「主が家を建てられるのでなければ、
建てる者の勤労はむなしい。、、」 詩篇127:1

Founder’s Day : GVIC 創立記念日(上)

今年6月の年次報告会で、世話人会を代表して前原牧師から下記の報告がありました。

「今年2018年から9月の第二日曜日を「GVIC創立記念日」として定め神様に感謝を捧げる日とする。」私たちの教会がトーランス市のホテルで第一回目の礼拝を捧げたのは1994年9月の11日、第二日曜日でした。来年、創立25周年を迎えることになります。主イエス様に感謝、 ハレルヤ!

私が教会の創立記念日を祝う伝統を最初に体験したのはロスアンジェルス・ホーリネス教会でした。素晴らしい伝統だと思いました。

1990年3月31日

1990年3月31日であったと思いますが、その日は北米ホーリネス教団の第一回リニューアル・リトリートの二日目でした。午後の休憩時にリトリートセンターの森の中を一人散策しながら、”主よ、教会の名前は何にいたしましょうか”と祈りながら、名前を模索していた時でした。これまで幾つかの候補名がありました

。”venture” という言葉は名称のどこかに入れたいと考えてはいました。その時です、”Gospel Venture”と上から閃光のように閃いてきました。聖霊様の促しであったであろう。まだ、教会の場所も定まらない前に名前が先に出来上ってしまいました。

睦子と私は、1980年代の頃から”ビジネマン伝道”をしたいと祈り、何らかの形でビジネスマンのために立ち上がり、伝道する事を使命と示されつつありました。しかし牧師への明確な召命は得ていませんでした。将来のため神学校で学びを始めました。

仕事を終わり、夜の6時や7時頃からの学びはチャレンジで、深夜までアサインメントととっ組むことしばしばでした。やがて決断し、私達が立ち上がるべき時がきました。

1991年1月21日

1991年1月21日、私はホーリネ教団の常務委員会(私もその一員)に「サウスベイに教会開拓」をしたい趣旨のプロポーザルを提出しました。プロポーザルは1992年1月からサウスベイで日本語部教会を開拓し、数年後に英語部も開拓するという主意でした。

この教会開拓のためホーリネス教団と前原が財務を折半し、教団は一人の牧師を派遣し、前原は補佐するというリクエストでした。この プロポーザルの特徴は教団側と個人がチームとなり、教会開拓を始めるという、教団側には初めてのことでした。ところが、この類の教会開拓案は時機尚早、前例がないとして却下されました。当時、LAホーリネスに出席していた私達は、祈りの中で、信仰のベンチャーに乗り出しました。

プロポーザルを出してから3年半が経過し、私達は礼拝の場所を探し歩きました。アメリカ人の教会は大きいし、沢山の部屋がある、レントするには問題ないとタカをくくっていましたが、現実は厳しいものでした。教会で門前払いに会ったこと数回でした。このような教会にはなりたくないと思いながら、次の候補を探し歩きました。

やっと、落ち着いたのがホテル、当時の Holiday Innでした。ホテルと部屋の契約を済ませ、キーボード、音響機材、聖書、聖歌、礼拝に必要な品々を整え、第一回目の礼拝に備えました。

1994年9月11日

1994年9月11日、私達の教会の歴史の開幕となりました。ホテルの片隅の小さな部屋からイエス様を讃える賛美が流れていきました。時々、ホテルのゲストが廊下で立ち止まり覗いたりしました。睦子は礼拝が始まる10時半になるまで、ホテルの入り口で誰かを待っている様子、今日はこの方が礼拝に来てくれた、あの方が来てくれた、と嬉しそうに数えていました。

私達と一緒に開拓に参加した家族は4家族でした。一家族は天に帰り、一家族は日本に帰り、一家族は教会を変えました。それぞれに良き働きをして下さいました。私達がLAホーリネス教会を出た時は、私達二人だけを送り出して下さい、それ以外の一切の援助もヘルプも求めませんと、立ち上がりました。振り返ってみるとそれは主の恵みでありました。

4年後ホテルからチョーズン・ピープルズの教会に移転

4年後ホテルからチョーズン・ピープルズの教会に移転し、またホテルに戻り、そして2007年11月に本教会堂を購入しました。思えば、長くもあり、短くもある24年のGVICの創立記念です。主は多くの方々の祈り、励ましを備えて下さいました。

また、辻本先生、今は主の元にお帰りになられた美枝子夫人のお祈りを思い起こし、感謝に溢れます。創立記念日はこれらのことをなして下さった我らの主に全ての栄光がありますように、と主を讃える時です。

