証・劉清心

6月・主に召命された2

前回に引き続き渡米する経由について分かち合いたいと思います。伝道者になる確信を持ってから、ずっと神様に祈りました。大学卒業してからどうしたらいいですかと主の御心を求めました。

自分の考えで三つことの選択がありました。一つ目は日本で就職してお金貯めてから日本の神学校で学ぶこと、二つ目はそのまま中国に帰って神学校にいくこと、三つ目はアメリカの神学校にいくことのでした。

アメリカの神学校は評判がいい、クリスチャンが一番多い国だとよく聞かされました。決めるまで切実に主の御心を求めました。ある日ディボーションしている時に主の御言葉が与えられました。

創世記の12:1(主はアブラハムに言われた。あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、私が示す地に行きなさい)と、この御言葉を考えながらその三つの選択の中でアメリカに行くのは主の御心だと信じました。

しかしアメリカに行くのは一番不可能なことでした。その時全然英語喋れないし、お金もないし、アメリカに行くビザを取るのも大変でした。現実の自分を直視すると、どう考えてもそれは不可能でした。しかし主を仰ぎ見る時に、主から与えられた御言葉を思い出し、心に平安と喜びもあった上で、アメリカに行くのは主の御心だと確信ができ、大学卒業してからアメリカに行くと決断をしました。

約一年間ぐらい毎日切実に祈りました。やっと大学卒業する前に、主が道を開いてくださいました。バイト先のオ-ナさんを通して、アメリカに来るビザの週類をサポートしていただいて、保証人にもなって、最後にアメリカに来る必要な費用も全部出してくださって順調に渡米できました。主の働きなしにはどんな仲いい友達でも、自分がどんな優秀でも、そこまで助けてくれる人はいないと思います。主の御心であれば、主が全ての必要を備えてくださいます。

愛する兄弟姉妹、私たちは神様の子供として、主の御心を求めて、信仰によって歩むことは主に喜ばせる生き方だと思います。第二コリント5:7(目に見えるものによらず、信仰によって歩んでいるからです)今回の飛脚は最終回になります。ご愛読ありがとうございました。

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5月・主に召命された1

この世の中の価値観は地位が高く才能があり、成績が優秀な人はよく人に認められる。しかし主は人間が見るようには見ない。「容姿や背の高さに目を向けるな。私は彼を退ける。人間が見るようには見ない。人は目に映ることを見るが主は心によって見る。」(サムエル記上16:7)
 

日本で毎年,AnisJapanというクリスチャンキャンプに参加しました。キャンプで韓国から来た牧師のメッセージを通して、特別な感動を受け以前のことを思い出しました。救われた家族と変えられた自分、厳しい環境の中でずっと助けてくれた主を思い出した時に、自分の人生の全てを主に捧げて、伝道者になりたいという決断を出しました。

現実の生活に戻ると、経済的なことが不安で両親に幸せな生活を与えたいというのが一番でした。そんな生活の中で受けた感動を忘れ、自己中心な生活をしても主がずっとそばにいて、私の祈りを聞いてくださいました。

聖霊様の導きにより、恵みあふれた生活、哀れみ深い主の姿を見せてくださり、キャンプで受けた感動を思い出し、主の前で泣きながら悔い改めました。その時,世の光、地の塩として神の国を広げて行きたいという決断をしました。

しかし、自分の将来と経済的な生活、両親の世話をも主に委ねられませんでした。そこで切実に主に求めました。もし主が本当に私を主の弟子にするならば私の両親を祝福し、経済的にも満たして、私が完全に両親のことを心配ないようにお願いいたしますと主に祈りました。

祈りが聞かれ、両親の関係、経済的にも祝福され、やっと大学三年生の時に伝道者になると献身する確信ができました。主に三回も呼ばれて、心から主の召命に従う決心をしました。
愛する兄弟姉妹私たちそれぞれ神様から頂いてる使命があると思います。学歴や経歴や才能などがなくても、偉大な主を仰ぎ見て、自分を主に捧げる心があれば、主が私たちのすべての必要を満たします。

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4月・逆境の中で働く神様

長い人生の中で、誰でも逆境の生活を経験することがあると思います。しかしみんなそれぞれ逆境に対応する方法が異なると思います。

18歳で日本に行って日本語が全く話せないし、1ヶ月経ってお金がなくなって、外国で一人で不安な心でいっぱいでした。不安の中で今まで頼ってきた神様に祈り始めました。二つの祈りのリクエストがありました。一つはバイトが見つかって生活ができるようにということと、大学に入れるようにという二つの祈りでした。

バイトを探すには日本語が必要だし、日本語が喋れない私は毎日切実に祈りました。主の導きにより、一週間後には友達の紹介でお皿を洗うバイトが見つかりました。店長は優しくていつも私を助けてくださいました。

二つ目は大学に入りたいと強く願いました。自分の人生を変え、家族に幸せを与えるには最低大学の学歴が必要だと思ったからです。しかし、高校に行かずに、毎日遅くまでバイトをし、勉強する時間がない私は疑わず毎日主に祈りました。

日本語学校で一年間勉強して関西で評判のいい龍谷大学に入学しました。学校で先生に期待される学生ではなかつたのですが、こんなに小く、力のない私にも、主がずっと逆境の中で共にいて、助けてくださり、主の恵みの満ち溢れる日々でした。厳しい環境の中にいても、嵐の中にいても、イエス様を信じ、聖霊様の力によって、逆境を乗り越えることができる。

逆境は神様が演じる舞台であって、逆境を通して信仰が成長することができ、忍耐力を生じるんです(ローマ書の5:3-5)そればかりでなく、苦難をも誇りとします。私たちは知っているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。希望は私たちを欺くことがありません。私たちに与えられた
聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。
 

愛する兄弟姉妹、私たち行き詰まった時に、神様の働きを信じて、順境でも逆境でも主に感謝しましょう。   

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3月・日本で洗礼を受け、変えられた

愛する兄弟姉妹、先輩の皆さん、神学校の第二学期がスタートしました。GVICに来て九ヶ月になりますが、皆さんの祈りと愛とサポートを受け、学ぶことができて心より深く感謝しております。これからも主のため、魂の救いのため、、みなさんと一緒に頑張りたいと思います。
 

今回は僕が日本で洗礼を受けた恵みを分かち合いたいと思います。僕は中国での不良生活をやめようと努力しましたが、ギャンブルの誘惑と弱さに負けてどうすることもできず日本留学を決断し、2006年に18才で渡日しました。

日本語はまったく話せないし、経済的にも余裕がなく、ただひたすら神様に頼っての渡日でした。日本で朝鮮族の兄弟姉妹の伝道に導かれ、韓国人の教会に行って信仰生活を始めました。日本に行く前にクリスチャンになったけれども、イエス様、聖霊様の役割は分かりませんでした。神様だけお父さんのような方でずっと頼っていました。その教会の担任先生から洗礼を進められ、洗礼のクラスで一緒に勉強し、それを通して、イエス様と聖霊様の役割を学ぶことができました。

2006年8月17日にAnis Japanというキャンプで洗礼を受けました。その時、自分のすべての罪を深刻に悔い改め、イエス様の血潮によって、私の罪が赦され、聖霊様の力によって、私の不良の心を取り去って、生まれ変わったことをすごく感じました。

イザヤ書53書5節、”彼が刺し貫かれたのは私たちの背きのためであり、彼が打ち砕かれたのは私たちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによって、私たちに平和が与えられ、彼の受けた傷によって、私たちは癒された。”
愛する兄弟姉妹、自分の思いや努力だけで自分の弱さと罪に打ち勝つことはできません

ただ聖霊様の導きによって、イエス様を信じ受け入れれば、すべての罪が赦され、素晴らしい人生を歩むことができます。主イエス様は本当の平安と喜びを与えようと待っておられます。

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2月・家族を通して救われた(2)

2014年は今年の御言葉の様に「働きの成果を無駄にするのではなく豊かな報いを受けられるように」、皆さんと主のために奉仕したいと思っています。

今回も引き続き私の信仰生活を紹介します。両親は離婚せず、関係を回復するようになりました。しかし、私は勉強する気がなくなって中学校を卒業して不良の生活、イエス様を信じながらも自分の弱さに負けてギャンブルをし始めました。家族は神さまに守られ、神様に恩返しをしようという気持ちが強くありながら、ギャンブルの誘惑に打ち勝つことが出来ませんでした。

