「・・しかし、罪の増し加わったところには、恵みもますます満ちあふれた。」

このみ言葉はパウロ自身の体験から出た言葉ではなかろうか。新約聖書の中で、パウロほどキリスト教を迫害し、自ら教会の迫害者と呼ぶ程罪深い者はいない。彼は福音の大敵であった。その罪深さを深く深く悔い改めるところに、恵みの深さを知ったのであろう。

何回も盗みを犯して赦される人と、一度、出来心から盗みをして赦される人とは、罪が赦されたと感謝する深さは違うはずである。

罪の取り扱い、恵みの深さが違う。罪の深さのどん底が深ければ、上まで引き上げられる恵みの高さと比例するものである。しかし、パウロは恵みを体験するために、罪を犯してはならないと、警告する。

マグダラのマリヤ、十字架の上で救われた強盗の一人も神の赦しの恵みの深さを知った人達でした。今号は、そのような体験をした元ゲリラ戦の総司令官であった極悪人を紹介する。今は逃げ隠れしながら300の教会を開拓している牧師に変わった。驚くべき主の恵みである。彼の名はCharya、匿名で紹介する。

5月11日、驚くべき証の報告が届いた。AAがカンボジヤで牧師を中心にセミナー、トレイニングを開いたときだ。老牧師風に見えた人がセミにーに参加したが、彼の背中は曲がり、片目は潰され、やっとこさ歩けるようで、全体がズタズタな体でした。彼を目の前にし、出席者はびっくりした。

このセミナーでは「罪人のかしら使徒パウロ」について学ぶことになっていた。彼はセミナーが終わったあとに、リーダーに告白した”私は罪人のかしらパウロよりも悪い人間です”と。

時は、1970年代、ポルポト ( Pol Pot)がカンボジヤを共産国にしようと革命を巻き起こし、ゲリラ戦術で掌握した。ポルポトは100万人から200万人の反対派を虐殺し、加えて20万人を餓死しさせた世界最大の虐殺人と言われている。この政権下に Charya は命をかけていたのである。彼はポルポト政権の総司令官として残虐で、Charyaの名前を聞くだけで恐れられたと言われる。彼は残酷極まりなく、生きた人の心臓を切り出し、目の前で殺すような恐ろしい人であった。 Charyaは何百人もの女性をレープした悪人であったと告白した。

ところが、 ポルポトの残酷な政権が終焉し、Charyaの奥さんがクリスチャンになった。そして、この残酷な悪人もイエス様を信じるようになった。福音の力は凄い。福音はダイナマイトのように、彼の悪全てを赦し、吹き飛ばした。

彼が一度仕えた、残酷なポルポトの残党は今なお逃亡中で、彼らから遠くはなれた無名の町に教会を建て、そこの牧師になり、教会は祝福され、成長した。それで、AAのセミナーに参加できるようになったとのことだ。

この二年間セミナーで訓練を受けながら、彼はリーダーに自分の過去を打ち明けた。そして”神様は私を決して赦さない”、と。リーダーは”神様にできないことはありません”、あのパウロをも赦された、Charya、神様はあなたを赦します、イエス様は十字架の上で貴方の罪の身代わりとなりすでに犠牲を払われた。 Charyaは罪の罪悪感から解放され、自由と解放を戴き、過去の恥ずかしい罪から赦されました。ハレルヤですね!

彼は神の恵みを真に体験し、信仰が強められた。そればか`りか多くの弟子を作つた。かつての仲間達をもイエス様に導き、教会のリダーを育て、今では300の教会を立てる牧師になっている。イエスの福音はこれほどまでに人を変える霊のダイナマイトです。

「・・しかし、罪の増し加わったところには、恵みもますます満ちあふれた。」

胸を打つ言葉ではありませんか。  

前原利夫


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Just As I Am ~ Hymn (w/ lyrics)

「イエスは言われた。「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。父がわたしにお与えになる者はみな、わたしのところに来ます。そしてわたしのところに来る者を、わたしは決して捨てません。」     ヨハネ 6:35、37

