私は、祖母と母がクリスチャンでしたので、幼い頃から毎週日曜学校に通っていました。そこでは聖書の話しを聞いたり、聖句を暗証したりしていました。また、クリスマスにはイエス様ご降誕の劇をしたり、イースターの時には卵をもらったりしていました。

でも、当時は信仰がありませんでしたので、教会では聖書を開いたりしましたが、家では全く読んでいませんでした。聖書は、ただ教会に行く時に持って行く本だと思っていました。聖書の約6割は物語ですが、私はそれらの話しを聞くときも決して真実だとは思わず、ただ昔話しのように聞いていました。それは、週に1度せっかく教会で創造論について習っても、残り6日は学校で進化論の教育を受けていたからでした。

信仰を持たずに通っていた教会だったので、高校入学以降あまり出席しなくなり、だんだん教会から離れて行くようになりました。行きたくなくなった理由としては、まず世間の常識に反する聖書の教えに同意することが出来なかったからでした。例えば、マタイ5章44節の「敵を愛しなさい」、使徒行伝20章35節の「受けるよりは与える方が幸いである」などでしたが、いつも何故だろう?と疑問に思っていました。

次に、クリスチャンは、とても窮屈だと思っていたからでした。聖書に出てくる神様の命令や律法をすべて守らないといけないと思い違いをしていたので、自分のしたい事ができず、したくない事をさせられると思っていたからでした。

最後の理由としては、教会で聞く話しがとても正気では信じられない事だったからでした。2000年前にイエスと言う人が十字架の上で亡くなった。それは自分の罪の為。その事実を信じて受け入れるなら天国に行き、そうでなければ地獄に行く。この教理をずっと理解できずにいました。

それに2000年前に亡くなったその人と自分が何の関係があるのか?も全く分かりませんでした。だから、ずっと洗礼も受ける気にはなりませんでした。  

川口朋子


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「主に信頼して善を行なえ。地に住み、誠実を養え。主をおのれの喜びとせよ。主はあなたの心の願いをかなえてくださる。あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。」      詩篇37:3-5

「風吹く夜も」「天地は崩れ去るとも」、「我、主にすがらん」「小さくあれど、信仰抱きて」こうした歌詞のひとつひとつから、私たちは大切ことを学ぶことができます。どのように問題を解決できるか、あるいは人生がどのように進んでいくのかと思い、人間は常に先のことを知りたがります。

ひたすらに主を信じ、喜び、主にゆだねる人生を歩む代わりに、将来を心配することに多くのエネルギーを費やし、時間を無駄に過ごしてしまうのです。ひたすらに主を信じ、喜び、主にゆだねる・・・。これこそが、私たちが問題に直面する時、そして責任ある明日に向かう時に、主の強さと知恵を見出す方法なのです。

無名の、しかし熱心な一般信者だったエドガー・スタイテスは、「神の御霊の導きあれば」「などか怖ずべき」という霊的な真理を学び、この聖歌を作りました。神が導く道は、私たちが選ぶであろう道よりもはるかに素晴らしい道なのです。

スタイテスは、ニュージャージー州のメソジスト教会に通う熱心な信者でした。独立戦争に従軍した後、川船の船長と務め、後にダコタで家庭宣教師となり、「われは幼子」以外にも有名な聖歌を生みだしています。

1876年に新聞に掲載された「われは幼子」の詩は福音伝道者のムーディーに預けられ、彼のアシスタントであるアイラ・サンキーが曲を付けました。彼らの伝道集会で広く歌われた後、子供のような信仰を美しく描き出したこの聖歌は何年もの間、多くのクリスチャンの心をとらえています。

峰岸麻子

申命記33:25、詩篇84:11、箴言3:5、エペソ6:16、第一ヨハネ5:4、5参照
Taken from [Amazing Grace] ©Copyright
September 22, 2017, Kenneth Osbeck,.
Published by Kregel Publications,Grand Rapids, MI
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「そして、御言を行う人になりなさい。、、、」
ヤコブの手紙1章22節

