して、み言葉を喜び、楽しんでおられるご様子を伺います;

戸羽正一兄:
[STAY HOME],[CLEAN HANDS],[KEEP SOCIAL DISTANCING]のモットーをなるべく守り、朝、昼、夜寝る前にイエスに1日元気に過ごされる恵に感謝の祈りを捧げています。毎日「新約聖書」を最低1時間は読み、おかげで、今日まで、「ガラテヤ人」への手紙」を終わり、今日から「エペソ人への手紙」の”’キリスト・イエスの使徒パウロからキリスト・イエスにある忠実なエペソの聖徒たちへ”から始めているところです。又、僕の趣味の読書も続けており、最近では「司馬遼太郎の作品」が好きで、彼の「対談集」を読んでいます。毎日両脚の運動とマサージもかかせません。すべて神の恵みという他はないと信じます。すべてに感謝です。」

戸羽さんはお身体が不自由ですが、忠実に礼拝に出席、またこの様にみ言葉に親しんでおられるから感謝です。(戸羽さんの投稿は数ヶ月前の原稿です)。

Potts.敏子姉:
「どうして? こうでなかったのに!満足されてなかったわたしに、そんな時、癒してくれるのは聖書だけ!と読み始めて気がついたときは、もうすでに癒やされていました 感謝。
喜んで受け入れるが根がないので、しばらくは信じていても、試練が来ると信仰から離れてしまう人たちのこと・・・、根がなかったのはこの私でした。

聖書の中で教えていただいた事に 嬉しくてなりませんでした。神様から祈りの重さ、知恵、そして真理を悟る力を頂いたのです。神様は私に信仰の強さ、試練に勝つ力をみ言葉を通して教えて下さったのです。神様って魔法使いみたい。 平安で生きていける最高の恵みを頂いたこと感謝 感謝! 感謝は尽きません、ハレルヤ!」

ご存知の様にPotts さんは昨年の9月に洗礼を受けられたばかりですが、み言葉のチャレンジを受けて、それに従い、信仰の軌道修正をなさっておられます。感謝です。

もし、皆さんの中で、聖書通読にチャレンジをされてない方、或いは、遅れておられるならば、まだまだ先は長いです。是非、今日からみ言葉を開き、神の言葉の甘さをお味わい下さい。
預言者エレミヤの言葉:「わたしはみ言葉を与えられて、それを食べました。

み言葉は、わたしに喜びとなり、心の楽しみとなりました。、、。(エレミヤ15:16)」

 

前原利夫



ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A.
www.gospelventure.com/


「あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。」  IIコリント 8:9

天の回廊の中には『驚くべきイエスの愛と恵み』が、こだましています。そして救い主の深い愛とカルバリを考えるたびに、今日のクリスチャンも皆、『驚くべきイエスの愛と恵み』について、大きな声で叫びたくなるでしょう。

1918年の発表以来、『ああ驚くべきイエスの愛よ』は、最も私たちを元気づける聖歌のひとつとして、聖歌隊、会衆賛美のいずれにおいても長く、また繰り返し歌われてきました。作者のリレネスは、同じく作曲家だった妻のバーサと共に国内の様々な場所を旅しながら、著名な賛美リーダーのために作曲活動を行ったり、聖歌隊の編隊に携わったりしました。

リレネスが書いたおよそ4,000曲の中からこの賛美を見つけたのも、そうした賛美リーダーの一人、チャールズ・アレキサンダーでした。当時(19世紀初頭)行われていた大規模クルセード集会において、大聖歌隊による賛美としてこの曲が最適だと、アレキサンダーは考えたのです。

以来、この聖歌は大きな支持を受けてきました。『深さ広さ誰が図り得る』キリストの『恵みの深さ広さ』を思い出させてくれるこの聖歌を礼拝で歌うたび、今日の私たちもまた、畏敬の思いと感動に打ち震えるのです。

峯岸麻子

使徒15:11、11、テトス3:7、へブル4:16、Iペテロ5:10参照                
Taken from [Amazing Grace] ©Copyright
September 22, 2017, Kenneth Osbeck,.
Published by Kregel Publications,Grand Rapids, MI
Used by permission of the publisher.
All rights reserved.



ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A.
www.gospelventure.com/


苦難の日にはわたしを呼び求めよ。わたしはあなたを助け出そう。 (詩篇50:15)

アメリカのキリスト教会の一つの特徴は、リバイバル運動が何度も繰り返し起こったことでした。信仰復興とは生き生きとした信仰を失っていた個人、教会、社会、国、世界において、人々が神様への思いを新たにし、活性化され、使徒たちの時代と同じような躍動的な姿へと再生する動きの事です。

神様は愛するがゆえに時として、私たちを断崖絶壁まで追いやることがあります。それは殆どの場合、痛みを伴い、“神様, もうだめだぁ“っていうところまで。しかし、聖書の中に見る、”信仰によって生きた人たち“を見ると、どんな に耐えられない状況下にあったとしても、常に神の平安に包まれて歩み続け、最後に圧倒的な祝福を受けています。

私はただただうろたえるだけで、夜も眠れず、”神様、早く助けだしてください“と叫ぶだけでした。私は、”恐れ“だけに振り回されて、神様の平安は目にも入らなかったのです。

神の平安は揺るぎないもの、不変なるもので人間の頭では絶対に考えの及ばない領域。どうしたらパウロが持っていたものにたどり着けるのか、ただただ祈りました。

その時にもう一度、聖書に戻り創世記から丁寧に聖書を読もう、神様の語りを受けようと導かれました。“神様、あなたの平安を教えてください!“
聖書を読み始めて、祈り求めていくうちに、明確な答えが見えてきたのです。聖書の奥義は日々の学びと祈りを続けなければならないと。

神様はわたしのことを全部知っておられ、愛するがゆえに、今の私はここを通っているんだ。通らなければならないと。つらいけど感謝しよう。痛いけど感謝しよう。感謝できなくても感謝しよう。そして、隣人を自分の事のように愛していこう。そのうちに私の心は神だけを見上げ歩み始めていました。

神へのいけにえは、砕かれたたましい。
砕かれた、悔いた心。
神よ。あなたは、それをさげすまれません。(詩篇51:17)   

鈴木光一



ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A.
www.gospelventure.com/


今、TVや新聞で頻繁に使われる言葉は Pandemic と Coronavirus(新型コロナウイルス感染症)でありましょう。後者は世界をアメリカを襲い、私達が今戦っているビールスです。

Pandemic とは「世界的な疫病の大流行」という意味で、 Epidemic、「伝染病」の派生語である。私達にとってこのような世界の国々を揺さぶるパンデミックは初体験です。大統領が”見えない敵”と呼ぶコロナウイルスは2001年の9/11の惨事に勝ると言う政治家もいる。

全米の市民の100,000人 を犠牲にし、全米を自宅に閉じ込め、ビジネスを閉鎖し、1930年の経済恐慌に次ぐ4000万以上の失業者を出している。パンデミックは文字通り恐ろしい。

今号はインターネットの情報を活用して、近年の主なパンデミックをご紹介し、聖書の中からパンデミックの記事を考えてみる。

歴史のパンでミック

1)Spanish Flu, 1918-1920:スペイン・インフルエンザはヨーロッパ、アメリカ、或いは中国から世界に蔓延したと言われる(不明のようです)。1918年から1920年の間にこのインフルエンザが4波に分かれて襲い5000万から1億の死者を出したと言われる。それは当時の人口の3人のうち1人にあたる。アメリカでは50万から85万人、日本でも39万人の犠牲者を出している。当時は第一次世界大戦中、このパンデミックの影響で終戦を早めたと言われる。

2)Asian Flu, 1957 – 1958:アジヤ・インフルエンザは1957年、東アジア、シンガポール、香港から発生し、アメリカの海岸線の町々に感染者がでたと言われる。世界中で、110万の犠牲者、アメリカでは11万の死者を出している。

3) Hong Kong Flu、1968:ホンコン・インフルエンザは65歳以上の高齢者や持病持ちの病人が感染し易く、世界中で110万人の犠牲者を出している。幸いに、アメリカでは猛威を振るわなかったようだ。

その他、Swine Flu 、豚インフルエンザが2009年に流行したがアメリカでは12,000人の犠牲者を出している。私達は毎年冬になると風邪が押し寄せ何万人という死者を出していることを忘れてはならない。例に漏れず、高齢者が多く病死している。

