昭和初期に父は日本とアメリカの神学校を卒業して最初に赴任した教会はハワイのマウイ島パイア教会であった。私はその田舎町で生まれたが、当時のハワイはまだアメリカの属領(territory)であった。

マウイ島はサトウキビの耕作が盛んで日本人移民のプランテーションがあちこちにあった。そのため、教会やお寺が建てられ宗教活動が行われていた。幼な友達には日本人の子供たちが大勢いた。

せっかく仲のよかった友達と別れる時がきたのは父のハワイ島パパイコウ教会への転任のためであった。やがて小学校に入学し、白人の友達もでき、日曜学校にもくる友達も増えていった。子供心にも賛美歌を共に歌える喜びは大きかった。

そして、今なお忘れられないことは、私のクリスチャン ネームの由来である旧約聖書の預言者サムエル(注1)の少年時代の複製画(注2)が私のベッドルームに飾られていたことである。正座して祈りを捧げる少年の姿は印象的であった。

もう一つ忘れられなかったことは、生徒たちは裸足で学校に通っていたことである。冬のないハワイならではの習慣であった。その冬知らずのハワイにも別れる時が来た。父の日本への転任が決まったからだ。

友達との別れ、教師との別れ、まだ見ぬ日本への移住は子供にとっては大きなショックであった。せっかく身についてきた英語で考える習慣、英語で歌う賛美歌、英語で読む聖書があっというまもなく、飛び散った感じであった。

しかし、牧師の子にとって、日曜学校は生活の一部であり、賛美歌はまるで子守唄のように思えた。そんな環境はそのまま日本にも延長された。

ただ大きく変わったことは英語社会が遠ざかり、裸足が靴に変わり、ベッドが布団に変わったことだった。父の日本での最初の赴任先は沖縄県那覇中央メソジスト教会であった。かくして私の第2の祖国での生活が日本の最南端から始まった。

サムエル北村

注1: 旧約聖書サムエル記第1:3章1〜21
注2: 「幼きサムエル」と題されたこの油絵は英国18世紀の画家、ジョシュア レイノルズの傑作の一つとされている


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ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A. Tel.(310) 527-6112
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今年卒寿プラス1を迎える筆者にとって、1年の計を元旦に立てる気には到底なれない。明日をも知れぬ身にとって 1年先を見通すなんて無理なことだ。

然し年頭にあたり、新鮮な気持ちで信仰生活を反省することは必要であろう。賛美歌414番に新年の心構えが歌われているのを見つけた。

「あらたまの 年立ち返り うらうらと 初日におえり 家ごとに 松竹立てて にい年を祝う目出度さ」
「ひととせ(一年)の たくみ(計画)はすべて にい年に ありとしいえば み心を 我に示して この年も 勝ちを得させよ」

新年を祝う気持ちは古今東西あらゆる人種にとって共通の心情である。古き年を忘れて、新しき年に希望を見出そうとする人類共通の思いは、ある意味で欲求不満を排除する安全弁であるかもしれない。

人類共通の知恵であろう。そして人は新しい年に希望、期待をよせるのである。今年がどんな年になるのか、個人にとって、我が家にとって、アメリカにとって、日本にとって、世界にとって、――――――ーリストは尽きない。人それぞれ疑心暗鬼になる。ここでその真価が問われるのがクリスチャンの心構えであろう。どんな結果が生まれようとも神のみ心に素直に委ねる気持ちが新年の心構えでありたい。そんな時、心の支えとなる賛美歌がつい口ずさみたくなる。

賛美歌385番 「疑い迷いの 闇夜をついて 恐れずたゆまず 我らは進む 行く手に輝く
み光あれば 共に手をとりて 喜び進む」
「いざいざ同胞(はらから) 十字架を負いて み国の道をば 雄々しく歩まん
世の旅終わりて 栄の主より 命の冠 賜る日まで」

この一年この賛美歌を口ずさみながら歩みたいものである。

サムエル・北村


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