「なぜなら、キリストは教会のかしらであって、ご自身がそのからだの救い主であられるように、夫は妻のかしらであるからです。」   エペソ5:23

1866年のイギリスでは神学論争が熱を帯び、自由主義派たちは長老教会の主要な教理をなきものとするほど、圧倒していました。そんな時代に書かれた賛美が、この『いとも尊き』です。保守的信仰の強力な信者であった作者のサミュエル・ストーンは、正統派の信仰が激しく攻撃される中、一切の妥協を許しませんでした。

教会の基礎を成すキリストの主権を再確認するような賛美を作りたいと願っていたストーンは、懐疑的な自由主義の教えに対抗するべく、使徒信条を基本とする賛美歌を12曲生み出します。そしてこの『いとも尊き』は9番目の信条、「聖なる公同の教会、聖徒の交わりを信ず」から、キリストがこの教会という体の頭(かしら)であることを歌っています。

ストーンは「貧しき者の牧師」として知られた人物です。そして、教会とは必要に迫られた人々がキリストと出会うための手段として存在するという自身の強い信念がこの賛美に表れています。

ロンドン東部のはずれの町で、貧しい人々や恵まれない人々に仕えた彼のミニストリーについては「氏が作った粗末な暮らしぶりの人々のための麗しい礼拝の場所は、暗闇の真ん中に輝きわたる光となった」という記述が残されています。

教会とはこのような場所であるべきです。教会は、独善的なクリスチャンだけが集まる、特別な会員制クラブのような場所であっては決してなりません。そこは、傷ついた人々のための病院のような場所でなければならないのです。

神ご自身によってこの世界から呼び集められた人々が集まって共に礼拝し、感化しあい、教え合い、交わりを持つ場所です。

そして教会で過ごした後、神は私たちをご自身の民として世界に送り出されます。神の民である私たちは、この世界のすべての人間に対して、神ご自身を表すものとして、また神の愛の模範として羽ばたきながら教会を後にするのです。

峯岸麻子 

マタイ16:15-18、Iコリント3:11、コロサイ1:18参照                    Taken from [Amazing Grace] ©Copyright
September 22, 2017, Kenneth Osbeck,
Published by Kregel Publications, Grand Rapids, MI 
Used by permission of the publisher. All rights reserv

~救いの証 3~

 アメリカでの新しい生活が始まり私は環境の違いに戸惑いながらも学生生活を過ごしていた。日系2世の父はいつもにこやかで優しいとしかたとえようのない人で生涯家族を大切にし、私の事も深い愛情をもって育ててくれました。一つ難をいえば宗教に関しては仏教にやや傾いていたことぐらいでした。

学校と自宅を往復するだけの毎日だった私にある時母が広告で見つけたと言って日系混声合唱団というコーラスグループがありそれに参加してみたら?という母の言葉に私もすぐ同意してその週末からメンバーにさせてもらいました。当時は私が最年少でしたが何人かのお友達もできて週1回の練習日を私は心待ちにするようになりました。

その合唱団にはとても声の大きいそして素晴らしい歌声のお兄さんがいてもちろんリーダーとしてメンバーを統一されていました。その方は後年牧師になられました。

安藤英世先生です。メンバーのなかに中村さんというご夫妻がいらして奥様の幸子夫人は大熱心なクリスチャンでした。ある時「今度の日曜日何してる?」と夫人から聞かれ、うっかり「何もしていません」と答えてしまった私はその週の日曜から幸子夫人の送迎付きで教会に通う事となりました。

今思えば教会に導いて下さった幸子夫人には感謝しかありません。しかし当時の私は日本語礼拝でもなかなか馴染めず毎週日曜がやってくると「どうしてこういう事になってしまったのか?」と自分に問いかけ聖書を読むこともしませんでした。

教会に行きだした私を母は喜んでいたみたいですがあれこれいう事はなくただ必ず「今日の教会はどうだった?」と私に問いかけ、何を聞かれても礼拝後の交わりで頂いたお菓子が美味しかった話しかしない馬鹿娘を目の前にして「それでも楽しかったのなら良かったね」と笑っていました。

