夏のハワイから太平洋に揺られること1週間、神様の力強い御手に守られて、日本郵船秩父丸は1934年9月北村一家を恙無く日本に届けてくれた。ハワイにいた頃、父母から聞かされていた富士山を目の当たりに見た時の感激は忘れられない。

日本人のDNAがなせるわざなのか。冨士はその後何度も見る機会があったが,生まれ故郷ハワイの山では見られないあの美しさは何度見ても感動的であった。横浜埠頭に迎えに来てくれた初対面の親類縁者、日本語が通じる誇らしさ、秋風の冷ややかさも日焼けしたハワイっ子には心地よい。

その夜から、一家5人は東京の伯父宅に仮住まいすることになった。布団生活の初体験も新鮮だ。見るもの聞くものすべてが珍しい。クリスマスツリーの代わりに門松、注連縄が軒並みに見られる。クリスチャンの伯父一家のお陰で日本語の賛美歌、聖書にはすぐなじめた。

教会も近所にあって日曜学校では友だちもすぐできた。父の沖縄赴任までの半年ほどは、1934年9月、渋谷尋常小学校に通うこととなった。朝礼での「君ヶ代」斉唱には戸惑ったが、学芸会は楽しめた。

見上げるような二宮金次郎の銅像には圧倒された。渋谷駅前で忠犬ハチ公の本物の頭を撫でる機会にも恵まれた。雪知らずのハワイっ子にとって雪は珍しかった。雪合戦や雪だるま作りで近所のガキ大将とも仲良くなれた。

そして春の到来と共に待望の沖縄行きが実現した。1935年4月、横浜港から1泊2日の船旅を経て那覇港に上陸した。東京とはまるで大違いの那覇の町には目を見張った。

見るもの聞くもの、こうも違うのかと驚きの連続であった。しかし、ハワイを思わせる海の美しさ、ハイビスカスの強烈な赤、電車の無い静かさ、何となく心が和む南国的雰囲気に包まれると、ふと、東京の喧騒さが懐かしくさえ思えてきた。

父の赴任した那覇中央メソジスト教会は市内一等地ともいうべき久米町にあった。鉄筋コンクリート三階建ての立派な教会堂であった。一家にとって不慣れな日本の最南端での生活がようやく始まった。

サムエル北村


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