私が初めて聖書に触れたのは、弟がキリスト教系の幼稚園に通っていた頃の事です。

彼が持ち帰ってきた子供用の聖書の物語が幼心に面白く、また時に恐ろしかったりして夢中で読みました。今でもその挿絵を思い出しているくらいですから、神様のプランは私が母の胎にある頃から始まっていたのだなぁと改めて思わされます。

その後、母が家族で初穂のクリスチャンとなり、私自身もカトリック系の高校に通った事もあって、キリスト教自体は身近なものとなりました。しかし、主により頼む母の姿は当時の私の価値観から見ると自分がなく依存的な態度に思え、”神を受け入れる事は弱い者のする事”と激しく拒否をしていました。

人間誰でも人生の失敗談があるかと思いますが、私にも思い出すのが恥ずかしい大きなつまづきの時期があります。

大学時代に文字通り”放蕩娘”に成り下がった私は、両親や友人達から受けた愛情も忘れ、絶縁の啖呵を切って家を飛び出し音信不通になる…という愚かな選択をしてしまいました。

周囲の心配通り、その選びには多くの試練があり、最終的に私は路頭に迷うか実家に助けを求めるか…というところまで追い詰められました。

この時にやっと「こんな自分勝手に離れていった子供を赦してくれるはずはない…でも謝るだけでも謝りたい。どんな扱いでもいいから戻りたい。」という気持ちが私の中で大きくなり、意を決して私は数年ぶりに実家に電話をかける事にしました。

電話口に出たのは母でした。私がぽつりぽつりと謝罪を述べると、母は一言の苦言も口にする事なく「無事で本当に良かった、すぐに家に戻っていらっしゃい」と、ただ両手を広げて私を迎え入れてくれたのです。

私の全てを無条件で赦し、受け入れてくれた母の愛の深さが私の心に刺さりました。

また、こんなにも母を悲しませ、苦しめてきた自分の愚かさ、罪深さも身に染みました。

こうして私は「赦される」という貴重な経験をして、両親の愛の下に戻る事が出来たのですが… (次回に続く)

黒澤 倫子



ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
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“新型コロナウィルス”が世界的に広がって、私たちの生活は大きく変わり始めました。最近届けられるニュースも暗いものが多く、山火事や人種差別の暴動、デモなど2020年は今までにない出来事が続けて起こっています。

その影響かもしれませんが体に異常をきたす人が多く、神経衰弱に陥り自殺者も増加してきています。この疫病は人類,

誰一人として逃れることのできない出来事です。しかし、聖書にはこのようなことが必ずやってくると預言されています。

こんな時代だからこそ、暗黒を照らす真の光である神の言葉が、またイエスキリストの神の愛が必要だと一人一人に語られているように思います。

聖書の黙示録にはこれからの近い将来、人類史上極めて厳しい患難な時代に入っていくことが書かれています。その中で私たちはどのように歩んで行ったらいいでしょうか。

100年に一度の危機とされるコロナウィルス禍で教会も変化を余儀なくされています。オンライン礼拝に切り替えるほど様々な対応を迫られています。

しかし、教会堂が閉ざされていても教会は決して閉ざされません。どんな状況下にあっても教会は存在すると信じています。

教会はキリストの体(エペソ1:23)とあるように教会の頭であるイエスキリストにあって集められた群れそのものと信じます。この時こそ聖霊の力によってこの困難な時代を希望に満たされ喜びと平和を持ち続けて2021年を迎えたく祈っています。

1テサロニケ5:9-10 神は私たちがお怒りを受けるようではなく主イエスキリストに救いを得るように定めてくださったからです。

目を覚ましていても、眠っていても主と共に生きるようになるためです。今月12月25日はイエス様の聖誕日です。私たちを救うためにこの世にお生まれ下さった神様からのギフトです。

その方を私たちが心を開いて受け入れるときにどんな状況下に置かれたとしても神の平安が私たちを包んで守ってくださります。

メリークリスマス! 