新年おめでとうございます!
新しい2019年は冒頭のみ言葉をご一緒に実行する者として成長したいと願います。

”行う人”になるには、それなりの意思強固、信仰が求められます。 「言わ易く、行いは難く」と言われるとおりです。言行不一致ではこの世の中では通用しません。不言実行型でなければなりません。

成功の秘訣をご披露:以前、こんなビジネスセミナーが大阪のホテルであったそうです。セミナーの講師は成功した家具店の社長、当然聞きに来た多くの出席者は同業者の家具店を経営している競争会社の人達であった。

講師は彼の経営理念、その成功の秘訣を一つ一つ丁寧に競争会社を前にご披露した。同業者たちは大変感動してセミナーに聞きいったという。セミナーが終わり記者会見となりました。「大勢の同業者、競争会社の前でどうして成功の秘訣を教えたんですか。御社に影響すると思いませんか」と記者が質問しました。講師は答えました「秘訣を聞いても、皆な実行しないから心配ないよ。」と。

賢い人、愚かな人:イエス様は山上の説教(マタイ5〜7章)で「、、、であれ」「、、、であれ」と何度も何度も繰り返します。それは私たちの霊的な状態を整えなさいということです。しかし、説教の結びである7章では、わたしの話を聞いても行わない者は「砂の上に自分の家を建てた愚かな人」と呼んでおられる。イエス様が説教を終わられると群衆はその教えに感動して、律法学者のようではなく、権威ある者のようだと教えを称賛した。

けれど、教えの素晴らしさを称賛しても、群衆の中から何人がイエス様を信じたでしょうか。また、イエス様はこうも言われた「それで、わたしのこれらの言葉を聞いて行うものを、岩の上に自分の家を建てた賢い人」と呼んでいる。

 成功したいと願いながら、その秘訣を聞き、教えられても実行しない人は確かに愚かな人です。成功の機会が与えられているが実行しない。神の国に招かれ、門が開かれ、救いの道が開かれているのにすすみ入ろうとしないなら、私達は確かに愚か者とよばれるであろう。

父が望む子供:イエス様はパリサイ人にむかいこんな譬を語られた(マタイ21章参照)。ぶどう園を経営しているお父さんに二人の子供がいて、兄にぶどう園で働けと言いました。兄は「おとうさん、参ります」と生きのいい返事したが、でも行きませんでした。弟は「いやです」と断ったが、心を変えて、ぶどう園に向かいました。父の望み通りにした子は誰かいうまでもない。

  ”そして”の接続詞:冒頭のみ言葉を考えてみましょう。「そして、御言を行う人になりなさい、、、」。 ”そして”という接続詞があるのは大事な点です。この”そして”は前の節から続き、繋がっているという意味ですね。前節を読みますと、一つは「心に植えつけられている御言を、すなおに受け入れなさい」とあります。明らかに、神の言葉の種が蒔かれたクリスチャンの心です。従って、行う人は心に蒔かれたみ言葉に従って事を行うべき、これが原則になります。

心の中にあるみ言葉を無視したり鎮圧してはなりません。もう一つは、「御言には、あなたがたのたましいを救う力がある・」とあります。ですから、自らの魂を損なうような行いではなく、魂を救いに導く行いでなけれななりません。ここで、まとめると魂に蓄えられたみ言葉に従い、救いに至るような行いが求められていると解釈できよう。

「そして、御言を行う人になりなさい。」この言葉に「おのれを欺いて、ただ聞くだけの者となってはならない。」と続きます。聞いて実行しない人をおのれを欺く人だとヤコブは厳しく諭します。聞いた言葉がたとえ自分の益になる事でも、それをしっかり実行する人は少ないです。 イエス様はこのような人を愚かな人と言っておられる。愚かになりたくありません!

新年、今年こそ、御言を行う者となりましょう、一人で頑張らずに、お互い助け合い、励し合い、御言を行う賢い人となりたく願います。

Happy New Year 2019!
              
