ゴスペルベンチャーインターナショナル教会 (GVIC) | April 2026

2026年4月6日


  ゴスペルベンチャーインターナショナル教会 (GVIC)  | 2026年のみ言葉

『わたしを呼べ。そうすれば、私はあなたに答え、あなたが知らない理解を超えた大いなることを、あなたに告げよう。』エレミヤ書33章3節

「飛脚」コラム | キム・明子

イエス様復活おめでとうございます!

「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者はみな、永遠に決して死ぬことがありません。あなたは、このことを信じますか。」ヨハネの福音書11章25b、26節

イエス様復活おめでとうございます!

GVICの白い十字架の下にはピンクの桜が満開に咲いています。日本人にとっての桜の花は、卒業式や入学式、新しい生活のスタートを応援するかのように喜びが増す存在ですが、クリスチャンの私たちにとっては、桜の花が復活の主を喜んで咲いているようです。

復活祭(イースター)とは、神が人となって地上に来られ、それは私たち人間を全ての悪から救うためだった。その救いの計画が実行されて、成就した。すなわち神の人類救済計画の大成功が、イエス様の復活!イースターです。

神であられるイエス様が、人となり、神である権利を全て捨て私たちの身代わりとなりました。これが十字架の死です。
罪という悪がこの世を支配するようになってから、悪が蔓延り、汚れ、淫乱、争い、憤り、分裂、妬みが人間の意に反してどんどん起きてしまいました。愛する対象を憎み、愛される者が傷ついていく。

この混沌とした罪からの救済のため、一人

で、イエス・キリスト、罪のない人となった神が、武器も持たずに十字架へと向かいました。そして、十字架にかかって死なれたのです。そして、死んで三日後に、イエス様は死から復活、甦ります。もし、ここでイエス様が私たちの身代わりに死んでくださったけれども、復活がなかったとしたら、私たちはイエス様の犠牲の愛に、感謝をするだけに、その死に胸を痛め、また私たちの罪の重みを背負って生きていかなくてはならないでしょう。人間にまとわりつく罪と死という・・【つづきを読む】


GVIC – 4/05/2026 主日礼拝のオンライン配信



救いの証し(1)大久保 満

1977年6月11日、私はイリノイ州シカゴ郊外のハイランドパーク市の病院で生まれました。最初の子であり、また、遠い祖国日本から離れた出産ともあり、両親にとって、私の誕生は、とても不安があったことと思います。元気に生まれてくることだけを願ったことでしょう。

しかし、生まれてすぐ、私の右の鎖骨に悪い菌が溜まり、また、「敗血症」という病気にかかっていることが分かりました。とても危険な状態で、母親の話では頭から足に至るまで沢山の管が小さな体の至る所に取り付けられ、何度か生死をさまよったそうです。両親、特に、母は、元気に生むことが出来なかった自責の念で苦しんだそうです。

そんな状況の中、母は一つの祈りをしたそうです。それは、ハンナの祈りです。ハンナは、子供がなかなか出来ないことで苦しみ、日々激しく泣いていました。そして、こう主なる神様に祈ったのです。

「万軍の主よ。もし、あなたがはしための苦しみをご覧になり、私を心に留め、このはしためを忘れず、男の子を下さるなら、私はその子を一生の間、主にお渡しします。」(サムエル記第一1章11節)・・【つづきを読む】


どこでも口ずさめ、神の歌

ちとせの岩よ 讃美歌260 “Rock of Ages””


Rock of Ages

「そこで、兄弟たち。私はあなたがたにぜひ次のことを知ってもらいたいのです。私たちの父祖たちはみな、雲の下におり、みな海を通って行きました。…みな同じ御霊の食べ物を食べ、みな同じ御霊の飲み物を飲みました。というのは、彼らについて来た御霊の岩から飲んだからです。その岩とはキリストです。」(Iコリ10:1、3-4)

永遠(ちとせ)の岩なるキリスト。その犠牲を通して救いを与えて欲しい、キリストを信じる人々の隠れ家となって欲しいと懇願するこの賛美歌は、最も人気のある賛美歌のひとつと言えるでしょう。岩なるキリストへの切望を歌う歌詞は、十字架での贖いのみが救いへの唯一の道であり、人が流す涙や自己正義を求める努力はすべて無意味であることを主情的に訴え、また、死の淵にあってさえ、岩なるキリストに慰めと安らぎを求めることを、私たちに訴えています。【つづきを読む】


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