状況が違っていれば、あるいは自分に特別な才能があれば、私はもっと良い神様の証人として神様により良くお仕えできるのに、と思うことがしばしばあります。でもこの聖歌を書いたのは、病弱で寝たきり、神様への厚い献身の思いを口にする以外には何もできなかった女性です。

しかしこの寝たきりの女性、シャーロット・エリオットのシンプルな歌詞は今まで書かれたどんな聖歌よりも、また今まで語られたどんな説教よりも、キリストの愛について多くの人に影響を与えてきたのです。

英国、ブライトンで青年時代を過ごしたエリオットは、30歳の時に重い病気にかかって以来、生涯健康を取り戻すことはありませんでした。気力なく、落ち込んだ日々を送っていた彼女の人生が大きく変わったのは、有名なスイス人伝道者のシーザー・マラン博士の訪問を受けた時のことです。

エリオットの霊的な苦しみを感じたシーザー博士は、こう叫びました。「シャーロット、あなたはありのままの姿で、罪人というありのままの姿で、この世界の罪を取り去られる神の子羊のところに来なくてはいけません。」

その言葉を聞いたエリオットは、自分のために犠牲をはらわれたキリストの贖いに完全に信頼し、心の中に平安と喜びを得たのです。身体的な苦痛を抱えながら、82歳で生涯を閉じるその時まで、彼女の心の中はこの時に得た平安と喜びにあふれていました。

エリオットはこんな言葉を残しています。「神は私のことを目に留められ、守り、導いてくださいます。神の恵みが私を包んでいます。『私に与えられたありのままのこの場所で』神に仕える私に、神の声はいつも私を幸せにしてくださり、私を聖いものにしてくださるのです。」

峰岸麻子

詩篇51:1・2、ヨハネ1:29、ヨハネ3:16、エペソ2:1-13参照

Taken from [Amazing Grace] ©Copyright
September 22, 2017, Kenneth Osbeck,.
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琉球⼤学での沖縄⽅⾔の研究は難しかったが離島巡りのフィール ドワークは楽しかった。そんな時に私が留学⽣として⽅⾔研究を していることが地元新聞に掲載された。

その記事を⽬にしたアメリカ⺠政府(沖縄統治機関)から連絡が⼊り、アメリカ政府のために働いてくれないかとの勧誘があった。

仕事の内容は琉⽶⽂化会館 の監督官職で、結局私はそのオファーを受諾し、国家公務員としてのキャリアを歩むこととなった。最初の1年は宮古島勤務であっ たが、その間、宮古⽅⾔を研究する機会に恵まれ、⽇本国語学会 の学術誌「国語学」に拙論が掲載される栄に浴した。

その後、那 覇市にある⺠政府本庁に転属となり、1972年沖縄の本⼟復帰まで の14年間を広報局⽂化担当官として、地元住⺠とアメリカ政府と の橋渡し役を務めることとなった。お陰で島内をくまなく巡る機 会も多く、地元の⼈々との交流も深まった。

⽂化会館は全島に5箇 所あり、アメリカ⽂化の紹介、⽶琉間の交流親善、⽶国統治によ る住⺠との摩擦の軽減など極めて微妙な使命が託されていた。

⽶ 琉間のはざまに⽴って両者のトラブル解決に頭を悩ますことも 多々あった。⼆つの祖国を持つ⽇系⼆世の宿命と思いつつ、微⼒ を尽くした。当時、教会は⽶軍基地内のチャペルで礼拝を守り、聖歌隊で歌うことが楽しかった。

年末恒例のヘンデルの メッサイアを⽶琉合同の合唱団で歌う企画にも参画し、⾒事に成功させた時の感激は忘れられない。

やがて⽶軍による沖縄統治が 終 わり、第⼆の故郷沖縄を去る⾟い時が来た。転勤族の⾝では致 し⽅ないと諦めて、⽇本本⼟内⽶軍基地に転勤することとなった。これも神様の摂理と思いながら、機上の⼈となったのが1972年9月のことであった。 

サムエル北村


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今、私のメッセージはマルコの福音書を中心に「神の国」を学んいます。シリーズ第5まで準備しています。イエス様が語られる神の国、その具体性を理解しようと努めている。

