日本では「終活」という言葉が流行っている。人生の終末をどう締めくくるかということのようだ。私もその終末を迎えて自分の人生を回顧している。

私は生涯で4度,死から救われている。一度は幼年時代、生まれ故郷ハワイの海で溺れかけた時。

二度目は父の赴任先の沖縄で喘息発作で危うく呼吸困難になった時。

三度目は日米戦争末期、名古屋での米軍による焼夷弾空襲の時;四度目は1997年、前立腺癌を放射線療法で癒された時。

と、いずれも神様に救われたことで一生忘れ得ない感謝で今日まで生きてきている。そして多くの肉親の死を見てきている。

人は生きている限り死と常に直面しながら、神様によって生かされている存在である。

私の人生は能の舞台の「序破急」ではなく、「破急序」であったように思う。幼少年時代の死の恐怖から始まった「破」の時代、そして青年、熟年時代の慌ただしい「急」の時代、晩年の静かな「序」の時代と時が流れてきたように思う。

年の暮れは兎角、慌ただしいと言われるが、人生の黄昏はそれほどでもない。神様は人生の結末にあたって、ゆっくりとした癒しの時間を与えてくださっているように思う。

昨年の7月に、友人の勧めで当教会の礼拝に出席するようになった。そして、私はそれまでの10年近い冬眠状態の信仰生活から目覚めることができた。

お陰で多くの教会員とも交流でき、人生を語り合う友にも出会えた。何という神様の恵みであろうか。

乱れがちだったこれまでの人生の歯車が正常に回り始めた気さえする。もちろん、まだまだ生ぬるい信仰であるが、来年こそもっと根強い信仰生活を歩みたいと祈っている。

引き続き牧師先生ご夫妻始め、教会員各位の心の支えを仰ぎたいと願ってやまない。

サムエル北村

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ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
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救い主イエス,王の降誕、おめでとう御座います!
  
「ひとりのみどりごがわれわれのためにうまれた、、、」 イザヤ書9章6節

冒頭のイザヤの預言はおおよそ750年後にベツレヘムで誕生したイエスの上に成就する。みどりご、男の子がわれわれに与えられた。同9章7節はこのイエスの地上での役割を明確に預言する。

民を救う救い主であられると同時に、それは「ダビデの位に座し、その国を治め」られます。メシヤの初臨の姿は国を治める「霊妙なる議士、大能の神、とこしえの神」として預言者イザヤは記録する。メシヤは王でもあられる。

かつて収税人であって、イエス様の弟子になったマタイは、旧約聖書から多く引用し、その光を師であるイエス様に当てて、マタイの福音書を書き上げている。当時の律法学者とは違い、マタイこそ真の律法学者である。マタイは救い主メシヤを”王”としても描写している。そこで、メシヤが王である姿を追ってみましょう、

私達の視点をメシヤは救い主であるという単一の役割から、救い主であり王であられるという二重の重要な役割を担ったメシヤであることに移しましょう。王としてのメシヤの役割は救い主の陰に隠されているからである。

冒頭のイザヤの「ダビデの位に座し、その国を治め」の預言は、マタイの1章の冒頭にメシヤの系図、ジニオロジーに反映されている。「アブラハムの子であるダビデの子、イエス・キリストの系図」とある。神はアブラハムを召して、「わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう。あなたは祝福の基となるであろう。、、

地のすべてのやからは、あなたによって祝福される。」(創世記12章参照)。これは霊的な意味と同時に、国を治めるという立場の人物を指してのことでもある。アブラハムから14代後、ダビデ王が誕生、そしてイスラエルを治める王となる。

ダビデ王はイスラエルの名王、歴史に登場する王たちの模範的な王として40年君臨する。そのダビデ王家からイエス、メシヤが誕生する。イエスは王家の血を引いたメシヤである。

イエスが誕生した時、東方から博士たちがエルサレムに到着、拝みに来ました。博士たちは「ユダヤ人の王としてお生まれになったかたは、どこにおられますか。」とメシヤを王として迎えている。

