私にとっては、家族の問題はとても大変なことでした。一人一人が苦しみましたが、しかしそのことがあって、イエス様と出会ったのです。

母が教会へ通い始めた頃、春の伝道集会へ誘われて行きました。「確かにお宅で起きたことは悲劇で、とても大変な中にあるけれど、あなたがイエス様を信じて、祈っていく時に、あなたの家族は変えられる、この悲劇が祝福に変えられるのです。」と講師の先生が言ってくださったそうです。この言葉に母は信仰に立てました。

また同じ頃、近所の牧師先生からは、「私は今、お話をお伺いしながら、息子さんに対する神様のご計画がどれほど素晴らしいかを思ってワクワクしていますよ。」と希望の言葉を贈られたそうです。

私たちがまだイエス様と出会ったばかりで、右も左も分からない頃から、励まし手、祈り手、聞き手、希望の言葉がたくさん送られていました。これこそ、神様の奇跡だと私は思うのです。

母がイエス様を信じ、私、妹、祖母がイエス様を信じました。 祖母は、どんな大変な時にでも、泣き言を言わず、鼻歌を歌っているような人でしたが、涙をポロポロ流して教会で礼拝をしていました。そして、ずっと後になって父がイエス様を信じました。

さて、あとは弟の救いのみです。弟は、小さなお店を経営しています。一生懸命頑張っている姿を見ると、これも神様が与えてくださっている時間、ご計画なのだと思います。

このお店のオープン前日、母と私、妹にメールが届きました。「明日、オープン。お父ちゃんのために頑張る」あれからこの冬で4年になります。主に感謝。

神様の御心は、人類の救いです。私の家族全員の救いです。ですから、必ず弟は救われると信じています。

家族の救いのため、友人の救いのために祈っていきましょう。希望が見えないような試練の中にあったとしても、癒しを、回復を祈っていきましょう。 それが神様の御心なのです。

「主イエスを信じなさい。そうすれば,あなたもあなたの家族も救われます。」 使徒の働き16:31

キム・明子


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私の父は74歳で召されました。三女の沙良が「おじいちゃんは天国でジーザスと遊んでるね!ママも天国へ行ったらジーザスと遊ぶの?」と可愛い質問をしてきます。父のことを思うたびに、あの父が天国にいるのだと思うと、感謝!感謝!感謝しかありません。

人間は偶然の産物ではなく、神様の作品です。それも、はっきりと目的を持って造られたのが私たちです。当然、私の父にも神様のご計画があるはずですが、父が母に優しくなったことで良しとする、救われただけで十分感謝でした。父のクリスチャンとしての働きは私が知る限り皆無なのですから。

父の葬儀は、教会にて行われましたが、会堂に入りきれないほどの人が来られました。殆どの方がノンクリスチャンです。教会に入りきれず外でのスピーカー越しで参列された方もありました。

地元を愛し、地域密着型の父は、たくさんの友人知人が与えられていたことを私は実感しました。その中に、現職の市長、市議会議員、元議員の方々から、神主までが葬儀に来られたのです。

おそらく、初めて福音を聞く方がほとんどであろうこの葬儀、しかし、皆さん、動く事が出来ず(笑)福音ズバリ!イエス様を信じた父の証を聞いたのです。まさに、伝道集会でした。

私と父ではもちろん神様の賜物が違うのですが、私は父よりも聖書を読み、聖書を学び、伝道について勉強し、実践しています。また弟子訓練の学びをし、弟子訓練をしています。

私のしていることを父がするというのは、無理があると思います。しかし、父には特別なご計画があり、それは私には到底できない、父にしかできないことでした。

私が死んでも、市長や市議会員は葬儀に来ないでしょう。まして、神主は来ません。父だからこそ、クリスチャンの葬儀に神主が来られたのです。最後の最後、あっぱれ、お父ちゃん!神様が大きく用いてくださったのです。

