「天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる」 詩篇 19:1

一年の中で最も美しい月は5月であると考える人は多いのではないでしょうか。3月の風、4月の小雨が自然の中での掃除屋さんの役割を果たし、5月の地球は、神に与えられた自然の美しさのすべてを備えた姿を現します。

人類すべての中で、神の創造した世界を最も喜ぶべきはクリスチャンです。神の創造の業のすべてを科学的かつ十分に理解したり説明したりすることは、私たちには出来ないかもしれません。

それでも、私たちは確信をもって「われは天地の造り主、全能の父なる神を信ず」(使徒信条)、「信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り」(へブル11:3)と言うことが出来ます。神が造られた「果てしも知られぬ大空」の中に見られる神の驚嘆や不思議は、偉大な創造主に対する永遠の賛美を呼び起こすことでしょう。

聖書では、人間は神を知らないとは言えないと教えています。創造主は、外界においては自然の中に(ローマ1:19-21)、そして内面的には人の良心という形で(ローマ1:32、2:14・15)ご自身を現しています。しかし、人が真にそして完全に神を知ることは、イエス・キリストの働きによってのみ実現するのです(「神の栄光の輝き」へブル1:3)。

『果ても知られぬ』は、イギリスで著名な著述家のジョセフ・アディソンによって書かれたもので、賛美として発表される前に書かれたエッセイの内容を元にしています。

その前書きで、彼は自分の作品について「果ても知らぬ存在は、ご自身の実在を天地創造の中で最高の立論を展開されている」と述べています。この賛美の初出は1712年、『スペクター紙』で行われました。

峯岸麻子

創世記1:1-19、詩篇19:1-6、イザヤ40:26、ローマ1:20、へブル11:1-4参照
         
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When I Survey The Wondrous Cross – Fernando Ortega

「彼らはイエスを受け取った。そして、イエスはご自分で十字架を負って『どくろの地』という場所に出て行かれた。彼らはそこでイエスを十字架につけた。イエスと一緒に、他の二人の者をそれぞれ両側に、イエスを真中にしてであった」 ヨハネ 19:17、18

真に感動的なこの賛美歌が生み出されたのは1707年、聖餐式の準備中のこと。そして同年に出版された珠玉の「聖歌・宗教歌」の中で発表されました。原語での曲名は「奇跡なる十字架を思う時」となっていますが、元々は「キリストの十字架、世界を磔刑にかけること」でした。

その歌詞には、十字架上のキリストの死にある驚くべき愛に対する作者アイザック・ワッツ個人の大きな感謝が綴られています。当時の会衆賛美は重々しい調子で詩篇を繰り返すものでしたから、個人の思いを綴ったこの歌詞は「霊ではなく人間が書いた」ものとして大論争となりました。

死にゆく救い主の姿を鮮烈かつ印象的に紡ぎだすその歌詞は当時としては稀有であり、18世紀のクリスチャンをより深い礼拝と賛美の経験に誘ったに違いありません。神学者のマシュー・アーノルドが「英語で書かれた賛美の中で最も素晴らしい」と呼んでいることも注目すべき点でしょう。

5歳でラテン語、9歳でギリシャ語を学ぶなど神童だったワッツは、成長と共に、詩篇を復唱するだけの賛美を行う英教会のスタイルに違和感を覚えるようになり「神への賛美を歌うことは天に最も近づく礼拝の一部であるが、私たちの賛美はこの世界で最悪のパフォーマンスである」という言葉を残しています。生涯を通して600を超える賛美歌を残したワッツは、今日「イギリス聖歌制作の父」として知られています。

峯岸麻子 

マタイ26:28、ルカ7:47、ローマ5:6-11、ガラテヤ6:14参照                            
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「まことに、あなたがたに告げます。子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに、はいることはできません。」 ルカ 18:17

この賛美歌は、聡明なプリンストン神学校の教授にまつわるエピソードから生まれました。この教授は卒業式の際には、必ずこのような言葉を贈っていました。「皆さん、聖書のこと、この世界のこと、私にはまだまだ分からないことが沢山あります。しかしその中でひとつだけ確信していることがあります。

それは『主はわれを愛すると聖書は語られ。よって、われ、主を愛することを知れり』ということです。そして皆さん、私たちにはこの確信があれば十分なのです」

この賛美が、他のどの賛美よりも、子供たちに親しまれてきた曲であることは間違いないでしょう。アナ・ワーナーのシンプルな言葉が賛美歌の詩となったのは1860年のこと。以来、今日においても、アメリカ以外の国で救われたばかりの信徒が最初に習う賛美歌のひとつとなっています。 
 
