朧気だったイエス様の姿が教会生活をするうちにはっきり見えてきました、と、書きましたが、みなさんも経験していらっしゃるように、イエス様が私の罪のために死んでくださったということはなかなかわかりませんでした。

この欄で、苦楽を共にした猫、ジョナのことをお話ししましたが、それにはこの猫が一役買っています。夫が獣医さんからの薬をジョナに与えた時、ジョナは窒息して亡くなったのです。その時、初めて私達の手でジョナを死なせてしまったことで、イエス様の贖いの死がわかったような気がしました。

子供もいなくて、夫はやることもないので、私と一緒にロサンゼルスホーリネス教会の日曜礼拝に行くようになりました。2階のバルコニー席の2番目に座るといつも一列目に小さな女の子二人を連れた素敵なご夫婦がいらっしゃいました。

それが前原利夫ご夫妻でした。40年も経った今、この前原先生の教会に集わせていただくことになろうとは思いもしなかったことでした。神様のなさることは本当に粋です。その年の秋、ロサンゼルスホーリネス教会の伝道集会に夫も出席してみました。

土屋先生がメッセンジャーでしたが、その後安藤兄(まだ先生ではありませんでした)の「我さえも愛したもう」の賛美を聞いた時、聖霊が働かれたのでしょう。理詰めだった夫の心と魂に主が働いてくださったのでした。

その年のクリスマスに夫は洗礼を受け、教会の若い方たちとの集会や、聖書の学び、修養会に二人で出席している間に水を得た魚のように御言葉に浸っていきました。
そして私達の人生はすべて神様の青写真のもとにあること、冒頭の聖句にありますようにその神様のために生きることが私達の生きる目的であることを知ったのです。 

イー弘美


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ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A. Tel.(310) 527-6112
www.gospelventure.com/


生活が安定してきて、暇をもてあまし、義弟に連れられてリトル東京でのバイブルスタディに顔を出すようになりました。夫の弟は日本ではアメリカンスクールに行き、カルポリに留学して、大学のナビゲーターでクリスチャンになったのです。

英語が第一国語だったので、そのころ、仕事の後、日本人留学生に英語でバイブルスタディをしていました。私達の結婚祝いに聖書をくれたくらいです。

そのバイブルクラスで、知り合った日本人の若者たちから「韓国の女の方のお話があるから」と誘われて、これも暇つぶしにロサンゼルスホーリネス教会の集会に行き、スピーカーを見て驚きました。あのビザ申請の時に助けてくださった金先生の奥様、安先生だったのです。

戦争中、韓国の女学校で先生をしていた安先生は朝礼で皇居に向かって天皇に礼をしなかったことで、日本政府に捉えられ死刑の宣告を受けたこと、処刑される前に終戦になったこと等々、強烈なお話をしてくださいました。その場で、先生の書かれた本、「たとえそうでなくとも」を購入、憑かれたように読みふけりました。

あのすてきな先生の過去がこんなにすごいものであったこと、イエス様のために死ぬことが彼女の願いだったことを知り、崖から突き落とされた気がしました。            

ちょうど、義母とのかかわりあいで、いかに自分が汚い人間であるかに気づき、その自分から新しくなりたいと思っていた矢先でした。同じ人間でありながら、安先生のようになるには、その背後にある、イエス様を信じることだと何もわからないまま、このお方に従えばよいのではという思いで、翌年のイースターに受洗しました。

そして教会生活をおくるうちにちょうど、エマオ途上の弟子たちが彼と歩いているうちに目が開かれたように、ぼんやりだったイエス様のお姿が私にもはっきり見えてくるようになりました。

イー弘美


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義姉を通してビザ取得できるとわかりましたが、それには良い弁護士を探さなければなりません。良い弁護士を探すには、とおもいついたのは、前に韓国領事館で親切にしてくれた韓国教会の金牧師でした。牧師さんだったら良い方を紹介してくれるだろうと、「お昼が出るよ」と誘われていた金先生のバプテスト教会に行ってみました。

笑顔で私達二人を出迎えてくれたのは、金先生の奥様の安利淑先生。私が日本人だと知ると、「通訳してあげるから、英語部ではなくて韓国語の私の夫の礼拝に来なさい」と、私の手をとって隣に座り、いちいち御主人のメッセージを日本語に訳してくれました。

金先生と同様に日本で教育を受けられたとのこと。賛美するその声の美しさは天使の歌声でした。そして教会で頼んでいる移民弁護士を紹介してくれました。その後、韓国領事館に書類を整えに行くときには一緒に行ってくださいました。どうして見ず知らずの私達に親切にしてくださるのか不思議でした。