きっと母はいつかの神様のタイミングで私の心に光が差し込む事を確信していたのだと今になって思います。求めれば必ず答えが返ってくる、、そのような事にも気付くことなくフワフワした気持ちで通っていた教会もやがて勉強がとても大変な時期に差し掛かった事を理由に私はまた離れていきました。

そしてそれからやがて大人になって再び教会のドアーを開けるまではてしなく長い年月がかかりました。しかし私のみならず仏教に傾いていた父までがクリスチャンとなる日が後年訪れることは神知るのみ、すでにその時決められていた救いの道でした。   

 西原ジュリー

「すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように.こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。」

この個所は以前から、チャレンジを受けていたみ言葉で 、エペソ書の学びを深める良い機会となりました。限られた紙面で、先月8月号に前半を取り上げ、①パウロの祈る姿、②1章の祈り、3章の祈り、③愛の広さを紹介いたしました。

今号は①愛の長さ、②愛の高さ、③愛の深さを続けてご紹介致します.人知を超えた神の愛を模索するは、み言葉をもってする外ないでありましょう。

1)キリストの愛の長さ:キリストの愛が罪人も善人も、或いは信じる者も信じない者も両極端をカバーするように大きな広さであれば、それに比例して、その愛の長さも測ることができないほど長いです。

マタイの福音書18章の1万タラントの負債ある者が赦された神の愛は無限に長い神の愛を物語ります。

ペテロがイエス様にお尋ねしました、「兄弟がわたしに対して罪を犯したら、いくたび赦さねばなりませんか」と。イエス様は7倍を70倍までにせよ、との返事です。

これは単に掛け算九九ではありませまん。490回赦せとは永遠に赦しなさいという意味ですね、

私達の長い、長い罪のリストを没にして、罪を罰しないのであります。罪を490回犯しても、その罪の長いリストを取消して下さるのです。

イエス様はそのお話の中で、王様が1万タラントの負債を抱えた人の借金を赦した、と話します.一万タラントとは大変膨大な金額です。1タラントは6000デナリ.1万タラントは10,000 x 6,000 です。

この数字は返済できない数字です、6千万デナリ、だから王様もその僕を赦したと言いました。イエス様の愛の長さはここに見られます、無限の罪の赦し、返せないほどの借金、それを帳消しするのであります。赦されない罪、それを綺麗さっぱり赦される。

皆さん、1デナリは1日分の日給に等しいです。デナリで貴方の生涯を考えてみましょう。人の一生が50年働くとすると、生涯でおおよそ13,000デナリ稼ぐことになります。

すると10,000タラント稼ぐのに4615人の人たちが50年かけて稼がないと返済できない負債です.神はそのような無限、天文学的な負債、罪を赦される長い長いといえる愛をお示し下さいました。

2)キリストの愛の高さ詩篇に神の愛の高さ深さを表すのに、天と地、また雲にまで及ぶと表します。私達も比較にならない事や差があり過ぎることを“雲泥の差“と言いますね。雲は天を表し、泥は低地を表します。神の愛は天高く、それに比べると人の愛は低地のように低いのです。ダビデは詩篇でこのように称えます。

「主よ。あなたの恵みは天にあり、あなたの真実は雲にまで及びます。あなたの義は高くそびえる山のようで、あなたのさばきは深い海のようです。あなたは人や獣を栄えさせてくださいます。

主よ。神よ。あなたの恵みは、なんと尊いことでしょう。人の子らは御翼の陰に身を避けます。彼らはあなたの家の豊かさを心ゆくまで飲むでしょう。あなたの楽しみの流れを、あなたは彼らに飲ませなさいます。」詩篇36篇5~8節

3)キリストの愛の深さ:「あなたのような神が、ほかにあるでしょうか。あなたは、咎を赦し、ご自分のものである残りの者のために、そむきの罪を見過ごされ、怒りをいつまでも持ち続けず、いつくしみを喜ばれるからです。