鈴木あき

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について感謝しなさい。これが、キリストイエスにあって神があなたがたに望んでおられる事です。 (1テサロニ5:16-18)

楽しいことがあったら喜ぶことができますが嫌なことがあったり、苦しい事があったときは喜ぶことができません。しかし、そんな中にあっても私達が自分の考えや思いに捕らわれることなく、キリストイエスにあるならできる。そして絶えず祈りとはいつも神に信頼し神と交わることの恵み、最後にすべての事に感謝するとあります。私にとってすべてに感謝を心から捧げよという事が心に入るまで時間がかかりました。

聖歌476番 “やすけさは、川のごと”を書かれたホレイシオ スパフォードは絶望の状況の中でも神の前で喜び、賛美し、そして感謝した人と知って、この聖歌を歌ったときに心からすべてに感謝する恵みを与えられました。彼はシカゴの弁護士であり、教授であり、ドワイトムーデイーが赴任していたシカゴの教会の執事でした。

しかしシカゴ大火災で全財産を失いました。失望の中、妻のアナと4人の娘たちをヨーロッパに送りましたが乗った船が衝突事故を起こし、妻は気を失い海上に浮いているところを助けられましたが4人の娘たちは全員天に召されました。その妻を迎へに行く途中に船上で作った曲がこの聖歌でした。

やすけさは川のごとく、心浸すとき
悲しみは波のごとく、わが胸満たすとき 
すべてやすし、御神ともにいませば

見よ、わが罪は十字架に釘付けられたり
このやすき、この喜び誰も損い得じ 
すべてやすし、御神ともにいませば。

喜び、祈り、そして感謝。これがキリストイエスにあって神が私たちに望んでおられる事、これが神の御心。私の力ではこの神の御心を行うことはできないが、キリストイエスにあってのみ可能である。救いの恵み、聖霊の喜び、神がともにおられる感謝を信仰によって捧げていこうとあの日から主に語られています。
          
鈴木あき  



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主人、光一さんは韓国人の父と日本人の母から生まれ育ちました。光一さんの父の名前はヨナといいます。主人は物心ついた時からお父さんの名前は変わっていて珍しいと思ったそうです。

韓国のクリスチャンホームで生まれ育った義父は祖父の勧めで神学校に入学しましたが1年後耐えきれずに、寮を夜逃げし、日本に留学しました。

義父は日本で医学を学び、医師になりました。その後、光一さんの母と知り合い、結婚しました。医学生の時にはスポーツ万能でスピードスケートで日本一になり、オリンピックに出場できる資格を持っていましたが国籍が韓国だったので出場できなかったことを聞きました。

光一さんはかなりのプレイボーイだったらしいと言っていました。たまに光一さんがお父さんの書斎に入ると、なぜか本棚に聖書があったのを不思議に思っていたそうです。

お母さんの愛情に支えられて家族は東京で明るく楽しい生活をしていました。そして、光一さんは大学の時にアメリカに留学しました。

1993年日本リバイバルミッションが甲子園球場で開かれることを知り、家族の救いを祈りました。神様の導きにより家族全員が参加するはずでしたが光一さんが日本に着いたその日に義父は脳梗塞で倒れ入院してしまいました。今でも不思議に思うことは病院で父と息子が特別な時間を与えられたことです。

三日間、毎日お父さんの病院に面会に行った光一さんに義父がそれまで語ったことのないことを語り始めました。義父の口から家族のとりなしの祈りで今があり、ずっと神から離れていた放蕩息子だったことを涙して、その罪を赦してほしいと光一さんに告白しました。

その時、光一さんが義父の手を取り、神様に祈り、信仰告白に導きました。あの書斎の聖書は義父をいつも励まし続けていたと 確信します。  

義父はヨナのごとく魚の中で苦しみ悔い改めた時間を与えられ、みごとに聖会の最終日三日目にイエス様の身元に凱旋しました。
                
鈴木あき



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1974年、二度目の留学の時にUSCのクラスメートとの出会いを思い出すと、全てが神様の御計画だったのだなあと感じています。

彼女の名前はギタ、イランからの留学生で5歳年下の美しい気品のある学生でした。最初のクラスからとても気が合いすぐに、姉妹のような関係になりました。その時はイランという国がどんな国か全くわからず、彼女からたくさんの事を学びました。

しかし、彼女はとても熱心なイスラム教徒で朝昼晩、身体を清め真剣に彼女の信じている神にひれ伏して祈りを捧げていました。あの熱心さはクリスチャンの私にはショックでした。その日からずっと彼女の救いを毎日祈り始めました。彼女の信じているアラーの神がどんな神なのかギタに聴きました。

マホメッドにある日、大天使ガブリエルが現れ啓示を与えられた。それがイスラム教の始まりだそうでした。父の子であるキリストは神であり、天の父と聖霊とを三位一体として信じている私にとって、いつの日かギタが真の神様、イエスキリストに出会えることを切に願いました。

