幼い頃から外国の文化や言語に強い関心を持っていた私は大学卒業後、海外に9年間留学をしていました。仕事でも5年ほど海外勤務をしていたので、これまで多くの時間を異文化の人達と共に過ごして来ました。憧れの海外生活でしたが、その中で多くの葛藤も経験しました。

例えば、歴史認識の違いによる文化的な摩擦などでしたが、それらは決して自分では解決することの出来ない問題でした。何故なら、植民地支配など自分がしていない事で責められ続けるからでした。そんな時、すごく教会に行きたいと思いました。マタイ11章28節の「すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」という御言葉が頭に浮かんだからでした。

当時、私が滞在していたのは、街中に教会が溢れ世界中に4千人を超える宣教師を派遣している国でしたが、私はそこで聖書的世界観よりも民族性を強く感じました。これまで日曜学校で学んだ通りであれば、人の罪を贖うことが出来るのは「罪のない神の独り子イエス様」だけです。

でも、私は「すべての人は、罪を犯した。」(ローマ3:23) とあるように聖書の基準において「罪びと」です。だから、人の罪の身代わりにはなれないと思いましたが、現地の人達に先祖の罪を問われ続ける環境にあったからでした。

聖書の別の個所には「赦しなさい。そうすれば、自分も赦されます。」(ルカ6:37)、「互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。」(コロサイ3:13) とあります。御言葉を通して神様は繰り返し「赦し」について教えています。

それなのに、どうして私はクリスチャンの多いこの国で、赦される事なく責められ続けるのだろう?しかも他人の犯した罪で… 次々と疑問が湧いてきました。そんな時、同じ学校のクリスチャンが私を教会に誘ってくれました。

川口朋子

聖書引用:聖書 新改訳
©1970,1978,2003 新日本聖書刊行会
       


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私は、祖母と母がクリスチャンでしたので、幼い頃から毎週日曜学校に通っていました。そこでは聖書の話しを聞いたり、聖句を暗証したりしていました。また、クリスマスにはイエス様ご降誕の劇をしたり、イースターの時には卵をもらったりしていました。

でも、当時は信仰がありませんでしたので、教会では聖書を開いたりしましたが、家では全く読んでいませんでした。聖書は、ただ教会に行く時に持って行く本だと思っていました。聖書の約6割は物語ですが、私はそれらの話しを聞くときも決して真実だとは思わず、ただ昔話しのように聞いていました。それは、週に1度せっかく教会で創造論について習っても、残り6日は学校で進化論の教育を受けていたからでした。

信仰を持たずに通っていた教会だったので、高校入学以降あまり出席しなくなり、だんだん教会から離れて行くようになりました。行きたくなくなった理由としては、まず世間の常識に反する聖書の教えに同意することが出来なかったからでした。例えば、マタイ5章44節の「敵を愛しなさい」、使徒行伝20章35節の「受けるよりは与える方が幸いである」などでしたが、いつも何故だろう?と疑問に思っていました。

次に、クリスチャンは、とても窮屈だと思っていたからでした。聖書に出てくる神様の命令や律法をすべて守らないといけないと思い違いをしていたので、自分のしたい事ができず、したくない事をさせられると思っていたからでした。

最後の理由としては、教会で聞く話しがとても正気では信じられない事だったからでした。2000年前にイエスと言う人が十字架の上で亡くなった。それは自分の罪の為。その事実を信じて受け入れるなら天国に行き、そうでなければ地獄に行く。この教理をずっと理解できずにいました。

それに2000年前に亡くなったその人と自分が何の関係があるのか?も全く分かりませんでした。だから、ずっと洗礼も受ける気にはなりませんでした。  

川口朋子


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日本では「終活」という言葉が流行っている。人生の終末をどう締めくくるかということのようだ。私もその終末を迎えて自分の人生を回顧している。