あとで聖書の御言葉からわかりました。「もっとも小さい者達のひとりにしたのは、私にしたのです。マタイ25:40」 お世話になったので、お礼参りのように礼拝に通いました。私は前の職場に復帰し、夫は日本に送った船便をとり戻しに行った船会社で、コンピュータ化する将来のためにと雇ってくれて仕事に励んでいました。

しばらく義理で礼拝に通いましたが、もうお礼参りもこのくらいでいいだろうと礼拝に行かなくなっていました。ある時、当時のデパート、ロビンソンで、ばったり安先生にでくわしてしまったのです。「僕らもいろいろ忙しくて...」と夫はその場を繕いました。

「今戦時中のことを書いているから、本になったら読んでね」

礼拝に顔をださなくなった私達を責めるのでもなく、先生はそうおっしゃったのでした。    

イー弘美


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夫は、イングルウッドからカノガパークのオリベッテイという会社に1時間もかけて通いだしましたが、仕事にも慣れ、私も英語世界での経理の仕事がわかるようになってきていました。ダウンタウンからバスで疲れて帰宅すると大家さんのミセスケラーが熱いシチュウーをさしいれてくれたりしました。

すぐ夫の18か月のトレイニングビザが切れる時が来て会社のスポンサーのもと、永住権を申請しました。もう少しトレイニングを受けなければ日本に帰ってもモノにならないでしょう。移民局からの返事待ちでした。

3月の初めのことです。帰宅すると移民局がらの封筒が待っていました。なんと、3週間以内にアメリカから出国するようにとの国外退去命令でした。アメリカ全体が不況でこれ以上外国人を受け入れられないというのが理由でした。

まあもう3年も経っているのだから日本に帰ってもいいかもしれません。船でゆっくり帰ってみようと夫は船会社に手続きに行きました。

少量の荷物と猫のジョナがまだ元気だったころで、猫も船室に入れてくれる契約をしました。船荷を出した直後、この国外退去命令では、私は日本へ、韓国籍の夫は韓国へ帰るようにということだと判明。

大慌てして、ロスの日本領事館の領事に会った結果判明したことはその当時の日本は韓国人、共産国人、中国人、無国籍人にとても厳しく、母親が日本にいましたし、妻の私が日本人でも夫は日本には3か月しかいられないということでした。夫には韓国に行くしか道が残されていません。

韓国には誰もいませんのに。出るのは溜息ばかり。退去指定日まであと数日。夫の姉がサンディエゴから訪ねてきました。彼女が4ヶ月後に市民権を取得するから弟として永住権が取れるので、その間弁護士にかけるようにとのこと。

ぎりぎりのところで神様は備えていてくださったのです。           

イー弘美


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夫のコンピューターの専門学校での学びも終わりに近づきました。卒業後は、それまでの学生ビザの延長で18ヶ月のトレイニングビザがもらえますから、その間に就職して、トレイニングを受けて日本に帰ることができたら、最高です。

ところが、卒業が間近になってあちこちにレジメを提出しても一向に返事が来ません。ちょうど、ナサの宇宙飛行士もレイオフされる時期で、アメリカ市民でさえ就職が大変な時期と重なりました。ましてや、外国人のトレイニングビザの者を雇うという物好きはいません。遠くはSFからサンデイエゴまでレジメ持参で駆け巡りました。

3ヶ月たったら、空きが出るからという所を一軒みつけました。毎日車を走らせました。そして仕事がないまま3ヶ月が過ぎました。3ヶ月経ったら雇ってくれるというところに勇んででかけました。そこはつぶれていました。このままだと何のトレイニングも受けないまま日本に帰らなければなりません。学校を卒業してすでに6ヶ月経ってしまいました。

後できいた話ですが、夫は私が仕事に行っている間に家の角にあった教会に行ったそうです。礼拝堂のドアは空いていて,誰もいなかったそうです。夫はクリスチャンではありませんでしたが、「神様、あなたがいらっしゃるなら、どうしてこんなことをなさるのですか」と叫ぶような祈りをしたそうです。

その翌日、卒業した学校に電話をしてみると、求人があるから、来るようにと言われ、すぐその大きなコンピューターの会社の入社試験を受けたところ、採用されたのです。前日には神様がこんなプレセントを用意していてくださるとは知らずに、落胆していましたのに。夫はすぐ前日祈った教会にでかけていきました。