聖書のパンデミック:聖書のパンデミック

1) エジプトを襲う畜疫:出エジプト記9章
参照。モーセはこれまで4つの奇跡を持つてパロに立ち向かうが、彼は心を頑なにして神の民を去らせようとはしない。それで、神はエジプトの地を疫病で襲う、「主の手はもっとも激しい疫病をもって、野にいるあなたの家畜、すなわち馬、ろば、らくだ、牛、羊の上にのぞむであろう。」とエジプトの地は畜疫のパンデミックに襲われる。

2) ダビデ政権に襲う疫病:サムエル記下
24章参照ダビデはイスラエルの軍事力のために人口調査を実行します。側近のヨアブも大反対で、それはダビデが神の力に頼ろうとしない不信仰からでた人口調査であったからだ。その不信仰のゆえに、預言者ガデはダビデに3つの災いから一つを選択するように言い渡す。

(1)国に3年の飢饉

(2)3ヶ月敵の前に逃げ回る

(3)国に3日間疫病がくる

ダビデは(3)の3日間の疫病を選択するが、この疫病は強力で7万人の死者を出すまで猛威を振るった。ダビデ王はこのために悔い改めるのであるが、7万人の魂は再び戻ることはなかった。

3)再臨の前兆として疫病と飢饉:
ルカ21章参照。イエス様は再臨の前兆として偽預言者、自然現象の異変、疫病や飢饉が発生することを予告されました。その中で、現在の類似のパンでミックは疫病です。それはエジプトを襲った家畜のみならず、すべからく地球を襲う恐ろしい疫病です。

このように、人間の歴史はノアの大洪水のパンデミックから始まり、主が再び帰られるまでに、訪れを知らされず私たちを襲うことであろう。ノアの時代の人々は暴虐に満ち、エジプトの蓄疫は王の不従順、ダビデの不信仰で70,000人の市民が犠牲となった。

いずれも神から離れた道を歩む者への神の懲らしめである。これから来る疫病や飢饉、他のパンデミックが私達に臨むであろう、それに耐ええる信仰を今から養わなければなりません。イエス様は警告しています。

「だから、目をさましていなさい。いつの日にあなたがたの主がこられるのか、あなたがたには、わからないからである。 このことをわきまえているがよい。家の主人は、盗賊がいつごろ来るかわかっているなら、目をさましていて、自分の家に押し入ることを許さないであろう」、マタイ24:42,43

今、コロナウイルスのワクチン開発を政府・民間企業が共同で開発に力を注いでいるが、早ければ今年中に完成するとの予想である。しかしワクチン開発は時間がかかると言われる。

因みに、アメリカで35年前にHIVが発生し、世界で3200万人の犠牲者を出したが、今尚ワクチンの開発は完成されてないとのこと。

主よ、この病める世界、痛める私たちを癒して下さい!  

前原利夫



ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A.
www.gospelventure.com/


『権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって』と万軍の主は仰せられる。』 ゼカリヤ 4:6

救い主の誕生を思い出すクリスマスや主による死への勝利を祝うイースターは、いつの時にも心が躍るものです。しかし私たちは、キリストの昇天あるいはペンテコステを忘れてはなりません。

私たちをとりなすために、キリストが昇天してくださらなければ、あるいはキリストが私たちに聖霊を送って住まわせ、導いてくださることがなければ、天の父なる神と私たちの関係は全く以って不完全なものになっていたでしょう。

ペンテコステ期の賛美の中でも最も素晴らしい賛美のひとつに数えられるのが、この賛美歌183番です。作者のジョージ・クローリーは、長老教会の牧師であり、「神学においては原理主義、政治においては猛烈な保守派、そしてあらゆる自由主義の形に激しく反発する」人物として知られていました。1番から4番まで、それぞれの歌詞には以下のような重要な霊的意義が込められています。

1番:自分の人生を一時的なものから霊的なものに集中する人生に変えていきたいという思い
2番:自分自身のすべてを、完全に神に捧げること
3番:祈りの中で、聖霊と完璧につながっていることを気にかけ、知ること
4番:聖霊充満の生活を語る、最も美しい隠喩『わが心の祭壇に主の愛が火を灯される』

この時代、今日においても、聖霊がキリストに対するさらなる愛と献身の思いを与えてくださるように、この賛美の真理がより完全なものとして、個人的なものとなるように、聖霊の教えがあるように、祈りましょう。

峯岸麻子

詩篇51:10、11、ヨハネ15:26、ローマ5:5、
8:1-4、エペソ4:29,30参照

Taken from [Amazing Grace] ©Copyright
September 22, 2017, Kenneth Osbeck,.
Published by Kregel Publications,Grand Rapids, MI
Used by permission of the publisher.
All rights reserved.   