その頃、できるのは毎週の日曜日に教会に行って礼拝をすることでした。牧師の説教の中で、神様に十分の一を捧げれば、その10倍、100倍の報いが与えられると教えられました。私はギャンブルする前に必ず神さまに祈りました。十分の一を捧げますからキャンブルに勝たせて下さいと。なぜかというと家族のために祈ってきて、神様は答えられると信じたからです。相手は大人にもかかわらず毎回勝ちました。母親は私の堕落の様子を見てよく泣いていました。それで、何回もギャンブルをやめる決断をしました。しかし、それは一時的で元のキャンブル好きな自分に戻っていました。その時人間の弱さどうすることも出来ません。

そのまま平日はギャンブル、日曜日は絶対教会に行きました。毎回勝ったお金の十分の一も必ず神様に捧げました。そんな生活が15から18才まで三年間続きました。人間の目で見たら私みたいな少年は人生観がないと思われるかもしれません。しかし、これを通して私は神様の慈しみと哀れみを深く感じ、信仰の土台を据えるきっかけとなりました。

詩篇の139篇の13節
“あなたは、私の内臓を造り、母の胎内に私を組み立ててくださった”
、とあります。

礼拝を捧げることによって神さまとの関係が深くなり、十分の一を捧げることによって神さまは天の窓を開き、祝福を限りなく注がれます。これからも愛する兄弟姉妹と共に礼拝を守り、十分の一献金を守り、信仰生活をして行きたいと願っています。

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1月・家族を通して救われた(1)

主にあって愛する皆さんとともに祈りあい、ともに成長している事を主に感謝します。中国から来ていまアメリカの神学校, International Theological Seminary(ITS)で勉強している劉 清心と申します。半年前に聖霊様の導きによってGVICに来て愛する兄弟姉妹と出会って恵みと平安の中で一緒に信仰生活してきたことも感謝です。これから約5,6回の飛脚を通して自分が救われた体験、恵みなどを皆さんと分かち合いたいと思っています。今回はどうやって救われたについて書かせていただきます。

いまの時代は家族が一番サタンに狙われる対象であり、一旦家族がばらばらになると子供の心は傷つき、不幸な人生を歩むことになります。それがいまの世の中の現状です。

私は5歳の時から心に強い信念がありました。その信念は家族が幸せになることでした。しかし幼い頃の願いは順調に行かずに、逆の方向に発展していきました。8歳から両親が喧嘩し始め、父はギャンブルをしたり、夜帰らずに二人の関係が相当悪くなって、13歳までに本当に離婚まであと一歩の距離でした。その状況を見てすごく悲しくなり、よく泣きました。

もし二人が本当に離婚したら、私はこの世の中で生きる希望がなくなり、勇気もなくなるし、死んでもいいと思うような気持ちでした。こんな人生の絶望がいっぱいのときに家の近くの教会の牧師さんが私と母にイエス様を信じて、あなたの家族を快復することができると教えてくれました。私はもう本当に自分で何もできない状況でしたので、信じて見ようと決断してそれから祈り始めました。その時から母と教会に行き始め、教会に行って賛美して説教を聞いて母は毎回平安な心を持って家に戻りました。

こんな状況が続いて母の心が徐々に離婚から離れて行くようになり、私はこれを見てやっぱり神様が存在しているんだと信じて、その後も母と毎週日曜日に教会に行きました。

神様の働きで母の心は優しくなって、父は母の変えられた様子を見ると自分もすごい罪悪感を感じて家族に申し訳ないと反省し、それからお互いに離婚する気持ちがなくなりました。

現在、苦しみや悩みの家庭にいる兄弟姉妹、イエス様が疲れた者、重荷を負う者は、誰でも私のもとに来なさい。休ませてあげよう(マタイの11:28)と語っています。

一緒に信仰を持ってすばらしい人生を歩みましょう!

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ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
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17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A. Tel.(310) 527-6112
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私は6年位前から牛に引かれてGVIC参りをしていました。

その間、何人かの方にどうして入信しないのか、何を迷っているのかと言われた事があります。でも、どうしても信じられない事が多々あり受洗する事が出来ませんでした。

でも常々信じられたらどんなに良いだろうなとも思っていました。ところが今回、不謹慎な言い方ですが、今まで引かれていた牛に巻き込まれたと云う形であれよあれよという間に受洗する事になりました。

私自身もびっくりしたのですが、まあ、こんな機会でもない限り受洗する事はないだろうと思い返し、おとなしく巻き込まれる事にしました。

私はお恥ずかしい話ですが、イエス様のイの字、聖書のせの字しか知りません。皆様の御指導を仰ぐしかありません。宜しくお願い致します。

真船圭子


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読者の皆様、先ず、次の聖書のストーリーに目を通して下さい。そして一時ストップしてご自分の人生のあり方、生き方を探ってみませんか。 新約聖書、マタイによる福音書25章からの引用です。

そこで天国は、十人のおとめがそれぞれあかりを手にして、花婿を迎えに出て行くのに似ている。その中の五人は思慮が浅く、五人は思慮深い者であった。思慮の浅い者たちは、あかりは持っていたが、油を用意していなかった。しかし、思慮深い者たちは、自分たちのあかりと一緒に、入れものの中に油を用意していた。花婿の来るのがおくれたので、彼らはみな居眠りをして、寝てしまった。夜中に、『さあ、花婿だ、迎えに出なさい』と呼ぶ声がした。そのとき、おとめたちはみな起きて、それぞれあかりを整えた。ところが、思慮の浅い女たちが、思慮深い女たちに言った、『あなたがたの油をわたしたちにわけてください。わたしたちのあかりが消えかかっていますから』。すると、思慮深い女たちは答えて言った、『わたしたちとあなたがたとに足りるだけは、多分ないでしょう。店に行って、あなたがたの分をお買いになる方がよいでしょう』。彼らが買いに出ているうちに、花婿が着いた。そこで、用意のできていた女たちは、花婿と一緒に婚宴のへやにはいり、そして戸がしめられた。そのあとで、ほかのおとめたちもきて、『ご主人様、ご主人様、どうぞ、あけてください』と言った。しかし彼は答えて、『はっきり言うが、わたしはあなたがたを知らない』と言った。だから、目をさましていなさい。その日その時が、あなたがたにはわからないからである。

冒頭に、「そこで天国は、十人のおとめがそれぞれあかりを手にして、花婿を迎えに出て行くのに似ている。」とあります。   

先ず、ここで言う花婿とは誰のことでしょうか。イエス・キリスです。聖書はイエスを花婿に譬え、教会を花嫁に譬えることしばしばです。十人のおとめたちはブライダル・メイルです。実は、このストーリは単なる挿話ではなく、当時のユダヤ人の習慣でもあったようです。大変興味深い結婚式当日の話です。  

思慮深いおとめたち、思慮浅いおとめたち:
 話の内容から“思慮深い”、“思慮浅い”の別れ目は“油を用意してあったかどうか”です。当時、懐中電灯の役割は灯油のランプで、油はオリブ油を使っていました。灯油はバッテリーで、灯油がなくなればランプは使い物になりません。どんな高級車でもガソリンがなくては宝の持ち腐れです。ランプの容器のサイズは大小様々ですから何時、どんなイベントに使用するか前もって計画、判断、準備が必要です。

また、ここで問題となった一つは、どうして“油が切れたか”です。灯油ランプでも夜になると数時間使えたであろうに、何故、“油切れ”になるほどに長時間燃やさなければならなかったのでしょう。結婚式は1週間も延々と続いたのです! 十人のおとめたちはこの習慣を十分知っていた筈です。それを知りながら、灯油の予備、エクストラを十分に用意してなかったのです。だから油切れを体験したのです。

当時の習慣は花嫁が花婿を出迎えるのですが、出迎えの時間は定まっていません。ですから、花嫁はこの1週間の間、期待と希望を以って、今か今かとワクワク待っていたのです。眠っているときに花婿が出迎えにくるのは恥かしく、花嫁に相応しくないことでした。しかし、十人とも疲れ果てて寝入ってしまいましたが、彼女たちは咎められませんでした。問題は“用意”、“準備”があったかどうかです。

