「人は耕し」 聖歌324 |“We Plow the Fields, and Scatter”

「とはいえ、ご自身のことをあかししないでおられたのではありません。すなわち、恵みをもって、天から雨を降らせ、実りの季節を与え、食物と喜びとで、あなたがたの心を満たしてくださったのです。」(使徒14章17節)

御言葉には、実りについての大切な教えがたくさんあります。そうした教えの中には、種まきと収穫の間にはいつも「待つ」時間があることが語られますが、これは信仰においても真実です。人生の中で、私たちの御霊の実が熟すまで、神が私たちに「待つ」期間を与えなければならないこともよくあります。

人々に神の愛を伝える時には「忍耐」について必ず学ぶことになるでしょう。また収穫を見ると、新しい生命をはぐくむ前には、まずは蒔かれた種が必ず死ななければならないことも分かります。

私たち一人一人が霊的な実を結ぶには、まず自己中心に死ななければなりません(マタイ10:30)。収穫が語る真理には、収穫量は畑に蒔いた種の量に比例することもあります。「私はこう考えます。少しだけ蒔く者は、少しだけ刈り取り、豊かに蒔く者は、豊かに刈り取ります。」(2コリ9:6)私たちは人々の心に福音の種を蒔き、耕し、水を与えることがあるでしょう。しかし最終的に刈り取るのは神です。(1コリ3:6,9)

(中略)

「ああ、あなたは心のうちの真実を喜ばれます。それゆえ、私の心の奥に知恵を教えてください。(詩51篇6節)」
私の人生に、霊的な実りはあるだろうか?周囲の人々の実りの時に貢献しているだろうか?
「われら良きものを 御手より受く 豊けき愛をば 誉め讃えよ」
この聖歌の調べに合わせ、「私の人生に、霊的な実りはあるだろうか?」

「周囲の人々の実りの時に貢献しているだろうか?」と、自分の心と働きに思いを馳せてみましょう。

峯岸麻子

Taken from [Amazing Grace] ©Copyright
September 22, 2017, Kenneth Osbeck,.
Published by Kregel Publications,Grand Rapids, MI
Used by permission of the publisher.
All rights reserved.       

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