「・・彼らは何をしているのか、わからずに いるのです」 ルカの福音書23章34節

イースター・サンデーも近付きました、今年は4月4日に迎えます。2 月17日から受難節(レント)が始まり3月27日までの40日間になります。四旬節(40)とも呼ばれ、イエス様の苦難を覚え、共に主の苦しみを味わう時です。3月28日はパーム・サンデーを迎えイエス様のエルサレム入城です。その日から受難週迎え金曜日にあの贖いの十字架にかかりました。三日後、日曜日(4/4) に死から甦られれました。イエスは十字架上で“7つの祈リ“を祈られ、人類の救いを完成されました。今号は「、、彼らは何をしているのか、わからずにいるのです。」と、主が祈られた祈りをご一緒に考えてみましょう。

1. 「、、彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」、ルカ23:34:

このイエス様の祈りほど、他人の罪や悪をまるで存在しなかったかのように応答している言葉や祈りはないでありましょう。この応答は十字架の上で苦しみ、痛み、血を流し、死を目前にした時に発られた祈りす、また今、現在目の前で拷問、苦しめている人たちに憐れみの言葉をかけられているのです。

この祈りの言外には「もし、あなたがたが状況を知っていたら、このわたしをこのようには取り扱わなかったであろう」というニューアンスがあり、深い慰めを誘うものである。

私達もかつては無知無力、情報不足から多くの過ちを犯し、罪に至らせたこともありました。そのような状況下にあっては、イエス様は大目に見て下さるのであります。パウロは「しかし、まだ罪人であった時、わたしたちのためにキリストが死んで下さったことによって、神はわたしたちに対する愛を示されたのである。」と、罪のままの私たちを愛していて下さると教える。

ローマ5:8。無知が罪を生みます。無関心も罪を生みます。不信仰は信仰を拒絶することだから罪となります。私達は知るべき事を知らなければなりません。イエス様はこのような私たちを愛し、十字架の救いに招き入れて下さったのです。

2. 「さて、兄弟たちよ、あなたがたは知らずにあのような事をしたのであり、あなたがたの指導者たちとても同様であったことは、わたしにわかっている。」使徒行伝3:17

この言葉はペテロがイエスを十字架の処刑と断罪した指導者と群衆に語られた言葉であります。ペテロは彼らに向かい、あなたがたはピラトがイエスを赦そうとしたが、聖なる正しい方を十字架にかけた、と彼らの罪を責めます。

しかし、その行為は“知らずにした“事であると、慰めている。その中にはあなた方の律法学者、指導者達も無知であった。律法学者は旧約聖書からメシヤの到来を知るべきであったはず、しかし知るべき彼らも無知のために大きな罪を犯してしまった。指導者、国民に預言者たちが遣わされていたはずですが、彼らはこのような人たちも殺してしまった。それも無益なこと、無知の罪はいつまで赦されるであろうか。

3. 「そして、ひざまずいて、大声で叫んだ、『主よ、どうぞ、この罪を彼らに負わせないで下さい。』こう言って、眠りについた。」使徒行伝7:60。

ステパノの長いメッセージの後の最後の祈りです。あの長いメッセージを迫害の中に支えた霊力はどこから来たのであろうか。

その力はここの祈りの中にあろう。自分を石で撃ち殺している群衆に、主よ、天上のイエスを呼んで、赦しの執り成しを捧げるのです。ステパノは天を見上げ、イエス様が天の父の右に立っておられるのをご覧になった。通常、イエス様は父の右に座っておられる、ここでは“立っておられる“。なぜでしょうか、瞑想しましょう。

受難節を迎え、イザヤ書の53章、マタイの福音書26, 27章、また他の福音書の苦難の記録を読み、私達の罪のために砕かれた苦難のイエスを心にとめましょう。苦難の深さは私達の罪の深さではありませんか。

前原利夫



ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A.
www.gospelventure.com/


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