このストーリを読みながら、先日東海岸を襲ったSandy・サンディーのことを思い出します。大勢の犠牲者を出し、大きな被害の爪跡を残しています。6,7百万人の人が停電で暗中模索の生活を強いられました。懐中電灯を用意していた家族とその用意がなかった家族の対応はまったく違ったものであったでしょう。用意のある家族は危機の中でも光があり、用意のない家族は危機の中、しかも一条の光も見えない暗黒の中で対応しなければなりません。 誠に、同情とまた一日も速い復旧を願う者です。上の思慮浅いおとめたちは灯油のないランプをぶら下げてお店を探し回ったにちがいありません。花婿が到着しない前に、と。

思慮深いおとめ、思慮浅いおとめとの違いは:

 1) 不用意です
 2) 習慣の無視です   
        
習慣にはきちんと守るべき拘束力のあるものと、単に生活上の便利さの拘束力のないものがあり、その識別、判断と実行には大きな差が現われるでしょう。

次回、このストーリの意図するものを考えてみます。

「だから、目をさましていなさい。その日その時が、 あなたがたにはわからないからである。」

前原利夫


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「それで、わたしのこれらの言葉を聞いて行うものを、岩の上に 自分の家を建てた賢い人に比べることができよう。雨が降り、 洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけても、倒れる ことはない。岩を土台としているからである。また、わたしの これらの言葉を聞いても行わない者を、砂の上に自分の家を建てた 愚かな人に比べることができよう。雨が降り、洪水が押し寄せ、 風が吹いてその家に打ちつけると、倒れてしまう。そしてその倒れ 方はひどいのである」(マタイによる福音書7章参照)

この言葉は、ある日イエス様が山に登られて大群衆と12弟子に語られたメッセージです。山上の説教として有名なくだりです。山上の説教はイエス様の語られた多くの説教を一箇所に纏め編集した珠玉のメッセージです。読む人に感動を与えずにはおれません。

その幾つかをご紹介いたします。

「あなたがたは地の塩であり、世の光である」
「右のほほをうつなら、左のほうもむけてやれ」    
「敵を愛しない」
「あなたの宝のあるところに、心もある」
「まず神の国と神の義をもとめなさい」
「求めよ、そうすれば与えられる」
「何事でも人々からして欲しいと望むことは、人々にもそのようにせよ」(黄金律)
「天にいます我らの父よ・・・」(主の祈り)

これらの話をした後に冒頭の言葉で結語とされました。即ち、話の結びとしてイエスはご自身が語られた言葉を実行しなさい、実行する人は岩の上に家の土台を据える賢い人だ、しかし、いい話を聞いても実行しない人は砂の上に家の土台を据える愚かな人だ、と警告されたのです。

家の土台:
当然なことながら頑丈な家は頑丈な土台でなければなりません。どんな建築でも土台作りから始めます。土台をどのスポットに据えるか、建材を何にするかは家のオーナーよりも専門家の設計士が判断します。自分の家でありながらここ一番大切なポイントはその道の人に判断して貰うものです。イエスが警告しているように砂やソフトな土質に高価な家は建てないものです。

人生の土台:
それでは、イエスはこの話の中で家の土台や家の建築方法を教えているのでしょうか。勿論、人生の土台を指しています。イエスは人生相談の抜群の専門家です。家を“岩”の土台の上に築き上げるように、人生の土台も“岩”の上に築くようにイエスは教えておられる。“岩”とは神の言葉、“とこしえの岩”、英語では”The Rock of Ages”と表現します。神の言葉とはイエスが今しがた群集や弟子たちに語られた言葉です。この言葉も素晴らしい人生訓も聖書の中に発見することが出来ます。自分の土台がどこに据えられているか時々チェックしたいものです。

おおよそ3000年前のソロモン王は、この地上に小さいけれども賢い四つの動物がいると教えます。その一つをご紹介しましょう。

「岩だぬきは強くない種類だが、 その家を岩につくる」。(箴言30章)

小さな岩だぬきさえも自分の保身を考え岩を宿とします。私たちは人の話を聞き、また読みながら“これは素晴らしい”、“こうすれば必ず成功する”という実証済みの話を聞いてそれを自分のものにしているでしょうか。聞いて実行するかしないかは成功するかしないかの分岐点ではないか。話を耳に入れて手足を動かす人、動かさない人との間には雲泥の差がありますよ、とイエスは貴方に話しかけておられるのです。多分、多くの聞き手はいい話を聞き、友人に家族に伝達してシェヤーしているだけで、自分のために行動に移すことに疎いのではないでしょうか。そこに“岩”と“砂”の落差があるのです。

こんな話があります。名古屋のある成功した家具店のオーナーがセミナーに招かれて、成功話をすることになりました。彼は自分の成功の秘訣を細かく聴衆者にご披露しました。一般に成功談は表面的なことを述べて細かなことは教えないものです。それは企業秘密です。セミナー参加者の中には競争相手もいたはずですが、彼は堂々とガラス張りのように開示してしまいました。セミナーが終わり、一人の方がそのオーナーに質問しました。

「、、、様、お話を細かく話して下さりありがとうございました。 でも、ここには御社の競争相手もいます。ご心配ありませんか」。 返事が返ってきました, 「人は聞いても実行に移す人は殆どいません。心配無用です」、と。

胸に両手を当てて熟考すべき返事ではありませんか。イエスの言葉と並べて吟味してみませんか。

前原利夫


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前回の「財産管理と天国」の譬え話の後編です。是非、前回の譬え話もお読み下さい。

英国Stowmarker市にSt. Peter & Mary という教会があります。その教会の建物の一部が壊れ修復を必要としました。 教会の牧師、Michael Eden師は修復費を募金することにしました。考え抜いた牧師は、「財産管理と天国」の譬え話をして、そして教会の皆さんに文字通り実行してもらうことにしました。

教会には90人ばかりの信徒が礼拝しました。2005年12月、 Eden牧師は自腹を切って一人に10ポンド($18)、トータルで900ポンド($1620)を準備し皆さんに配り、そして、“皆さん、これから出て行って、このお金を何倍かにしなさい”、と勧めました。

信徒は礼拝の後にそれぞれ教会を出ていきました。 それから(何日立ったかわかりませんが)一人一人がお金を持って教会に戻ってきました。ある人は18ドルでベーキングソーダーを買い、それでケーキやスコーン(アイスクリームを受ける)を作り売りました。$750 儲けてきました。 ある人は18ドルでウール(毛糸)を買い、スカーフを編で138ドル分売りました。こうして、18ドルを貰った人たちが帰ってきて持ち寄ったお金はトータルで$9200に達したそうです。

元金の6倍近くに膨れ上がったのです。Eden牧師は、この奇抜な資金集めを振り返って満足そうに言いました、“神様は私たちに色々なものを与えて下さいます。 そして、私たちが無駄をしたり、何もしないでいることを決して望まれるお方ではない“、と。実に、愉快な話です。さて、このイエス様の譬え話は幾つかの大切なレッスンを教えてくれます。

1)責任感:  
私たちに預けられたものへの責任感です。タラントの主人も教会の牧師も同じ思いで自分の財産を預けたのです。預けたお金、財産は責任を以って取り扱うという想定の下で預けるのです。

私たちが友達の車を一時預かることにします。 自分の車のように責任を以って扱わない人がいるでしょうか。無責任なドライブ、車の無茶な取り扱いは大きな迷惑となり、自分自身の評価になります。預ける人、また預かるものの“価値”によって預かる責任感も違うものです。

神様から1タラント($600,000)、 牧師から18ドル預かって、そのまま押し入れの中に仕舞い込んでいる分けにはいきません。責任感とは預かるものの価値を知り、それを大切に扱い、そして持ち主にお返しすることです。また、責任感は預けた人の意図、計画を理解することです。

2)忠実さ:
忠実とは“姿勢”だと思います。仕事に対する姿勢、上司、ボスに対する姿勢、人生に対する姿勢です。

クリスチャンならば信仰者としての姿勢、神に対する姿勢です。人様のものを忠実に預かるとはその預けた人への姿勢です。

1タラント預かった人はそれを預けた人への姿勢、2タラント預かった人はそれを預けた人への姿勢です。預けた人が意図したものへの応答です。もし、預けた人が預けたものを何倍にもして返してもらうことを意図していたら、 それに対する“頑張り”、“そう応えたい”という姿勢です。