今から7年まえに、私がハワイ在住の時、ギタはUSCで職を得ていましたが、同僚に誘われて教会に初めて行きました。牧師の説教を通して生けるキリストに出会い、聖霊に満たされました。そして信仰生活を始め、洗礼式を迎えました。

その時に偶然ではなく、神様の御計画に導かれて、私もロスに来ていてギタの洗礼式に出席しました。パサデナにあるプロテスタントの教会で涙ながらの証を聴きました。この動画がインターネットで流れたために、イランには戻りにくくなりましたが生けるキリストを信じて生きる喜びが溢れ出ていました。

その中でギタが、“私のために40年以上祈っていてくれた親友、あきがこの場に来ています。本当にとりなしの祈りをありがとう”と涙ながらに証ししていました。私も神様の素晴らしさに感謝しました。

今は聖霊に燃やされて毎朝、私にみ言葉を送ってくれます。         

鈴木あき



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「多くの人は道(way)があるならば、志(will)してみようと言いますが、志(will)あるところに、必ず道(way)あり」と尊敬する牧師から渡米する時にこの励ましの言葉を頂いた。

この真理を深く握り、神と一体で生きる喜びをと18歳でアメリカに留学することができました。

まずロスに着き、私の英語が全然通じないことがわかり大変でした。そしてそれに加えて驚いたことはあまりにも文化が異なり、習慣の違いなどで戸惑うことが多々ありました。

ただこの御言葉を信じ、聖書を離さず祈り歩む時に、神様が一つ一つ私の志の道を開いてくださいました。恐れなどは全くなく、神様が必ず最善に導いてくださると信じ、実際そのようにして下さいました。毎朝、神様は御言葉を通して新たなる力と喜びを与えてくださいました。

志あれば必ず道は開けると信じて動きだし、困難な状況下に置かれても信ずる如くなると生きれば、神が助けられ、神と一体で生きることができる。

どんなに生きずまった状態にも、神の愛と善意にすがって、必死に祈る時、必ず救いの道があり、神が助けようとして道を開いてくださいました。

マザーテレサが「もし本当に祈りたいのなら神の声を聴くことを学ばなければなりません。心の静けさの中で神は語り掛けるのです。そしてその静けさが必要であり、清い心が与えられたときにそのことが実現します。」と語られた。

失敗もたくさんしましたが全てを益として導いてくださりました。人間の思いをはるかに超えて、神が愛であり、神は私の為に道を開き, 私の希望を実現させ、繁栄と幸福に生きる希望に満ちた生活にと導いてくださった。

「意志するところ道は存在する」なぜなら、神が人間の善き意志には応え、助け、道を開いてくださるからです。

「神を信ぜよ!」と言う聖書の言葉を握り、神の愛と力を仰いで事を行うとき、どんなことでもなると信じ歩み続けている。

主に栄光 ハレルヤ!

鈴木あき



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8月号は戸羽正一兄のお証しを紹介致します。大きな深い困難の中からついに神様と出会う体験は感動的です。もし、このような困難や悲しみが貴方や私が経験したら、果たして神様を信じていたであろうか、いや神様を呪い、教会を呪い、信仰を嘲笑っていたのではなかろうかと思わされます。

私達前原家は戸羽兄が教会に来られる前から存じ上げていたご夫妻でした。それは、娘の愛子が、天にお帰りになられた尚子奥様からピアノのレッスンを受けていたからです。当時はまだGVIC は初めていませんでしたが、やがてご夫妻をお誘いするようになりました。暫くして奥様が亡くなられ、戸羽さんも手術を受けられたと聞き、お見舞いに参じました。二度目の病院訪問のときは同兄が全身動けずベットに横たわっていたあの光景はショックで私の脳裏から消える事はありまません。どうぞ、祈りつつお読み下さい。前原利夫

証:「主に委ね、勝利への道」 戸羽正一

COVID-19の 蔓延の為 他人との接触を避けて過ごす毎日、余裕の時間を利用して、聖書を読みました. 特にインスピレーションの湧く詩篇を朗読しています。私がこのGVIC教会を訪ねたのはピアニストだった亡妻が未だ元気でいた頃の14年前のことです。其れ以前の数年の間、すでに、彼女の腎臓は悪くなっており、透析を続けていましたが、体力がなくなり、移植が唯一の救う方法でした。然し、U.S.国内では、マッチする腎臓を得ることがほぼ不可能なため、移植を他国に求め、やっと、フイリピンで、マッチする腎臓をお金で買える事になったのです。