私は生涯で4度,死から救われている。一度は幼年時代、生まれ故郷ハワイの海で溺れかけた時。

二度目は父の赴任先の沖縄で喘息発作で危うく呼吸困難になった時。

三度目は日米戦争末期、名古屋での米軍による焼夷弾空襲の時;四度目は1997年、前立腺癌を放射線療法で癒された時。

と、いずれも神様に救われたことで一生忘れ得ない感謝で今日まで生きてきている。そして多くの肉親の死を見てきている。

人は生きている限り死と常に直面しながら、神様によって生かされている存在である。

私の人生は能の舞台の「序破急」ではなく、「破急序」であったように思う。幼少年時代の死の恐怖から始まった「破」の時代、そして青年、熟年時代の慌ただしい「急」の時代、晩年の静かな「序」の時代と時が流れてきたように思う。

年の暮れは兎角、慌ただしいと言われるが、人生の黄昏はそれほどでもない。神様は人生の結末にあたって、ゆっくりとした癒しの時間を与えてくださっているように思う。

昨年の7月に、友人の勧めで当教会の礼拝に出席するようになった。そして、私はそれまでの10年近い冬眠状態の信仰生活から目覚めることができた。

お陰で多くの教会員とも交流でき、人生を語り合う友にも出会えた。何という神様の恵みであろうか。

乱れがちだったこれまでの人生の歯車が正常に回り始めた気さえする。もちろん、まだまだ生ぬるい信仰であるが、来年こそもっと根強い信仰生活を歩みたいと祈っている。

引き続き牧師先生ご夫妻始め、教会員各位の心の支えを仰ぎたいと願ってやまない。

サムエル北村

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私は本欄8月、9月号において、日本の著名なキリスト教思想家、内村鑑三について触れたが、彼は奇しくも私の母校で教鞭をとっていたことがある。

メソジスト系ミッションスクール名古屋中学校(前身は創立1887年の名古屋 英和学校; 現在の名古屋学院)は今年で創立131年になる伝統校であるが、内村は創立まもない同校で神学部長として宗教学を教えていたと校史にある。

札幌農学校に学んだ内村はかの有名なクラーク博士の下、キリスト教の影響を受け、その後アメリカ留学の経験もあり、明朗闊達な校風を導入したと言われている。「祈りつつ学び、感謝しつつ働く」精神を養うために、校内に農園を開拓し, 豚の飼育なども手がけ、自ら生徒の先頭に立って汗を流した。

信仰と実践の重要さを具現したのである。従来の思想家としてのイメージの強い内村にこのような勤労授業を率先する一面があったことを私は知らなかった。内村は旧来の厳格一点張りの日本式教育を一新し、アメリカ式陽気で明るい雰囲気を導入しようと努めた。

私は幸いに、この学校で3年間、理科教師を勤める機会に 恵まれたが、伝統ある校風のお陰で、卒業後の教え子達との交流も繁く、昨年も教え子たちに招かれて同窓会に出席し、久しぶりの再会を楽しんだ。由緒ある学校でキリスト教教育を受け、恵まれた環境に育ったにもかかわらず、私の信仰はいまだに生温いと反省している。

温室育ちのひ弱さを痛感している。生来の理屈ぽっさが災いして、私は聖書読みの聖書知らず、つまり、実践の伴わない信仰に甘んじて来た。重箱の隅をほじくるような、詮索が好きである。理屈の探求に熱心のあまり、本末転倒のことを屡々、しでかしている。

新約聖書ヤコブの手紙2章14節では行いの伴わない信仰は役に立たないことを戒めている。実践の伴わない信仰に生きて来た自分が恥ずかしい。改めて内村鑑三の実践的生き方に感銘を覚える。

サムエル北村


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“癌”というのは異常細胞で、その司令塔であるDNAに異常をきたしたものです。通常は、私たちの“免疫”がそういう異常細胞を殺すのですが、“私は正常な細胞ですよ”というサインを掲げてどんどん繁殖していくのが“癌細胞”なのだそうです。

昨年の一月にCTスキャンで左肺に18ミリの腫瘍が見つかり、癌の可能性があるという報告書を読んだ時、“あっ、自分は死ぬんだ”と思いました。

そして、Count your rest of life(残りの生きる年を数えなさい)という意味の言葉を上から受けたのです。でも、その時は、まだ癌であるかどうかわからない時でした。