タラントの譬え話の1タラントの人のように”I do not care”, 預けた人は“酷な人“、等と意外な姿勢は見せないはずです。預けられた仕事を忠実に成し遂げることは働く者の基本、 原則です。

3)管理能力:
この譬えではタラント(結構大きな金額)がそれぞれに預けられたわけだから、その額の大きさを弁えて、それを“資本金”として理解すべきです。資本金であればそれを基に増やしていかなければ資本金になりません。

即ち、預けられた人は“どうやって守るか”ではなく、“どうやって増やすか”、その管理能力が求められます。多く預けられた人は多く求められ、少なく預けられた人はそれなりに小さく求められています。管理能力の評価は“多く生産する”者が優れているのではなく、 それぞれの能力に応じた生産力が優れているのです。

主人は彼に言った、『良い忠実な僕よ、よくやった。あなたはわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ』
マタイよる福音書25章

神の国はクリスチャンとして責任ある生き方、神に忠実に生きる、そして神から預かった能力をそれぞれに相応しく生かしていくところです。

前原利夫


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イエスは天国を分かりやすくするために多くの譬えを巧みに用います。これまで紹介した譬えでは“高価な真珠”、ブドウ園“などあり、今回は興味のある財算管理の譬えです。

一般に「タラントの譬え」として読まれていますが、少々長目のストーリですから途中で切って前半と後半に分けます。先ず、前半(マタイによる福音書25章14-18節)を冒頭に紹介し、後半(同25章19-30節)は末尾に紹介致しました。 タラントの話は次のように切り出します。

また天国は、ある人が旅に出るとき、その僕どもを呼んで、自分の財産を預けるようなものである。 すなわち、それぞれの能力に応じて、ある者には五タラント、ある者には二タラント、ある者には一タラントを与えて、旅に出た。 五タラントを渡された者は、 すぐに行って、それで商売をして、ほかに五タラントをもうけた。 二タラントの者も同様にして、ほかに二タラントをもうけた。 しかし、一タラントを渡された者は、行って地を掘り主人の金を隠しておいた。 (マタイによる福音書25章参照)

タラントの価値:  
最初にタラントを説明しましょう。ここでは価値、財産価値を量る単位です。ドルは貨幣単位ですが、タラントは能力、重力などの単位にも使います。旅に出た主人がその部下Aさんに一タラント、部下Bさんに2タラント、そして部下Cさんには5タラントの財産管理を依頼しました。 その価値を先ず押えておきましょう。価値の把握ができないと話の内容が浮きあがってしまいます。

当時の一タラントは6000デナリと言われます。一デナリは一日の労賃、即ち日給です。当時の労働は殆ど農耕・牧畜関係ですから日給は比較的一定であったでしょう。 しかし、現代は多様化した労働市場ですから時給、日給と言っても雲泥の差があります。

タラントの理解を進めるために今日の日給を100ドルとして試算してみましょう(時給大体$12)。 一タラントは6000日分の日給となって、$600,000(6000x$100)の大金となります。私の日給は$200という方にはその2倍になります。結構、現代でも大きな数字ですね。

このイエス様の譬えは2千年前ですから、当時の数字としてはやや天文学的な概念に近かったかも知れません。

部下A,B、そしてCさんはそれぞれ$600,000、$1,200,000、そし$3,000,000の財産管理を言い渡された分けです。旅に出た主人とは神様であることは間違いないです。 因みに、芸能界のタレントはここのタラントを語源としています。神様は私たち一人一人に大変な管理能力を与えているのが分かります。

冒頭に、「それぞれの能力に応じて」、とあります。私たちは生まれながらにして固有な能力、物事を成し遂げることのできる力が与えられているのです。また、この力を潜在能力、ポテンシャルと呼ぶこともできましよう。

見方を変えれば、タラントとは私たちに賦与 (先天的に与えられたもの)された医学、科学、法学、教育、スポーツ、ビジネス、その他多くの分野に秀でる力とも言えましょう。私たちは与えられた能力をしっかり活用する使命があるのです。使命は命を使うと書きます。

能力の決算報告:
タラントを与えられた人はそのタラントに従って管理する力があり、またその量を生産する使命があります。このストーリでは2タラントと5タラントの人はそれぞれのタラントを活用して結果を生みます。

一方1タラントの人は預かった1タラントを土の中に隠し、預かったものを全く活用しませんでした。信頼して預けた主人が怒るのも無理のないことですね。

自分に当てはめてみて下さい。貴方が会社の社長さんです。 信頼した部下のAさんに$600,000の現金を預け、それでビジネスをするように預けました。しかし、貴方の部下は色々な理由をつけて自宅のsafety boxに隠して置いたとしましょう。社長である貴方が怒るのは当然ではないでしょうか。 自宅に隠さないで、せめて低利でも銀行預金をしておけば多少の利息で元金が増えたはずです。

聖書は私たちには人生の終わりの決算報告があると教えます。その時です、神様から預かった使命をどれだけ活用し、果したか問われるというのです。

また天国は、ある人が旅に出るとき、その僕どもを呼んで、 自分の財産を預けるようなものである。

有意義な人生、生き甲斐のある人生とは与えられた能力、使命を十分に生かすことではないでしょうか。若者たち、日々を無駄に過ごしてはなりません。今日一日一日が貴方の未来を積み上げます。今日という日を貴方の使命に忠実に生きることです。 次号もタラントの話を取り上げます。 冒頭のタラントの話はこのように続きます。

「だいぶ時がたってから、これらの僕の主人が帰ってきて、彼らと計算をしはじめた。 すると五タラントを渡された者が進み出て、ほかの五タラントをさし出して言った、 『ご主人様、あなたはわたしに五タラントをお預けになりましたが、ごらんのとおり、ほかに五タラントをもうけました』。 主人は彼に言った、『良い忠実な僕よ、よくやった。あなたはわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ』。 二タラントの者も進み出て言った、『ご主人様、あなたはわたしに二タラントをお預けになりましたが、ごらんのとおり、ほかに二タラントをもうけました』。 主人は彼に言った、 『良い忠実な僕よ、よくやった。あなたはわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ』。 一タラントを渡された者も進み出て言った、 『ご主人様、わたしはあなたが、まかない所から刈り、散らさない所から集める酷な人であることを承知していました。 そこで恐ろしさのあまり、行って、あなたのタラントを地の中に隠しておきました。ごらんください。ここにあなたのお金がございます』。 すると、主人は彼に答えて言った、『悪い怠惰な僕よ、あなたはわたしが、まかない所から刈り、散らさない所から集めることを知っているのか。 それなら、わたしの金を銀行に預けておくべきであった。 そうしたら、わたしは帰ってきて、利子と一緒にわたしの金を返してもらえたであろうに。 さあ、そのタラントをこの者から取りあげて、十タラントを持っている者にやりなさい。 おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう。 この役に立たない僕を外の暗い所に追い出すがよい。彼は、そこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう』。(マタイのよる福音書24章から)

前原利夫


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あなたがたはどう思うか。ある人に百匹の羊があり、その中の一匹が迷い出たとすれば九十九匹を山に残しておいて、その迷い出ている羊を捜しに出かけないであろうか。 もしそれを見つけたなら、よく聞きなさい、迷わないでいる九十九匹のためよりも、むしろその一匹のために喜ぶであろう。 (マタイよる福音書18章)

この短いストーリーは羊飼いと羊の関係を見事に描写した大変中味の濃いものがあります。イエスは大工の経験を積まれましたが、当時盛んであった牧畜、羊飼いの話をされて神と人との関係を巧に結びつけ、神の私達への愛をわかりやすく伝えております。

旧約聖書には神を羊飼いになぞられた記事が頻繁に見られます。最も有名で多くの人が口ずさむダビデ王の詩篇23篇があります。少し脱線しますがここにご紹介致します。静かに、瞑想の中でお読みになるとなんだか自分に語りかけてくるような響きがします。

ダビデの歌 
主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことがない。  
主はわたしを緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴われる。  
主はわたしの魂をいきかえらせ、み名のためにわたしを正しい道に導かれる。  
たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。
あなたがわたしと共におられるからです。
あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。
あなたはわたしの敵の前で、わたしの前に宴を設け、
わたしのこうべに油をそそがれる。わたしの杯はあふれます。  
わたしの生きているかぎりは必ず恵みといつくしみとが伴うでしょう。
わたしはとこしえに主の宮に住むでしょう。
(詩編23)