10月号は続編として、窮地に追い込まれても、尚、さらなる良い道を備えられる神様の業ををシェアいたします。 

前原利夫


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Open My Eyes, That I May See – Hayes Barton Baptist Worship

「私の目を開いてください。私が、あなたのみおしえのうちにある奇しいことに目を留めるようにしてください。」  詩篇 119:18

神の真理を正しく受け取るには、私たちの存在すべてが神のあらゆる働きかけに生きた反応をすること、そして神の働きかけにしっかりと注意を払うことが不可欠です。

もちろん、故意にあるいは大げさに神に逆らうクリスチャンなど、ほとんどいないでしょう。そうではなく、私たちは人生の細部にある神の導きに敏感に反応することを選ばない、すなわちシンプルに神に従わない道を選んでいるのです。

神の真理に対して目を開き、耳を傾け、言葉を通してそれと交わり、神の愛を広めることを大切にする。この聖句はその重要性を私たちに教えてくれます。私たちが神の言葉を静かに待つ中で、聖霊がこうした要素を明らかにしてくださるのです。

この聖句の作詞・作曲を手掛けたクララ・スコットは、アイオワ州にあるレディース神学校で音楽を教えており、たくさんの曲を生みだした人物です。彼女が生み出した曲の中にある言葉は、人生にある神の御心にしっかりと気づき、その御心に従う準備ができるよう、多くのクリスチャンを助けてきたのです。

詩篇40:8、箴言16:9、
マタイ13:6、ルカ8:18、
ヨハネ7:17参照

神の真理を受け取る感覚を強くしてもらえるよう、神に求めましょう。あなたが前に進めるよう、この聖歌の祈りをくちずさんでいきましょう。

峰岸麻子

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先月号の本欄で私は日本のキリスト教について触れ、クリスチャン人口の少なさを嘆いたが、翻ってその日本のキリスト教に私はどう関わってきたのであろうかと、自問自答している。日本の諺に「論語読みの論語知らず」という言葉がある。

儒教の経典である論語をいくら読んでいても実行が伴わなければ役立たずであるという皮肉である。私は聖書読みの聖書知らずであったことを反省している。日本に長く住んでいて日本人の友人も沢山できたが、その友人達を教会に誘うことは一度も無かった。牧師の子でありながら宣教になんら手を貸すことは無かった。

今それを悔いている。宣教は聖職者だけに任せて、信者はただ手をこまねいて傍観していいはずはない。私は迂闊にもそのことに気付かずに無為に日本で怠惰な信仰生活を続けて来たのである。米軍基地に勤務していた関係で基地内のチャペルで礼拝だけは守った。チャペルはいわゆる”non-denominational”で教派の区別は無かったが、聖公会系の信者達だけは、日本で伝道している聖公会宣教師を基地に招いて特別礼拝を持っていた。

日本には世界でも極めて珍しい無教会主義派があって、特定の教会に属せずクリスチャン生活を維持している信徒がいるようだが、私は会う機会は無かった。ただ、私の父方の遠縁に、無教会主義の提唱者であった内村鑑三がいたことは、父からよく聞かされていた。内村は「二つのJ」を愛するという有名な言葉を残している。

一つはJesusのJ、もう一つはJapan のJである。彼の墓碑にはこう刻まれている。”I for Japan; Japan for the World; The World for Christ; And all for God.”彼は立派な愛国者である前に立派なクリスチャンであったのだ。

彼の墓は東京都府中市多磨霊園にあるが、私はいつか墓参できたらと願っている。
      
サムエル北村


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私達の”希望”という概念は、”こうあって欲しい、あ〜なって欲しい” という自分の好きなことを実現してもらう事ですね。もし、希望が叶わなければ、また次の機会に希望をつなげはいいのです。

人間は希望を頼りに生きている様な者です。たとえ、その希望が霧のように消え失せるような性格であっても、生活になくてはならい大切なエネルギー源です。しかし、ここで、み言葉が語る”希望”について考え、真の希望を知り、真の希望に生きたいものです。

1. 希望の永遠性:

第一コリント13章は信仰、希望と愛は永遠であると教えます。これらの3つが永遠であることはそこに霊的要素があり、神的要素があるからです。翻って、神的以外に永遠性はないし、霊的以外に永遠性はないでしょう。

イザヤ書の41章は、私達を贖い、助けて下さる希望がイスラエルの聖者であると教えます。イスラエルの聖者の事をMiqweh Israel、イスラエルの希望と言うそうです。即ち、神ご自身が希望そのものです。