内村鑑三が札幌農学校で、新渡戸稲造らと”イエスを信ずる者の契約“に署名したのは1877年。西南戦争が起こったのは同じ年。内村は若く、西郷は晩年でしたが、西郷隆盛は、内村にとって同時代の英雄だった。あの堅物クリスチャンの内村が、神の声を聞いた第一人者に西郷を挙げている。

人間が何かをするのではなく、人間は無私になって、天 の道具になるのが最も美しい。江戸城の無血開城を実現させた、明治維新, 最大の指導者だ。“敬天愛人”朱子学、陽明学、そして、その後に聖書を学んでいた。最後にこの言葉が彼の心の中に必然的に収まったのでしょう。

モーセは奴隷の子供で、殺されるかもしれない危険の中、エジプトの王子になりました。40歳で, 急に殺人者になり、逃亡者になりました。彼が80歳になったとき、神が燃える芝の中から声を掛けます。

それまで80歳になるまで、彼の人生は、一度も計画通りになったことがありませんでした。40年間、ミデアンで、悶々と暮らしている時の事でした。神の前で靴を脱ぎ、ひざまずいて、完全降伏の宣言。モーセは神に出会うことによって, やっと意味ある人生がスタートしました。神はその時までモーセとイスラエルの民を見て、聞いて、知っておられました。

神様との出会いがあるか、ないかによって、私達の過ぎ去った過去が意味ある時間になることも、意味ない時間になることもあります。神様との出会いは, 人生を左右する一番重要な出来事です。私達一人一人にも、神様は必ず出会ってくださります。

しかし、恐れ、痛み、あらゆる思い煩いがあったとしても、諦めずに忍耐し、祈り求めてゆくときに、あなただけにしかできない、神の御計画を歩むことが可能になってくる。モーセは、”イスラエルの民を導き出す“ 使命が与えられた。私達にも、神様が用意してくださっている神の御計画が必ずある。

神様との出会いが、最善の人生の答えを与えてくださいます。  

鈴木光一

先日、TVを観ようと リモコンのボタンを押すと、数本の星条旗をバックに頭を下げ、大きな声で祈っている人がいました(議員さん?)。祈りの一部に、 「わが神よ、わたしはあなたにむかって顔を上げるのを恥じて、赤面します。

われわれの不義は積もって頭よりも高くなり、われわれのとがは重なって天に達したからです。われわれの先祖の日から今日まで、われわれは大いなるとがを負い、、、、。」 (エズラ記9章参照)。

私は彼が祈り終わる前に、これはエズラ記の祈りだと思い心に留めていました。そして、この祈りを聞きながら、現在、世界を巻き込み、揺さぶり15万人以上の人命を犠牲にし(4/18)、何千万という失業者を出し、社会、経済を混乱に陥れ収束の付かない現状を、この祈りの視点から見るように考えさせられました。コロナウイルスは一体何者か、なぜ、このような”見えない敵”が世界的に猛威を奮っているのか、多くの謎であります。

単に、中国から発生した伝染病だけでいいものか。

エズラの祈り:エズラはイスラエルのヒルキア王の息子(か孫)にあたり、バビロンの捕囚となり、何年かしてペルシャ王アルタシャスタの下にエルサレムに帰還した一人であった。彼は祭司で学者であって、エルサレムの城壁の崩れた様、そこに住む同胞が神から離れた生活に大きな罪を感じ、神の前に国家的懺悔の祈りを捧げます。エズラの祈りは”われわれの不義、われわれのとが”と国民の神に対する罪、不義です。それゆえに、神から見放され、イスラエルの誇りであり、国の中心であるエルサレムの城壁も神殿も破壊されているのです。

ダビデの罪:このエズラの祈りを思う時に、ダビデがまだ政権にあった時の大きな罪を思い起させられます。ダビデはイスラエルの軍事力強化のため人口調査を実行します。(サムエル記下24章参照)。側近のヨアブも大反対で、それはダビデが神の力に頼ろうとしない不信仰からでたプロジェクトであったからだ。その不信仰のゆえに、預言者ガデはダビデに3つの災いから一つを選択するように言い渡す。(1)国に3年の飢饉、(2)3ヶ月敵の前に逃げ回る、(3)国に3日間疫病がくる。