私たちは神様から目的を持って造られた被造物です。私にしか(あなたにしか)できないことがある。それは私たちの想像をはるかに超えた素晴らしいことのはずです。

今はそれが具体的にわからなくとも、神の作品として喜んで生きていく者となりたいと思うのです。

キム・明子
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神様の約束は必ずなると信じているにもかかわらず、“この父が信仰を持つのは至難の業”と思っていましたが、振り返るととてもスムーズで自然な導きに、聖霊様の働きを思わずにはいられません。

イエス様を信じて9ヶ月後に父は心筋梗塞で倒れます。元々糖尿病を患っている父の心臓は、末期症状で、初めての心筋梗塞であったにもかかわらず、命の一刻を争うほどに悪くなっていました。しかし、神様は1年3ヶ月の間、父を生かして下さったのです。

私の祈りの一つに、“父と母の夫婦の回復“という課題がありました。
父は愛情深い人ですが、母に対して夫らしい優しさはなく、自分のイライラをいつもぶつけていましたし、母も威張っている父、飲んで遊んでばかりいる父を全く尊敬できません。この難しい課題を、夫婦の現状はそうであっても娘の私は、仲良くなって欲しいという思いで祈っていました。

入院と施設の繰り返しの生活の中で、母が二日置きに洗濯物を届け、父を面会します。
畑や庭仕事を一生懸命していた父を励ますために、母は、父の畑、庭の仕事をして、収穫を写真に撮って父に見せ、父からのリクエストを必ず揃えて持って行き、少しおしゃべりをして帰るのだそうです。父は几帳面な人で、毎日メモ帳にメモを書き母に渡します。

両親の会話:「お父さん、子供達の写真を持ってきたよ。」「お、これがないとよ、忘れちゃうからよ。」と喜んで、娘や孫たちの写真をベットに貼り付けます。

「お父さん、畑でナスが取れたんだよ。」と写真を見せると、その写真も貼って、「おめえがやったんか。おえめはたいしたんもんだな〜」と母の作ったナスを喜んで褒めます。

「オラぁよ。せがれの事だけが心配でよ。そのこと考えると眠れねんだ。」
「お父さん、あの子は大丈夫だよ。仕事も頑張ってるよ」と母が言うと、「お前がそう言うんじゃ、大丈夫だな。奴は、大丈夫だ。」と安心した顔をする父。

「お父さん、今日は仕事で早く帰らないといけないのよ。」と母が言うと、「帰れ、帰れ、こんなところに長いとこ居ちゃいけねぇ。早く帰れ!」と言って母が見えなくなるまで見送ってくれる父。

母は、何度となく仕事や息子のことで辛い中にあったとき、父との会話でどれほど慰められたかわからなかったそうです。父はとびきり優しい夫に変えられました。母は、父から褒められ、優しくされることで、もっともっと、父のために尽くす妻と変えられました。
一生懸命介護をしている母の様子を見て、両親の会話を聞き、私たち子供たちは、心がとても癒され、喜びの泉がわくようでした。

父はとても良い人と変えられて、この世での人生を終えました。神様は素晴らしいことをなさるお方です。

キム・明子


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信仰を持ってから、私は父の救いをずっと祈ってきました。父の言動や態度を見ては、その頑なさに落ち込み、諦めそうになりながらも祈りました。

ある時、父が私の住むアメリカへ遊びに来ることになり、家族はもちろん、教会をあげて私の父母が来ることを喜び祈ってくれていました。

初めて会う夫の両親は、父を手厚く歓迎してくれました。私の友人、教会の温かいもてなし、大きな街並み、広い空、日本とは違う松の木など、初めてのアメリカに感動していました。

普段家では威張っている父も、キム家では客人で礼儀正しく、一切わがままを言わず、日曜日には教会へ行くキム家に倣って、一緒に来てくれました。

賛美もメッセージも、父はじっと聞いているようでした。和やかな雰囲気の中、父が私に言いました。

「もし、先生から聞かれたら、自分は子供の頃から、我儘で威張り散らして生きてきた。大人になっても、結婚しても、近所でも、会社でも好き放題してきたけど、それで、今息子のことでバチが当たったのかな?って言うつもりだった。」