前原利夫


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「さて、この土地に、羊飼いたちが、野宿夜番をしながら羊の群れを見守っていた。」ルカ 2:8

この美しい旋律を奏でる祝歌を歌わずして、クリスマスの季節を終えることはできません。それほど有名なこの聖歌ですが、その起源についてはほとんど知られていません。

「牧人ひつじを」は15世紀のフランスで誕生したと言われています。英語の題名にある「Noel」はフランス語であり、「誕生日」を意味するラテン語を起源とする言葉です。この歌はフランスの吟遊詩人の口をとおしてイギリスに伝わり、クリスマス・イブに好んで歌われるようになりました。クリスマス・イブになると村人全員が集まり、賛美と祝福をもって村にユールログ(イブに燃やす大薪。ブッシュドノエルのケーキの原型)を持ち込みますが、その時によく歌われました。当時、クリスマスの祝歌は宗教行事に合わせた流行りの歌として捉えられており、教会内で歌うよりも、一般の人々の間で歌うものと考えられていたのです。

生き生きとしたキリスト生誕の話を描き出す歌詞。歌の中で、喜びと共に繰り返される「Noel」という言葉。それはつまり、「ハッピーバースデー」の歌を歌っていることに他なりません。「貧しい牧人」に対してだけ知らされた「イスラエルの王」の誕生。しかし、最後の6節にある「すべての人が心を合わせ」、「キリストの血により人類が贖われた」という歌詞により、キリストがこの世界のすべてを救うために来られたことを私たちに思い出させてくれる・・・。それは大変興味深い展開だと思いませんか?

峰岸麻子

マタイ2:1-12、ルカ 2:8-20参照

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日本では「終活」という言葉が流行っている。人生の終末をどう締めくくるかということのようだ。私もその終末を迎えて自分の人生を回顧している。

私は生涯で4度,死から救われている。一度は幼年時代、生まれ故郷ハワイの海で溺れかけた時。

二度目は父の赴任先の沖縄で喘息発作で危うく呼吸困難になった時。

三度目は日米戦争末期、名古屋での米軍による焼夷弾空襲の時;四度目は1997年、前立腺癌を放射線療法で癒された時。

と、いずれも神様に救われたことで一生忘れ得ない感謝で今日まで生きてきている。そして多くの肉親の死を見てきている。

人は生きている限り死と常に直面しながら、神様によって生かされている存在である。

私の人生は能の舞台の「序破急」ではなく、「破急序」であったように思う。幼少年時代の死の恐怖から始まった「破」の時代、そして青年、熟年時代の慌ただしい「急」の時代、晩年の静かな「序」の時代と時が流れてきたように思う。

年の暮れは兎角、慌ただしいと言われるが、人生の黄昏はそれほどでもない。神様は人生の結末にあたって、ゆっくりとした癒しの時間を与えてくださっているように思う。

昨年の7月に、友人の勧めで当教会の礼拝に出席するようになった。そして、私はそれまでの10年近い冬眠状態の信仰生活から目覚めることができた。

お陰で多くの教会員とも交流でき、人生を語り合う友にも出会えた。何という神様の恵みであろうか。

乱れがちだったこれまでの人生の歯車が正常に回り始めた気さえする。もちろん、まだまだ生ぬるい信仰であるが、来年こそもっと根強い信仰生活を歩みたいと祈っている。

引き続き牧師先生ご夫妻始め、教会員各位の心の支えを仰ぎたいと願ってやまない。

サムエル北村

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救い主イエス,王の降誕、おめでとう御座います!
  