また、当時、王であったヘロデは祭司長、律法学者に調査を指示し、メシヤの生誕地を旧約聖書から調べさせた。彼らはミカ書から「、、、わが民イスラエルの牧者となるであろう。」とヘロデ王に伝える。旧約においては王は度々羊飼い、牧者にたとえられている。

ヘロデ王はこの子を生かすことを恐れて、ベツレヘムとその附近の地方にいる2歳以下の男の子を殺害した。この残酷さは旧約の預言が確かであり、ヘロデ王の調査が事実であることを裏付けるものである。幼子イエスは両親に抱かれて一時エジプトに逃れる。

弟子のマタイに限らず、弟子たちの中にはイエスが救い主であると信じたいよりも、むしろイスラエルの王であると信じていたようである。弟子の一人、ナタナエルは「先生、あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です。」と告白する。(ヨハネ1:49)

また、イエス様ご自身も、十字架にかかる前、総督ピラトとの問答で「あなたがユダヤ人の王であるか」との問いに、イエスは「そのとおりである」と答えられた。

イエス様が最後のエルサレムに入城された時、ロバにお乗りになり、町中が騒ぎ、群衆に迎えられた。ロバは平和の象徴、平和の君のエルサレム入りである。群衆は上着を道に敷き、声たからかに神を賛美し、叫んだ「主の御名によってきたる王に、祝福あれ。天には平和、いと高きところには栄光あれ」。

預言者イザヤも11章で私達の王をこう描く:「正義をもって貧しい者をさばき、公平をもって国のうちの柔和な者のために定めをなし、その口のむちをもって国を撃ち、そのくちびるの息をもって悪しき者を殺す。

正義はその腰の帯となり、忠信はその身の帯となる。」さあ、クリスマス!、人類の救い主、世界を治められる平和の王の誕生。平和の君、律法によらず、愛によって治め、導かれる真の永遠の王をお迎えしましょう。

前原利夫


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Now Thank We All Our God (Hymn Charts with Lyrics, Contemporary)

「私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。
しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。」ローマ 8:35、37

歴史の中で最も壮絶な苦しみのひとつに考えられる三十年戦争の最中、この素晴らしい聖歌は生まれました。マーティン・リンカートがドイツ、アイレンベルグ市のルーテル教会の国教会牧師に迎え入れられたのは、血みどろの戦いとなった三十年戦争が始まった年。それから三十二年間、彼は必要を求める人々に誠実に伝道を続けました。

三十年戦争の舞台となったドイツは、ヨーロッパ全土のあらゆる国の部隊が集まり、筆舌に尽くしがたい惨状に見舞われます。1,600万人だったドイツの人口は600万人に減少。壁に囲まれていたアイレンベルグ市には、政治的・軍事的難民の避難所となり、近隣はもちろん、遠くの都市から集まった難民であふれかえりました。

飢餓や死を招く伝染病にも見舞われ、また様々な部隊や軍隊が市内を通るたびに殺人と破壊が繰り返されたのです。

1637年に市を襲った伝染病は特にひどいものでした。この病気が流行のピークに達した時、病に苦しむ人、死を迎えつつある人々のケアを出来る聖職者は、リンカートだけしか残っていなかったのです。

この聖歌の中で、リンカートは神の勝利そして神に対する自身の感謝と確信の言葉をつづっています。それはローマ書で示された神の真理を語るものであり、神の子である私たちもリンカート同様「これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。」

峰岸麻子

I歴代誌16:36、詩篇 147:1、
Iコリント15:57、58参照
Taken from [Amazing Grace] © Copyright
September 22, 2017, Kenneth Osbeck,.
Published by Kregel Publications,Grand Rapids, MI
Used by permission of the publisher.
All rights reserved.