でも今度は教会のドアは閉まっていたのです。夫は感謝の献金と「祈りたい人の為にドアはあけておいてください」というメモをドアに挟んできました。

「あなたの父に祈りなさい、すると隠れた事を見ておられる貴方の父は、報いてくださるであろう。マタイ6:6」         

イー弘美


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夫はテープレコーダーを持参して授業を受けていました。帰宅してから,聞き漏らした所を録音したテープをききながら復習し、タバコの煙の中で猛勉強。私もだんだん、経理の仕事がわかるようになり、特に加算器の操作の速さと正確さには自信がもてるようになりました。 帰宅してからアダルトスクールのクッキング教室に行き始めました。

ある晩、クラスの後、月明かりの下で真っ白いやせた仔猫を見ました。猫好きな私です。触ってみたら、骨だらけ。家にひとまず帰ってその晩の夕食の残りのお魚をもっていきました。まあ、その猫の食べること。何日も食べていないのでしょう 。ペット禁止の住まいです。大家さんにはすでにサイモンピーターとか、12弟子の名前のついた猫が、12匹ぐらいいましたから後一匹飼ってくれないかと思い、彼女の所に連れていきました。なんと、大家さんは「あなた、猫が好きなんでしょ。

ここはペット禁止だけれど、飼っていいわよ」と言ってくれたのです。その晩、電灯の下で夫と私はその白い仔猫の身体から100匹もの蚤をとりました。ちょうど夫と読んでいた婦人の友の聖書コーナーに出ていたヨナの話から、英語読みでジョナという名前にしました。 夜遅くダウンタウンの職場から帰るとジョナは真っ暗闇の中で窓にへばりついて、私の帰りを待っていました。しばらく夫と私と猫との貧しくても平穏な日々が続きました。

ところが、急にジョナは病気になってしまったのです。「どんなことをしてもこの猫を助けてください」お医者様に頼みました。骨と皮ばかりになって退院してきたジョナに夫が指示された薬をあげました。ジョナはその薬で、窒息して夫の腕の中で死んでしまったのです。私たちはあまりの悲しさに何も手につかないような状態でした。

聖書のどこを読んだらこの悲しみがなくなるのか、そのころ、私たちを教会に誘うようになったクリスチャンの友人に電話をかけてきいてみました。どこも助けになりませんでしたが、振り返るとジョナの死は後に私たちを救う為の一粒の麦であったようです。 (つづく)       

イー弘美


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夫が入学することになったコンピューターの専門学校はロスの飛行場の近くでしたから、サンディエゴからロスに引っ越さなければなりませんでした。ようやくイングルウッドのデュプレックスがみつかりました。家賃が90ドル。それまでの2倍以上の家賃です。学校の月謝も高く、分割払いにしてもらったものの、私は働かなければなりません。

すぐ、ボーリング場内のコーヒーショップのウエイトレスの仕事を得ました。ところが常連のお客さんの早口の注文についていけず、メニューを指さしてもらう始末。座ってはいけないといわれ、カウンターを拭いたり、立ち通しでした。帰宅して、夫とポケット一杯になったコインのチップを数える楽しみも3日間で終わりました。

「経験者が来たので、貴方は自宅待機してください」つまり、解雇されたのです。次の仕事を探さなければなりません。Crenshawにあった東京銀行に飛び込みました。採用条件として、労働許可を移民局でもらうようにといわれ、すぐに移民局に出向きました。窓口では、法的に働くには永住権が必要といわれましたが、私を窓口に連れて行ってくれた移民局のおじさんは「Nobody knows, go ahead, and work to support your husband」と言ってくれました。

銀行ではビザ取得のため、移民弁護士を紹介してくれ、会いにいったところ、前金で二千ドル要求され、その上永住権が取得できるかどうかの保証はないとのこと。

そこで、東京銀行はあきらめ、現地の職業案内所に飛びこみ、あの移民局のおじさんの言葉に甘んじて、その翌々日から、貿易会社の経理の仕事に就いたのでした。数字の世界でも、まったく英語の世界です。上役に数字を言われても、頭に入りません。

でも生活がかかっていましたから、必死でした。夫もコンピューターの学校についていくのに精一杯の毎日でした。私の収入は手取り300ドル、家賃90ドル、授業料140ドル、そして生活費のあと、少し貯金もできました。「あなたがたの天の父はかれらをやしなっていてくださる。 マタイ6:26」のとおりでした。  

イー弘美


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前述のように両方の親達を一年かけて説得。不承不承でしたが、結婚渡米を承諾してもらい、サンディエゴの義姉を頼って渡米してきました。

手持ちのお金はなくなるばかり すぐ、夫はサンディエゴの海岸にあるレストランのドアを一軒一軒訪ね、ホテルのコーヒーショップでバスボーイ(ウェイトレスのしない、お皿の片付け)の職を得ました。通うのに、タクシーを使いましたから、1日稼いだお金はほとんどなくなります。ようやく二百ドルで古い車を購入し、そのおかげで、アダルトスクールにも通えるようになりました。