父も息子の事ではずっと苦しく思っていたのです。しかし初めての悔いた言葉でした。

その時、天上の扉が開いて、天の群生が喜んでいる、という思いがこみ上げて来て、父はイエス様を信じる!という思いが湧きあがりました。

すぐに牧師が父との時間をとって下さり、なんと父はその場で信仰告白をし、洗礼を受けることにもなったのです。

キム・明子


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私の心に建ててしまっている壁は、父との関係であるとわかり、このことを打ち砕くためには父にこの思いを話すことであると導かれ、自分の気持ちを手紙にしました。私自身は、まず手紙を書き、送ることができたことは、一歩踏み出すような喜びでした。

しばらくして、母から手紙がきました。父は私の手紙を一人で読み、その後母に見せてくれたそうですが、それについて何を言うこともなく、「でもその日のお父さんは、一日中嬉しそうだったよ」と母からの手紙にありました。

今までなんども父にイエス様こそ私たちの神様であると“福音“を手紙に書いて送りましたが、その度に、一番大事なところに赤ペンでXをし、バカ!と書いたり、「勝手なことを言いやがって」と母に怒りをぶつけていたので、母に被害が行かなかったことに一安心。そして何よりも一日中嬉しそうだったということが私の心を平安に包みました。

父に手紙を出した時は、自分の思い伝えるという任務を果たすことで精一杯で、何のために手紙を出すのか、それは心の壁を打ち壊すためなのですが、打ち壊すとはどういうことか、自分の気持ちを伝えることの意味もはっきりわかっていなかったのだと思います。神様の本当の目的は、私が父を完全に許し、神様の前でこの罪の悔い改めをすることだったのです。

母からの手紙を通して「父親の愛は、娘を無条件に愛する」これが私に注がれました。涙の祈りの中で、私が父に対して思っているマイナスを全部、主の前に告白して、一つ一つ許しますと宣言しました。そして、私が父を誤解していたこと、父への態度、怒り、見下し、悪いこと一切を悔い改めました。

この祈りを通して、私は完全に解放されました。不器用で、言葉の人ではない父が、精一杯私を愛してくれていたことが分かったのです。

悔い改めること、主の前に許しを宣言することは、私たちの心の解放となります。
父はその後も難しい、ドッタンバッタンの人でしたが、どんなに父がイライラしていても、父を尊敬し、私にとってもは大好きな父親となりました。父への傷が癒されたからです。そして、どれほど父が私を想ってくれているのかをどんどん私は知るようになりました。

これは神様が下さった、私の癒しの奇跡の一つです。 

キム・明子

「私の心に立ててしまっている壁」を打ち壊すべく、気がつかなかった問題 “父との関係”が祈りを増すごとに、明らかとなり、緊張とチャレンジではありましたが、心の奥底では、その壁を打ち壊すことへの喜びが湧いて行きました。

まずは、父に“愛されたかった”という思いと、“父を父とも思わずにいた”ことへの謝罪をするため、私は、手紙を書くことにしました。

畑や庭仕事が好きな父に、スイスの窓辺に飾るお花の事、家畜の牛さえスイスではおしゃれに見えることなどを書いてから、本論に入りました。

・・・お父ちゃん、私は学校で「父の愛」というテーマで神様のことを勉強しています。ここでは、お父さんという存在は、娘を無条件で愛し、いつでも私を見てくれている存在だということを知りました。

 しかし、これは私には胸の痛むことでした。実はお父ちゃんから愛されていると思うことができないでいたからです。だから、愛されることよりも私がお父ちゃんを愛して、良い娘になろうと思っていました。

でもこの事は、不自然でした。いつの間にか、お父ちゃんのご機嫌をうかがい、傷ついているのに、とても嫌な思いをしているのに、ぐっと我慢していたのですから。

 まず、勝手にお父ちゃんから「愛されていない」と思ってしまったこと、ごめんなさい。ご機嫌を伺っていると言いましたが、自分の気持ちを一切言わずにいたこともごめんなさい。色々なことがあったので、お父ちゃんには父親としてのせきにんは荷が重すぎるとずっと思っていました。