6月にバイオプシー(生検)をして、肺癌であることが確定し、紹介された専門医に会いましたら、何もしなかったら1年から2年半だろうと喜々として(死刑を宣告するが如くに)伝えられて、こんな先生のところには行きたくない、と思わされたのです。

その週の祈祷会で、私は、自分が肺癌であることを報告し“皆さんより早く逝きます。これまで素晴らしい人生だったので、自分は何も後悔することがありません”と証詞をしたのでした。皆さんは、“私たちが祈ります。諦めないでください”と仰ってくださいました。それから、祈祷会の皆さんは、毎回わすれずにお祈りしてくださいました。前原先生からは“自分は、バスケットボールの延長時間が好きだから、延長試合をしてください”というメールをいただきました。

バイオラ大学で看護学を教えているK姉からHouston のMDAndersonに行くようにと示唆されて、MDAndersonに行きました。ここは、全世界から癌治療のために集まってくる患者、また医者の訓練のために、癌撲滅のために建てられた医療機関でした。でも、そこで長期の治療をする気持ちにはなれず、UCLAでも同様の治療が受けられると言われたので、娘のハーバード時代の友人の父がUCLAの教授だと聞いていたので、連絡したら、自分が癌の教授だから明日来なさいと言われて、会いに行きました。

もう一度、全部の検査をし、Chemo(化学療法)を始めました。2種類の薬を点滴するのですが、3日後から苦しくなります。下痢・便秘・吐き気・フラフラ・食欲減退、この嫌な気持ちをどう表現すればいいのでしょうか。これを3週間ごとに4回繰り返し、その後、ひとつの薬にするというのが、肺癌患者の定番の治療法です。
その後、UCLAの担当の先生とは、いろいろ相談することが出来なかったので、USCの先生に変えました。

Chemeで癌が小さく(半分のサイズに)なったので、Radiation(放射線療法)をはじめ、Radiationの終了後の2度目のPETスキャンで癌が消えた(検知されない)という朗報を得たのでした。でも、肺癌患者は、二人のうちひとりが再発するというので、今、immunotherapy(免疫療法)をしています。

祈祷会の皆様、その他の皆様のお祈りに感謝しています。そのお祈りに応えて、神さまは延長時間をくださいました。残された一日々々を無駄にすることなく、主の御用のために用いたいとそう思わされています。

ロバート・イー


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先月の本欄で私は西郷隆盛に触れ、彼の座右の銘、「敬天愛人」にキリスト教に相通ずる精神性を感じると書いたがその後、偶然にも、「西郷隆盛と聖書ー敬天愛人の真実」なる本の存在を知り、早速日本から取り寄せた。今年1月に発行されたばかりで著者の守部喜雅氏は「キリスト教新聞」、「百万人の福音」の編集長だった人であるが、とにかくその内容に驚かされた。

著者によると、10年近く前に日本の民放テレビで「西郷隆盛はキリシタンか?」という歴史探訪番組が放映されたことがあり、これに刺激されてこの本を書くに至ったという。これによると、西郷は漢訳聖書を読んでいただけではなく、横浜で洗礼まで受けていたようだと書かれている。

俄かに信じ難い内容であるが、私には何となくありうることと読めた。明治維新の実現に犠牲的精神で奔走し、驕り高ぶらず世のため、人のために一生を捧げた西郷がクリスチャンであった可能性はゼロではないと思う。

著者は西郷のほか、坂本龍馬、勝海舟、大隈重信など多くのサムライたちが幕末維新のころ、聖書に接する機会があったと指摘している。その多くは宣教師たちの影響が見られ、聖書の不思議な力がサムライたちの心を揺さぶり、日本改革の気運を促したに違いない。明治維新はその証だと私は思いたい。

幕末維新のサムライたちが聖書に心打たれる思いで、高い志で国家のために活動したのであれば、彼らはなんと幸せであったことだろう。翻って、私は幼少の頃より聖書に親しむ機会に恵まれてきたものの、クリスチャンとして心を揺さぶられる経験は乏しい。

