2021年11月28日(日)礼拝報告

2021年12月31日

今朝の礼拝賛美のリードはNCM2の皆さんで、先週EMの皆さんが飾ってくれたクリスマス・ツリーを背景に、早くもクリスマスソングで礼拝が始まりました。

今日から待降節が始まります。そんな中、前原利夫師のメッセージの題は「私たちはセカンド・チョイスの教会です」ルカの福音書 7章36~50からで 「 多く赦される者は多く愛する」という内容でした。
「ルカ7章36−50節にはあの有名な罪の女とパリサイ人のシモンの対比があります。エルサレム中で悪名高い罪の女とパリサイ的潔白なシモン、一体誰が神を多く愛する。

「ルカ7章36−50節にはあの有名な罪の女とパリサイ人のシモンの対比があります。エルサレム中で悪名高い罪の女とパリサイ的潔白なシモン、一体誰が神を多く愛するかという、大きな問題を投げかけます。イエス様は借金を赦された額、その額が多ければ多いほど、神を愛する愛も多いと教えます。シモンもそう応えます。

罪の女、売春婦の別名、は多くの罪が赦され、セカンド・チャンスが与えられて、それに対する深い愛を表すのであります。赦しは負債感を取り去り、罪責感を消し去るのであります。当然、赦しは愛を産み、赦した人への忠誠、奉仕、仕えていくのであります。イエス様に仕えた人たちの中に、死に至るまで忠実であったのは、赦しの原則がなせる業です。

ダビデはサウロ王の殺害陰謀から逃れて山に洞窟の中に逃げまりました。やがて家族までも危険に晒されるのであるが、ダビデを助けたのは400人の小さな軍隊編成であった。その400人はサウロ王が見捨てて、サウロ王の軍隊に迎えなかった、いわゆる役に立たない見捨てられた兵隊たちであった。サウロ王にはチャンスが与えられなかったが、ダビデは彼らにセカンド・チャンスを与え、彼らを用いたのである。

もし、このセカンド・チャンスの軍隊がダビデを守らなかったとしたら、ダビデの台頭はその蕾のままで潰されていたであろう。多く赦されたもの、機会を与えられた者は多く愛し、仕えるのであるます。(第一サムエル22章参照)

私はGVICが始まって4年後頃、私たちはセカンド・チャンスの教会に倣おうと考えたことがありました。その後、様々な形でこのことが実行されるよう、主は道を開いてこられたと感謝しています。お互いの間にもセカンド・チャンスの信仰を広げ、より多く、より深く主を愛する教会として成長していきましょう。」

今週の暗唱聖句は
「だから、わたしは『この女の多くの罪は赦されている』と言います。それは彼女がよけい愛したからです。しかし少ししか赦されない者は、少ししか愛しません。」ルカの福音書 7章47節