私は本欄8月、9月号において、日本の著名なキリスト教思想家、内村鑑三について触れたが、彼は奇しくも私の母校で教鞭をとっていたことがある。

メソジスト系ミッションスクール名古屋中学校(前身は創立1887年の名古屋 英和学校; 現在の名古屋学院)は今年で創立131年になる伝統校であるが、内村は創立まもない同校で神学部長として宗教学を教えていたと校史にある。

札幌農学校に学んだ内村はかの有名なクラーク博士の下、キリスト教の影響を受け、その後アメリカ留学の経験もあり、明朗闊達な校風を導入したと言われている。「祈りつつ学び、感謝しつつ働く」精神を養うために、校内に農園を開拓し, 豚の飼育なども手がけ、自ら生徒の先頭に立って汗を流した。

信仰と実践の重要さを具現したのである。従来の思想家としてのイメージの強い内村にこのような勤労授業を率先する一面があったことを私は知らなかった。内村は旧来の厳格一点張りの日本式教育を一新し、アメリカ式陽気で明るい雰囲気を導入しようと努めた。

私は幸いに、この学校で3年間、理科教師を勤める機会に 恵まれたが、伝統ある校風のお陰で、卒業後の教え子達との交流も繁く、昨年も教え子たちに招かれて同窓会に出席し、久しぶりの再会を楽しんだ。由緒ある学校でキリスト教教育を受け、恵まれた環境に育ったにもかかわらず、私の信仰はいまだに生温いと反省している。

温室育ちのひ弱さを痛感している。生来の理屈ぽっさが災いして、私は聖書読みの聖書知らず、つまり、実践の伴わない信仰に甘んじて来た。重箱の隅をほじくるような、詮索が好きである。理屈の探求に熱心のあまり、本末転倒のことを屡々、しでかしている。

新約聖書ヤコブの手紙2章14節では行いの伴わない信仰は役に立たないことを戒めている。実践の伴わない信仰に生きて来た自分が恥ずかしい。改めて内村鑑三の実践的生き方に感銘を覚える。

サムエル北村


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“癌”というのは異常細胞で、その司令塔であるDNAに異常をきたしたものです。通常は、私たちの“免疫”がそういう異常細胞を殺すのですが、“私は正常な細胞ですよ”というサインを掲げてどんどん繁殖していくのが“癌細胞”なのだそうです。

昨年の一月にCTスキャンで左肺に18ミリの腫瘍が見つかり、癌の可能性があるという報告書を読んだ時、“あっ、自分は死ぬんだ”と思いました。

そして、Count your rest of life(残りの生きる年を数えなさい)という意味の言葉を上から受けたのです。でも、その時は、まだ癌であるかどうかわからない時でした。

6月にバイオプシー(生検)をして、肺癌であることが確定し、紹介された専門医に会いましたら、何もしなかったら1年から2年半だろうと喜々として(死刑を宣告するが如くに)伝えられて、こんな先生のところには行きたくない、と思わされたのです。

その週の祈祷会で、私は、自分が肺癌であることを報告し“皆さんより早く逝きます。これまで素晴らしい人生だったので、自分は何も後悔することがありません”と証詞をしたのでした。皆さんは、“私たちが祈ります。諦めないでください”と仰ってくださいました。それから、祈祷会の皆さんは、毎回わすれずにお祈りしてくださいました。前原先生からは“自分は、バスケットボールの延長時間が好きだから、延長試合をしてください”というメールをいただきました。

バイオラ大学で看護学を教えているK姉からHouston のMDAndersonに行くようにと示唆されて、MDAndersonに行きました。ここは、全世界から癌治療のために集まってくる患者、また医者の訓練のために、癌撲滅のために建てられた医療機関でした。でも、そこで長期の治療をする気持ちにはなれず、UCLAでも同様の治療が受けられると言われたので、娘のハーバード時代の友人の父がUCLAの教授だと聞いていたので、連絡したら、自分が癌の教授だから明日来なさいと言われて、会いに行きました。

もう一度、全部の検査をし、Chemo(化学療法)を始めました。2種類の薬を点滴するのですが、3日後から苦しくなります。下痢・便秘・吐き気・フラフラ・食欲減退、この嫌な気持ちをどう表現すればいいのでしょうか。これを3週間ごとに4回繰り返し、その後、ひとつの薬にするというのが、肺癌患者の定番の治療法です。
その後、UCLAの担当の先生とは、いろいろ相談することが出来なかったので、USCの先生に変えました。

Chemeで癌が小さく(半分のサイズに)なったので、Radiation(放射線療法)をはじめ、Radiationの終了後の2度目のPETスキャンで癌が消えた(検知されない)という朗報を得たのでした。でも、肺癌患者は、二人のうちひとりが再発するというので、今、immunotherapy(免疫療法)をしています。

祈祷会の皆様、その他の皆様のお祈りに感謝しています。そのお祈りに応えて、神さまは延長時間をくださいました。残された一日々々を無駄にすることなく、主の御用のために用いたいとそう思わされています。

ロバート・イー


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Stand Up! Stand Up for Jesus!