この賛美歌の歌詞は、姉のスーザンと共著した本の中で完成されました(『Say and Seal』同書は今日もベストセラーとなっています)。それは、登場人物の一人、リンデン氏が死の床にあるジョニー・ファックスという子供を慰めるために読んで聞かせた詩という形で書かれています。

この詩に曲をつけたウィリアム・ブラッドリーは、当初、単純な4連しかなかった詩に、ブラッドリーは自身の手でコーラスを付け足しました。アメリカにおけるゴスペルソングの黎明期にその発展に寄与した人物の一人であり、当時の公立校および教会における児童唱歌のパイオニアとしての評価を受けています。

1862年に出版した彼の賛美集に収められたこの賛美は、すぐに大きな反響を呼ぶこととなりました。

峯岸麻子

創世記33:5、詩篇127:3、マタイ11:25、
マルコ10:16参照                              
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「だから、わたしたちは、はばからずに言おう、/「主はわたしの助け主である。わたしには恐れはない。人は、わたしに何ができようか」 へブル13:6

クリスチャンにとって、この世界でしっかりと安定した信仰生活を送ること、また永遠のいのちへの確信を持つための源泉は御言葉にあります。生ける神が私たちに与えてくださる導きは明白で間違いがありません。神の導きは私たちにとって確固たる基礎であり、「主はこう仰せられます」と聖書に書かれた主の啓示です。

研究者たちは、長い間この賛美歌の作者を特定できずにいます。1787年、ロンドンにあるカーター・レーン・バプテスト教会の牧師であるジョン・リッポン博士が出版した『賛美選集』の中に登場したのが最初の記録です。リッポン牧師は、当時、絶大な人気と影響力を兼ね備えた牧師の一人でした。

この賛美歌の一番は、キリスト教信仰の基礎が、神の御言葉の上に成り立っていることをはっきりと告白しています。この内容を見るときに「神ご自身の言葉以上に、人間にとって神ご自身を完璧に啓示するものなどあるだろうか?」ということを考えざるを得ません。その後の歌詞は、御言葉からの尊い約束を歌い上げる素晴らしい賛美となっています。

二番:イザヤ41:10
「恐れてはならない、わたしはあなたと共にいる。 驚いてはならない、わたしはあなたの神である」
三番:イザヤ43:2「あなたが水の中を過ぎるとき、わたしはあなたと共におる」
四番:Ⅱコリント12:9「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、「わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである。」
五番:へブル13:5『わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない』

峯岸麻子

詩篇46:1、118:6,7, へブル13:5,6参照
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「御使いたちが彼らを離れて天に帰ったとき、羊飼いたちは互いに話し合った。

『さあ、ベツレヘムに行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見て来よう。』…羊飼いたちは、見聞きしたことが、全部御使いの話のとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。」ルカ2:15、20

クリスマス時期に歌われる歌の多くは人類が最高峰の曲に数えられています。その中で、この『神の御子は今宵しも』も、世界中の人々に愛されている曲のひとつと言えるのではないでしょうか。

プロテスタント教会が生まれる前のカソリック教会で歌われていたこの賛美は、原語であるラテン語から100を超える言語に翻訳され、現在は教派・教団を超えて世界中で歌われています。

この賛美歌が鮮やかに描き出すキャロルの様子は、時を超え、あらゆる文化の中で強く訴えかけるものがあるのです。

長年にわたり、作者不詳とされてきたこの賛美ですが、近年の研究により、ジョン・ウェイドというイギリス人青年が1744年に書いたものであることが分かりました。

最初に世に出たのは、1751年のことで、ウェイドの歌集『Cantus Diversi』に収録されています。それからおよそ100年後、英国教会の牧師であるフレドリック・オークリーが、自分の教会で会衆賛美ができるようにと、近代英語に翻訳しました。

英語においても、正式な曲名は『Adeste Fideles』となっています。これは、原語歌詞の歌いだしにあるラテン語をそのまま引用したもので、「誠実なあなたは、今、近くにおられる」という意味があります。

峯岸麻子

マタイ2:1、2、ルカ2:9-14、ヨハネ1:14参照
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「罪の淵に」賛美歌 493番 “Rescue the Perishing”