この希望は霧の様に消え去ることはありません。私達は永遠性のない希望を懸命に求めていることに気が付かなければなりません。

イザヤ書41:14「主は言われる、虫にひとしいヤコブよ、イスラエルの人々よ、恐れてはならない。わたしはあなたを助ける。あなたをあがなう者はイスラエルの聖者である。」(”Your redeemer, the Holy One of  Israel” )

エレミヤ書14:7「イスラエルの望みなる主よ、悩みの時の救い主よ。”同17:13「またイスラエルの望みである主よ、あなたを捨てる者はみな恥をかき、、」
 

2. 信仰の先輩達の希望:

聖書の中で’神の友”と呼ばれた人物は2人だけアブラハムとモーセであったと思います。2人の信仰を見ると比例ない信仰の賜物が与えられています。モーセは敢えてこの世の富、名声、エジプトの栄光を塵芥のように捨てました。

それは、イスラエルの希望のゆえ、即ち来るべきメシヤを待ち望んだからであります。このイスラエルの希望のゆえに、艱難、苦難、数々の苦難を耐え忍び、キリストのゆえの艱難をも甘んじて受けたのです。

パウロもしかりです。ローマ書5:2「そして、神の栄光にあずかる希望をもって喜んでいる」

パウロの希望は私達が希望と呼ぶような希望ではない。コリント第一の手紙13章では、おぼろげな神ではない、おぼろげなキリストではい、やがて、はっきりと完全なお方にお会いする希望に燃えている。アグリッパ王の前で弁明するパウロは「王よ、この希望のゆえに、わたしはユダヤ人から訴えられています。」と弁明。 (使徒行伝25:7)
  
私達の希望を確かめようではありりせんか。み言葉の希望は、今作り上げられたばかりの希望ではない、永遠から存在する希望です。この希望から全ての良きものが創造されるのです。この方に置く希望こそ、揺るぎない希望、先輩の先人たちはこの希望のゆえに生きる意味を見つけたのです。この希望が忍耐を授け、力を授けて、永遠に生かし続けて下さる希望です。

私達の希望はMiqweh of Israel、我らの希望、主のイエスキリスト!

前原利夫


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「星条旗-米国国歌」“The Star-Spangled Banner”

「人の立てたすべての制度に、主のゆえに従いなさい。それが主権者である王であっても、また、悪を行なう者を罰し、善を行なう者をほめるように王から遣わされた総督であっても、そうしなさい」第一ペテロ 2:13、14

米英戦争中の1812年のことです。英軍がボルティモア港を激しく攻撃する最中、近く停泊した船の甲板には、落ち着きなく歩き回るフランシス・キーの姿がありました。

ジョージタウンの州検察官であり教会のリーダーでもあったキーは、ジェームス・マディソン大統領から一任され、英軍の戦争捕虜となっていた医者の解放交渉に当たっていたのです。

交渉の間、キーと関係者は英軍船に拘留され、激しい爆撃は一晩中続きました。夜明け前、突然攻撃が止みました。あの激しい攻撃の中、我が軍は・・・。恐る恐る対岸の様子を伺うキーの目に、悠々とはためくアメリカ国旗が飛び込んできました。それは、米国の自由を約束する勝利のあかしでした。

安堵と喜びの中、キーはその思いを封筒の裏側に書き止めます。その日の夜、英軍の船から解放された後、キーはその詩を仕上げました。一月後、古くから狩猟の時に歌われていた民謡 (『天国のアナクレオンへ』)の調べに乗せ、その詩は発表されました。

すぐに爆発的人気を得たこの曲でしたが、国歌として正式に採用されたのは1931年3月3日の議会でのことでした。

峰岸麻子

箴言14:34、マタイ22:21、ローマ13:1-7、Iテモテ2:1-2、ペテロ2:13-21参照

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沖縄での勤務を終えて転任した先は神奈川県座間基地にある⽶国陸軍本州基地司令部であった。渉外部⻑として本州各地に点在する⽶陸軍基地と周辺⾃治体との親善交流、防衛省/⾃衛隊との渉外業務が主な任務であった。

沖縄の時と同じように仕事がら各地を訪れる機会に恵まれ、マスコミとの縁もでき、⾊々な友⼈もできた。教会は基地の中のチャペルで、従軍牧師と親しくできた。

然し、基地の外ではクリスチャンには中々めぐり合わなかった。⼈⼝の1%以下という⽇本のクリスチャン⼈⼝の少なさを痛感させられた。明治維新のキリスト教解禁以降も⽇本のクリスチャン数は何故、⼈⼝の1%を上回わることはないのであろうか。