「ひとりのみどりごがわれわれのためにうまれた、、、」 イザヤ書9章6節

冒頭のイザヤの預言はおおよそ750年後にベツレヘムで誕生したイエスの上に成就する。みどりご、男の子がわれわれに与えられた。同9章7節はこのイエスの地上での役割を明確に預言する。

民を救う救い主であられると同時に、それは「ダビデの位に座し、その国を治め」られます。メシヤの初臨の姿は国を治める「霊妙なる議士、大能の神、とこしえの神」として預言者イザヤは記録する。メシヤは王でもあられる。

かつて収税人であって、イエス様の弟子になったマタイは、旧約聖書から多く引用し、その光を師であるイエス様に当てて、マタイの福音書を書き上げている。当時の律法学者とは違い、マタイこそ真の律法学者である。マタイは救い主メシヤを”王”としても描写している。そこで、メシヤが王である姿を追ってみましょう、

私達の視点をメシヤは救い主であるという単一の役割から、救い主であり王であられるという二重の重要な役割を担ったメシヤであることに移しましょう。王としてのメシヤの役割は救い主の陰に隠されているからである。

冒頭のイザヤの「ダビデの位に座し、その国を治め」の預言は、マタイの1章の冒頭にメシヤの系図、ジニオロジーに反映されている。「アブラハムの子であるダビデの子、イエス・キリストの系図」とある。神はアブラハムを召して、「わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう。あなたは祝福の基となるであろう。、、

地のすべてのやからは、あなたによって祝福される。」(創世記12章参照)。これは霊的な意味と同時に、国を治めるという立場の人物を指してのことでもある。アブラハムから14代後、ダビデ王が誕生、そしてイスラエルを治める王となる。

ダビデ王はイスラエルの名王、歴史に登場する王たちの模範的な王として40年君臨する。そのダビデ王家からイエス、メシヤが誕生する。イエスは王家の血を引いたメシヤである。

イエスが誕生した時、東方から博士たちがエルサレムに到着、拝みに来ました。博士たちは「ユダヤ人の王としてお生まれになったかたは、どこにおられますか。」とメシヤを王として迎えている。

また、当時、王であったヘロデは祭司長、律法学者に調査を指示し、メシヤの生誕地を旧約聖書から調べさせた。彼らはミカ書から「、、、わが民イスラエルの牧者となるであろう。」とヘロデ王に伝える。旧約においては王は度々羊飼い、牧者にたとえられている。

ヘロデ王はこの子を生かすことを恐れて、ベツレヘムとその附近の地方にいる2歳以下の男の子を殺害した。この残酷さは旧約の預言が確かであり、ヘロデ王の調査が事実であることを裏付けるものである。幼子イエスは両親に抱かれて一時エジプトに逃れる。

弟子のマタイに限らず、弟子たちの中にはイエスが救い主であると信じたいよりも、むしろイスラエルの王であると信じていたようである。弟子の一人、ナタナエルは「先生、あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です。」と告白する。(ヨハネ1:49)

また、イエス様ご自身も、十字架にかかる前、総督ピラトとの問答で「あなたがユダヤ人の王であるか」との問いに、イエスは「そのとおりである」と答えられた。

イエス様が最後のエルサレムに入城された時、ロバにお乗りになり、町中が騒ぎ、群衆に迎えられた。ロバは平和の象徴、平和の君のエルサレム入りである。群衆は上着を道に敷き、声たからかに神を賛美し、叫んだ「主の御名によってきたる王に、祝福あれ。天には平和、いと高きところには栄光あれ」。

預言者イザヤも11章で私達の王をこう描く:「正義をもって貧しい者をさばき、公平をもって国のうちの柔和な者のために定めをなし、その口のむちをもって国を撃ち、そのくちびるの息をもって悪しき者を殺す。

正義はその腰の帯となり、忠信はその身の帯となる。」さあ、クリスマス!、人類の救い主、世界を治められる平和の王の誕生。平和の君、律法によらず、愛によって治め、導かれる真の永遠の王をお迎えしましょう。

前原利夫


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Now Thank We All Our God (Hymn Charts with Lyrics, Contemporary)

「私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。
しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。」ローマ 8:35、37

歴史の中で最も壮絶な苦しみのひとつに考えられる三十年戦争の最中、この素晴らしい聖歌は生まれました。マーティン・リンカートがドイツ、アイレンベルグ市のルーテル教会の国教会牧師に迎え入れられたのは、血みどろの戦いとなった三十年戦争が始まった年。それから三十二年間、彼は必要を求める人々に誠実に伝道を続けました。