2007年の12月初旬に、入院しましたが、数時間後、昏睡状態で手術室から出て来ました。正常な意識に戻らないまま、急に、死を知らされたのです。驚き、呆然として、病院の地下部屋のモルグの一角に、ミクロの個体となった亡骸を抱きかかえて、唯々、号泣する自分でした。

彼女の沖縄の親戚と共に火葬と葬儀を現地で済ませ、LOS ANGELESに、単身で戻ったのは、翌年の2008年の1月末でした。暫くは何も手につかず、無気力なままの毎日でしたが、これを機会に長年勤めたTOYOTA(TMS)から退職を計画する内、今度は、自分の健康管理に注意するべく決心しましたが、自分の右腕に“痺れ”を感じ、主治医に神経外科医を紹介してもらい、首の MRIの断層写真で診断の結果、2008年の8月末に、ついに、外科手術をすることに決心します。

2時間の手術を終えて病室へ移動しましたが、その日の午前0時を回った頃、目が覚め、自分の両手の指先が曲がり、両脚が動かなくなっていたのに、仰天し、看護婦に叫び続けました。担当医者が事後のオープン手術を行ったところ、不適切な手術処理の為、両脚が動かなくなっていたのです。2度までも悲劇的運命に落されるとは想像をするさえできませんでした。自分の余命もその後、最長5年までなのではと、絶望感に苛まれる日々でした。

「わたしは山に向かって目を上げる。我が助けはどこから、来るだろうか、我が助けは 天と地を造られた主からくる」詩篇121篇1&2(口語訳)

その後、前原牧師に導かれ、2009年に2人の友人達と共に、GVICで洗礼を受けました。

「主によって喜びをなせ、主はあなたの心の願いをかなえてくださる」詩篇37−4節

「貴方の道を主に、委ねよ、主を信頼せよ。主が成し遂げてくださる」 同−5

その後、IP細胞(STEM CELL)を使った手術・治療などを ドイツ・DUSELDORFFやPANAMA-CITY(USでは未許可)に求めました。現在は毎日自宅で介護人のヘルプで1時間、全身ストレッチ体操とウェイトリフチングを励行しています。主は、12年前の絶望の崖淵から救いの手を差し伸べて下さっています。現在も生きる勇気と、そのた為の糧を下さっています。

更に、財政的な自由の恵みも下さいました。信頼できる人柄の フィリピン人の兄弟組の介護人と巡り会わせ、長期直接契約で、自宅に共に起居してくれていますので、家族のように大切にしています。趣味は、読書、CLASSIC MUSICや Los Angeles Opera定期公演購読者。こうして、聖書に親しみ、自らの道を主に求め、「主イエスに身を委ね」続けています。そうすれば「主が成し遂げてくださる」のだと思います。 



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私は東京生まれの在日韓国人でクリスチャン3代目です。小学校から大学までメソジスト系クリスチャンの学校に通いました。父方の祖父は平壌で初代メソジスト教会の牧師兼神学校の校長でした。

祖父は戦争中、共産主義のキリスト教弾圧を受けました。教会の青年たちが全員連行され監獄に入れられた時に、彼らには何も罪がないと願い出て、釈放を申し出て、自ら一人が責任を取り入獄しました。

そののち、獄中にてイエスキリストを否定すれば許すといわれても、祖父は最期まで拷問を受けながらも、イエスキリストこそわが主ですと殉教するまで言い続けました。教会員、神学生はみな南に逃げることができました。

その3日後に、38度線が引かれて、一つの国が二つに分かれてしまいました。キリスト教は宣教師によって平壌にもたらされ、祖父の信仰がこのようにして南に伝えられ、日本で生まれた私に受け継がれています。

この話を父から聞き、祖父が朝鮮キリスト教の代表で青山学院で開かれた大会に出席したことを知らされました。そして父母の祈りは祖父が足を踏み入れたメソジストの学校に私を入れることでした。

クリスチャンホームに育ち、学校でも毎日礼拝があり、神様の御愛の中で過ごしました。そんな中で父母の祈りでアメリカ留学の道が開かれ、真剣に主に祈りを捧げました。祈れば祈るほど祖父の殉教の思いが常に私の心を突き動かしました。

その後、神の恵みによってロスアンゼルスの大学に学び、韓国の大学にも導かれました。社会人になり、サンタモニカにて教育関係の仕事が与えられました。そんな頃に、神様の不思議な導きによりカイロプラクターをしていた光一さんと結婚いたしました。

