「生まれ故郷ハワイ」(証2)
昭和初期に父は日本とアメリカの神学校を卒業して最初に赴任した教会はハワイのマウイ島パイア教会であった。私はその田舎町で生まれたが、当時のハワイはまだアメリカの属領(territory)であった。
マウイ島はサトウキビの耕作 ...
一年の計は元旦にあり?
今年卒寿プラス1を迎える筆者にとって、1年の計を元旦に立てる気には到底なれない。明日をも知れぬ身にとって 1年先を見通すなんて無理なことだ。
然し年頭にあたり、新鮮な気持ちで信仰生活を反省することは必要であろう。賛美歌41 ...
御国(みくに)をめざして
結婚12年目にようやく与えられた娘のノエルが、最初で最後の子供かと思いました。ところが、主は23か月後に息子、ジョナサンをも与えてくださったのです。これは私達の想像以上のブレッシングでした。いつも神様は私達の思いをはるかに超えて最善を ...
神のなされることは時にかなって美しい
神様と教会を中心とする生活は楽しいものでした。そして交わりを通して、日本から来る若者たちが次々に救われていくことを目の当たりにする喜びは格別でした。
ふたりともロスのダウンタウンで働いていましたが、家庭集会やバイブルクラス ...
我家と我は主に仕えん | ヨシュア記24:15
朧気だったイエス様の姿が教会生活をするうちにはっきり見えてきました、と、書きましたが、みなさんも経験していらっしゃるように、イエス様が私の罪のために死んでくださったということはなかなかわかりませんでした。
この欄で、苦楽を ...
エマオ途上のイエスさまの姿
生活が安定してきて、暇をもてあまし、義弟に連れられてリトル東京でのバイブルスタディに顔を出すようになりました。夫の弟は日本ではアメリカンスクールに行き、カルポリに留学して、大学のナビゲーターでクリスチャンになったのです。
...
安利淑先生との出会い―主にある愛―
義姉を通してビザ取得できるとわかりましたが、それには良い弁護士を探さなければなりません。良い弁護士を探すには、とおもいついたのは、前に韓国領事館で親切にしてくれた韓国教会の金牧師でした。牧師さんだったら良い方を紹介してくれるだろうと、 ...
主の山に備えあり
夫は、イングルウッドからカノガパークのオリベッテイという会社に1時間もかけて通いだしましたが、仕事にも慣れ、私も英語世界での経理の仕事がわかるようになってきていました。ダウンタウンからバスで疲れて帰宅すると大家さんのミセスケラーが熱い ...
教会のドアはあいていました
夫のコンピューターの専門学校での学びも終わりに近づきました。卒業後は、それまでの学生ビザの延長で18ヶ月のトレイニングビザがもらえますから、その間に就職して、トレイニングを受けて日本に帰ることができたら、最高です。
ところ ...
仔猫、ジョナの死—救いへの道
夫はテープレコーダーを持参して授業を受けていました。帰宅してから,聞き漏らした所を録音したテープをききながら復習し、タバコの煙の中で猛勉強。私もだんだん、経理の仕事がわかるようになり、特に加算器の操作の速さと正確さには自信がもてるよう ...