冒頭の羊飼いの話はイエスご自身が語られました。羊は昔も今も変わりなく“迷いやすい性質”を持っているようです。その点人間も同じかも知れませ んね。羊は“迷える羊”と代名詞が付されている程に命の危険を知らずに野を駆け回るようです。

その上、おとなしく見えても意外と頑固な性格で羊飼いを困らせるそうです。羊飼いは牧柵を張り巡らせて羊たちを夜間の猛獣から守ります。昼間、羊飼いは杖と訓練された犬の護衛で羊たちを牧草に導きます。 詩篇の23 にも“あなたのつえ”とありますね。

ところが、100匹の羊の中には羊飼いの言うことを聞かない羊がいます。10人の大家族の中でも親の言うことを聞かない注意散漫、自分勝手に振舞う子もいます。羊飼いの大きな関心は羊たちの安全です。安全圏にいる99匹の羊たちよりも危険地域にいる1匹の羊です。 いつ深い谷底に足を踏みはずすか、野獣の餌食になるか油断できなません。青々とした草原でも羊飼い不在では無防備の状態です。食べる物があれば事たれりとは参りません。ここでの安全圏は神と人との距離間です。

どれほど人が神に近くいるか、羊が羊飼いにどれほど近くにいるかで危険度が分かります。人が神から遠く離れた状態が魂の危険地域です。即ち、羊が羊飼いの近くにいることが大事であるように、人も神とのの近い個人的な関係が大事です。

遠くに迷出でた羊を探し当てた羊飼いの喜びは天にも昇るほどの歓喜です。 旧約聖書のイザヤ書に羊飼いの姿が述べられています。

主は牧者のようにその群れを養い、そのかいなに小羊をいだき、そのふところに入れて携えゆき、 乳を飲ませているものをやさしく導かれる。

冒頭に“あなたがたはどう思うか”とありますが、読者の皆様はこの羊飼いの話をどう思われますか。神様って、優しい、愛のハグで貴方を抱きかかえて守って下さろうと待っておられます。(放蕩息子・1放蕩息子・2と重ねてお読み下さい)

前原利夫


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イエスのたとえ話(放蕩息子・2)は(放蕩息子・1)の続きですから、もう一度前号をお読み頂きますと、内容が一層はっきりと理解できことでしょう。

前回は息子に焦点を当てて考えました。放蕩息子が父の下を出て行き、父の下に帰るUターンの人生の姿を描いてみました。 ここでは父に焦点を当てて、赦しがたい放蕩に身を持ち崩し、あたら青年時代を無駄に生きた息子を迎える父の心を探ってみます。

 
1.父、罪を裁いて人を裁かず:
 私たちは「悪を憎んで人を憎まず」と言いますが、それは「罪を裁いて人を裁かず」と同じ意味であります。しかしその言葉通りを実行することは困難なことです。時には、偏見、差別、理由無しに人を裁くことすらする私たちです。 「人を赦してもその受けた傷は忘れない」という言葉の中にも人間の赦しの限界が見えてきます。放蕩息子の父がその息子を迎える姿には財産を失ったことへの言及や追及や怒りすら見えません。 父を裏切り道徳的にも父の期待から遠くかけ離れたライフスタイルの対しても父はそのまま自分の息子として受け入れます。

この父は私たちのような人間の父ではないようです。“神としての父”としか考えられません。 このお方だけが「罪を憎み人を憎まず」を実行できるお方です。

「父は彼をみとめ、哀れに思ってその首を抱いて接吻した」

とあります。 また新約聖書の中に「しかし、まだ罪人であった時、わたしたちのためにキリストが死んで下さったことによって、神はわたしたちに対する愛を示されたのである。」とありますように、神の愛は無限であります。

2.父、新しい出発を準備する:  
父の愛は更に深く表されます。息子が故郷に帰ってきた唯一の理由は新しい出発、人生のやり直しを思い立ったからです。たとえ自分の身分が父の僕たちのような低い身分に落ち込んでも、息子は故郷、 父の下に帰ることが人生のやり直しの場であり、外にはないと信じたに違いありません。

人、再び帰る故郷があることはなんと幸いなことか。失敗だらけの人生であったとしても私たちには帰る道があるのです。 放蕩息子は自分がかっての父の相続者の一人であったという特権も誇りも捨ててしまったのです。その時に自分の帰るべき道が開けて、見えてきました。 それは父が両手を大きく広げて自分をまっている父の姿でした。

“父は僕たちに言いつけた、『さあ、早く、最上の着物を出してきてこの子に着せ、指輪を手にはめ、はきものを足にはかせなさい。 また、肥えた子牛を引いてきてほふりなさい食べて楽しもうではないか、それから祝宴が始まった” (ルカによる福音書15章)

戻る道は悔い改めの道、人生再起の道です。

3.父、万人を迎える:
このストーリの父の愛は神様の愛を示しています。忘れないで下さい。この放蕩息子の話はイエス様ご自身が語られました。そして、この父がご自身であることを示されています。

“この息子が死んでいたのに生き返り、”とある通りです。 神の愛は人間の知識の領域では把握できず、神は放蕩、失敗、駄目人間のような私たちでさえも祝福、祝宴を以って迎えて下さるお方です。 魂が神から遠く離れていて真の救いを知らない私たち迎えて祝福なさるお方です。

“神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。 神が御子を世につかわされたのは、世をさばくためではなく、御子によって、この世が救われるためである” (ヨハネによる福音書3章)

God bless you today and forever!

前原利夫


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新約聖書の中で一番分かりやすい書物は「ルカによる福音書」でありましょう。多くの譬え話が盛り込まれてユニークな角度から話が展開します。そして神の人間への限りない愛を鋭く描きます。「放蕩息子」として広く知られるストーリに描かれている父の姿は深く印象的です。 その一部抜粋してご紹介します。

また言われた、「ある人に、ふたりのむすこがあった。 ところが、弟が父親に言った、『父よ、あなたの財産のうちでわたしがいただく分をください』。そこで、父はその身代をふたりに分けてやった。 それから幾日もたたないうちに、弟は自分のものを全部とりまとめて遠い所へ行き、そこで放蕩に身を持ちくずして財産を使い果した。 何もかも浪費してしまったのち、その地方にひどいききんがあったので、彼は食べることにも窮しはじめた。 そこで、その地方のある住民のところに行って身を寄せたところが、その人は彼を畑にやって豚を飼わせた。 彼は、豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいと思うほどであったが、何もくれる人はなかった。 そこで彼は本心に立ちかえって言った、『父のところには食物のあり余っている雇人が大ぜいいるのに、わたしはここで飢えて死のうとしている。 立って、父のところへ帰って、こう言おう、父よ、わたしは天に対しても、あなたにむかっても、罪を犯しました。 もう、あなたのむすこと呼ばれる資格はありません。どうぞ、雇人のひとり同様にしてください』。 そこで立って、父のところへ出かけた。まだ遠く離れていたのに、父は彼をみとめ、哀れに思って走り寄り、その首をだいて接吻した。 むすこは父に言った、『父よ、わたしは天に対しても、あなたにむかっても、罪を犯しました。もうあなたのむすこと呼ばれる資格はありません』。 しかし父は僕たちに言いつけた、『さあ、早く、最上の着物を出してきてこの子に着せ、指輪を手にはめ、はきものを足にはかせなさい。 また、肥えた子牛を引いてきてほふりなさい。食べて楽しもうではないか。 このむすこが死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから』。それから祝宴がはじまった。 (ルカによる福音書15 章参照)

こんな美しい父と子の話がこの世にあるでしょうか。優しく無限に赦す父と放蕩に明け暮れた子。その親子の関係! 私たちの社会通念では遺産相続は親が死んだ後に受けるものだが、2千年前、いやそれ以前からユダ人社会では「生前相続」が実施されていました。この習慣は驚くべきユダヤ人の知恵であります。

生存中の遺産相続の利点は相続側が必要な時に遺産を活用できる点にあります。 親よりも子が早く死ぬこともあり、また時が経てば、遺産の活用度が減少する場合もあります。 このストーリーを読みながら多く教えられます。

1)人生、緊急時に備える:  
当時の遺産相続は長男が2/3、次男が1/3を受け継いだと言われます。このお父さんは金持ちであったようですから、弟が処分して貰った財産はかなりのものであったに違いない。 将来に備えて投資を考えたどうか知りませんが、現実は息子は父から遠く離れた外国で放蕩三昧、財産を湯水のように全て浪費しました。