もう一度、私たちをあわれみ、私たちの咎を踏みつけて、すべての罪を海の深みに投げ入れてください。」 ミカ書 7章18~19節

海の底が深いように、その深いところに私たちの罪を投げ込んで、足で踏みつけて、海の底から浮き上がってこないように、沈めるのであります。これほどに神の愛は深いのであります。太平洋の深海の底に深く深く捨てられていくのです。

皆さん、一旦赦された罪は2度と再び地上に浮かび上がるようなことはありません。神の愛はそのように深いのであります。インターネットによると、200メートル以上の深さを深海と呼び、100メートルの深さは人間が潜れない限界という。

世界で一番深い海は10,000メートルで、それは飛行機が飛んでいる高さと同じくらいと言う。神様が私達の咎も罪も海の深みに投げ込まれると、それはこのような深海でありましょう。神の赦しは完璧で安心です。

キリストの愛は巨大な立方体の入れ物のように、私たちを包み込みます。大空のような広がった風呂敷で私たちを包み込みます。

「人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。」ヨハネ15章13節

前原利夫



ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A.
www.gospelventure.com/


「主よささぐる」 聖歌 296 My Jesus, As Thou Wilt!” 

「わが神。私はみこころを行うことを喜びとします。あなたのおしえは私の心のうちにあります。」詩篇40:8

人類のために神様が用意してくださった救いを受け入れるかどうかは、私たちにとって、とても大切な決断です。そしてその次に大切なのは「将来に何が起きようとも神様の御心を行っていくのだ」という決断です。

しかしながら、神様の御心をはっきりと見極めることは難しいことですね。「偉大な祈りの人」の一人に数えられるジョージ・ミュラーはこの件について以下のような意見を述べています。

 

「神の御心を探る時。

  • 祈りの課題について、自分の意志が入らないように心を整える
  • 神の御言葉を通し、あるいは御言葉と関連付けて御霊のご意志を求める
  • 神の御采配がどのような状況にあるかを考える
  • 祈りの中で、御心をはっきり示してくださるよう神に願う

 

このようにして、神への祈り、御言葉の学びと省察を通して、慎重に判断をくだし、心に平安が得られたならば、その事柄に対してさらにいくつかの願いを祈っていく。私にとっては、この方法が常に効果的なのである。」

 

この聖歌が最初に発表されたのは1704年のこと。ドイツ語の賛美歌集に収められました。その後、1820年に発表された「賛美歌集:ルターの土地から(Hymns from the Land of Luther)」でジェイン・ボースウィックの翻訳による英語版が生まれました。

神様のために勝利に満ちた人生を私たちが歩めるようにと、神様は私たちに力を与えてくださいます。しかしそれは、私たちの思いを神様にすべてお委ねすることでのみ実現するということを、この聖歌の歌詞は私たちに思い起こさせてくれます。

峯岸麻子

マタイ6:10、エペソ5:17、コロサイ1:9、

へブル13:21、Iヨハネ2:17参照

Taken from [Amazing Grace] ©Copyright
September 22, 2017, Kenneth Osbeck,
Published by Kregel Publications, Grand Rapids, MI
Used by permission of the publisher.
All rights reserved.

~救いの証 2~
成長すると共に私は信仰の深い母とは別の道に進んでいた。そのうち母が祈ってくれているので我が家は安泰とさえ思うようになりました。

一家に一人祈る者がいればすべて良しとはいったいどこから出てきた理論かわかりませんが当時の私はそれが正論だと信じていました。時が過ぎ母の店も人任せにできるようになったころ母は度々渡米していました。

ロスアンゼルスには母の妹つまり私の叔母が住んでいてその訪問もありましたが後に母から聞く話ではアメリカで日本料理店を開きたいと思っていたとの事。当時まだ数えるほどしか和食店がなかったことを考えると肝っ玉母さんにもほどがあります。

しかし神様は母にそれとは違う道を開いて下さり母は再婚そして生涯を共にした良き伴侶との出会いがあり米国で暮らす事になり私と祖母も移住する事となりました。

私は母の再婚を心から喜びまた若かったせいか友達、親戚との別れや生まれ育った土地を離れることに何の淋しい感覚もなくただただアメリカってどんなところなんだろう?と地図を広げてはため息をつく毎日でした。