やっぱり、私はお父ちゃんから愛されているという実感を十分受けたかったのだと気がついたのです。
これを伝えたくてお手紙を書きました。

この手紙を書きながら、小さい頃の事がどんどん蘇ってきて、キャッチボールにマラソン、体操に楽しい思い出ばかりでした。

イエス様を信じたら、今まで見えなかったことが見えるようになって嬉しいです。お父ちゃんの事、弟の事もイエス様にいつも祈っています。明子・・・・

キム・明子

「あなたの心に建てている壁は何か?」の問いかけに、この壁が父との関係にあることを示されました。私自身は大丈夫(問題なし)と思っていたものの、この壁の示しは来る時が来た、という思いでした。

というのも、私は父との会話にいつも気を使い、本音の会話はできず、軽い喧嘩など出来るはずもなく、父の気持ちを安心させることを常に心がけていました。大事な話になればなるほど、母にはできても、父にはできません。しかし、大学進学や進路の話というものは父親を通さなければなりません。これらの一つ一つが私にはとっても気の重い厄介なことでした。

パッと高くそびえ立つ壁を見せられた時、これは厄介なことを神様に言われてしまった!さすが神様、私の問題をよくご存知なのだと思いました。しかし、見せられた壁は依然として気の重い壁です。 
これを私の手で壊すという具体的な方法は全くわかりませんでしたが、とにかく祈り始めました。

イエス様、私の心に建ててしまっている壁がわかりました

イエス様、私の心に建ててしまっている壁がわかりました。父との関係ですね。この壁を壊すことを神様は私に言われているのですか。この壁はどうしたら壊れるでしょうか。私だけの問題ではない、父の心はイエス様から遠く、イエス様の十字架の救いの話をすれば怒る人なのです。

祈って静まり、祈って静まるを繰り返しました。

1)あなたは、お父さんに愛されていないと思っているけれど、お父さんはあなたを心から愛している。娘は父親から愛される存在である。

2)“父は情けない男だから、私が父を助ける“とあなたが思っていることは、罪である。 あなたは父親の権威を、立場を無視している。

私は父から愛されているとは到底思えず、それを考えると傷つくので考えず、その代わりに私が父を愛そう、と一生懸命に父のために尽くす娘でした。ですから、父からも良い娘だと思われていたと思うし、父に対して罪を犯しているとはびっくりな主からの語りかけでした。

主は続けて語り、導いてくださいました。

何もわからない私に、主は続けて語り、導いてくださいました。「あなたは、お父さんからもっともっと愛されたかった、それを実感したかったのだ。それをお父さんに話ししてごらん。また娘として父を父と思わないような気持ちでいたこと、これをお父さんに謝らなければならないよ。」

神様のご命令は、父に「愛されたかった」「ごめんなさい」を伝えること。気が重く、難しいのですが、神様のご命令です。壁を打ち壊すためにやるしかない。壁壊しの始まりです。

イエス様を信じた時、私は25歳。(今思うと若かったな〜と思うのですが)もっと早くイエス様を知りたかったよ!と、とても強く思いました。それほど、イエス様との出会いは、人生を変える素晴らしいものだったからです。

私はサービス業の会社で、マネージャーをしていましたので、仕事のスケジュールが割と自由にできた上に、クリスチャンになった半年後には、会社の社長夫人がイエス様を信じ、続けて社長が信じ、会社の従業員の方も救われていき、会社のラウンジには、賛美歌が流れるようなるという、奇跡のような、素晴らしい環境で働いていました。

清掃係をしていたおじさんがイエス様を信じた時、おじさんも嬉しい思いが抑えきれなかったのでしょう。仕事が終わると、ラウンジに来ては聖書のことやイエス様のことを私に話しに来ます。ある日、私がいつから信仰を持ったのかと聞いてきましたので、答えると。