「終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。」 エペソ 6:10
1858年、「フィラデルフィアへの神のわざ」と呼ばれる大きなリバイバル運動が起きました。運動に参加した牧師や宣教師の中で最もパワフルだったのは、大胆で妥協のない説教者として名高い29歳の聖公会牧師、ダドレ―・ティングです。彼が語る所には、このダイナミックな牧師の説教を聞こうと多くの人が集まります。

1858年3月30日、ティングの昼礼拝に5千人を超える男性が集まっていました。そして出エジプト記10章11節「さあ、壮年の男だけ行って、主に仕えよ」から語られたこの日の説教で千人を超える男性がイエスを信じたのです。説教の中で、彼はこう語りました。

「私は、キリストに定められたことを皆さんに語らねばなりません。神のメッセージを皆さんにお伝えするという私の仕事が満足にできないのならば、私はこの右腕を切り落としてしまった方がましです」

その翌週、地方の作業小屋でトウモロコシの脱穀機が作動する様子を見学していたティングの洋服の袖が、歯車に巻き込まれてしまいます。腕は引き裂かれ、大動脈と正中神経が激しく損傷。外傷性ショックと出血多量で彼は命を落としました。

嘆き悲しむ友人や牧師たちに囲まれた死の床で最後の言葉を求められた彼が弱々しい声で囁きます。「みな、立ち上がってイエスに仕えよう」

ティングが亡くなった次の日曜、フィラデルフィアの長老教会の牧師で、ティングの親友であり同僚であったジョージ・ダッフィールド師は亡くなった友人に礼拝を捧げていました。そして、尊敬する友人が死の間際に残した言葉に触発され書き上げたばかりの詩を朗読して、その礼拝を閉じたのです。

峰岸麻子

IIコリント1:20-22、エペソ6:10-18、
ヤコブ1:12参照
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先月の本欄で私は西郷隆盛に触れ、彼の座右の銘、「敬天愛人」にキリスト教に相通ずる精神性を感じると書いたがその後、偶然にも、「西郷隆盛と聖書ー敬天愛人の真実」なる本の存在を知り、早速日本から取り寄せた。今年1月に発行されたばかりで著者の守部喜雅氏は「キリスト教新聞」、「百万人の福音」の編集長だった人であるが、とにかくその内容に驚かされた。

著者によると、10年近く前に日本の民放テレビで「西郷隆盛はキリシタンか?」という歴史探訪番組が放映されたことがあり、これに刺激されてこの本を書くに至ったという。これによると、西郷は漢訳聖書を読んでいただけではなく、横浜で洗礼まで受けていたようだと書かれている。

俄かに信じ難い内容であるが、私には何となくありうることと読めた。明治維新の実現に犠牲的精神で奔走し、驕り高ぶらず世のため、人のために一生を捧げた西郷がクリスチャンであった可能性はゼロではないと思う。

著者は西郷のほか、坂本龍馬、勝海舟、大隈重信など多くのサムライたちが幕末維新のころ、聖書に接する機会があったと指摘している。その多くは宣教師たちの影響が見られ、聖書の不思議な力がサムライたちの心を揺さぶり、日本改革の気運を促したに違いない。明治維新はその証だと私は思いたい。

幕末維新のサムライたちが聖書に心打たれる思いで、高い志で国家のために活動したのであれば、彼らはなんと幸せであったことだろう。翻って、私は幼少の頃より聖書に親しむ機会に恵まれてきたものの、クリスチャンとして心を揺さぶられる経験は乏しい。