思えば私の人生の要所要所で神様はそのみ手を私に差し出して下さりその都度私は横を向いて通り過ぎていました。当時私が通っていた学校には生徒の憧れの先生がいて私もその女教師,美子先生を尊敬し大好きでした。

その美子先生が間もなく日本を離れようとしている私ともう一人仲の良かった級友を先生のご自宅に昼食を作り招いて下さいました。心のこもったおいしいお食事をした後、お部屋の中をふと見まわすと本棚に聖書が立てかけてあるのを見つけ“先生、聖書読むの?”“教会行ってるの?”“クリスチャンなの?” と矢継ぎ早に聞く私に先生は黙って頷かれました。

初めて知った事でした。私が“聖書は持ってるけど一度も読んだ事ない”と言うと先生は“貴女の手元に聖書がある限り貴女はきっといつかそのページを開く事があると思いますよ”と言って私の手をとって“貴女がアメリカに行っても世界中のどこへ行っても神様にずっと守られ新しい道が開かれますよ。何も恐れずお任せしなさい”と祈って下さいました。

私は先生が私のために祈ってくれた。そのことでわけもわからず涙が止まらず泣き続けました。別れの時ちぎれるほど駅で手を振って送ってくれた先生はそれから数年後教会のご奉仕をされるため学園を退職されたと風の便りで知りました。

先生に祈って頂いたその夜、私は引っ越し荷物の中に聖書を大切にしまい込みました。そしてそれから1週間後夢見る夢子さんの私と祖母は日本を旅立ちました。

14歳の夏の事でした。

西原ジュリー



ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A.
www.gospelventure.com/


私たちは6月から8月まで、この3ヶ月間エペソ人への手紙を学んでいます。タカヨシ師が同書をテキストとして選び、日語部と英語部が同じ御言葉を学び、同じ方向に向かって歩み、成長することを願っての選択でした。

今回は奉仕にキム明子姉、タカヨシ師、小生、3人がこのチャレンジを受けることにし、明子姉が4回、タカヨシ師が6回、小生が3回の割り当てを受けました。

私は6、7月と、パウロの祈りの個所にぶっつかり、特に3章14−21節のパウロの祈りに大きなチャレンジを受けました。この個所は以前から、チャレンジを受けていたみ言葉で 、学びを深める良い機会となりました。限られた紙面ですから、今号と9月号に学びを纏めました。

1)パウロの祈る姿:3章14、15節はパウロの祈る姿です。ローマの獄中ですが膝をかがめ、天地の全ての父である唯一の父にエペソの信徒のために祈るのである。ユダヤ人の祈るポーズは天を仰ぎ、両手を上げて祈る、パウロは逆に獄中のコンクリートにしがみつくように祈り、場所に構わず主の臨在に打たれた祈る姿である。それも、エペソの信徒が神の愛を更に深く理解するようにとの励ましの祈りである。

2) 1章の祈り、3章の祈り:この二つの祈りには共通点があり、それはエペソ教会の信徒たちが神の業を深く知るように、1章ではそのために「知恵の霊」と「啓示の霊」を受けるようにと祈リます。3章では愛の広さ、長さ、高さ、そしてその深さを理解できるように祈れとの祈りです。パウロの祈りはエペソの教会に大事なことは神の力を知ること、栄光の富を知ること、そしてキリスの愛の大きさを知ることです。神のみ業を深く知ることは神に更に近付けよということであり、私たちの教会にも同じ祈りがなければなりません。

3)18、19節の「愛の広さ、長さ、高さ、その深さ」:
同節のみ言葉は「すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。」。

一体この愛は誰の愛かと疑問を持つ人は多かろう。ある人は神の愛、教会の愛、救いの業、十字架の愛、或いはキリストの愛、という色々な見方があるようです。私はキリストの愛であると直感的に理解していました。19節は「また人知をはるかに超えたキリストの愛を知って、」とありますから、この愛の広さ、長さ、高さ、深さは人知をはるかに超えた愛であり、キリストの愛しかないと解釈できよう。
それでは、愛の広さ、長さ、高さ、深さを順序よく取り上げて、今号は「愛の広さ」をご紹介し、「長さ、高さ、深さ」は来月に取り上げます。