私には証に相応しい信仰経験が無いのだが、父母によく言われた「耐え忍べ」という言葉だけは守ろうと努めてきた。然しそれとても至難のわざである。(ローマ人への手紙5章3ー4節「それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。」)

サムエル北村


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私が通っていた名古屋のキリスト教系中学校の校訓(モットー)は「敬神愛人」であった。講堂正面の扁額に墨痕淋漓大きく書かれた4文字は少年心に深く彫まれた。長ずるに及んで、これと同じような言葉を明治維新の立役者、西郷隆盛が愛用していることを知った。「敬天愛人」である。

先月号の証で私は日本の著名な宗教家、思想家、内村鑑三について触れた。その内村の名著「代表的日本人」5人の中に西郷隆盛が堂々と名を連ていることに私はかねてより興味を覚えていた。西郷にとって天とは何か?彼は神を信じていたのであろうか?彼は何故、今なお日本を代表する偉人として慕われるのであろうか?興味は尽きない。

内村鑑三は何故、西郷隆盛を日本を代表する人物に選んだのであろうか?西郷のほかに、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮が含まれているが、いずれも、その人生において、節を曲げずに自己の信念に忠実な人物たちであった。特に西郷は無私無欲、驕らず高ぶらず謙遜そのものであった。

内村はこのような地味で世間的に仰々しく振る舞わない日本人の精神性を広く海外に誇示すべくこの本を英文で書いている。西郷は自己を超えた大きな存在に寄り添う生き方をしたといわれている。この大きな存在こそ天であり、神ではなかったのであろうか。西郷はクリスチャンではなかったがクリスチャンに合い通ずる精神性を有していたと思う。

ここで私は聖書のルカの福音書14ー11「なぜなら、だれでも自分を高くするものは低くされ、自分を低くするものは高くされるからです」のみことばを思い出す。イエス様は自らこのような人のあり方を私たちに具現されてくださったお方である。

私は少年時代に受けた敬神愛人のモットーが私の信仰生活の根底に常に生きていることに感謝している。

サムエル北村


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先月号の本欄で私は日本のキリスト教について触れ、クリスチャン人口の少なさを嘆いたが、翻ってその日本のキリスト教に私はどう関わってきたのであろうかと、自問自答している。日本の諺に「論語読みの論語知らず」という言葉がある。

儒教の経典である論語をいくら読んでいても実行が伴わなければ役立たずであるという皮肉である。私は聖書読みの聖書知らずであったことを反省している。日本に長く住んでいて日本人の友人も沢山できたが、その友人達を教会に誘うことは一度も無かった。牧師の子でありながら宣教になんら手を貸すことは無かった。

今それを悔いている。宣教は聖職者だけに任せて、信者はただ手をこまねいて傍観していいはずはない。私は迂闊にもそのことに気付かずに無為に日本で怠惰な信仰生活を続けて来たのである。米軍基地に勤務していた関係で基地内のチャペルで礼拝だけは守った。チャペルはいわゆる”non-denominational”で教派の区別は無かったが、聖公会系の信者達だけは、日本で伝道している聖公会宣教師を基地に招いて特別礼拝を持っていた。

日本には世界でも極めて珍しい無教会主義派があって、特定の教会に属せずクリスチャン生活を維持している信徒がいるようだが、私は会う機会は無かった。ただ、私の父方の遠縁に、無教会主義の提唱者であった内村鑑三がいたことは、父からよく聞かされていた。内村は「二つのJ」を愛するという有名な言葉を残している。

一つはJesusのJ、もう一つはJapan のJである。彼の墓碑にはこう刻まれている。”I for Japan; Japan for the World; The World for Christ; And all for God.”彼は立派な愛国者である前に立派なクリスチャンであったのだ。