隣国の韓国ではクリスチャン数が⼈⼝の30%以上という⾼率に引きかえ⽇本は異常に少ないのである。⽇本古来の祖先崇拝、儒教、神道、仏教など既成宗教の根強い影響は当然あろうがそれにしても少くな過ぎる。

それでいて、聖書の売り上げはなんと、アメリカ、イギリスに次いで世界第3位; しかも、キリスト教系⼤学数は77校と全国⼤学総数780校(2011度)の10%を占めている。

結婚式に⾄っては、神式に次いでキリスト教による式が多く、格好いいとされている。ファッションとしてのクロス(⼗字架)のペンダントなどをつけている⼥性も多い。

⽇本⼈特有の曖昧主義、本⾳と建前の使いわけ、多神教の深層が⽇本⼈のキリスト教へのコミットメントを阻害しているのであろうか。

どうやら、キリスト教は⽇本では宗教として定着せずに知的好奇⼼、⽂学的ジャンル、ファッション性としてとらえられる残念な状況である。全国の宣教に携われる牧師、神⽗、宣教師さんたちへの惜しみない応援が緊急課題である。

サムエル北村


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「・・しかし、罪の増し加わったところには、恵みもますます満ちあふれた。」

このみ言葉はパウロ自身の体験から出た言葉ではなかろうか。新約聖書の中で、パウロほどキリスト教を迫害し、自ら教会の迫害者と呼ぶ程罪深い者はいない。彼は福音の大敵であった。その罪深さを深く深く悔い改めるところに、恵みの深さを知ったのであろう。

何回も盗みを犯して赦される人と、一度、出来心から盗みをして赦される人とは、罪が赦されたと感謝する深さは違うはずである。

罪の取り扱い、恵みの深さが違う。罪の深さのどん底が深ければ、上まで引き上げられる恵みの高さと比例するものである。しかし、パウロは恵みを体験するために、罪を犯してはならないと、警告する。

マグダラのマリヤ、十字架の上で救われた強盗の一人も神の赦しの恵みの深さを知った人達でした。今号は、そのような体験をした元ゲリラ戦の総司令官であった極悪人を紹介する。今は逃げ隠れしながら300の教会を開拓している牧師に変わった。驚くべき主の恵みである。彼の名はCharya、匿名で紹介する。

5月11日、驚くべき証の報告が届いた。AAがカンボジヤで牧師を中心にセミナー、トレイニングを開いたときだ。老牧師風に見えた人がセミにーに参加したが、彼の背中は曲がり、片目は潰され、やっとこさ歩けるようで、全体がズタズタな体でした。彼を目の前にし、出席者はびっくりした。

このセミナーでは「罪人のかしら使徒パウロ」について学ぶことになっていた。彼はセミナーが終わったあとに、リーダーに告白した”私は罪人のかしらパウロよりも悪い人間です”と。

時は、1970年代、ポルポト ( Pol Pot)がカンボジヤを共産国にしようと革命を巻き起こし、ゲリラ戦術で掌握した。ポルポトは100万人から200万人の反対派を虐殺し、加えて20万人を餓死しさせた世界最大の虐殺人と言われている。この政権下に Charya は命をかけていたのである。彼はポルポト政権の総司令官として残虐で、Charyaの名前を聞くだけで恐れられたと言われる。彼は残酷極まりなく、生きた人の心臓を切り出し、目の前で殺すような恐ろしい人であった。 Charyaは何百人もの女性をレープした悪人であったと告白した。

ところが、 ポルポトの残酷な政権が終焉し、Charyaの奥さんがクリスチャンになった。そして、この残酷な悪人もイエス様を信じるようになった。福音の力は凄い。福音はダイナマイトのように、彼の悪全てを赦し、吹き飛ばした。

彼が一度仕えた、残酷なポルポトの残党は今なお逃亡中で、彼らから遠くはなれた無名の町に教会を建て、そこの牧師になり、教会は祝福され、成長した。それで、AAのセミナーに参加できるようになったとのことだ。

この二年間セミナーで訓練を受けながら、彼はリーダーに自分の過去を打ち明けた。そして”神様は私を決して赦さない”、と。リーダーは”神様にできないことはありません”、あのパウロをも赦された、Charya、神様はあなたを赦します、イエス様は十字架の上で貴方の罪の身代わりとなりすでに犠牲を払われた。 Charyaは罪の罪悪感から解放され、自由と解放を戴き、過去の恥ずかしい罪から赦されました。ハレルヤですね!