4)「愛の広さ」とは:キリストの愛は両極端を抱擁する力、愛です。母親が赤ちゃんを愛する愛、愛されているかどうわからなのに愛する愛です.キリストの愛は罪人であれ善人であれ、その隔たりを超えて愛する愛です.敵であっても味方であっても、その両極端を愛する幅の広い愛です。

ローマ書5:8「しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。」

ローマ書5:10「もし敵であった私たちが、御子の死によって神と和解させられたのなら、、」

イエス様は、山上の教えで、こう語られました。マタイの福音書 5:43以降〜隣人を愛し敵を憎めと、これが旧約聖書の教えであった、しかし、イエス様は敵を愛し、あなたを迫害するもののために、祈りなさい、天の父は悪い者の上にも良い者の上にも太陽をのぼらせておられる。兄弟だけに挨拶することは特別なことではない、このようなことは異邦人でもしている。自分を愛する者を愛したからとて、特別なことではないと教えられました。

イエス様の愛は端っこから端っこで、上から下まで、その愛の抱擁力は広い、両極端、上下の隔たりを超えて広い愛を持って貴方を私を愛していておられる。

世界の悪い者も良い者も、愛の風呂敷で包み込むような懐の広い愛です。極限の愛の広さです。もし、天の父の子供になりたければ、天の父のようになりなさい、とイエス様はおっしゃる。続く、、

前原利夫



ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A.
www.gospelventure.com/


「安けさは川のごとく」 聖歌 476 “It Is Well With My Soul”

「神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け。」 詩篇46:1

神の愛に対する絶対的な信頼によって、心に平安を得ることができるという事実は、成熟したクリスチャン信仰における現実的な証拠です。天の父に対するこのような確信によってのみ、作者のホレシオ・スパフォードは、胸が張り裂けるような悲劇を経験しながらも「全て安し、御神、共にませば」と言うことができたのです。

スパフォードは、シカゴで成功を収めた弁護士で4人の娘に恵まれ、長老教会の会員として活発に活動し、D.L.ムーディをはじめとする当時の指導者たちの誠実な友であり支援者として平穏で幸せな日々を過ごしていました。

ところがその彼を次々と悲劇が襲います。まずは、1871年のシカゴ大火で、スパフォード家が大規模に展開していた不動産投資のすべてが焼き尽くされました。

その後、ムーディと彼の音楽牧師であるアイラ・サンキーがイギリスへの宣教旅行に行くことになった時、家族を元気づけることになると思ったスパフォードは、この旅行に家族と共に同行することを決心しました。そして現地のイギリスでムーディとサンキーに合流する約束をします。

1873年11月、出発を目前にしたスパフォードに急な仕事が入ってしまいました。すぐに追いかけるからと、スパフォードは予定通りに妻と4人の娘をSS Ville du Harve号に乗せ先に行かせます。しかし大西洋を半分渡ったところでこの船はイギリスの軍艦と衝突し、わずか12分で沈没してしまいました。

妻は奇跡的に助かり、数少ない生存者に数えられることとなりましたが、スパフォード家の4人の娘は犠牲者226名の中に名前を連ねることになりました。

ウェールズ州のカーディフで、悲しみに暮れながら自分を待つ妻の元に向かうために乗った船の甲板で、スパフォードは何時間も立ち尽くしていました。娘たちが命を落とした海域に近づいた時、スパフォードは神様からの慰めを感じ続けていました。

そしてこの慰めのゆえに「悲しみは波のごとく わが胸満たす時 すべて 安し 御神共にませば」という賛美を書くことができたのです。なんと素晴らしい希望の姿でしょう!

峯岸麻子

詩篇31:14、142:3
ガラテヤ2:20
Iペテロ4:19参照

Taken from [Amazing Grace] ©Copyright
September 22, 2017, Kenneth Osbeck,
Published by Kregel Publications, Grand Rapids, MI
Used by permission of the publisher.
All rights reserved.

