留学当時、私を教会に誘ってくれた友人は、信仰についてもよく話してくれました。例えば、私が「自分は正しくない者だから教会に行くには相応しくない」と言うと、彼女は「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人」(マタイ9:12)だから、そう思うほど教会に行くべきだと言ってくれました。

日本の教会の友人達も私が受洗に導かれるように祈ってくれていたようで、機会があるごとに十字架の贖いの話しをしてくれました。話しを聞きながら私は、聖書の基準で見るとき、自分には罪があるので、天国に行くのは難しいと思いました。

何故なら、聖書における罪とは「行い」だけでなく「思いによる罪」も含まれるので、例えば、心の中で人を憎んだら「殺人」(1ヨハネ3:15)、もしも、人を羨んで嫉妬したら「ねたみ」(ガラテヤ5:19~21)という罪になってしまうからでした。

でも、その友人は罪を悔い改め、イエス様を自分の救い主として信じるなら、現在・過去・未来すべての罪が赦され(使徒10:43)、天国に行くことが出来ると言いました。ただし、そのチャンスは、生きている命のあるうちしかないとも付け加えました。

その時、私は「救いのチャンス」には期限があり、死んでからでは遅いことに気付きました。だから、生かされている今!チャンスのあるうちに信仰告白をし、イエス様を自分の救い主として受け入れたい!そして、信じて、従って行きたいと思いました。

それは、ローマ書10章9、10節に「もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。」と記録されているからでした。

この留学時代の経験や友人を通して、私は再び教会に通い始めました。

川口朋子

聖書引用:聖書 新改訳
©1970,1978,2003 新日本聖書刊行会
       


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ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A. Tel.(310) 527-6112
www.gospelventure.com/


幼い頃から外国の文化や言語に強い関心を持っていた私は大学卒業後、海外に9年間留学をしていました。仕事でも5年ほど海外勤務をしていたので、これまで多くの時間を異文化の人達と共に過ごして来ました。憧れの海外生活でしたが、その中で多くの葛藤も経験しました。

例えば、歴史認識の違いによる文化的な摩擦などでしたが、それらは決して自分では解決することの出来ない問題でした。何故なら、植民地支配など自分がしていない事で責められ続けるからでした。そんな時、すごく教会に行きたいと思いました。マタイ11章28節の「すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」という御言葉が頭に浮かんだからでした。

当時、私が滞在していたのは、街中に教会が溢れ世界中に4千人を超える宣教師を派遣している国でしたが、私はそこで聖書的世界観よりも民族性を強く感じました。これまで日曜学校で学んだ通りであれば、人の罪を贖うことが出来るのは「罪のない神の独り子イエス様」だけです。

でも、私は「すべての人は、罪を犯した。」(ローマ3:23) とあるように聖書の基準において「罪びと」です。だから、人の罪の身代わりにはなれないと思いましたが、現地の人達に先祖の罪を問われ続ける環境にあったからでした。

聖書の別の個所には「赦しなさい。そうすれば、自分も赦されます。」(ルカ6:37)、「互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。」(コロサイ3:13) とあります。御言葉を通して神様は繰り返し「赦し」について教えています。

それなのに、どうして私はクリスチャンの多いこの国で、赦される事なく責められ続けるのだろう?しかも他人の犯した罪で… 次々と疑問が湧いてきました。そんな時、同じ学校のクリスチャンが私を教会に誘ってくれました。

川口朋子

聖書引用:聖書 新改訳
©1970,1978,2003 新日本聖書刊行会
       


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私は、祖母と母がクリスチャンでしたので、幼い頃から毎週日曜学校に通っていました。そこでは聖書の話しを聞いたり、聖句を暗証したりしていました。また、クリスマスにはイエス様ご降誕の劇をしたり、イースターの時には卵をもらったりしていました。

でも、当時は信仰がありませんでしたので、教会では聖書を開いたりしましたが、家では全く読んでいませんでした。聖書は、ただ教会に行く時に持って行く本だと思っていました。聖書の約6割は物語ですが、私はそれらの話しを聞くときも決して真実だとは思わず、ただ昔話しのように聞いていました。それは、週に1度せっかく教会で創造論について習っても、残り6日は学校で進化論の教育を受けていたからでした。

信仰を持たずに通っていた教会だったので、高校入学以降あまり出席しなくなり、だんだん教会から離れて行くようになりました。行きたくなくなった理由としては、まず世間の常識に反する聖書の教えに同意することが出来なかったからでした。例えば、マタイ5章44節の「敵を愛しなさい」、使徒行伝20章35節の「受けるよりは与える方が幸いである」などでしたが、いつも何故だろう?と疑問に思っていました。

次に、クリスチャンは、とても窮屈だと思っていたからでした。聖書に出てくる神様の命令や律法をすべて守らないといけないと思い違いをしていたので、自分のしたい事ができず、したくない事をさせられると思っていたからでした。

最後の理由としては、教会で聞く話しがとても正気では信じられない事だったからでした。2000年前にイエスと言う人が十字架の上で亡くなった。それは自分の罪の為。その事実を信じて受け入れるなら天国に行き、そうでなければ地獄に行く。この教理をずっと理解できずにいました。

それに2000年前に亡くなったその人と自分が何の関係があるのか?も全く分かりませんでした。だから、ずっと洗礼も受ける気にはなりませんでした。  

川口朋子


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