学べば学ぶほど神の国の深さ広さを教えられます。マルコの福音書を中心にしていますが、他の福音書を参照しないと学びが前に進まない点もある。

今号は、メシヤの神の国の特徴と思われる革命的な宣言を3点取り上げる。当時、誰も考えもしない奇想天外的な発想・宣言だからである。

1.メシヤは律法の成就者:マタイの福音書5:17

「わたしが律法や預言者を廃するためにきた、と思ってはならない。廃するためではなく、成就するために来たのである」。このイエス様の言葉は、山上の垂訓の中にあり、その言葉の4節後、5章21節からは、旧約の戒めに対する改革があります。従って、この言葉は、これまでの旧約の戒めを完成するのは、メシヤであるご自分がなさるということです。み言葉にあるように、メシヤは古い戒めを無効にしたり、廃するために来られたのではない。神の国の律法は、メシヤの教えが土台であり、古い、しかもユダヤ人たちが継ぎはぎした律法を受け皿にしない新しいルールである、ということです。新しいブドウ酒は新しい皮袋に入れるという原則だ。受け皿が古いと、新鮮な入れ物までも腐れて、長持ちしません。福音書を読んで行くと、メシヤの改革する律法は、黄金律を 土台にした新しい神の国の秩序と言える。

マタイの7章12節:「だから、何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ。これが律法であり預言者である」。

「目には目、歯には歯」の同害報復法・同態復讐法も改革されて、下着を取るものには上着も与え、1マイル行かせようとする者には、その人と2マイル歩け、と神の国は教える。

2.人の子は安息日の主:マルコの福音書2:28

マルコの福音書は神の国は近づいた、と宣言すると同時に悪霊につかれた者の癒しを紹介します。 続いて、安息日の掟を破ったと訴えられた弟子たち、そして、ご自身が安息日に片手のなえた人の癒しをなさった。そこで、パリサイ人はなんとかして、神の律法を破ったイエスを殺そうと相談し始めた。

ユダヤ人にとって、安息日を厳守することは、病人が安息日に癒されることよりも大切なことでした。彼らにとって、安息日は命がけで守るべきことであった。従って、イエスがこの安息日問題を改革するということは、それこそ命がけの問題であった。彼らにとって、イエスは神の戒め、十戒の第四番目の律法を破って死罪に当たる犯罪者。しかし、安息日は人のためにあるのであり、人が安息日のためにあるのではない。これがイエスの安息日の理解である。

イエスは群衆にチャレンジする「安息日に善を行うのと悪を行うのと、命を救うのと殺すのと、どちらがよいか」。「、、人の子は、安息日に もまた主なのである」。メシヤは律法を成就するために来られたのである。

3. 神のみこころを行う者は家族である:マルコの福音書3:35

イエスには4人の兄弟と数人の姉妹がいました。ある集会で母マリヤと兄弟、姉妹たちが、外にたち、イエスを呼ばせた。その時、イエスは群衆に向かい「わたしの母、わたしの兄弟とは、だれのことか」、と目の前の群衆を見まわして、語られた「ごらんなさい、ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。

神のみこころをを行う者はだれでも、わたしの兄弟、また姉妹、また母なのである」。神のみこころを行うの者が家族を構成するという発想は、驚くべきことです。ユダヤ人の同族に対してと異邦人に対する扱いは、神に選ばれた者と罪人との間にある隔たりのようなもだ。

家族は血のつながりで構成してるという長い歴史、伝統にチャレンジするばかりか、神のみこころを行う者は誰でも、異邦人、奴隷、女、子供、全ての人を家族として招いておられる。

キリストの名の下に、これらの発想は、画期的であり愛で支配する福音の寛大さ、公平さです。神の国はイエス様の黄金律によって治めるために作られている。規則は人を縛るためではなく、助けるためにある。福音を信ずる者は(神のみこころを行う者は)イエス様の名の下に家族であり、平等であり、霊の拡大家族の一員なのである。

それ!神の国は近づいた、そうです、貴方の中に、私の中に、神の国を今日迎え入れまようではないか!             