「あ〜!やっぱりそうですか。今のお顔はとっても柔らかくて嬉しそうですけど、以前のあなたは、馬鹿にされるものか!と肩に力が張っているように見えましたから。」というのです。

おじさんからの悪気のない一言でしたが、「気配りがあり、笑顔で優しいマネージャー」と自分では思っていたので、とっても恥ずかしいやら、赤面でした。

確かに、「仕事で馬鹿にされてはいけない」と思い、「家の問題で仕事に迷惑をかけない」と気をつけ、いつも元気に振舞っていました。仕事で分からない事は、夜遅くまで会社に残って勉強しました。

しかし、孤独を感じ、ストレスを感じ、しっかりしているように見えても、買い物三昧、ゴルフ三昧。そういう事ができる自分に、いい気になっていた頃でした。(現実逃避をしている父を見下げていたのに、形は違っても私も同じでした。)

イエス様を信じることを、「新生する」と言い、また信仰を持って生活し成長することを、「聖化する」と言います。

イエス様を信じてすぐに神様は職場を祝福してくださいました。幼い私の信仰は、その職場と、教会の往復で心が解放され、喜びが生まれ、育っていくのです。

実際に、家族のためだけに祈っていた私が、会社のために祈り、従業員のために祈り、お客さんのために祈り、朝に晩に礼拝メッセージを聞いて仕事に励む生活へと変えられていくのです。(続く)

キム・明子

私は確かに自分の意思でイエス様を信じたのですが、大いなる力に包まれたことによって、イエス様が神である事が分かったと言うべきかもしれません。
神様がいる、と信じた私には、聖書の話がどんどん素直に入ってきました。
イエス様を信じると、力が注がれる、喜びが注がれる、病気が癒される、問題の解決がある。私の心は新しい期待でいっぱいです。

しかし、心は喜びいっぱいでも、家での現実は悲惨なものでした。

父は、息子の問題に向き合うことができず、お酒や遊びに逃げる現実逃避。しかし、家中のガラス、扉、窓が壊れ、欠片が庭に散乱しているのを目の当たりにすると、正気に戻ったように、父はしゃがみ込みました。

イエス様を信じる前の私は、父に対して、「我が家の問題は父には荷が重すぎる」と勝手に判断し、父に心配、負担をかけないようにと、私は一人で頑張っていました。母には、「母は賢くなんでもできる人」という思いから、もっと頑張れ、もっと頑張れと叱咤激励の連続だったように思います。

本当は、弱り果てている人に、叱咤激励なんてしてはなりません。イエス様の愛を知るまでは、私は自分の思いを母にぶつけては、母の悲しみに追いうちをかけていました。また娘でありながら、娘として父を敬うことはせず、父を助けているつもりで実は父の権威を取り除くという罪を犯していました。
しかし、これらの罪に私が気がつくのはもう少し後になってからなのですが。

家中が荒れはてた様子を見て、しゃがみこむ父に、「おとうちゃん、ママがお世話になった教会へ行ってみようよ。」と私はとっさに言いました。父は、夜勤明けで疲れていましたが、一緒に教会へ行くと言ってくれました。車の中で必死に祈りながら、神様に期待しました。父がイエス様を信じればなんとかなる。私が変えられたように、父が変わるように祈りました。

教会では、第一ヨハネ4章から「神は愛」というお話でした。私はずっと泣いていて、父は黙って聞いていました。父は言葉の人ではないのですが、勘の良い人です。集会がおわり、牧師先生が父と私のために祈ってくださって、私たちは家に帰りました。

途中「アッコ、うどんでも食べてく?」と父に言われて、うどん屋さんへ入りました。そこで父が「アッコは教会に行ってんの? 気持ちがすっとすんな。たまにはああいうとこに行くものいいや。」と田舎訛りで言うのでした。 父がイエス様に心を開いている!と希望を持った時でした。

