「だから、わたしたちは、はばからずに言おう、/「主はわたしの助け主である。わたしには恐れはない。人は、わたしに何ができようか」 へブル13:6

クリスチャンにとって、この世界でしっかりと安定した信仰生活を送ること、また永遠のいのちへの確信を持つための源泉は御言葉にあります。生ける神が私たちに与えてくださる導きは明白で間違いがありません。神の導きは私たちにとって確固たる基礎であり、「主はこう仰せられます」と聖書に書かれた主の啓示です。

研究者たちは、長い間この賛美歌の作者を特定できずにいます。1787年、ロンドンにあるカーター・レーン・バプテスト教会の牧師であるジョン・リッポン博士が出版した『賛美選集』の中に登場したのが最初の記録です。リッポン牧師は、当時、絶大な人気と影響力を兼ね備えた牧師の一人でした。

この賛美歌の一番は、キリスト教信仰の基礎が、神の御言葉の上に成り立っていることをはっきりと告白しています。この内容を見るときに「神ご自身の言葉以上に、人間にとって神ご自身を完璧に啓示するものなどあるだろうか?」ということを考えざるを得ません。その後の歌詞は、御言葉からの尊い約束を歌い上げる素晴らしい賛美となっています。

二番:イザヤ41:10
「恐れてはならない、わたしはあなたと共にいる。 驚いてはならない、わたしはあなたの神である」
三番:イザヤ43:2「あなたが水の中を過ぎるとき、わたしはあなたと共におる」
四番:Ⅱコリント12:9「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、「わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである。」
五番:へブル13:5『わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない』

峯岸麻子

詩篇46:1、118:6,7, へブル13:5,6参照
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September 22, 2017, Kenneth Osbeck,
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「御使いたちが彼らを離れて天に帰ったとき、羊飼いたちは互いに話し合った。

『さあ、ベツレヘムに行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見て来よう。』…羊飼いたちは、見聞きしたことが、全部御使いの話のとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。」ルカ2:15、20

クリスマス時期に歌われる歌の多くは人類が最高峰の曲に数えられています。その中で、この『神の御子は今宵しも』も、世界中の人々に愛されている曲のひとつと言えるのではないでしょうか。

プロテスタント教会が生まれる前のカソリック教会で歌われていたこの賛美は、原語であるラテン語から100を超える言語に翻訳され、現在は教派・教団を超えて世界中で歌われています。

この賛美歌が鮮やかに描き出すキャロルの様子は、時を超え、あらゆる文化の中で強く訴えかけるものがあるのです。

長年にわたり、作者不詳とされてきたこの賛美ですが、近年の研究により、ジョン・ウェイドというイギリス人青年が1744年に書いたものであることが分かりました。

最初に世に出たのは、1751年のことで、ウェイドの歌集『Cantus Diversi』に収録されています。それからおよそ100年後、英国教会の牧師であるフレドリック・オークリーが、自分の教会で会衆賛美ができるようにと、近代英語に翻訳しました。

英語においても、正式な曲名は『Adeste Fideles』となっています。これは、原語歌詞の歌いだしにあるラテン語をそのまま引用したもので、「誠実なあなたは、今、近くにおられる」という意味があります。

峯岸麻子

マタイ2:1、2、ルカ2:9-14、ヨハネ1:14参照
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「罪の淵に」賛美歌 493番 “Rescue the Perishing”

「主なる神の霊がわたしに臨んだ。これは主がわたしに油を注いで、貧しい者に福音を宣べ伝えることをゆだね、わたしをつかわして心のいためる者をいやし、捕われ人に放免を告げ、縛られている者に解放を告げ」 イザヤ 61:1

この賛美歌の作詞者は、しばしば「ゴスペルの女王」と呼ばれるファニー・クロスビーです。 この賛美歌が生まれる数日前、ウィリアム・ドアンが『罪の淵に(原題訳『滅びゆく人を救う』)』という曲名をつけた歌をクロスビーに送っていました。

この曲名は「主人が僕に言った、『道やかきねのあたりに出て行って、この家がいっぱいになるように、人々を無理やりにひっぱってきなさい』というルカ14:23から取ったものでした。クロスビーはこの曲に歌詞をつけたときのことを、このように記しています。