浮き浮き乱痴気騒ぎの享楽、飲んでも飽くことない底なしの酒、ドラグ、ギャンブル、女、財産は羽のはえたように飛んでなくなりました。気が付いたときはポケットの中は無一文! 自分が稼いで貯めたお金は大事に管理しても、他人のお金は痛くも痒くもなく捨てるように使うものです。人間の放蕩癖は昔も今も変わりません。

さて、外国生活、何年経ったでしょうか。大飢饉がその国を襲いました。「金の切れ目は縁の切れ目」とかで、これまで付き合っていた友達は皆離れて行ってしまったようです。助けにも相談にものってくれません。飢饉は日々厳しく、食べることにも窮し始めました。 息子はユダ人が一番軽蔑した豚を飼う仕事にやっとありつき、食事も豚の餌を三度の食事にしました。

金持ちの息子から社会の最底辺、どん底の生活に転落。ホームレスもいいところ、貯えのない人生の惨めさはトコトン身に沁みました。 人生、特に外国に生きる私たちは緊急時に備える物資的な余裕と心の余裕が必要ではないでしょうか。 放蕩息子はそのような境遇の中で、自分が後にして来た故郷を思い出し、そこに優しい父の存在を心に留めました。今、自分がどこに立っているかを考え始めたのです。

2) 人生、故郷を忘れるな:
故郷とは自分の生まれた所、或いは育った所です。自分のアイデンティティーがそこにあります。そこに懐かしい父、母、兄弟、親戚や友人らの温もりがこもっています。この心の温もりはそこを離れて遠くへ行ったときに初めて感ずるものです。

特に、一人、外国で暮らし、病気になり、衣食住に事欠くピンチに直面したときに、“ふるさと”を思い出してそこにもう一度帰ってやり直したいと思うのは自然ではありませんか。 「可愛い子には旅をさせよ」と言いますが、旅先は故郷とは違い、環境は厳しく、冷たい計算ずくめの人々が周囲にたむろするものです。 旅先は自分で自分の将来を切り開くよい機会でもありますが、失敗し、財産をスッカラカンに失い、誰も助けてくれない時にこの息子は故郷の父を思い出しました。

私たちとて同じことを考えることでしょう。 極めて我侭な息子であったが、父のところへ戻ろうとしている彼を誰が留めることができましょうか。失敗の人生であったからこそ、帰る故郷があるのではないでしょうか。この放蕩息子は”セカンド・チャンス”(second chance)の人生を考え初めたのです。

3)人生、立ち直る決断が必要:  
放蕩息子にもついに目覚めが来ました。自分の現状、“今”を認識し始めました。一体、どこに立っているのか、どこに向かっているのか、心を探り、人生を真剣に考え始めたのです。 彼は仕切り直しをして、今、自分の立っているこの所では立ち直れない、またこの失敗の原因が自分にあることを認めました。“本心に帰って”とはそのことです。

本心に帰るとは決意のことで、息子は故郷の父のところに一歩足を運び始めました。 人生には失敗がつきもので、完全無垢の人はいません。問題は失敗の事後処理が大事です。失敗に埋もれるか、失敗を踏み台に再起するかです。息子の再起を促したのは外でもない父の存在でした。放蕩に身を持ち崩した息子を故郷の父はどう迎えるでしょうか。  

次回をお楽しみ下さい。 God bless you today and tomorrow!

前原利夫


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ロンダニーニのピエタ

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洗礼の朝を迎えた。まだ迷っていた。イエスが十字架にかかって人々の罪を償ったと信じているの、と自分の心に棲む、もうひとりの自分がささやく。かぶりを振る自分。だとすると、受洗は神さまに対する欺瞞だ。

――断わる――

それはできない。

教会へ行く身支度をしながら、私はこれまで歩んできた人生をふりかえってみた。
渡米する動機になったこと、家庭崩壊になりかけたこと、数えればきりがないほど人生につまずきかけた。一歩間違えば、この世で地獄を見たかもしれない。その度に難を逃れている。ふと、
大いなる者にコントロールされているのではないか。計り知れない大きな存在、それが神か、仏か、わからない。ドスンと確かな手ごたえを感じた。守られている。だから、今がある。

突然、ミラノの博物館でみた「ロンダニーニのピエタ」が脳裏に浮かんだ。
視力を失った天才ミケランジェロが死の三日前まで手探りで制作したといわれる彫像である。弱々しいイエスが聖母マリアを背負っているかのように見える彫像。
ちなみに、ピエタは慈悲、哀れみなどの意味で一種の聖母子像だといわれている。

あっ、と思った。
イエスに背負われているのは、この私なのではないか、そうだったの
か。謎が解けた。途端に自然に口から歌があふれでた。

♪主われを愛す 
主は強ければ
われ弱くとも 
恐れはあらじ

わが主イエス わが主イエス

熱いものが込み上げてきた。
前原牧師に出会って十年目の師走のことであった。

           


惑い

2008年の秋、手術ミスによる事故で車椅子生活をされているT氏に教会で出会った。これまで大企業の超エリート社員として世界を飛び回って活躍されていた人である。突如として大逆転した境遇に氏の心中はいかばかりであったか、想像を絶する。 

T氏に出会った時、ふと思った。
この方が受洗される時がきたら、私も一緒に洗礼を受けようかな、と。
理由はない。イエスの救いを信じたのでもない。一線を飛び越えると自分の心がどのように変化するのか知りたいという不謹慎な動機であった。

私は時々、T氏の身近にいるK子さんに、
「T氏は洗礼を受けられるのかしら?」
 本心は隠して、さりげなく、度々、尋ねた。
その都度、
「そんな話は聞かないわねぇ」
 という返事に、なぜか生き延びたという思いでホッと胸を撫で下ろしいた。
ところが一昨年の十月だった。前原牧師から受洗の話が出た。
たまたまT氏と同じテーブルを囲んでいた時だったから、
「洗礼を受けられるのですか」
 当然、「No」という返事を期待しての問いであった。

「はい、受けます。12月に・・・」
ドキッとした。そして、時がきた! と思った途端、隣のK子さんに叫んでいた。
「私たちも一緒に受けようよ!」
 洗礼クラスがはじまった。
勉強をすればするほど、遠くにいる自分を感じた。これでいいのだろうか。神に対する冒涜ではないか。断わるべきだ。弾みで言ったことを後悔した。しかし、K子さんを巻き添えにしている。あれこれ思い悩んでいると、洗礼を受けるその瞬間に断わったという友の話を思い出した。そのテもある。が、そんな勇気があるかどうかが問題だ。私は惑いつづけたのである。    
 

           


出会い

 
 2001年春の早朝、医者の癌告知通り、夫は亡くなった。享年60歳。

「ありがとう。わがままな俺によくついてきてくれた。ほんとうにありがとう」
という言葉を遺して・・・。
 

私の心にぽかっと穴が空いた。淋しさがどっと押し寄せた。夜昼となく涙が溢れ出た。どこへ行くのにも一緒だった夫である。独りになった私は、時間を持て余した。そんな時に近所に住む友人が前原先生の教会へ誘ってくれたのである。

かねてからキリスト教に興味を持っていた私は、暇つぶしと好奇心で教会へ行くようになった。旅好きだった
亡夫と行ったイタリアでみた
キリスト教をモチーフにした
芸術品の数々。アダムとイブ、
ノアの方舟、モーゼ、ダビデ、
受胎告知、最後の晩餐、
キリストの磔刑などなど、
これまで断片的な知識だっ
た聖書に登場する人物の関わりが分かると、面白くなってきた。イスラエル聖地旅行にも参加した。

もつれた糸がほぐれてきた。しかし、知識と信仰は別である。一方、イエスの救いを本気で信じていること自体が理解できなかった。
救いは他の宗教にでもあるのではないか。東洋の国にはキリスト教に非常によく似た信仰があるという事を聞き、若いころ聴いた親鸞の教えを思い出した。訪日すると僧籍の友人と「信仰について」語りあった。
何年過ぎたころだったろう。前原牧師から、洗礼をすすめられようになった。
「何事にも時があります。その『時』がきたら」
逃げた。おまけに陰口を叩いた。
「洗礼を受けるだけで天国へ行けるのなら、熱湯だって浴びるわよねぇ」
ところが、手術ミスによる事故で車椅子生活になられたT氏が教会へこられるようになった。この出会いによって、頑なだった私の心に変化が起きたのである。