ひとは幼少期の記憶を鮮明に覚えているものだろうか? 私は3歳くらいの事が不思議とはっきり脳裡に残っている。

私は東京大田区の洗足池と言う都内でもかなり人気の高い池と春には桜が満開の公園が目の前に見渡せるそんな場所で生まれました。

すぐ近くに小さいけれど絵本に出てくるような教会があり両親が私を連れてそして大好きだった祖母も連れて礼拝に行っていた。覚えているのは会堂を駆け回る私を母や祖母が追いかけてはたしなめるシーンです。

繰り返し浮かんでくる思い出です。思えばそれが後に教会とそして神様と繋がる原点であったような気がします。しかし本当に神様を信じ救われる日が訪れるのはその日から長い長い年月の繰り返しの後の事でした。

我が家は平凡だけど幸せな家庭だったと思います。しかし平凡な一家に変化が訪れたのは父の死でした。末期の胃癌で手の施しようがなかったと後に母から聞きました。おそらく現在の医学なら助かったかもしれません。

私が幼稚園に通い始めた頃の事でした。父が残してくれたものもありましたがそれからというもの母は一家のお父さんになりました。

母という人がどうしてあんなに物事にポジティブで何にもめげない性格だったのか、それはやはりすべてを神様に委ね信仰の中で生きていたからだと少しずつ私自身が分かってきたのは物心ついた頃からでした。

とは言うものの母の苦労は並々ならぬものだったろうと思います。都内にレストランを経営し始めた母は幸いお店が大繁盛していたこともあり帰宅も遅くそして以前のように礼拝にも行けなくなり仕事ずくめの毎日でした。

楽しみと言えば夜帰宅してから分厚い本(私はそう呼んでいました)聖書の事です。それを読むことだったようです。母は私にあまり聖書の教えや、み言葉など語ることはありませんでしたが、ただ “すべてに感謝しなさい”“今日の一日も明日の事もすべてね”といつもくりかえし言っていました。

”感謝“の深い意味が分かるようになったのはこれからまだずっと先の事でした。

西原ジュリー



ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A.
www.gospelventure.com/


私達は6月から8月までエペソ人への手紙1章から6章までを礼拝メッセージとして学んでいます。エペソ書は結構難しい箇所もあり、特に前半は後半よりも更なる学びが要求されます。学者によってもテーマの取り方も違うが、1章10節が太極的な視点から好ましいと思われます。

「時がついに満ちて、実現します。いっさいのものがキリストにあって、天にあるもの地にあるものがこの方にあって、一つに集められるのです。」

時はついにきました。イエス様が栄光を受けるべき時、十字架の時がきました。この世の権力者は与えられた権力,武力によつて国民を一つにまとめ上げようとしますが、イエス様は十字架の贖い、十字架の愛によって世界を一つに集められます。世の権力と救い主の権力はここに違いがあります。

今号はあまり聞きなれない言葉「キリストの高挙」と言うテーマを考えてみます。そして、私たちもキリストの高挙に与る聖徒であるという特権を再認識しましょう。

1)私たちは聖徒?:パウロの書簡では宛先の教会の信徒を聖徒と呼んでいます。エペソの教会や問題だらけのコリントの教会にも聖徒と呼んでいます。私たちは “Saint” と聞くだけで、雲の上の人のようで、この世の私たちには相応しい呼び方とは思いません。しかし、何故、パウロが敢えて聖徒と名付けたかは“彼らがイエス様と結びついていたからだ“、とタカヨシ先生は解釈されました。まさにその通り、貴方がイエス様と繋がっていたら、貴方は聖徒です。この聖徒たる身分には大きな大きな報いがやってきます。神様からの約束です。

2)キリストの高挙:高挙(コウキョ)という日本語は辞書にも見つかりません。キリスト教用語で高く掲られる、高く引き上げられる“ という意味です。イエス様が十字架の死から復活し天の父の右に座されたことです。1章20,21節にキリストの高挙の聖書的意味があります。