「1869年にこの詩を書いた時のことを覚えています。他の作品同様、私の経験に基づくもので、ニューヨークのバウリー・ミッション(低所得者救済施設)での出来事を詩にしました。私は週に一度はそこに行き、息子同然の利用者たちと話をしました。

ある暑い夏の夜、労働者階級のグループと話をしていた時のことです。この中に、今夜救われなければ永遠に滅びてしまう人がいる、という強い思いが沸き上がり、『この中に、家を出て根無し草のような生活をしている人がいたら、このお話の後に私の所に来てください』と強く訴えたのです。

すると話の後『あなたが言っていたのは、僕のことですか?僕は、母に天国で会うと約束をしました。でも、今の僕ではそれは無理でしょうか?』と来た人がいました。彼と一緒に祈ると『神様を見つけました。これで、母に会うことができます』と言って、彼の目に新しい光が射したのです」

峯岸麻子

エゼキエル18:32、ルカ 14:23、ローマ 9:2、Iぺテ3:9参照     
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「いとも尊き」 賛美歌 191“The Church’s One Foundation”

「なぜなら、キリストは教会のかしらであって、ご自身がそのからだの救い主であられるように、夫は妻のかしらであるからです」 エペソ 5:24

牧師のサミュエル・ストーンによってこの賛美歌が書かれたのは1866年。イギリスでは自由主義運動により英国教会の基本的教義がおびやかされ、神学的議論が激しくたたかわされている時期でした。ストーンは保守的信仰を強く支持し、神学的正説に対する批判的な攻撃を断固拒否する人物でした。

この賛美歌でストーンが描きたかったのは、教会の基礎としてのキリストの主権を再確認することでした。使徒信条を元に、懐疑的な自由主義とたたかうために書いた十二の詩の中で、この賛美歌は「聖なる公同の教会、聖徒の交わり、御子はそのからだである教会のかしら」について書いた第九番目の詩から生まれたものです。

貧しきものの牧師と呼ばれたストーンは、「教会は人々の必要を満たすキリストの道具である」という強い信念を表しています。ロンドン東部で、貧しい人々や恵まれない人々への伝道に多くの時間を割いた彼は「つつましやかな人々のために美しい礼拝の場所を作り、そこを暗闇に射す光の中心とした」と言われています。

教会はこのような場所であるべきです。傷ついた人々のための病院であるべきで、自分本位のクリスチャンが集まる会員制クラブであっては決してなりません。教会とは、賛美と啓示、教えと交わりのために、人々が定期的に会うようにと、神ご自身がこの世界から呼び出された場所なのです。

峯岸麻子

マタイ16:15-18、Iコリ 3:11、コロサイ 1:18参照            

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今年の独立記念日は、おおやけでの花火大会が禁止されたために、かえって個人単位で花火を上げる人々が多く、どこでも花火が許可されている市では当日夜中まであちこちで花火の音がきこえたようです。

花火を見ていつも思い出すのは鹿鳴館時代の舞踏会を書いた芥川龍之介の短編です。17歳の主人公の明子が父親に連れられて初めて鹿鳴館での舞踏会に招かれ、出席します。

明子はそこで出会った仏蘭西(フランス)人の海軍将校にダンスを誘われ、一晩中、一緒にダンスを踊って過ごすのですが、二人の中に漂う淡い恋が美しく描かれています。その中で花火が出てきます。その花火について、このフランスの将校が明子に向かって、花火のことをフランス語でいうヴィ(生)のようだといいます。

花火はあっという間にその美しさを見せて散ります。私達の人生もそうですね。ついこの間、結婚し、ついこの間子供が生まれ、そして、・・・・

でも聖書の詩篇にありますように私達クリスチャンはこの短い地上での生活でも一つの事だけを願います。詩篇27篇の4節です。

命のある限り、主の宮に宿り、主を仰ぎ望んで喜びを得、その宮で朝を迎えることを

そしてこれに曲がつけられ、魂に訴える賛美になっているのですが調べたところ、1984年Stuart Scott作、マンハッタンミュージック社より、世に出たものだということ以外わかりませんでしたが、なんとわれらが織田先生がミシガン州にいた2003年に日本語訳をなさっています。