 

           


癌告知

 日本のバブル経済が崩壊した。日本人相手の仕事も先細りと見て、夫婦ではじめたビジネスに終止符を打った。夫52歳、一つ年上の姉さん女房の私は53歳。馬車馬のように突っ走った22年間であった。
 一人娘も親の手を離れた。贅沢をしなければ食べていける。人生を楽しもうということになった。そんな矢先、義母の介護が必要になり、夫婦で日米を往復しながら、看取る事ができた。旅もした。
 

そして2000年の春だった。夫の声が急にかすれた。風邪かなと思った。ところが一向にハスキーボイスが治らない。そうこうしていると食べ物が喉を通りにくいと言い出した。レントゲン検査では原因が分からず、CTスキャンを撮った。
「食道と気道の分かれ目に腫瘍が出来ています。繊細な部分なので手術はできません。・・・早くて三ヶ月か六ヶ月、よくもって一年」
 

平穏な日常生活を当然のように思い込んでいた私は、食道癌の告知に、この世の不幸を一身に背負ったように落ち込んだ。
半年過ぎた。私たちは海岸沿いを散歩するのが日課になっていた。おかしなもので、ひょっとして夫は助かるのではないかと希望を抱くものである。だが、ある日の午後、いつものように散歩をしていると、怒涛のごとく不安が襲ってきた。ふと、新聞に載っていた上智大学アルフォンス・デーケン教授のコラムの一節を思い出した。

あすのことは思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。

「そうだ!」
と思った瞬間、不安が消え、目の前が明るくなった。不思議な体験である。
これが新約聖書の言葉だとは知る由もない私であった。
           


ふたつのピエタ

渡米一年目で知り合った夫と三ヶ月後に結婚をした。明治生まれの伯父の家に居ずらくなった私は、相手をよくしらぬままの、見切り発車である。
 私に似合う人をと神さまに祈った結果だ。ともかく三年はどんなことがあっても我慢しようと思った。案の定、甘い新婚生活ではなかった。だが、三年目に娘が生まれた。やっと夫は不承妻にあきらめがついたのであろう。腰を落ち着けた。

夫婦ではじめた日本人相手のビジネスは日本の高度経済成長期でもあり順風満帆だった。ところが、15年後に落とし穴が待っていた。
 夫の浮気である。
「結婚しなくてもいいのです。私は、愛した人の子供を産みます」
 相手の女性が息巻いた。
「どうぞ、産んでください。ひとりで育てるのは大変でしょうから、私が引き取って育ててもいいのですよ」
 喉元まで怒りが込み上げるのを押し殺して、私はいった。しかし、妊娠は嘘だった。危ういところで家庭崩壊を免れたのである。若い頃、中学の先生だった人との辛い体験が役立った。人生に無駄な経験はひとつもないというのは本当だと思った。
 

夫は罪滅ぼしのつもりか家族旅行を計画した。行く先は、イタリアである。
宗教をモチーフにした芸術品の数々。モーゼ、ダビデ、受胎告知、最後の晩餐、キリストの磔刑などを見て歩くうちに、それらがどう繋がるのか知りたいと思った。印象に残ったのはヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂のピエタ像とミラノの博物館にあるロンダニーニと呼ばれているピエタ像である。前者は、マリアが降架のイエスを膝に抱いて歎き悲しむ像。後者は、倒れそうなイエスがマリアを背負っているかのように見える像。違う、と思った。
いずれもミケランジェロの作である。


5.重荷を背負って

かつて尊敬の眼差しで仰いでいた教育者としての先生ではなく、得手勝手なエゴイズムを丸だしにした男の姿に、どう対処してよいのか分からなかった。私は何かに祈りたかった。
――もし、この世に神様がいるのなら、助けてください。どうか先生との関係を断ち切らせてください。家庭を壊すのは私の本望ではありません。結果がどのようになろうと、私が傷つこうと不利になろうと、裁きとして受け入れます――

心から祈りつづけた。そんなある日、ロサンゼルスに住む伯父が訪日してきた。
私の母はハワイ生まれの2世である。11歳の時に母親に連れられて日本の土を踏んだまま、再び故郷に戻る事はなかった。望郷の念をいまだに抱いている母は市民権を持っていた。未婚の私は永住権が取得できることを知った。幸い、伯父は私の渡米を快く承諾してくれた。ちょうどいい。

アメリカへ行こう。
誰も何もしらない土地で人生をやり直そう。別の世界が開けるに違いないという母の強い勧めもあって、私は役所を辞め渡米の手続きを始めた。手続きが完了するまでの半年間、誰にも煩わされない他県にいる姉の家から編物教室に通ったのである。
1970年の夏、私は渡米した。
勤めはじめたニッティングの会社で知り合った友人にキリスト教会へ誘われた。生まれてはじめての体験である。

重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう

牧師のメッセージに、私は、思わず涙が溢れ出た。だが、教会へ行ったのは、それっきりであった。
その時に頂いた黒表紙の立派な聖書は30数年間、一度も開かれることなく、本箱に片隅で眠りつづけたのである。
          


4.曲がり角

中学の元教師だった先生と私は別館と本館の違いはあったが同じ県庁勤めである。庁舎の食堂で、
また、市町村に出張した帰りに同じバスに乗り合わせるなどの出会いが度々あった。  
ある秋の土曜日の午後だった。 「行ってみようかな、先生の課へ」 ふと、そんな気になった。

庁舎を出て電車通りを北へ歩くと崩れかけた原爆ドームが建っている。川を隔てた向こうは平和公園である。私は、コーヒーを飲みながら、川べりの喫茶店で、先生の学生時代の思い出や社会教育に携わっている仕事の話など聞いていた。

「だが、ジレンマを感じるんだよなぁ」 先生は深い溜息をついた。 「家庭生活はいかにあるべきかなどと講演してまわっているが、自分の家庭はどうだと反論されたら、二の句が次げない」  女房は社会に出て働いたことがない。だから、社会的感覚が欠如している。夫に対しての理解がない。話が合わないなどと、奥さんへの不満をこぼした。

聞きづらくなり、子供さんの話に切り替えた。 「娘がひとり、十歳になる」 「先生と美人の奥様のお子さんだから、かわいいでしょうね」 すると「ううーん」と、鼻でくぐもった返事をしてから、
「不思議だねぇ。きみと話していると心が和んでくる。乾いた砂に水をまくと染み込むように、心が潤ってくる」 といって、熱い眼差しで私の顔をじっと見ていた。これが中年男の口説き文句とも知らない私は、先ほどから、静かに空気を震わせているスメタナの旋律が急に気になりはじめた。陽が落ちた。 後に、この出会いが人生の大きな曲がり角になるとは思いもしなかった。


3.再会

庁舎の正面玄関のドアを押した時、危うくぶっつかりそうになった。その相手を見て「あら!」と私が叫ぶのと「おう!」と相手が応じるのが同時だった。後にのけ反り目を丸くしている相手は、
「元気か?」  と、訊ねた。 「はっ、はい」 「何課にいるんだ?」 「6階の住宅課です」 「そうか、私は別館の教育委員会だ。2階の社会教育課にいる」といって、内ポケットから名刺入れを出し、一枚、私にくれた。「暇があったら寄りなさい」そう言い残すと、同僚らしき人と外へ出ていった。背筋をのばし外股で歩く、しぶい低音も昔と変わっていなかった。私が県庁に勤め初めて8年目の春、中学時代の社会科の先生だった人にぱったり出会ったのである。高知の土佐出身だという若くてハンサムな先生は、最初の授業の時こんな話をしてくれた。

「高知の桂浜には、幕末を駆け抜けた風雲児『坂本竜馬』の彫像がある。太平洋の彼方にある世界を見据えるように懐手をして立っている。懐に入っているのは、何だと思う? 本だ。しかも洋書だ。
いいかみんな、未来を考えるにはまず現在を知らねばならん。現在を知るには、これまでどのような歩み方をしてきたか過去を探らねばならん。それには本を読んで勉強するしか方法がない。とにかく本を読め」 溌剌とした話ぶりに、竜馬がどちらを向いているかも知らなかった当時の私は、いつしか吸い込まれるように聞き惚れていた。