彼は神の恵みを真に体験し、信仰が強められた。そればか`りか多くの弟子を作つた。かつての仲間達をもイエス様に導き、教会のリダーを育て、今では300の教会を立てる牧師になっている。イエスの福音はこれほどまでに人を変える霊のダイナマイトです。

「・・しかし、罪の増し加わったところには、恵みもますます満ちあふれた。」

胸を打つ言葉ではありませんか。  

前原利夫


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Just As I Am ~ Hymn (w/ lyrics)

「イエスは言われた。「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。父がわたしにお与えになる者はみな、わたしのところに来ます。そしてわたしのところに来る者を、わたしは決して捨てません。」     ヨハネ 6:35、37

状況が違っていれば、あるいは自分に特別な才能があれば、私はもっと良い神様の証人として神様により良くお仕えできるのに、と思うことがしばしばあります。でもこの聖歌を書いたのは、病弱で寝たきり、神様への厚い献身の思いを口にする以外には何もできなかった女性です。

しかしこの寝たきりの女性、シャーロット・エリオットのシンプルな歌詞は今まで書かれたどんな聖歌よりも、また今まで語られたどんな説教よりも、キリストの愛について多くの人に影響を与えてきたのです。

英国、ブライトンで青年時代を過ごしたエリオットは、30歳の時に重い病気にかかって以来、生涯健康を取り戻すことはありませんでした。気力なく、落ち込んだ日々を送っていた彼女の人生が大きく変わったのは、有名なスイス人伝道者のシーザー・マラン博士の訪問を受けた時のことです。

エリオットの霊的な苦しみを感じたシーザー博士は、こう叫びました。「シャーロット、あなたはありのままの姿で、罪人というありのままの姿で、この世界の罪を取り去られる神の子羊のところに来なくてはいけません。」

その言葉を聞いたエリオットは、自分のために犠牲をはらわれたキリストの贖いに完全に信頼し、心の中に平安と喜びを得たのです。身体的な苦痛を抱えながら、82歳で生涯を閉じるその時まで、彼女の心の中はこの時に得た平安と喜びにあふれていました。

エリオットはこんな言葉を残しています。「神は私のことを目に留められ、守り、導いてくださいます。神の恵みが私を包んでいます。『私に与えられたありのままのこの場所で』神に仕える私に、神の声はいつも私を幸せにしてくださり、私を聖いものにしてくださるのです。」

峰岸麻子

詩篇51:1・2、ヨハネ1:29、ヨハネ3:16、エペソ2:1-13参照

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琉球⼤学での沖縄⽅⾔の研究は難しかったが離島巡りのフィール ドワークは楽しかった。そんな時に私が留学⽣として⽅⾔研究を していることが地元新聞に掲載された。

その記事を⽬にしたアメリカ⺠政府(沖縄統治機関)から連絡が⼊り、アメリカ政府のために働いてくれないかとの勧誘があった。

仕事の内容は琉⽶⽂化会館 の監督官職で、結局私はそのオファーを受諾し、国家公務員としてのキャリアを歩むこととなった。最初の1年は宮古島勤務であっ たが、その間、宮古⽅⾔を研究する機会に恵まれ、⽇本国語学会 の学術誌「国語学」に拙論が掲載される栄に浴した。

その後、那 覇市にある⺠政府本庁に転属となり、1972年沖縄の本⼟復帰まで の14年間を広報局⽂化担当官として、地元住⺠とアメリカ政府と の橋渡し役を務めることとなった。お陰で島内をくまなく巡る機 会も多く、地元の⼈々との交流も深まった。

⽂化会館は全島に5箇 所あり、アメリカ⽂化の紹介、⽶琉間の交流親善、⽶国統治によ る住⺠との摩擦の軽減など極めて微妙な使命が託されていた。

⽶ 琉間のはざまに⽴って両者のトラブル解決に頭を悩ますことも 多々あった。⼆つの祖国を持つ⽇系⼆世の宿命と思いつつ、微⼒ を尽くした。当時、教会は⽶軍基地内のチャペルで礼拝を守り、聖歌隊で歌うことが楽しかった。

年末恒例のヘンデルの メッサイアを⽶琉合同の合唱団で歌う企画にも参画し、⾒事に成功させた時の感激は忘れられない。

やがて⽶軍による沖縄統治が 終 わり、第⼆の故郷沖縄を去る⾟い時が来た。転勤族の⾝では致 し⽅ないと諦めて、⽇本本⼟内⽶軍基地に転勤することとなった。これも神様の摂理と思いながら、機上の⼈となったのが1972年9月のことであった。 