「ただひとつ私の願い求めは、主の家にすまうことを いのちのかぎり うるわしき主を仰ぎ見て、主の宮に住み、主を思う。」

そして、わが教会の黒澤倫子さんがすばらしい賛美をしてくださっていますので、是非おききください。

イー弘美

こころの緒琴に 賛美歌531 Sweet Peace, The Gift of God’s Love”

「あなたのみおしえを愛する者には豊かな平和があり、つまずきがありません」   詩篇119:165

ありとあらゆるものを手に入れたとしても、心の平和を得ることはしばしば難しい。心の平和という祝福は、それほどまでに貴重なものと言えるでしょう。しかし、平和とは私たちが主から離れることによって失われるという、選択を伴うものでもあります。

イエス様は、私たちが創造主と永遠の交わりを喜ぶために私たちと神との間を取り持ち、人間と神の間に平和をもたらすことをその使命とされています。

作者のピーター・ビルホーンは、神を受け入れた直後の20歳から賛美歌を作り始めて2千曲以上の曲を生み出すと共に、ビリー・サンデーをはじめとする主要な伝道者たちの集会で賛美リーダーを務めた人物です。

ある晩、バイブルキャンプで自作の賛美歌を歌っていた時、友人が「その賛美は君の声にピッタリ合っているね。僕の声にもそのくらい合う賛美歌を書いてくれないかなぁ」と冗談めかして言いました。「どんな感じの曲がいいのかい?」「きれいな曲なら何でもいいさ」そう言われた彼は、その夜にすぐに賛美を書きあげるような人物でした。

その次の冬、ビルホーンは悲惨な列車事故に遭遇します。その事故で、血だまりの中で静かに横たわる人を見た彼は、私たちの罪の贖いであるキリストの血を思い出し、列車に乗ったままの状況で『こころの緒琴に』を生み出しました。

この曲の誕生以来、人々はこの賛美の歌詞に感動し「天からのすばらしい賜物」を改めて強く思い出し、それを自分の生活に生かしています。神が与えてくださった平和という賜物について考えましょう。平和のある生活は神を賛美する生活に、そして賛美する生活は平和のある生活に導いてくれるのです。

峯岸麻子

イザヤ57:21、ガラテヤ5:22、ピリピ4:6、7、 コロサイ 3:15参照

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「あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。」  IIコリント 8:9

天の回廊の中には『驚くべきイエスの愛と恵み』が、こだましています。そして救い主の深い愛とカルバリを考えるたびに、今日のクリスチャンも皆、『驚くべきイエスの愛と恵み』について、大きな声で叫びたくなるでしょう。

1918年の発表以来、『ああ驚くべきイエスの愛よ』は、最も私たちを元気づける聖歌のひとつとして、聖歌隊、会衆賛美のいずれにおいても長く、また繰り返し歌われてきました。作者のリレネスは、同じく作曲家だった妻のバーサと共に国内の様々な場所を旅しながら、著名な賛美リーダーのために作曲活動を行ったり、聖歌隊の編隊に携わったりしました。

リレネスが書いたおよそ4,000曲の中からこの賛美を見つけたのも、そうした賛美リーダーの一人、チャールズ・アレキサンダーでした。当時(19世紀初頭)行われていた大規模クルセード集会において、大聖歌隊による賛美としてこの曲が最適だと、アレキサンダーは考えたのです。

以来、この聖歌は大きな支持を受けてきました。『深さ広さ誰が図り得る』キリストの『恵みの深さ広さ』を思い出させてくれるこの聖歌を礼拝で歌うたび、今日の私たちもまた、畏敬の思いと感動に打ち震えるのです。

峯岸麻子

使徒15:11、11、テトス3:7、へブル4:16、Iペテロ5:10参照                
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『権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって』と万軍の主は仰せられる。』 ゼカリヤ 4:6

救い主の誕生を思い出すクリスマスや主による死への勝利を祝うイースターは、いつの時にも心が躍るものです。しかし私たちは、キリストの昇天あるいはペンテコステを忘れてはなりません。

私たちをとりなすために、キリストが昇天してくださらなければ、あるいはキリストが私たちに聖霊を送って住まわせ、導いてくださることがなければ、天の父なる神と私たちの関係は全く以って不完全なものになっていたでしょう。