「主なる神の霊がわたしに臨んだ。これは主がわたしに油を注いで、貧しい者に福音を宣べ伝えることをゆだね、わたしをつかわして心のいためる者をいやし、捕われ人に放免を告げ、縛られている者に解放を告げ」 イザヤ 61:1

この賛美歌の作詞者は、しばしば「ゴスペルの女王」と呼ばれるファニー・クロスビーです。 この賛美歌が生まれる数日前、ウィリアム・ドアンが『罪の淵に(原題訳『滅びゆく人を救う』)』という曲名をつけた歌をクロスビーに送っていました。

この曲名は「主人が僕に言った、『道やかきねのあたりに出て行って、この家がいっぱいになるように、人々を無理やりにひっぱってきなさい』というルカ14:23から取ったものでした。クロスビーはこの曲に歌詞をつけたときのことを、このように記しています。

「1869年にこの詩を書いた時のことを覚えています。他の作品同様、私の経験に基づくもので、ニューヨークのバウリー・ミッション(低所得者救済施設)での出来事を詩にしました。私は週に一度はそこに行き、息子同然の利用者たちと話をしました。

ある暑い夏の夜、労働者階級のグループと話をしていた時のことです。この中に、今夜救われなければ永遠に滅びてしまう人がいる、という強い思いが沸き上がり、『この中に、家を出て根無し草のような生活をしている人がいたら、このお話の後に私の所に来てください』と強く訴えたのです。

すると話の後『あなたが言っていたのは、僕のことですか?僕は、母に天国で会うと約束をしました。でも、今の僕ではそれは無理でしょうか?』と来た人がいました。彼と一緒に祈ると『神様を見つけました。これで、母に会うことができます』と言って、彼の目に新しい光が射したのです」

峯岸麻子

エゼキエル18:32、ルカ 14:23、ローマ 9:2、Iぺテ3:9参照     
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「いとも尊き」 賛美歌 191“The Church’s One Foundation”

「なぜなら、キリストは教会のかしらであって、ご自身がそのからだの救い主であられるように、夫は妻のかしらであるからです」 エペソ 5:24

牧師のサミュエル・ストーンによってこの賛美歌が書かれたのは1866年。イギリスでは自由主義運動により英国教会の基本的教義がおびやかされ、神学的議論が激しくたたかわされている時期でした。ストーンは保守的信仰を強く支持し、神学的正説に対する批判的な攻撃を断固拒否する人物でした。

この賛美歌でストーンが描きたかったのは、教会の基礎としてのキリストの主権を再確認することでした。使徒信条を元に、懐疑的な自由主義とたたかうために書いた十二の詩の中で、この賛美歌は「聖なる公同の教会、聖徒の交わり、御子はそのからだである教会のかしら」について書いた第九番目の詩から生まれたものです。

貧しきものの牧師と呼ばれたストーンは、「教会は人々の必要を満たすキリストの道具である」という強い信念を表しています。ロンドン東部で、貧しい人々や恵まれない人々への伝道に多くの時間を割いた彼は「つつましやかな人々のために美しい礼拝の場所を作り、そこを暗闇に射す光の中心とした」と言われています。

教会はこのような場所であるべきです。傷ついた人々のための病院であるべきで、自分本位のクリスチャンが集まる会員制クラブであっては決してなりません。教会とは、賛美と啓示、教えと交わりのために、人々が定期的に会うようにと、神ご自身がこの世界から呼び出された場所なのです。

峯岸麻子

マタイ16:15-18、Iコリ 3:11、コロサイ 1:18参照            

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今年の独立記念日は、おおやけでの花火大会が禁止されたために、かえって個人単位で花火を上げる人々が多く、どこでも花火が許可されている市では当日夜中まであちこちで花火の音がきこえたようです。

花火を見ていつも思い出すのは鹿鳴館時代の舞踏会を書いた芥川龍之介の短編です。17歳の主人公の明子が父親に連れられて初めて鹿鳴館での舞踏会に招かれ、出席します。

明子はそこで出会った仏蘭西(フランス)人の海軍将校にダンスを誘われ、一晩中、一緒にダンスを踊って過ごすのですが、二人の中に漂う淡い恋が美しく描かれています。その中で花火が出てきます。その花火について、このフランスの将校が明子に向かって、花火のことをフランス語でいうヴィ(生)のようだといいます。