前原利夫


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レーナ・マリア いちわのすずめ

「二羽の雀は一アサリオンで売っているでしょう。しかし、そんな雀の一羽でも、あなたがたの父のお許しなしには地に落ちることはありません。また、あなたがたの頭の毛さえも、みな数えられています。だから恐れることはありません。あなたがたは、たくさんの雀よりもすぐれた者です。」
マタイ 10:29-31

この聖歌の歌詞を書いたシビラ・マーティンはこんな話をしています。1904年のある日、彼女は病床にあるクリスチャンの友人を訪ねました。病気のせいで落ち込んだことはないのかと聞くマーティンに、友人は即答します。「マーティンさん、天のお父様は一羽のすずめでさえしっかりとお世話をされているのです。

それなのに、私が落ち込む必要がどこにあるのでしょう?それに私は神様が私を愛してくださっていること、わたしのことを気にかけてくださっていることをしっかりわかっていますもの」その会話から数分の間に、マーティンはこの聖歌の歌詞を書きあげました。以来、この聖歌は多くの人の励ましとなってきたのです。

神様の深い真理を私たちに教えようとされた神様が、その題材として最も一般的な鳥であり、およそ価値のないすずめを選ばれたことは興味深い事実です。その真理とは「神様の目に、大切でないものはひとつもない」ということ。神様は私たちの人生の些細なことも、きわめて重大に捉えてくださいます。神様が私たちの人生を大切に思ってくださっていること、そしてその神様の約束が私たちに勝利の人生を歩ませてくださる力の源である。こうした事実を知っているなら、私たちは何を恐れることがあるでしょう?

自分に対する神の愛があるという安堵を喜び、その中に休みましょう。病に苦しむ人あるいは体に弱さを覚えている人に贈る、喜びにあふれる励ましの言葉を探し求め、その人に、この聖歌が語る神の真理と神がその人を大切に思ってくださっていることを伝え、再確認しましょう。

峰岸麻子

詩篇40:17、マタイ6:28、ルカ12:6、7、22-31、ユダ1:1-11参照

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1941年3月、沖縄に別れを告げて我が家は名古屋に移った。父の新任先は名古屋中央教会であった。私はメソジスト系ミッションスクールに転校出来た。

そして12月8日、ハワイ真珠湾攻撃には大きなショックを受けた。何故ハワイなのか?この時ほど、二つの祖国に挟まれた自分が恨めしく思う時は無かった。

厳格な男子校で勉学に励んだ。この頃父から洗礼を受けたがいつだったのか、まるで覚えていない。牧師の家に生まれて純粋培養的に育てられた私はひ弱なクリスチャンであった。

キリスト教に全く無縁だった人達が模範的クリスチャンになって行くのをみるにつけ、私は自らを恥じる。父はおそらく、嘆いていたことであろう。不肖の息子は父の後を継ぐこともなく、オタマジャクシは蛙にはならなかった。

結局、理系大学を経て、理科教師を勤めて、終戦後の1950年5月に生まれ故郷に戻った。そして翌月、 なんと朝鮮戦争が勃発、11月には早くも召集令状を受け、アメリカ陸軍に就役、あっという間に人生がガラッと変わってしまった。

幸い神様のご加護のもと、2年間の軍役は無事に果たして再びハワイに戻った。今度は除隊兵優遇制度のもと、学生生活が始まった。この時役立ったのが少年時代に覚えた沖縄方言であった。

言語学を専攻することにし、修士論文に沖縄方言の音韻論を選んだ。それが縁で琉球大学で教鞭をとりながら方言を研究する機会に恵まれた。神様は私を再び沖縄に戻してくださった。神様の手のひらに乗せられたような安堵感で再び沖縄の土を踏むこととなった。17年振りの沖縄は戦前の美しさは見る影もなく荒涼たる戦争の激しさをとどめていた。

鉄筋コンクリート建てだった教会堂は仮修復されており、会堂に溢れるほどの会衆が集まり、昔、父を支えてくれた信者達との再会は感激そのものであった。戦場と化した沖縄で生き残った人、疎開先から戻ってきた人、みな私を暖かく迎えてくれた。