私も夫の働いていたホテルの宴会場でのウエイトレスとして白人の大学生のアルバイトの仲間達と働くことになり、アダルトスクールの後、夫も私もホテルに直行しました。少しでもお金が入り、また英語のためには役立ちましたが、二人とも毎晩帰宅するころには足が棒のようでした。

少しづづアメリカ生活に慣れて義姉の所から独立して、月40ドルで部屋を借りました。国籍をとやかくいわれないような技術を身につけて日本にに帰ろうと進路を考え、夫はコンピューターの専門学校への入学を決めました。

まだ日本ではコンピューターが導入されていなかったころです。二人とも25歳でしたから、若さと人間の力を信じ、自分の力で自分達の人生を切り開いていこうという意欲に燃えていました。

でも夜中にふと目をさまし、未来への不安に息詰まるような恐れに襲われたこともあります。神様を知らなかったからですね。後からふりかえりますと、「主はみずからあなたに先だって行き、またあなたと共におり、あなたを見放さず、見捨てないであろう。申命記31:8」というこの御言葉にあるように、まだ神様の方を向いていなかった私達でしたが、病気にもならず、事故にもあわず、主は守ってくださったのです

イー弘美


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私達の人生は出会いできまります ね。自分で切り開いてきたと思っていた今までの人生も振り返ると、その都度誰かとの出会いがあって新しい道にすすんでいたことがわかります。

そしてその背後にはそのように導いてくださる創造主なる主がいらっしゃることをクリスチャンになってから知りました。昼は雲の柱、夜は火の柱、として導いてくださる、あの出エジプトの主なる神様です。

私の場合は5歳上の優秀な姉に可愛がられ、かなり彼女の影響をうけました。大学に入るやいなや、今度はニヒルないわば、姉と二人の温室で育っていた私とはまったく世界の違う男子学生に驚くような世界をみせてもらいました。

敷かれたレールの上を歩いていた私に、物事を客観的にみることを教えてくれたこの男子学生と、同じゼミをとっていたこともあり、この男子学生が大学の4年間に私の人生にかけがえのない人物となりました。この人とでなければ生きていけないという信仰のようなものとなって韓国で生まれた韓国籍の男性と結婚したいと、周りを泣かせました。若気の至りです。

当時日本社会は韓国人を受け入れてくれませんでした。大学を卒業しても、韓国人の彼には就職口がないような状況で、八方塞りです。

そんなときに米国にいる彼の姉夫妻が保証人になるから、米国に留学して、売れる技術を身につけて日本に帰るようにとのアドバイスをくれたのです。周りを説得し、結婚を承諾してもらい、ふたりで貯めた2千ドルを手に私達はサンディエゴにやってきました。

自分の手で自分の人生を切り開こうと、若さゆえに人間の力を信じていました。ふたりともクリスチャンの環境の中で育ちましたが、まだ神様の生きた存在を知りませんでした。 主なる神様は、このような形で、日本から私達を連れ出して、救いの道へと導いてくれたのです。  

イー弘美


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ニューフェイスのイー(竹下)弘美です。夫イーロバートとともに8月からGVICにこさせていただいています。

クリスチャンのみなさんは、私達一人一人の人生は創造主である主によって導かれていることを熟知されていらっしゃるでしょう。
 私達は48年前にロサンゼルスホーリネス教会で受洗しました。

そしてまだレイマンであった前原先生ご家族と一緒に教会生活をしていました。その後、夫の仕事の関係で25年前に北加に転居。まさか、尊敬する前原先生の教会に集う事ができる日があるとは思ってもないことでした。神様の粋なお取り計らいと喜んでいます。

 娘と息子が巣立ち、もう我が家にもどってくることがないとわかって、3年前にダウンサイズしてSF近郊の老人村に引っ越しました。プールは老人向けに88度という温かさ、映画好きな私たちに毎週毎日いろいろな映画が見られるシアターがあったり、天国のような快適な生活でした。もう引っ越しはしないときめていました。

 ロスの娘家族からベビーシッターの要請があるたびに6時間かけてロスに通っていました。そのたびに3歳と1歳の子供をかかえて共働きしている娘家族の大変さを見ていましたが心を鬼にしていました。

ところが、今年の初めからデイケアにあずけている二人の子供がちょいちょい病気をし、婿と共に苦労している娘家族を傍観しているわけにはいかなくなったのです。

まさに主のご命令によっておもいもかけず、ロスに引っ越しということにあいなったのです。そしてこのことは主から出た最善だったと確信しています。       
   
イー弘美


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