三十年戦争の舞台となったドイツは、ヨーロッパ全土のあらゆる国の部隊が集まり、筆舌に尽くしがたい惨状に見舞われます。1,600万人だったドイツの人口は600万人に減少。壁に囲まれていたアイレンベルグ市には、政治的・軍事的難民の避難所となり、近隣はもちろん、遠くの都市から集まった難民であふれかえりました。

飢餓や死を招く伝染病にも見舞われ、また様々な部隊や軍隊が市内を通るたびに殺人と破壊が繰り返されたのです。

1637年に市を襲った伝染病は特にひどいものでした。この病気が流行のピークに達した時、病に苦しむ人、死を迎えつつある人々のケアを出来る聖職者は、リンカートだけしか残っていなかったのです。

この聖歌の中で、リンカートは神の勝利そして神に対する自身の感謝と確信の言葉をつづっています。それはローマ書で示された神の真理を語るものであり、神の子である私たちもリンカート同様「これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。」

峰岸麻子

I歴代誌16:36、詩篇 147:1、
Iコリント15:57、58参照
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September 22, 2017, Kenneth Osbeck,.
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私は本欄8月、9月号において、日本の著名なキリスト教思想家、内村鑑三について触れたが、彼は奇しくも私の母校で教鞭をとっていたことがある。

メソジスト系ミッションスクール名古屋中学校(前身は創立1887年の名古屋 英和学校; 現在の名古屋学院)は今年で創立131年になる伝統校であるが、内村は創立まもない同校で神学部長として宗教学を教えていたと校史にある。

札幌農学校に学んだ内村はかの有名なクラーク博士の下、キリスト教の影響を受け、その後アメリカ留学の経験もあり、明朗闊達な校風を導入したと言われている。「祈りつつ学び、感謝しつつ働く」精神を養うために、校内に農園を開拓し, 豚の飼育なども手がけ、自ら生徒の先頭に立って汗を流した。

信仰と実践の重要さを具現したのである。従来の思想家としてのイメージの強い内村にこのような勤労授業を率先する一面があったことを私は知らなかった。内村は旧来の厳格一点張りの日本式教育を一新し、アメリカ式陽気で明るい雰囲気を導入しようと努めた。

私は幸いに、この学校で3年間、理科教師を勤める機会に 恵まれたが、伝統ある校風のお陰で、卒業後の教え子達との交流も繁く、昨年も教え子たちに招かれて同窓会に出席し、久しぶりの再会を楽しんだ。由緒ある学校でキリスト教教育を受け、恵まれた環境に育ったにもかかわらず、私の信仰はいまだに生温いと反省している。

温室育ちのひ弱さを痛感している。生来の理屈ぽっさが災いして、私は聖書読みの聖書知らず、つまり、実践の伴わない信仰に甘んじて来た。重箱の隅をほじくるような、詮索が好きである。理屈の探求に熱心のあまり、本末転倒のことを屡々、しでかしている。

新約聖書ヤコブの手紙2章14節では行いの伴わない信仰は役に立たないことを戒めている。実践の伴わない信仰に生きて来た自分が恥ずかしい。改めて内村鑑三の実践的生き方に感銘を覚える。

サムエル北村


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“癌”というのは異常細胞で、その司令塔であるDNAに異常をきたしたものです。通常は、私たちの“免疫”がそういう異常細胞を殺すのですが、“私は正常な細胞ですよ”というサインを掲げてどんどん繁殖していくのが“癌細胞”なのだそうです。

昨年の一月にCTスキャンで左肺に18ミリの腫瘍が見つかり、癌の可能性があるという報告書を読んだ時、“あっ、自分は死ぬんだ”と思いました。

そして、Count your rest of life(残りの生きる年を数えなさい)という意味の言葉を上から受けたのです。でも、その時は、まだ癌であるかどうかわからない時でした。

6月にバイオプシー(生検)をして、肺癌であることが確定し、紹介された専門医に会いましたら、何もしなかったら1年から2年半だろうと喜々として(死刑を宣告するが如くに)伝えられて、こんな先生のところには行きたくない、と思わされたのです。