ペンテコステ期の賛美の中でも最も素晴らしい賛美のひとつに数えられるのが、この賛美歌183番です。作者のジョージ・クローリーは、長老教会の牧師であり、「神学においては原理主義、政治においては猛烈な保守派、そしてあらゆる自由主義の形に激しく反発する」人物として知られていました。1番から4番まで、それぞれの歌詞には以下のような重要な霊的意義が込められています。

1番:自分の人生を一時的なものから霊的なものに集中する人生に変えていきたいという思い
2番:自分自身のすべてを、完全に神に捧げること
3番:祈りの中で、聖霊と完璧につながっていることを気にかけ、知ること
4番:聖霊充満の生活を語る、最も美しい隠喩『わが心の祭壇に主の愛が火を灯される』

この時代、今日においても、聖霊がキリストに対するさらなる愛と献身の思いを与えてくださるように、この賛美の真理がより完全なものとして、個人的なものとなるように、聖霊の教えがあるように、祈りましょう。

峯岸麻子

詩篇51:10、11、ヨハネ15:26、ローマ5:5、
8:1-4、エペソ4:29,30参照

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「それで私は、この方を見たとき、その足もとに倒れて死者のようになった。しかし彼は右手を私の上に置いてこう言われた。「恐れるな。わたしは、最初であり、最後であり、生きている者である。わたしは死んだが、見よ、いつまでも生きている。また、死とハデスとのかぎを持っている」黙示録1:17~18

イエス様は「素晴らしかった」のではなく、「今も素晴らしい」。なんという栄光に満ちた深い真理でしょう!イエス様は単なる歴史上の人物ではなく、今日においても生ける現実の存在なのです。墓から甦えられ、私たちを擁護するために、父なる神の右に座しておられるイエス様という真理。この真理の上に、キリスト教のすべてがあります。

チャールズ・ウェスレーがこの聖歌を作ったのは1738年のこと。ウェスレー派の教会として最初に建てられたチャペルは、かつて鋳物工場であった場所を改築したもので、後に「工場教会」として親しまれるようになりました。このチャペルでの最初の礼拝のために書かれたのが「よびとよ うたえ」です。

以来、キリスト教徒としてのあらゆる経験を反映させた作品を6,500曲も残したウェスレー。彼の聖歌には、人間としてのキリストが表現されています。また、キリスト教の信念が分かりやすい形で描かれ、時には個人の信仰あるいは死までをも描いていると言われてきました。

人間の永遠がこの地上の墓にあるならば、私たちは希望のない、哀れな存在です。しかしクリスチャンには神と共にいる明日を約束した甦りがあります。置かれた状況にかかわらず喜びながら毎日を過ごせるのは、この約束への期待があるからなのです。

峯岸麻子

マタイ28:1~9、使徒2:24-28、 
Iコリント15:4、20、55-57参照

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やがて天にて 聖歌 638 | “When We All Get to Heaven”

歌:安藤秀世
℗  2001 Maki Music Production, Inc.
【試聴】

「次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。こういうわけですから、このことばをもって互いに慰め合いなさい。」第一テサロニケ 5:17~18

あらゆる種族、言葉、国を超え、すべての人々が主に相まみえ、ともに「勝ち歌を歌わん」と歌う喜びの日。未だ地上にいる今日においても、私たちが神にささげる礼拝は、この喜びの日を味わうようなものでなければなりません。

この聖歌の作詞者、エリザ・ヒューイットは、フィラデルフィアに住む学校教師で、一般の信徒でありながらも、19世紀後半の日曜学校の普及に深く携わり尽力した人でした。

この時代に書かれた賛美や聖歌がそうであったように、エリザが歌を作ったのは、子供たちに福音の真理を伝えるためでした。メソジスト教会の修養会によく参加していた彼女は、そこでウィルソンはメソジスト派のフィラデルフィア教区長の妻であるエミリー・ウィルソンに出会い、彼女と共にこの老若男女に愛される聖歌を完成させました(初版の発表は1898年)。

神の家族が全員顔を合わせ、永遠に賛美を喜ぶ天国の日がどんなに素晴らしいものかを想像してみてください。その栄光に満ちた希望は、あなたの一日を明るくするでしょう。そしてその希望はまた、あなたを真実で信仰に篤く、信頼に値し、喜んで奉仕する人にし続けてくれるのです。

峯岸麻子

詩篇16:11、イザヤ35:10、ヨハネ14:2、3、Iコリント15:54-57参照
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