私には証に相応しい信仰経験が無いのだが、父母によく言われた「耐え忍べ」という言葉だけは守ろうと努めてきた。然しそれとても至難のわざである。(ローマ人への手紙5章3ー4節「それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。」)

サムエル北村


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「万事を益となす神」 ローマ章8章28節:

「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、
万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知ってる。」

前号で書きましたが、私達がLAホーリネス教会を出た時は、私達二人だけ送って下さい、それ以外の一切の援助もヘルプも求めませんと、立ち上がりました。思いの外、多くの困難が待ち構えて試みの時でした。礼拝場所(9月号で紹介)、経済、また牧師不在の問題と戦うことになりました。

1)経済的試練の中でスタート:

教会を始めた1994年という年は私達には試練の時でした。1992年はLA暴動の時でした。LAの中小企業が軒並みに打撃を受けた年で、特に、韓国のクライアントを多く持っていた私の仕事は、例年の半分以下の収入でした。

借金し、それでも足りないので将来の退職金、保険金をみんな崩してしまいました。神様、このような最悪の時に、どうして教会開拓に乗り出せと言うのです。経済的に困難な中での難産でした。

しかし、一旦、神様に誓ったことから逃げ出す事は出来ません。信仰を持って進むしか道はありません。厳しい財政の戦いの中でしたがホテルでの礼拝、伝道は喜びでした。特に、魂が救われ、洗礼を受ける人がいると大きな祝福、恵み、慰めでした。

2)牧師不在でスタート:

当時、私はフルタイムの牧師になるつもりはなく、神様からの明確な召もありませんでした。遣わされるであろう牧師の補佐をするつもりでした。仕事をしながら、教会の財源にしたいと思い願っていました。さ〜大変、教会はスタートした、礼拝もスタートした、牧師はいない、いなければ私が立つしかありません。神様は私を崖ップチに立たせて、後ろから背中を押し出すのです、私は困りました。

メッセージの準備も、出張先のエアーポートやホテルで準備をすることもしばしばでした。多くの訓練を受けましたが、喜びでした。 神様の計画は、”お前がわたしのために福音を語れ” であったのです。誰にも頼るな、誰をも期待するな、自分で福音を伝えなさい、経済も誰にも頼るな、自分で立て、私がついている、これが神様の御心でした。そこにも、“ただ、ただ主の恵み”があったのです。

神様は万事を益となすお方です:

1)パウロの権利放棄の伝道型教会
財政的に試練のなかでスタートしましたが、神様は日本からローカルからクリスチャンの会社を与えて下さいました。財政は挽回、祝福されました。そして、私も主から訓練を受け、進む事が出来ました。神様はフルタイムの牧師を遣わされないで、私を立てて下さって、伝統的な教会と違う型の教会作りをさせて下さいました。”無報酬主義の教会”を。

第一コリント9章16節;「それでは、その報酬はなんであるか。福音を宣べ伝えるのにそれを無代価で提供し、わたたしが宣教者として持つ権利を利用しないことである。」私はこの9章を「権利放棄の宣教論」と呼んでいます。

私個人にも語られたみ言葉でもあると受け止めています。私たちの教会は稀に見るユニークな無報酬主義教会となりました。主は信じる者を見捨てられないお方です。

2)教会を追い出されたが会堂購入:
ホテルで礼拝する事は最悪の手段でした。神様、福音を伝えるのに場所が必要です、与えて下さい、しかし神様が導かれたのはホテルでした。ホテルで約4年、そこからユダヤ人の chosen peoplesの教会に移り、そこで8年経った時に、立ち退きを命じられました。

また、新しい場所のために祈り出しました。探せど、探せど、適切な場所が見つかりません。転々と場所を移るのは一時的で、やがて恒久的な場所が準備されていたからです。私達の祈りに勝る計画、奇跡と思われるようにこの会堂を購入できました。主は良いお方と賛美にありますが、実に神様は最高、最善のお方です。

最後に、教会はビジョンに生きる:

私達の教会は先ず、魂の救いを第一として働いています。前述の教会開拓案に4、5年したら、GVICは日英で150人の教会に成長したいとビジョンがあります。私達はすでに24年、50人そこそこ、ビジョンに遠いです。皆さん、祈り、救われる魂が起こされるよう福音を伝えよう。