神様の摂理の存在を素直に信じることができた。「それ神の道は人の道の上にあり。神は人の歩みをみそなわす。」旧約聖書ヨブ記34:21

サムエル北村


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去る3月20日、前原先生より「Re: 突然のメールを失礼いたします。」というメールを受け取った。

「何だろう?」と思って開くと、北海道札幌にある「オープンドアチャペル」の教会員,北島優さんという男性から送られてきたメールの転送で、同じ教会員、三熊武宏君という男性が、高校時代教育実習にきた一人のクリスチャンによって彼もクリスチャンになったという内容だった。メールを読んでいくうちに、今から46年前のある出来事を思い出した。

明治学院大学で英文科だった私は、卒業後英語の高校教師になろうと教職課程を取り、1972年自分の卒業校「北海道北見柏陽高校」に教育実習に行った。職員室で、私の担当するクラスの担任は名簿を開いて「このクラスの何人かは問題児だ!」と彼らの名前を指さすのだった。

確かに、クラスに入って「○○君、英語の本を読んでみて下さい!」と言っても、「読めな~~い!」と言う返事が返ってくるだけ。それでも、数週間教え続けた。

しかし、最後の授業で私は教室にギターを持って行き、「今日は先生ギターを弾いて歌うので、興味のない者は寝てても良い!」と言って, 道立の高校ではあったが、クリスチャンの私は数曲ゴスペルソングを歌い始めた。そして私がどんなふうにクリスチャンになり、イエス様を信じてからどんなに変わったかを話し、授業を終えた。

ところが家に帰ってから1時間ほどして、そのクラスの約10名ほどの学生が私の家の玄関戸を叩き、「先生、さっき話してくれたイエス・キリストの話もう少し聞かせてほしい!」と言うのだった。それも、そのほとんどは先生が「どうしようもない問題児!」と言う生徒達だった。その一人に三熊君もいた。

彼らを家に入れ、イエス様について1時間位話しただろうか。東京に戻ってからも「教会に行ってほしい!」と手紙を書き続けた。半年後に香川紅子という女の子から「来週みんなで教会に行くかもしれない!」とだけ便箋の真ん中に書いて送られた。そして彼らが行った教会は、「キリスト兄弟団北見栄光教会」という神学校卒業して間もない堀由紀子牧師が開拓始めたばかりで人はほとんどいなかったようだ。

ところが不思議なことに「問題児」であるはずの彼らがそれから毎週教会に通い始めたという。半年後、また手紙が届き、「イエスキリストを信じるかもしれない!」とだけ書いてあった。私はまた祈った。最初に香川紅子が洗礼を受けたという。しかし、それから芋ずる式に彼らはキリストを信じ、洗礼を受けたのだった。その中に三熊君もいたのだった。

三熊君は高校を卒業後、私のように大学の英文科に入り、卒業後は北海道の警察官となった。それから数年後、彼は得意な英語が認められ、「在英国日本国大使館二等書記官」として3年間勤務したという。今では彼らも60歳を過ぎているが、香川紅子さんは名古屋一麦教会役員、三熊君は札幌の教会で1~2か月に一度礼拝説教の奉仕をするなど、良きキリストの証し人として活躍しているという。

主にハレルヤ!
  
織田恭博


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Stand Women's Ministry USA

こんにちは スタンズウーマン(Stand”Women’s Ministry USA)のミニリトリートのご案内をいたします。

今月28日土曜日に、ウェストコビナ教会に於きまして、”Stand”Women’s Mini Retreat(スタンズウーマンミニリトリート)を行います。

スタンズウーマンは南加キ教会連合の女性ミニストリーとして行っているもので、年間3回ほど地域の教会にご協力をいただいて行っております。

今回は、井下先生はじめウェストコビナ教会のご協力のもと、ミニリトリート開催いたします。ミニリトリートは、女性が心を注いで主を求める時間。神様の懐で重荷を下す時間です。主を慕い求める賛美の中に聖霊様が充満されることでしょう。

聖霊様の炎がこの地に満ちますように、主のリバイバルを期待しています。ぜひ、教会の皆様にご紹介ください。ミニリトリートで皆様とお会いできること楽しみにしております。