私は歴史が好きになった。 それから何十年後かにキリスト教に出会い、聖書に登場する人物のロマンやドラマに興味を覚えるのも、この先生の話に影響を受けているからだろうか。


2.静謐に魅せられ

 20代のころ、私は、学生相手に下宿屋を営んでいる浄土真宗の浄修院というお寺にお世話になったことがある。門を入ると山から引いた水が池に流れ落ちていた。掃き清められた境内に佇んでいるだけで心が洗われるようだった。

代々続いているお寺ではない。住職は、大正時代の末に私財でお寺を建て布教活動に生涯を捧げた人であった。私がお寺に行ったころ、住職はすでに亡くなっていたが夫人が健在だった。読経もなく法事や葬式もしない。門徒といえる人たちもいなかった。分かり易い言葉で仏の教えを説くお寺であった。静謐な雰囲気に魅せられ私は数日間、泊めてもらったのである。

毎朝5時になると木魚をたたく音と同時に念仏がはじまる。これで目が覚める。だが、私は起きない。蒲団のなかでまどろんでいると夢のなかに木魚と念仏が入り込んでくる。私が起きるのは6時過ぎ。身支度を整えると本堂で法話を聴く。 7時に朝食をとり勤めに出る。私の仕事は県庁の住宅課にあって市町村の公営住宅を設計する建築士である。

最初は2.3泊のつもりが、居心地がよくて通算4年もいた。 ふと、気がつくと友人は次々と結婚をしていた。婚期を逸するような気持ちになり、慌てた。親や兄、姉が結婚についてうるさくいってくるようになった。 「何をしているのだろう。こんな所で」 疑問が湧いた。と同時に、大げさにいえば、仏教における死生観の概念に反発のようなものが芽生えはじめていた。

「いつか死ぬ身だと知っていれば、人生において大事なことは何かが見えてくる」
間違ってはいない。しかし、これから結婚をして家庭を築こうとする私には、現実ばなれした話に思えてならなかった。しだいに距離を感ずるようになり、お寺を出た。 実家から勤めるようになったのである。


1.ロンダニーニのピエタ

洗礼を受けたことをノン・クリスチャンの友人にEメールで報せると「どうして?」と即、電話をくれた。返事に困った。 どうしてとは、どんな意味なのか、本心から神様を信じているの、と問いただされた気がした。一瞬迷ったが、私はこういった。
「・・・縁、そう縁なのよ」というと後の言葉は簡単だった。
「自分から求めたのじゃないけれど、出会ったのがキリスト教だったということかしら。強いていえば、揺れ動く心に、凛とした芯が欲しかったのかもしれない」というと、友人は納得してくれたようであった。

私は広島出身である。広島は江戸時代、安芸の国と呼ばれていた。こ地方は安芸門徒といって
親鸞上人を開祖とする浄土真宗を信仰している人が多い土地柄である。子供の頃は食事の前に必ず仏壇の前に座り、父が読経をし、みんなで手を合わせてから食事をする習慣が我が家にはあった。父は、食事中に仏教にまつわる話をよくしていた。若いころ学生相手の下宿屋を営んでいるお寺に下宿をしたことがある。 山手の閑静な住宅街にあるお寺である。毎朝五時になると木魚が鳴りはじめ、念仏が聞える。静寂に「南無阿弥陀仏」と唱える男性の低い称名に身がひきしまる。が、起きない。まどろみのなかに木魚と念仏が入り込む。木魚が止み、住職の法話がはじまる。読経はない。 私が起きるのはそれから。身支度を整え本堂へ座る。これは、食事前に本堂で手を合わせることが下宿のときの条件だからである。法話は頭上を通り抜ける。池に流れ落ちる滝の音が心地いい。そうした静謐な雰囲気が好きで四年間、下宿をした。


キリスト教とはまったく縁のない環境で過ごしていた。
そんな私が渡米をし、前原牧師に出会ったのは、今から十二年前の秋である。当時、夫は食道癌を患っていた。医者から「よくもって一年」と宣告を受けて半年が過ぎていた。気弱になっていた夫は、私の外出をとても嫌がった。
だが、ある日の夕方、後藤さかえさんが「聖書の勉強会へ行くから一緒に行かない?」と、誘いにきてくれた。
「行ってこい。行ってもいいぞ」珍しいことを夫はいった。
キリスト教系の大学を出て、幼い頃は教会の日曜学校へ行っていた夫だから、そういわせたのだろう。
前原牧師に出会うきっかけである。そして、キリスト教に出会う最初であった。
夫は、医者の宣告通り半年後に身罷った。暇を持て余している私を後藤さんは教会へ誘ってくれた。暇つぶしと興味本意である。

旅行好きだった夫と旅行をしたイタリア。キリスト教をモチーフにした芸術品の数々。アダムとイブ、ノアの箱舟、モーゼ、ダビデ、受胎告知、最後の晩餐、キリストの磔刑。そうした事柄がどのように繋がるのか知りたいと思った。イスラエル聖地旅行にも参加した。もつれた糸がほどけるように聖書に登場する人物の関わりが分かると、面白くなってきた。しかし、知識と信仰は別である。
一方、イエスの救いを本気で信じていること自体が理解できなかった。 イエスが十字架で処刑されたのは私たちの罪を償うため、頼みもしないのに。罪とはイエスの救いを信じないこと、身勝手な、と、いちいち反発していた。 何年過ぎたころだったろう。前原牧師から、洗礼をすすめられようになった。
「何事にも時があります。その『時』がきたら」 逃げた。おまけに陰口を叩いた。
「洗礼を受けるだけで天国へ行けるのなら、熱湯だって浴びるわ」


いまから三年半前、手術ミスによる事故で車椅子生活になった鳥羽氏と出会った。
そのころからだった。信じられなくてもいいのではないか。私はこれまでの人生をふりかってみた。何度も岐路があった。その度にきわどいところで難を逃れている。これって何だろう。ふと、大いなる者にコントロールされている感じがした。自分では計り知れない大きな存在。それが神か、仏か、わからない。
しかし、守られている、と思った。
鳥羽氏が受洗される時がきたら、一緒に受けようと決めたのである。
私は時々、鳥羽氏の身近にいる真船圭子さんに、
「鳥羽さん、洗礼を受けられるのかしら?」
 さりげなく尋ねると、
「そんな話は聞かないわねぇ」
その都度、なぜか胸を撫で下ろす自分がいた。生き延びたという感じである。
ところが、昨年の十月だった。教会で前原牧師から洗礼の話が出た。私は同じ机を囲んでいた鳥羽氏に「洗礼は受けられないのですか」と、訊ねた。
「はい、受けます。12月に・・・」
思いがけない返事に、時だ!と思った瞬間、隣に座っていた真船さんに、叫んでいた。
「私たちも一緒に受けようよ!」
弾みである。

洗礼クラスが始まった。 勉強をすればするほど、遠くにいる自分を感じた。
これで、いいのだろうか。
神に対する冒涜ではないか。断わるべきかもしれない。しかし、真船さんを巻き込んでしまっている。
悩みつつ洗礼の日を迎えてしまった。

pieta-photoその朝である。なぜか、ミラノでみたピエタの像を思い出した。視力を失ったミケランジェロが死の三日前まで手探りで制作していたといわれる「ロンダニーニのピエタ」である。弱々しいイエスが聖母マリアを背負っている。


二十二歳の作は、バチカンのサン・ピエトロ大聖堂にあり、
十字架から降ろされたイエスの亡骸を抱く聖母マリア。以前から、二つの像の違いに疑問をもっていた。ちなみに、ピエタは慈悲、哀れみなどの意味で、
一種の聖母子像だといわれている。

夫が病に臥せっていた頃だった。 居たたまれない淋しさと不安がどっと押し寄せた。
私は、新聞に載っていた上智大学教授のエッセイの一節を思い出した。

あすのことは思いわずらうな。思いわずらったからとて、
自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。
あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。

肩の荷がすっと下り、不安が消えた。ぱっと明るくなった。不思議な体験であった。
それが聖書の言葉だと知る由もない。ヨハネによる福音書の一章に、

初めに言があった。言は神と共にあった。

不安が消えたのは、神の御言葉だったからなのだと気付いた。ひょっとして、イエスに背負われていたのは、この私ではないか。ロンダニーニのピエタのように。

証・森田のりえ