導かれた受洗| 証・真船圭子
私は6年位前から牛に引かれてGVIC参りをしていました。
その間、何人かの方にどうして入信しないのか、何を迷っているのかと言われた事があります。でも、どうしても信じられない事が多々あり受洗する事が出来ませんでした。 ...
思慮深い人、思慮浅い人 | イエスのたとえ話
読者の皆様、先ず、次の聖書のストーリーに目を通して下さい。そして一時ストップしてご自分の人生のあり方、生き方を探ってみませんか。 新約聖書、マタイによる福音書25章からの引用です。
そこで天国は、十人のおとめがそれぞれあか ...
家の土台、人生の土台 | イエスのたとえ話
「それで、わたしのこれらの言葉を聞いて行うものを、岩の上に 自分の家を建てた賢い人に比べることができよう。雨が降り、 洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけても、倒れる ことはない。岩を土台としているからである。また、わたしの こ ...
財産管理と天国・2 | イエスのたとえ話
前回の「財産管理と天国」の譬え話の後編です。是非、前回の譬え話もお読み下さい。
英国Stowmarker市にSt. Peter & Mary という教会があります。その教会の建物の一部が壊れ修復を必要としました。 ...
財産管理と天国・1 | イエスのたとえ話
イエスは天国を分かりやすくするために多くの譬えを巧みに用います。これまで紹介した譬えでは“高価な真珠”、ブドウ園“などあり、今回は興味のある財算管理の譬えです。
一般に「タラントの譬え」として読まれていますが、少々長目のス ...
わたしは羊飼 | イエスのたとえ話
あなたがたはどう思うか。ある人に百匹の羊があり、その中の一匹が迷い出たとすれば九十九匹を山に残しておいて、その迷い出ている羊を捜しに出かけないであろうか。 もしそれを見つけたなら、よく聞きなさい、迷わないでいる九十九匹のためよりも、む ...
放蕩息子・2 | イエスのたとえ話
イエスのたとえ話(放蕩息子・2)は(放蕩息子・1)の続きですから、もう一度前号をお読み頂きますと、内容が一層はっきりと理解できことでしょう。
前回は息子に焦点を当てて考えました。放蕩息子が父の下を出て行き、父の下に帰るUタ ...
放蕩息子・1 | イエスのたとえ話
新約聖書の中で一番分かりやすい書物は「ルカによる福音書」でありましょう。多くの譬え話が盛り込まれてユニークな角度から話が展開します。そして神の人間への限りない愛を鋭く描きます。「放蕩息子」として広く知られるストーリに描かれている父の姿 ...
ロンダニーニのピエタ | 証・森田のりえ
洗礼の朝を迎えた。まだ迷っていた。イエスが十字架にかかって人々の罪を償ったと信じているの、と自分の心に棲む、もうひとりの自分がささやく。かぶりを振る自分。だとすると、受洗は神さまに対する欺瞞だ。
新しい隣人愛・2 | イエスのたとえ話
前回に引き続き「よきサマリヤ人」(Good Samaritan)の譬え話を考えてみます。 イエスのこの短い隣人愛の教えは世界の教会、世界のクリスチャン、政府機関、またキリスト教と全く関係のない諸 団体に多大な影響を与えています。