それから、16年、父が救われるのにかかるとは全く知らずに。 

しばらくの間教会へお世話になるという母からの電話の後、私は荷物をまとめ始めました。夏だったので、数枚の着替えと下着などを揃えて持っていこうと思っていましたが、母の下着はろくな物がなく、どれもボロボロでした。母の苦労が今更ながらに分かって涙がこみ上げてきました。

途中、母の下着を購入し、電車で田舎へ下って45分のところに、母がいる教会がありました。
 
私に取っては生まれて始めての教会です。そこは、とても小さい平屋の家で、『主イエスキリストの教会』と看板がありました。チャイムを鳴らすと中から男性が出て来て、中へ通してくださいました。

小さな部屋にはワープロがあって何か作業をされていたのかもしれません。その男性が牧師先生でしたが、私は牧師も神父の違いも分かりませんし、ずいぶん普通のおじさんで、普通の格好だなと持ったのを覚えています。

以前の私は、家庭の問題について聞かれれば、なるべく平静に、笑顔で相手に分かりやすいように説明してきました。私が悲んだり、泣いて落ち込むことは、弟の存在を否定することになると思っていたからです。ですから、あの時も家族の非常事態にも関わらず、私はきちんと落ち着いて挨拶してすぐに帰ろう、と決めていました。
 
しかし、その牧師先生がとても温かい笑顔で、歓迎して下さり、色々と話しかけて来られました。「弟さんはどうですか?」「お父さんはどうですか?」「今お家はどうですか?」等々。私を思ってくださっての言葉だと分かりました。私は感謝しながら、いつものように淡々と笑顔でお家事情を話しているのですが、涙が後から後から溢れて流れてしまいます。

やがて母と牧師夫人が出先から帰ってきて、私は荷物を母に渡し、先生ご夫妻にお礼を言って失礼することにしました。牧師先生が「最後にお祈りしましょうね」と言って、私の頭に手を置いて、祈ってくださいました。

祈りを聞いたのも、祈ってもらったのも初めての体験です。祈りが始まったと同時に、頭の上から足の先まで私に熱いものが流れこみました。涙が溢れ出して嗚咽するほど泣いてしまいました。その熱い中『もう大丈夫、今まで良くがんばったね』と。聖書も読んだことがなく、イエス様のことも知らない私でしたが、それは「神様だ!」と直感し、私は神様の存在を信じました。

喜びが泉のように湧いて

帰路の電車の中でも涙が止まらず下を向いて帰りました。その涙が止まると今度は、喜びが泉のように湧いて来て嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。

家の中は酷い状態なのに、母は家を出ている状態なのに、嬉しくて、私の中の大切な部分が理解されたような、大事な物を探し当てたような喜びが溢れるのです。

午後から仕事へ出ると、私にこみ上げる喜びを押さえ切れずに、職場の方々に「今日ね、教会へ行ったの。」と言い歩いていました。不思議な体験でした。

数日経っても、私の湧き上がる喜びは変わらず、また教会へ行きたい!あの場所へ行きたいという思いが募りました。母に聖書はどこで売っているのかを尋ねると、母も嬉しかったのでしょう、直ぐに新しい聖書が用意されていました。

再び教会へ

それからの私は、水曜日祈祷会、木曜日の婦人会、日曜日の礼拝、時々金曜日の徹夜祈祷会へと通うようになりました。教会に入ると、空気が変わる様でした。賛美に、メッセージに、いつも泣いていまいした。そして、その後は喜びで満たされました。

今までの私は、家族の問題を除けば、友達も多く、仕事もやりがいのある充実した生活でした。私のことを悪く言う人もそれほどいませんでした。

なのに、私の心はカラカラに渇いていたのです。私はずっと頑張っていました。本当は折れて倒れそうでした。
しかし、私を愛し、私を理解されるお方、私の霊のお父さん、神様と出会ったのです。私の霊は喜びで満ちて、渇いた心がどんどん潤っていきました。

こうして私はイエス様を私の救い主と信じるのです。

キム・明子