感謝して

“Stand”Women’s Ministry USA
実行委員 代表 キム明子


Wounded For Me by the White Sisters

「あなたがたが召されたのは、実にそのためです。キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残されました」 第一ペテロへの手紙 2:21
 
十字架刑は、最も悲惨な死の形のひとつです。当時、ローマ人で十字架にかかった人は一人もいません。つまりこれは、憎きローマの敵のために特別に用意された処刑方法だったのです。ローマ政府のむち打ち刑は、拷問としてまた苦痛を与える手段として最も凄惨なものでした。拷問に使われる鞭は雄牛の腱に鋭い骨の欠片を編み込んだものです。

鞭が打たれるたびに編み込まれた骨の欠片が皮膚を引き裂き、ついには受刑者の骨から肉片がむしり取られるのです。私たちを贖うため、キリストはこのような痛みに耐えられました。しかし最悪なのは身体的な苦しみではありません。むしろ、罪に対する神の怒りにより父なる神から引き離されるという事実、そしてその罪の重さこそが、キリストにとって最も苦しいことだったのです。

しかしこのようなキリストの苦しみと死を知ることは十分とは言えず、その事実を私たちの日々の生活に当てはめていかなければならないのです。「それは私のためだったのだ!」と認めるのです。

私たちのためにキリストがしてくださった客観的な事実のすべてを、聖霊を介して私たちの中で主観的に生かしていただくのです。そして日々の生活の中でこの救いの御業を経験したら、謙虚に、愛をもって、思慮深く「主の足跡に従う」ことに努め、また周りの人々の回復を求めるのです。

「わがためイエス君」は、救い主の苦しみからその再臨まで、神の救いの業のすべてが表現されています。この聖歌を歌う時にはどの言葉も省略することなく、すべての歌詞を歌わねばなりません。

するとゆっくり、優しい始まりから「わがためイエス君、わがために来られる」という感動的なクライマックスへと、私たちを導いてくれるのです。

峰岸麻子

詩篇65:3、103:12、イザヤ53、エペソ2:5参照
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日米開戦の直前までの6年間、我が家はのどかな沖縄で過ごすことができた。私は天妃小学校に通うこととなったが、同級生の中には後に大学教授、デパート社長、海運会社社長、病院長、参議院議員になるような優等生がいた。

小学校時代の思い出に方言札なる罰則がある。当時沖縄では 日本語普及のため、学校内での方言使用が禁止され、違反生徒には罰として方言札が首にかけられた。私はいつのまにか方言に馴染むようになり、方言札をぶら下げることもしばしばであった。

この方言習得がのちの私の生涯に役立つとはそのころは夢にも思はなかった。もう一つの思い出はハンセン病患者の惨状であった。当時の沖縄は環境衛生が悪く、重い皮膚病に罹った患者が不当に差別を受け、今で言うホームレスになって街のあちこちに群がっていた。

教会の庭にも患者達が集まるようになり、母がおにぎりを作っては、配っていた光景は忘れられない。その患者たちへの救済運動がキリスト教界の呼びかけで大きく発展し、やがて、政府や財団の支援を得て、救癩施設「愛楽園」が沖縄本島屋我地島に設立されるに至った。私はその愛楽園の創立式(1938年11月)に父に連れられて出席している。

聖書の中でもイエス様が重い皮膚病の患者を癒す場面が度々描かれているが,沖縄のクリスチャンたちは歴史に残る偉大なる証しを果たしたのである。父の牧会を陰ながら支援してくれた信者の中には県立図書館長、工業試験場長、病院長などの有力者がいたことも幸いであった。

父にとって沖縄での伝道は終生忘れがたい神様への献身であったに違いない。そして1941年3月、一家は名古屋へ移住することとなった。平和な島との別れであった。

4年後にこの島が悲劇の激戦地になろうとは夢想だにせず、一家は那覇港から船出したのである。米軍の沖縄本島上陸作戦は1945年4月1日、奇しくもEaster Sundayの朝に決行された。

サムエル北村


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