「ゆるすこと」「ゆるされること」の難しさ

この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。」 ローマ5:5 

私は今、「ゆるす」というテーマでメッセージの準備をしています。「ゆるすこと」「ゆるされること」の難しさを思わされます。人は、ゆるしたいと思っても、体が硬直してしまう。ゆるして欲しいと何度も謝ってもゆるされないこともあるのです。

コーリー・テン・ブームさんはオランダ人でしたが、第二次世界大戦中、ユダヤ人をかくまったとしてナチの手で強制収容所に入れられました。10ヶ月の間拘留され、奇跡的に釈放されます。(これは事務的なミスであった)コーリーは、姉のベッティーと拘留されている中、その生活は我慢に耐えないものでしたが、仲間の囚人たちにイエスの愛を分け与えて時間を過ごし、そこで何人もの人が信仰を持ちました。

釈放されたコーリーは、家族一人生き残ります。(姉のベッティは獄中で亡くなる)彼女はこの命は神様から与えられたものと悟り、『神の愛はとてつもなく深く、神は敵を赦すことができる愛を与えてくださる』神様から収容所を通して学んだことを人々に伝える必要があると確信し、53歳で宣教師となりました。

ある日の集会に一人の女性と会うのですが、彼女はコーリーを見ようとしません。それもそのはず、彼女はコーリーたちが収容所にいた時に、とても残酷な仕打ちをした看護師だったのです。瀕死の状態にあるベッティにどれほど苦しみを与えたか、彼女だと分かった途端、心に憎しみに近い感情が湧き上がり、とても彼女を許せないと思いました。

「しかし、人をゆるさないなら、あなた方の父もあなた方の罪をお赦しになりません。」マタイ6:15  イエス様の言葉が胸に刺さります。

「分かっています、主よ。でもあなたはご存知でしょう。彼女の残忍さゆえにどれほど姉が苦しんだのか。主よ、ゆるせないのです。主よ、ゆるさなくてはならないことも分かっているのに、でもできないのです。」主にすがって祈っていりました。

「私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。ローマ5:5」
「あーイエス様。 私に聖霊様を与え、神様の愛を注いでくださってありがとうございます。天のお父様、私のうちにあるあなたの愛は、私の憎しみや苦々しさよりも強いのです!ありがとうございます!」

この体験後、コーリーはもう再度集会でその看護師と会うチャンスが与えられます。コーリーが彼女を憎んでいたこと、けれども自分のうちにおられる聖霊様が憎しみの代わりに愛を注いくださったこと、今は彼女を愛していること。これこそ、十字架で私たちの罪を背負ってくださったイエス様によること。

今回も会うことができたのは、イエス様が赦してくださっただけでなく、聖霊様が私たちの心を神の愛で満たしてくださったからだと伝えます。
コーリーとその彼女は様々な話をしたのち、最後に、その看護師は、イエス様を救い主として受け入れました。なんという奇跡。

私たちが「ゆるせない」というのは、それ相当の理由があるのです。しかし、イエス様が私たちのために愚かになってくださった。愛するがゆえに、私たちの罪を精算するために、愛と義を持って十字架を背負われたのです。

ゆるすとはイエス様を見上げること。ゆるされるとはイエス様のところへ行くこと。

みなさんの人生に主の大勝利を祈ります。

キム明子


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