花火はあっという間にその美しさを見せて散ります。私達の人生もそうですね。ついこの間、結婚し、ついこの間子供が生まれ、そして、・・・・

でも聖書の詩篇にありますように私達クリスチャンはこの短い地上での生活でも一つの事だけを願います。詩篇27篇の4節です。

命のある限り、主の宮に宿り、主を仰ぎ望んで喜びを得、その宮で朝を迎えることを

そしてこれに曲がつけられ、魂に訴える賛美になっているのですが調べたところ、1984年Stuart Scott作、マンハッタンミュージック社より、世に出たものだということ以外わかりませんでしたが、なんとわれらが織田先生がミシガン州にいた2003年に日本語訳をなさっています。

「ただひとつ私の願い求めは、主の家にすまうことを いのちのかぎり うるわしき主を仰ぎ見て、主の宮に住み、主を思う。」

そして、わが教会の黒澤倫子さんがすばらしい賛美をしてくださっていますので、是非おききください。

イー弘美

こころの緒琴に 賛美歌531 Sweet Peace, The Gift of God’s Love”

「あなたのみおしえを愛する者には豊かな平和があり、つまずきがありません」   詩篇119:165

ありとあらゆるものを手に入れたとしても、心の平和を得ることはしばしば難しい。心の平和という祝福は、それほどまでに貴重なものと言えるでしょう。しかし、平和とは私たちが主から離れることによって失われるという、選択を伴うものでもあります。

イエス様は、私たちが創造主と永遠の交わりを喜ぶために私たちと神との間を取り持ち、人間と神の間に平和をもたらすことをその使命とされています。

作者のピーター・ビルホーンは、神を受け入れた直後の20歳から賛美歌を作り始めて2千曲以上の曲を生み出すと共に、ビリー・サンデーをはじめとする主要な伝道者たちの集会で賛美リーダーを務めた人物です。

ある晩、バイブルキャンプで自作の賛美歌を歌っていた時、友人が「その賛美は君の声にピッタリ合っているね。僕の声にもそのくらい合う賛美歌を書いてくれないかなぁ」と冗談めかして言いました。「どんな感じの曲がいいのかい?」「きれいな曲なら何でもいいさ」そう言われた彼は、その夜にすぐに賛美を書きあげるような人物でした。

その次の冬、ビルホーンは悲惨な列車事故に遭遇します。その事故で、血だまりの中で静かに横たわる人を見た彼は、私たちの罪の贖いであるキリストの血を思い出し、列車に乗ったままの状況で『こころの緒琴に』を生み出しました。

この曲の誕生以来、人々はこの賛美の歌詞に感動し「天からのすばらしい賜物」を改めて強く思い出し、それを自分の生活に生かしています。神が与えてくださった平和という賜物について考えましょう。平和のある生活は神を賛美する生活に、そして賛美する生活は平和のある生活に導いてくれるのです。

峯岸麻子

イザヤ57:21、ガラテヤ5:22、ピリピ4:6、7、 コロサイ 3:15参照

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「あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。」  IIコリント 8:9

天の回廊の中には『驚くべきイエスの愛と恵み』が、こだましています。そして救い主の深い愛とカルバリを考えるたびに、今日のクリスチャンも皆、『驚くべきイエスの愛と恵み』について、大きな声で叫びたくなるでしょう。

1918年の発表以来、『ああ驚くべきイエスの愛よ』は、最も私たちを元気づける聖歌のひとつとして、聖歌隊、会衆賛美のいずれにおいても長く、また繰り返し歌われてきました。作者のリレネスは、同じく作曲家だった妻のバーサと共に国内の様々な場所を旅しながら、著名な賛美リーダーのために作曲活動を行ったり、聖歌隊の編隊に携わったりしました。

リレネスが書いたおよそ4,000曲の中からこの賛美を見つけたのも、そうした賛美リーダーの一人、チャールズ・アレキサンダーでした。当時(19世紀初頭)行われていた大規模クルセード集会において、大聖歌隊による賛美としてこの曲が最適だと、アレキサンダーは考えたのです。

以来、この聖歌は大きな支持を受けてきました。『深さ広さ誰が図り得る』キリストの『恵みの深さ広さ』を思い出させてくれるこの聖歌を礼拝で歌うたび、今日の私たちもまた、畏敬の思いと感動に打ち震えるのです。

峯岸麻子

使徒15:11、11、テトス3:7、へブル4:16、Iペテロ5:10参照                
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