四福音書はそれぞれ特徴がありイエス伝を語っている。マタイの福音書は「王」としてイエスを描き、マルコは「人の子」、ルカは「メシヤ・救い主」、そしてヨハネは「神の子」として描いている。

四福音書の共通のテーマはイエスは救い主であり、神であられ、受肉して人類の罪の贖いのために十字架にかかり死に、そして三日目に復活されたと記録している。新約聖書全体はイエスの救いは唯一であり、唯一の信仰のモデルであり、この方をとうしてのみ天国に行けると証言している。イエスは救い、信仰、御国への道である。

 1) 「この人による以外に救いはない」使徒行伝4:12

この言葉はペテロとヨハネが大祭司の一族、律法学者、役人、イスラエルの指導者の前で恐れもなく宣言した言葉である。二人は生まれながらの足のきかない男を宮で癒した。その癒しはナザレ人イエス・キリストの名前で本来の足に完全に戻しました。

癒された男の奇跡は、イエスを信じる多くの人々を興し、イエスの名前がエルサレム中に広がり始めた。使徒達がイエスの復活の話をすると5000人の大勢の人達が信じた。その前に3000人の群衆がイエスを信じているから、ペンテコステ以来短時間で8000人の新弟子がエルサレムに満ち溢れた。

従来のユダヤ教の指導者たちがこの新宗教に恐れをなした。彼らは弟子達を捕え、投獄、処刑、迫害へと伸ばして行った。

このようなアンチ・キリスト教の環境でペテロやヨハネがこの人以外に救いはない、私たちを救う方はこの人以外に天下の誰にも与えられてないと正面きってチャレンジした。弟子達は迫害の波に乗るかのように唯一の救いの福音を伝えて進んだ行った。

2)信仰の導き手であり、また唯一の完成者である、ヘブル人への手紙12:2

イエス様は救い主、また同時にその救いを完成された唯一のモデルとなられた。イエス様の足跡を踏み歩ことは不可能ですが、私たちを前後から助けて共に歩んで下さるお方です。

天から遠く離れておられるのではなく、日々の生活の中に生きて、共に歩み、働いて下さるお方です。だからこのモデルに聞き従うことが可能です。

イエス様は恥をも厭わず十字架を忍び通したとあります、それは父なる神の右のみ座に座することが約束されていたからです。その光栄に預かるには十字架の苦しみでさえも取るに足りない苦しみでした。

私達が信仰を持つ事は安心立命を求めてではありません。この地上には多くの苦難、困難、また迫害が必ず襲って来るものです。しかし、やがて来るべき世界で受けるべき報酬、祝福は私達のイマージネイションをはるかに超えるものでありましょう。

3)唯一の道、唯一の真理、唯一の命である、ヨハネの福音書14:6

イエスの名声が高まり、また一方ユダヤ人達の陰謀も深くなってきた頃である。イエスは弟子達とガリラヤ湖の北ピリポ・カイザリヤの地方におられた時、イエスは弟子達に「人々は人の子を誰と言っているか」と尋ねられた。

弟子達はバプテスマのヨハネ、エリヤ、あるいは預言者の一人であると答えました。ペテロは「あなたこそ生ける神の子キリストです」とお答えになられた。

ペテロの告白はもっともである。おおよそ3年半イエスと寝起きし、神の子の生き様、愛、奇跡の業を日々目撃してきました。この人以外に救いはない、この人以外に生ける神のキリストはいないのである。

イエスキリスは私達を救い、導き、天の父の家に道案内をして下さる唯一のお方です。 私達はやがて御国に案内を受け、永遠に主の栄光の中に生き続けます。

ですから、選択を間違えては一生どころか、永遠の不覚、取り返しができません。唯一無二の天地の創造者、全人類の救い主は、神が人となられたナザレのイエス、大工の倅であります。

前原利夫



ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A.
www.gospelventure.com/


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