証(1)大久保 満
1977年6月11日、私はイリノイ州シカゴ郊外のハイランドパーク市の病院で生まれました。最初の子であり、また、遠い祖国日本から離れた出産ともあり、両親にとって、私の誕生は、とても不安があったことと思います。元気に生まれてくることだけを ...
【救いの証し(5)新田邦子】
米国生活にも慣れた頃、日本語の肉筆文字を見る機会の少ない子供達のために書道教室に通う事にしました。教室のお仲間は、戦前から米国で暮らす日系人の方々も多く、暖かい交流の機会を得ました。子供達も家族以外の大人と話す時の敬語使いを学んだり、 ...
救いの証し(4)新田邦子
私の人生の半分以上は米国住まいになりました。息子二人は英語も理解出来ない状態で小学校生活が始まり、うまく順応出来るかどうか心配でした。幸いなことに子供達が通う小学校から徒歩で5分ぐらいの所に適当な家が見つかり、近いと言うだけでも少し安 ...
救いの証し(2)新田邦子
私のこれまでの人生の半分以上は夫の赴任先に伴って、香港と米国での海外生活、日本は神戸で6年生まで育ち、父の転勤で横浜へ引っ越しました。こんなにも長く海外で生活することは念頭になかったのですが、神様のご計画なのですね。
夫は ...
救いの証し(1)新田邦子
私は、2025年1月19日、前原利夫先生司式の下洗礼を受けました。2022年5月、コロナ禍後に礼拝を再開したGVICを訪れた私を前原先生は、ノンクリスチャンの私も暖かく迎えてくださり、祝福を祈って下さいました。
その2年8 ...
救いの証(5) | クラーク・マリエ
親権問題で闘う決意をした最中、私は一つの奇跡を経験しました。私が弁護士を雇ってから,夫には知らせぬ状況で、とある大事な書類を作成していました。
そんな時、私たちのケースがスキャムされ、法律関連のどこかのオフィスから何故か手 ...
救いの証(4) | クラーク・マリエ
暴力の生活が11年を過ぎたころ、夫が他に女性を作り家に殆ど帰ってこなくなりました。
私は父から、父のよく知るおでん屋の女将さんの妹さんがオーシャンサイド住んでいるので、何か力になってくれるかもしれない、連絡してみるようにと ...
救いの証(3)| クラーク・マリエ
大学の進路相談の際に,好きな洋裁方面に進むか、夢である海外暮らしへの一歩として英語に力を入れている大学を選ぶかを迷いましたが、結果としてまずは「手に職」をと洋裁方面へと進みました。
その後19歳で窮屈な実家を出て以降、働き ...
救いの証(2)| クラーク・マリエ
母はとても難しく、口答えは一切許さない上、人の話は一切聞かない人でした。何か相談しても「あんたの選んだ道だからあんたの責任」と言われたり「人の愚痴を聞いても何も面白くない」と言われるのです。
何か母娘間で言い争い、誤ってい ...
救いの証 | クラーク・マリエ
ハレルヤ。今月から自己紹介を兼ねて証をさせていただけることを感謝します。
私は、無宗教の家庭の長女として生まれました。昔から続く、天皇家から菊の御紋を分け与えられた由緒ある家系だそうで、親と子の上下関係、年上の親戚との上下 ...