サムエル北村


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今、私のメッセージはマルコの福音書を中心に「神の国」を学んいます。シリーズ第5まで準備しています。イエス様が語られる神の国、その具体性を理解しようと努めている。

学べば学ぶほど神の国の深さ広さを教えられます。マルコの福音書を中心にしていますが、他の福音書を参照しないと学びが前に進まない点もある。

今号は、メシヤの神の国の特徴と思われる革命的な宣言を3点取り上げる。当時、誰も考えもしない奇想天外的な発想・宣言だからである。

1.メシヤは律法の成就者:マタイの福音書5:17

「わたしが律法や預言者を廃するためにきた、と思ってはならない。廃するためではなく、成就するために来たのである」。このイエス様の言葉は、山上の垂訓の中にあり、その言葉の4節後、5章21節からは、旧約の戒めに対する改革があります。従って、この言葉は、これまでの旧約の戒めを完成するのは、メシヤであるご自分がなさるということです。み言葉にあるように、メシヤは古い戒めを無効にしたり、廃するために来られたのではない。神の国の律法は、メシヤの教えが土台であり、古い、しかもユダヤ人たちが継ぎはぎした律法を受け皿にしない新しいルールである、ということです。新しいブドウ酒は新しい皮袋に入れるという原則だ。受け皿が古いと、新鮮な入れ物までも腐れて、長持ちしません。福音書を読んで行くと、メシヤの改革する律法は、黄金律を 土台にした新しい神の国の秩序と言える。

マタイの7章12節:「だから、何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ。これが律法であり預言者である」。

「目には目、歯には歯」の同害報復法・同態復讐法も改革されて、下着を取るものには上着も与え、1マイル行かせようとする者には、その人と2マイル歩け、と神の国は教える。

2.人の子は安息日の主:マルコの福音書2:28

マルコの福音書は神の国は近づいた、と宣言すると同時に悪霊につかれた者の癒しを紹介します。 続いて、安息日の掟を破ったと訴えられた弟子たち、そして、ご自身が安息日に片手のなえた人の癒しをなさった。そこで、パリサイ人はなんとかして、神の律法を破ったイエスを殺そうと相談し始めた。

ユダヤ人にとって、安息日を厳守することは、病人が安息日に癒されることよりも大切なことでした。彼らにとって、安息日は命がけで守るべきことであった。従って、イエスがこの安息日問題を改革するということは、それこそ命がけの問題であった。彼らにとって、イエスは神の戒め、十戒の第四番目の律法を破って死罪に当たる犯罪者。しかし、安息日は人のためにあるのであり、人が安息日のためにあるのではない。これがイエスの安息日の理解である。

イエスは群衆にチャレンジする「安息日に善を行うのと悪を行うのと、命を救うのと殺すのと、どちらがよいか」。「、、人の子は、安息日に もまた主なのである」。メシヤは律法を成就するために来られたのである。

3. 神のみこころを行う者は家族である:マルコの福音書3:35

イエスには4人の兄弟と数人の姉妹がいました。ある集会で母マリヤと兄弟、姉妹たちが、外にたち、イエスを呼ばせた。その時、イエスは群衆に向かい「わたしの母、わたしの兄弟とは、だれのことか」、と目の前の群衆を見まわして、語られた「ごらんなさい、ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。

神のみこころをを行う者はだれでも、わたしの兄弟、また姉妹、また母なのである」。神のみこころを行うの者が家族を構成するという発想は、驚くべきことです。ユダヤ人の同族に対してと異邦人に対する扱いは、神に選ばれた者と罪人との間にある隔たりのようなもだ。

家族は血のつながりで構成してるという長い歴史、伝統にチャレンジするばかりか、神のみこころを行う者は誰でも、異邦人、奴隷、女、子供、全ての人を家族として招いておられる。

キリストの名の下に、これらの発想は、画期的であり愛で支配する福音の寛大さ、公平さです。神の国はイエス様の黄金律によって治めるために作られている。規則は人を縛るためではなく、助けるためにある。福音を信ずる者は(神のみこころを行う者は)イエス様の名の下に家族であり、平等であり、霊の拡大家族の一員なのである。

それ!神の国は近づいた、そうです、貴方の中に、私の中に、神の国を今日迎え入れまようではないか!             

前原利夫


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