ダビデは(3)の3日間の疫病を選択するが、この疫病は強力で7万人の死者を出すまで猛威を奮った。ダビデ王はこのために悔い改めるのでありますが、7万人の魂は再び戻ることはない。毎朝、ニューヨークの知事はコロナウイルスの犠牲者を報告するが、厳しい面持ちである。夕刻、大統領は国全体の犠牲、失業者、経済刺激策を発表するが、厳しい面持ちである。

神の癒しを乞う!:今回のこの大混乱は人間から発生したことは間違いない。人間の不注意、準備不足、等色々な要因があると思う。人間の高慢さ、何でも出来るという自惚れへの警告ではないか。科学万能、現代医学の賞賛等私達は多くを誇っている。

しかし、今回の新型ウイルスに対しては全く対策術がない。たかが小さなウイルス、ひねり潰すことができるような小さなものだが、世界最高の医学を備えたアメリカ陣営でも対応できない。世界が小さな細菌に翻弄されている始末だ。私達は医学界に大きな敬意と賞賛を送るものですが、一方人間の知識の限界、理性の限界をここでも知らされている。人間の力で何でもできるという高慢さを捨て、神の偉大さを謙虚に受けとめていきたいものである。

祭壇を築く:ダビデは自分の犯した罪を認めて悔い改め、預言者ガデの指示のようにアラウナという人物の土地を買い上げ、そこに祭壇を築き、燔祭を捧げて国民の癒しを祈ります。ダビデはアラウナの土地を買わずに一時借りることもできたが、敢えて費用をかけずに犠牲を捧げない、と土地、燔祭の代価を払う。これはダビデの悔い改めの真剣さである。神はダビデの祈りを受け入れ、災いはイスラエルの上にとまりました。

この非常時の時、やがてトンネルの先の灯りが見えようとしている今、私達は世界、中国、日本、アメリカ、地域の町々のために祈りましょう。また、悔い改めの心で、教会のために、家族のために、自分のために祈ろうではありませんか。

主は全ての栄光を受けるにふさわしいお方です。私たちをお癒し下さい!

前原利夫



ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A.
www.gospelventure.com/


「それで私は、この方を見たとき、その足もとに倒れて死者のようになった。しかし彼は右手を私の上に置いてこう言われた。「恐れるな。わたしは、最初であり、最後であり、生きている者である。わたしは死んだが、見よ、いつまでも生きている。また、死とハデスとのかぎを持っている」黙示録1:17~18

イエス様は「素晴らしかった」のではなく、「今も素晴らしい」。なんという栄光に満ちた深い真理でしょう!イエス様は単なる歴史上の人物ではなく、今日においても生ける現実の存在なのです。墓から甦えられ、私たちを擁護するために、父なる神の右に座しておられるイエス様という真理。この真理の上に、キリスト教のすべてがあります。

チャールズ・ウェスレーがこの聖歌を作ったのは1738年のこと。ウェスレー派の教会として最初に建てられたチャペルは、かつて鋳物工場であった場所を改築したもので、後に「工場教会」として親しまれるようになりました。このチャペルでの最初の礼拝のために書かれたのが「よびとよ うたえ」です。

以来、キリスト教徒としてのあらゆる経験を反映させた作品を6,500曲も残したウェスレー。彼の聖歌には、人間としてのキリストが表現されています。また、キリスト教の信念が分かりやすい形で描かれ、時には個人の信仰あるいは死までをも描いていると言われてきました。

人間の永遠がこの地上の墓にあるならば、私たちは希望のない、哀れな存在です。しかしクリスチャンには神と共にいる明日を約束した甦りがあります。置かれた状況にかかわらず喜びながら毎日を過ごせるのは、この約束への期待があるからなのです。

峯岸麻子

マタイ28:1~9、使徒2:24-28、 
Iコリント15:4、20、55-57参照

Taken from [Amazing Grace] ©Copyright
September 22, 2017, Kenneth Osbeck,.
Published by Kregel Publications,Grand Rapids, MI
Used by permission of the publisher.
All rights reserved.