求道中だった主人もイエスキリストが十字架にかけられたとき, ご自分を殺す者の為に祈られた、「父よ、彼等をお赦しください。彼らは何をしているのかわからずにいるのです。ルカ23:34」の聖書のみ言葉を通して救われました。

鈴木あき



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苦難の日にはわたしを呼び求めよ。わたしはあなたを助け出そう。 (詩篇50:15)

アメリカのキリスト教会の一つの特徴は、リバイバル運動が何度も繰り返し起こったことでした。信仰復興とは生き生きとした信仰を失っていた個人、教会、社会、国、世界において、人々が神様への思いを新たにし、活性化され、使徒たちの時代と同じような躍動的な姿へと再生する動きの事です。

神様は愛するがゆえに時として、私たちを断崖絶壁まで追いやることがあります。それは殆どの場合、痛みを伴い、“神様, もうだめだぁ“っていうところまで。しかし、聖書の中に見る、”信仰によって生きた人たち“を見ると、どんな に耐えられない状況下にあったとしても、常に神の平安に包まれて歩み続け、最後に圧倒的な祝福を受けています。

私はただただうろたえるだけで、夜も眠れず、”神様、早く助けだしてください“と叫ぶだけでした。私は、”恐れ“だけに振り回されて、神様の平安は目にも入らなかったのです。

神の平安は揺るぎないもの、不変なるもので人間の頭では絶対に考えの及ばない領域。どうしたらパウロが持っていたものにたどり着けるのか、ただただ祈りました。

その時にもう一度、聖書に戻り創世記から丁寧に聖書を読もう、神様の語りを受けようと導かれました。“神様、あなたの平安を教えてください!“
聖書を読み始めて、祈り求めていくうちに、明確な答えが見えてきたのです。聖書の奥義は日々の学びと祈りを続けなければならないと。

神様はわたしのことを全部知っておられ、愛するがゆえに、今の私はここを通っているんだ。通らなければならないと。つらいけど感謝しよう。痛いけど感謝しよう。感謝できなくても感謝しよう。そして、隣人を自分の事のように愛していこう。そのうちに私の心は神だけを見上げ歩み始めていました。

神へのいけにえは、砕かれたたましい。
砕かれた、悔いた心。
神よ。あなたは、それをさげすまれません。(詩篇51:17)   

鈴木光一



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内村鑑三が札幌農学校で、新渡戸稲造らと”イエスを信ずる者の契約“に署名したのは1877年。西南戦争が起こったのは同じ年。内村は若く、西郷は晩年でしたが、西郷隆盛は、内村にとって同時代の英雄だった。あの堅物クリスチャンの内村が、神の声を聞いた第一人者に西郷を挙げている。

人間が何かをするのではなく、人間は無私になって、天 の道具になるのが最も美しい。江戸城の無血開城を実現させた、明治維新, 最大の指導者だ。“敬天愛人”朱子学、陽明学、そして、その後に聖書を学んでいた。最後にこの言葉が彼の心の中に必然的に収まったのでしょう。

モーセは奴隷の子供で、殺されるかもしれない危険の中、エジプトの王子になりました。40歳で, 急に殺人者になり、逃亡者になりました。彼が80歳になったとき、神が燃える芝の中から声を掛けます。

それまで80歳になるまで、彼の人生は、一度も計画通りになったことがありませんでした。40年間、ミデアンで、悶々と暮らしている時の事でした。神の前で靴を脱ぎ、ひざまずいて、完全降伏の宣言。モーセは神に出会うことによって, やっと意味ある人生がスタートしました。神はその時までモーセとイスラエルの民を見て、聞いて、知っておられました。

神様との出会いがあるか、ないかによって、私達の過ぎ去った過去が意味ある時間になることも、意味ない時間になることもあります。神様との出会いは, 人生を左右する一番重要な出来事です。私達一人一人にも、神様は必ず出会ってくださります。

しかし、恐れ、痛み、あらゆる思い煩いがあったとしても、諦めずに忍耐し、祈り求めてゆくときに、あなただけにしかできない、神の御計画を歩むことが可能になってくる。モーセは、”イスラエルの民を導き出す“ 使命が与えられた。私達にも、神様が用意してくださっている神の御計画が必ずある。

神様との出会いが、最善の人生の答えを与えてくださいます。  

鈴木光一