その週の祈祷会で、私は、自分が肺癌であることを報告し“皆さんより早く逝きます。これまで素晴らしい人生だったので、自分は何も後悔することがありません”と証詞をしたのでした。皆さんは、“私たちが祈ります。諦めないでください”と仰ってくださいました。それから、祈祷会の皆さんは、毎回わすれずにお祈りしてくださいました。前原先生からは“自分は、バスケットボールの延長時間が好きだから、延長試合をしてください”というメールをいただきました。

バイオラ大学で看護学を教えているK姉からHouston のMDAndersonに行くようにと示唆されて、MDAndersonに行きました。ここは、全世界から癌治療のために集まってくる患者、また医者の訓練のために、癌撲滅のために建てられた医療機関でした。でも、そこで長期の治療をする気持ちにはなれず、UCLAでも同様の治療が受けられると言われたので、娘のハーバード時代の友人の父がUCLAの教授だと聞いていたので、連絡したら、自分が癌の教授だから明日来なさいと言われて、会いに行きました。

もう一度、全部の検査をし、Chemo(化学療法)を始めました。2種類の薬を点滴するのですが、3日後から苦しくなります。下痢・便秘・吐き気・フラフラ・食欲減退、この嫌な気持ちをどう表現すればいいのでしょうか。これを3週間ごとに4回繰り返し、その後、ひとつの薬にするというのが、肺癌患者の定番の治療法です。
その後、UCLAの担当の先生とは、いろいろ相談することが出来なかったので、USCの先生に変えました。

Chemeで癌が小さく(半分のサイズに)なったので、Radiation(放射線療法)をはじめ、Radiationの終了後の2度目のPETスキャンで癌が消えた(検知されない)という朗報を得たのでした。でも、肺癌患者は、二人のうちひとりが再発するというので、今、immunotherapy(免疫療法)をしています。

祈祷会の皆様、その他の皆様のお祈りに感謝しています。そのお祈りに応えて、神さまは延長時間をくださいました。残された一日々々を無駄にすることなく、主の御用のために用いたいとそう思わされています。

ロバート・イー


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Stand Up! Stand Up for Jesus!

「終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。」 エペソ 6:10
1858年、「フィラデルフィアへの神のわざ」と呼ばれる大きなリバイバル運動が起きました。運動に参加した牧師や宣教師の中で最もパワフルだったのは、大胆で妥協のない説教者として名高い29歳の聖公会牧師、ダドレ―・ティングです。彼が語る所には、このダイナミックな牧師の説教を聞こうと多くの人が集まります。

1858年3月30日、ティングの昼礼拝に5千人を超える男性が集まっていました。そして出エジプト記10章11節「さあ、壮年の男だけ行って、主に仕えよ」から語られたこの日の説教で千人を超える男性がイエスを信じたのです。説教の中で、彼はこう語りました。

「私は、キリストに定められたことを皆さんに語らねばなりません。神のメッセージを皆さんにお伝えするという私の仕事が満足にできないのならば、私はこの右腕を切り落としてしまった方がましです」

その翌週、地方の作業小屋でトウモロコシの脱穀機が作動する様子を見学していたティングの洋服の袖が、歯車に巻き込まれてしまいます。腕は引き裂かれ、大動脈と正中神経が激しく損傷。外傷性ショックと出血多量で彼は命を落としました。

嘆き悲しむ友人や牧師たちに囲まれた死の床で最後の言葉を求められた彼が弱々しい声で囁きます。「みな、立ち上がってイエスに仕えよう」

ティングが亡くなった次の日曜、フィラデルフィアの長老教会の牧師で、ティングの親友であり同僚であったジョージ・ダッフィールド師は亡くなった友人に礼拝を捧げていました。そして、尊敬する友人が死の間際に残した言葉に触発され書き上げたばかりの詩を朗読して、その礼拝を閉じたのです。

峰岸麻子

IIコリント1:20-22、エペソ6:10-18、
ヤコブ1:12参照
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