「神は、その全能の力をキリストのうちに働かせて、キリストを死者の中からよみがえらせ、天上においてご自分の右の座に着かせて、すべての支配、権威、権力、主権の上に、また、今の世ばかりでなく、次に来る世においてもとなえられる、すベての名の上に高く置かれました。」

イエス様は十字架上で死に、葬られ、3日目に復活され、そして父のみ元に昇られ、この世界とこれから来るべき世界を一つに集められるお方です。死者、腐れ果てるべきである体が、生きた者となり、世界を治められるようになられたことは、谷底から無限の天の高さまで引き上げられたのであります。イエス様も弟子たちも十字架の苦難を“栄光“ と呼んでおられたのはこの高挙が予定されていたからです。

パウロは1章で「栄光の富」を深く知るように祈れと勧めます。それはキリストの高挙であり、「神の絶大な力を知るように祈れ」と勧めるのは、神は無から天地を創造される力、キリストの高挙を成し遂げる偉大な力を知るようにとの祈りです。それは単に、知識としての祈りではなく、やがてすべての聖徒がキリストの高挙に与る からであります。

3)高挙に与る聖徒たち:パウロが1章で祈れ、祈れと勧めるのは、キリストの高挙に私たちが与る事を知るためです。知識は大事ですが、自ら体験することと比べることのできないものです。特に、栄光の富に永遠に与る光栄に浴するわけですから、私たちは聖徒である事を誇り、神の絶大な力と愛が、かつて罪人であった者に与えられる特権、栄光を深く知りたく思います。私たちが天国に招かれるということは、イエス様を信じたからですが、その背後に神の無限の愛と力が働いておられるからです。イエス様も十字架を前にして、心騒ぐ弟子たちにこう約束されました。

 

「あなたがたは心を騒がしてはなりません。 神を信じ、またわたしを信じなさい。 わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。 わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。」 ヨハネの福音書 14章1~3節

 

聖徒たち、貴方も私も初穂であるイエス様に倣い、やがて栄光の富を受ける時がきます! イエス様はその準備のさきがけになられました。

 

前原利夫



ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A.
www.gospelventure.com/


I Heard The Voice of Jesus Say (Kingsfold) – Audrey Assad

「ああ。渇いている者はみな、水を求めて出て来い。金のない者も。さあ、穀物を買って食べよ。さあ、金を払わないで、穀物を買い、代価を払わないで、ぶどう酒と乳を買え。」 イザヤ 55:1

キリスト教福音書の中心にあるのは「来なさい」という優しい語りかけの言葉です。その人に福音が語られ始めた瞬間から、神の永遠の栄光を理解するその時まで、救い主は「来なさい」という招きの言葉をかけ続けてくださっています。この恵み深い「来なさい」という言葉は、聖書の中に500回以上、記されています。

ホレイシャス・ボナーが紡ぎだすこの美しい賛美歌の歌詞は、私たちに平安なる思いそして小躍りしたくなるような喜びを与えてくれます。イエス様の声に応えながら歩く人生。本作の詩は、その人生の旅路に差し込む神秘の光と共に歩く自らの姿を連想させ、私たちに穏やかな気持ちを与えてくれます。

ボナーは19世紀のスコットランドで最も才能と影響力のある伝道者および文筆家でした。ボナーが残した600を超える作品の中でも最高傑作と考えられている本作は、彼がスコットランドのケルソーにある長老派教会で牧会をしている時に誕生しました。

ボナーはキリストの御業と人格における真理を子供たちに伝えることを常に大切に考えており、本作も子供向けの賛美として作られたものです。最初に発表された1846年以来、イエス様の中にある喜びに満ちた休息と復活というこの賛美歌のテーマは、世界中の人々に愛されてきています。

峯岸麻子    

イザヤ55:1-3、マタイ11:28、ヨハネ4:14、8:12、黙示3:20参照
Taken from [Amazing Grace] ©Copyright
September 22, 2017, Kenneth Osbeck,
Published by Kregel Publications, Grand Rapids, MI 
Used by permission of the publisher.
All rights reserved.



ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A.
www.gospelventure.com/