「いとも尊き」 賛美歌 191“The Church’s One Foundation”

「なぜなら、キリストは教会のかしらであって、ご自身がそのからだの救い主であられるように、夫は妻のかしらであるからです」 エペソ 5:24

牧師のサミュエル・ストーンによってこの賛美歌が書かれたのは1866年。イギリスでは自由主義運動により英国教会の基本的教義がおびやかされ、神学的議論が激しくたたかわされている時期でした。ストーンは保守的信仰を強く支持し、神学的正説に対する批判的な攻撃を断固拒否する人物でした。

この賛美歌でストーンが描きたかったのは、教会の基礎としてのキリストの主権を再確認することでした。使徒信条を元に、懐疑的な自由主義とたたかうために書いた十二の詩の中で、この賛美歌は「聖なる公同の教会、聖徒の交わり、御子はそのからだである教会のかしら」について書いた第九番目の詩から生まれたものです。

貧しきものの牧師と呼ばれたストーンは、「教会は人々の必要を満たすキリストの道具である」という強い信念を表しています。ロンドン東部で、貧しい人々や恵まれない人々への伝道に多くの時間を割いた彼は「つつましやかな人々のために美しい礼拝の場所を作り、そこを暗闇に射す光の中心とした」と言われています。

教会はこのような場所であるべきです。傷ついた人々のための病院であるべきで、自分本位のクリスチャンが集まる会員制クラブであっては決してなりません。教会とは、賛美と啓示、教えと交わりのために、人々が定期的に会うようにと、神ご自身がこの世界から呼び出された場所なのです。

峯岸麻子

マタイ16:15-18、Iコリ 3:11、コロサイ 1:18参照            

Taken from [Amazing Grace] ©Copyright
September 22, 2017, Kenneth Osbeck,
Published by Kregel Publications, Grand Rapids, MI 
Used by permission of the publisher.
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