彼の墓は東京都府中市多磨霊園にあるが、私はいつか墓参できたらと願っている。
      
サムエル北村


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沖縄での勤務を終えて転任した先は神奈川県座間基地にある⽶国陸軍本州基地司令部であった。渉外部⻑として本州各地に点在する⽶陸軍基地と周辺⾃治体との親善交流、防衛省/⾃衛隊との渉外業務が主な任務であった。

沖縄の時と同じように仕事がら各地を訪れる機会に恵まれ、マスコミとの縁もでき、⾊々な友⼈もできた。教会は基地の中のチャペルで、従軍牧師と親しくできた。

然し、基地の外ではクリスチャンには中々めぐり合わなかった。⼈⼝の1%以下という⽇本のクリスチャン⼈⼝の少なさを痛感させられた。明治維新のキリスト教解禁以降も⽇本のクリスチャン数は何故、⼈⼝の1%を上回わることはないのであろうか。

隣国の韓国ではクリスチャン数が⼈⼝の30%以上という⾼率に引きかえ⽇本は異常に少ないのである。⽇本古来の祖先崇拝、儒教、神道、仏教など既成宗教の根強い影響は当然あろうがそれにしても少くな過ぎる。

それでいて、聖書の売り上げはなんと、アメリカ、イギリスに次いで世界第3位; しかも、キリスト教系⼤学数は77校と全国⼤学総数780校(2011度)の10%を占めている。

結婚式に⾄っては、神式に次いでキリスト教による式が多く、格好いいとされている。ファッションとしてのクロス(⼗字架)のペンダントなどをつけている⼥性も多い。

⽇本⼈特有の曖昧主義、本⾳と建前の使いわけ、多神教の深層が⽇本⼈のキリスト教へのコミットメントを阻害しているのであろうか。

どうやら、キリスト教は⽇本では宗教として定着せずに知的好奇⼼、⽂学的ジャンル、ファッション性としてとらえられる残念な状況である。全国の宣教に携われる牧師、神⽗、宣教師さんたちへの惜しみない応援が緊急課題である。

サムエル北村


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琉球⼤学での沖縄⽅⾔の研究は難しかったが離島巡りのフィール ドワークは楽しかった。そんな時に私が留学⽣として⽅⾔研究を していることが地元新聞に掲載された。

その記事を⽬にしたアメリカ⺠政府(沖縄統治機関)から連絡が⼊り、アメリカ政府のために働いてくれないかとの勧誘があった。

仕事の内容は琉⽶⽂化会館 の監督官職で、結局私はそのオファーを受諾し、国家公務員としてのキャリアを歩むこととなった。最初の1年は宮古島勤務であっ たが、その間、宮古⽅⾔を研究する機会に恵まれ、⽇本国語学会 の学術誌「国語学」に拙論が掲載される栄に浴した。

その後、那 覇市にある⺠政府本庁に転属となり、1972年沖縄の本⼟復帰まで の14年間を広報局⽂化担当官として、地元住⺠とアメリカ政府と の橋渡し役を務めることとなった。お陰で島内をくまなく巡る機 会も多く、地元の⼈々との交流も深まった。

⽂化会館は全島に5箇 所あり、アメリカ⽂化の紹介、⽶琉間の交流親善、⽶国統治によ る住⺠との摩擦の軽減など極めて微妙な使命が託されていた。

⽶ 琉間のはざまに⽴って両者のトラブル解決に頭を悩ますことも 多々あった。⼆つの祖国を持つ⽇系⼆世の宿命と思いつつ、微⼒ を尽くした。当時、教会は⽶軍基地内のチャペルで礼拝を守り、聖歌隊で歌うことが楽しかった。

年末恒例のヘンデルの メッサイアを⽶琉合同の合唱団で歌う企画にも参画し、⾒事に成功させた時の感激は忘れられない。

やがて⽶軍による沖縄統治が 終 わり、第⼆の故郷沖縄を去る⾟い時が来た。転勤族の⾝では致 し⽅ないと諦めて、⽇本本⼟内⽶軍基地に転勤することとなった。これも神様の摂理と思いながら、機上の⼈となったのが1972年9月のことであった。 

サムエル北村


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