もう一度、この創立記念日、我らの救い主イエス様にすべての栄光をお返します!ただ、ただ主の恵み!によって創立され、今日まで支えられているのです。

前原利夫


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世にある限りの 讃美歌214 “O for a Thousand Tongues”


讃美歌ミク「世にあるかぎりの」

「息のあるものはみな、主をほめたたえよ。ハレルヤ」 詩篇150:6

オックスフォード大学を卒業したばかりのジョン・ウェスレーとチャールズ・ウェスレーの兄弟は、新世界のアメリカ、ジョージア州に向かいました。オグルソープ将軍の指揮下に住む粗暴な入植者や先住民の人々への伝道を願った旅でしたが、現実を突きつけられ、夢破れた二人は、ほどなくイギリスに戻ります。

イギリスへの帰路、大西洋を渡っていた二人は、そこで出会った献身的なモラビア教徒の一群に感銘をうけます。彼らは深い信仰を持ち、生き生きとして、純粋に宣教への熱意にあふれていました。ロンドンに戻った後、2人はアルターズゲイト・ホールで再びモラビア教徒の一群に出会います。

そして1738年5月、その場所で「霊的に心が燃える」体験をします。そしてその経験を通し、宗教的な活動には熱心でありながらも、神の赦しや神による本当の喜びを個人的に知らずにいた自分たちに気づかされたのです。

「世にある限りの」は、アルターズゲイトでの経験から11年経った1749年、チャールズ・ウェスレーにより生みだされました。モラビア教の指導者であるピーター・ボレールが信仰における喜びを表現したこの言葉に刺激を受けて書かれたものでした。「ウェスレー兄、主は私の人生にとても多くの事を成してくださいました。私に1,000枚の舌があれば、そのひとつひとつをもって救い主イエスを賛美するでしょう!」

チャールズ・ウェスレーの個人的な証が込められたこの讃美の歌詞。その言葉は、2世紀以上、神を信じる人々を突き動かす力となっているのです。

詩篇96:1-4、103:1-4、145:2、3、
ローマ14:17参照

この讃美歌の歌詞を自分自身の心の熱い願いとして、歩みましょう。

峰岸麻子

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私が通っていた名古屋のキリスト教系中学校の校訓(モットー)は「敬神愛人」であった。講堂正面の扁額に墨痕淋漓大きく書かれた4文字は少年心に深く彫まれた。長ずるに及んで、これと同じような言葉を明治維新の立役者、西郷隆盛が愛用していることを知った。「敬天愛人」である。

先月号の証で私は日本の著名な宗教家、思想家、内村鑑三について触れた。その内村の名著「代表的日本人」5人の中に西郷隆盛が堂々と名を連ていることに私はかねてより興味を覚えていた。西郷にとって天とは何か?彼は神を信じていたのであろうか?彼は何故、今なお日本を代表する偉人として慕われるのであろうか?興味は尽きない。

内村鑑三は何故、西郷隆盛を日本を代表する人物に選んだのであろうか?西郷のほかに、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮が含まれているが、いずれも、その人生において、節を曲げずに自己の信念に忠実な人物たちであった。特に西郷は無私無欲、驕らず高ぶらず謙遜そのものであった。

内村はこのような地味で世間的に仰々しく振る舞わない日本人の精神性を広く海外に誇示すべくこの本を英文で書いている。西郷は自己を超えた大きな存在に寄り添う生き方をしたといわれている。この大きな存在こそ天であり、神ではなかったのであろうか。西郷はクリスチャンではなかったがクリスチャンに合い通ずる精神性を有していたと思う。

ここで私は聖書のルカの福音書14ー11「なぜなら、だれでも自分を高くするものは低くされ、自分を低くするものは高くされるからです」のみことばを思い出す。イエス様は自らこのような人のあり方を私たちに具現されてくださったお方である。

私は少年時代に受けた敬神愛人のモットーが私の信仰生活の根底に常に生きていることに感謝している。

サムエル北村


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