証・劉清心

2021年12月30日


証・劉清心

6月・主に召命された2

前回に引き続き渡米する経由について分かち合いたいと思います。伝道者になる確信を持ってから、ずっと神様に祈りました。大学卒業してからどうしたらいいですかと主の御心を求めました。

自分の考えで三つことの選択がありました。一つ目は日本で就職してお金貯めてから日本の神学校で学ぶこと、二つ目はそのまま中国に帰って神学校にいくこと、三つ目はアメリカの神学校にいくことのでした。

アメリカの神学校は評判がいい、クリスチャンが一番多い国だとよく聞かされました。決めるまで切実に主の御心を求めました。ある日ディボーションしている時に主の御言葉が与えられました。

創世記の12:1(主はアブラハムに言われた。あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、私が示す地に行きなさい)と、この御言葉を考えながらその三つの選択の中でアメリカに行くのは主の御心だと信じました。

しかしアメリカに行くのは一番不可能なことでした。その時全然英語喋れないし、お金もないし、アメリカに行くビザを取るのも大変でした。現実の自分を直視すると、どう考えてもそれは不可能でした。しかし主を仰ぎ見る時に、主から与えられた御言葉を思い出し、心に平安と喜びもあった上で、アメリカに行くのは主の御心だと確信ができ、大学卒業してからアメリカに行くと決断をしました。

約一年間ぐらい毎日切実に祈りました。やっと大学卒業する前に、主が道を開いてくださいました。バイト先のオ-ナさんを通して、アメリカに来るビザの週類をサポートしていただいて、保証人にもなって、最後にアメリカに来る必要な費用も全部出してくださって順調に渡米できました。主の働きなしにはどんな仲いい友達でも、自分がどんな優秀でも、そこまで助けてくれる人はいないと思います。主の御心であれば、主が全ての必要を備えてくださいます。

愛する兄弟姉妹、私たちは神様の子供として、主の御心を求めて、信仰によって歩むことは主に喜ばせる生き方だと思います。第二コリント5:7(目に見えるものによらず、信仰によって歩んでいるからです)今回の飛脚は最終回になります。ご愛読ありがとうございました。

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5月・主に召命された1

この世の中の価値観は地位が高く才能があり、成績が優秀な人はよく人に認められる。しかし主は人間が見るようには見ない。「容姿や背の高さに目を向けるな。私は彼を退ける。人間が見るようには見ない。人は目に映ることを見るが主は心によって見る。」(サムエル記上16:7)
 

日本で毎年,AnisJapanというクリスチャンキャンプに参加しました。キャンプで韓国から来た牧師のメッセージを通して、特別な感動を受け以前のことを思い出しました。救われた家族と変えられた自分、厳しい環境の中でずっと助けてくれた主を思い出した時に、自分の人生の全てを主に捧げて、伝道者になりたいという決断を出しました。

現実の生活に戻ると、経済的なことが不安で両親に幸せな生活を与えたいというのが一番でした。そんな生活の中で受けた感動を忘れ、自己中心な生活をしても主がずっとそばにいて、私の祈りを聞いてくださいました。

聖霊様の導きにより、恵みあふれた生活、哀れみ深い主の姿を見せてくださり、キャンプで受けた感動を思い出し、主の前で泣きながら悔い改めました。その時,世の光、地の塩として神の国を広げて行きたいという決断をしました。

しかし、自分の将来と経済的な生活、両親の世話をも主に委ねられませんでした。そこで切実に主に求めました。もし主が本当に私を主の弟子にするならば私の両親を祝福し、経済的にも満たして、私が完全に両親のことを心配ないようにお願いいたしますと主に祈りました。

祈りが聞かれ、両親の関係、経済的にも祝福され、やっと大学三年生の時に伝道者になると献身する確信ができました。主に三回も呼ばれて、心から主の召命に従う決心をしました。
愛する兄弟姉妹私たちそれぞれ神様から頂いてる使命があると思います。学歴や経歴や才能などがなくても、偉大な主を仰ぎ見て、自分を主に捧げる心があれば、主が私たちのすべての必要を満たします。

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4月・逆境の中で働く神様

長い人生の中で、誰でも逆境の生活を経験することがあると思います。しかしみんなそれぞれ逆境に対応する方法が異なると思います。

18歳で日本に行って日本語が全く話せないし、1ヶ月経ってお金がなくなって、外国で一人で不安な心でいっぱいでした。不安の中で今まで頼ってきた神様に祈り始めました。二つの祈りのリクエストがありました。一つはバイトが見つかって生活ができるようにということと、大学に入れるようにという二つの祈りでした。

バイトを探すには日本語が必要だし、日本語が喋れない私は毎日切実に祈りました。主の導きにより、一週間後には友達の紹介でお皿を洗うバイトが見つかりました。店長は優しくていつも私を助けてくださいました。

二つ目は大学に入りたいと強く願いました。自分の人生を変え、家族に幸せを与えるには最低大学の学歴が必要だと思ったからです。しかし、高校に行かずに、毎日遅くまでバイトをし、勉強する時間がない私は疑わず毎日主に祈りました。

日本語学校で一年間勉強して関西で評判のいい龍谷大学に入学しました。学校で先生に期待される学生ではなかつたのですが、こんなに小く、力のない私にも、主がずっと逆境の中で共にいて、助けてくださり、主の恵みの満ち溢れる日々でした。厳しい環境の中にいても、嵐の中にいても、イエス様を信じ、聖霊様の力によって、逆境を乗り越えることができる。

逆境は神様が演じる舞台であって、逆境を通して信仰が成長することができ、忍耐力を生じるんです(ローマ書の5:3-5)そればかりでなく、苦難をも誇りとします。私たちは知っているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。希望は私たちを欺くことがありません。私たちに与えられた
聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。
 

愛する兄弟姉妹、私たち行き詰まった時に、神様の働きを信じて、順境でも逆境でも主に感謝しましょう。   

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3月・日本で洗礼を受け、変えられた

愛する兄弟姉妹、先輩の皆さん、神学校の第二学期がスタートしました。GVICに来て九ヶ月になりますが、皆さんの祈りと愛とサポートを受け、学ぶことができて心より深く感謝しております。これからも主のため、魂の救いのため、、みなさんと一緒に頑張りたいと思います。
 

今回は僕が日本で洗礼を受けた恵みを分かち合いたいと思います。僕は中国での不良生活をやめようと努力しましたが、ギャンブルの誘惑と弱さに負けてどうすることもできず日本留学を決断し、2006年に18才で渡日しました。

日本語はまったく話せないし、経済的にも余裕がなく、ただひたすら神様に頼っての渡日でした。日本で朝鮮族の兄弟姉妹の伝道に導かれ、韓国人の教会に行って信仰生活を始めました。日本に行く前にクリスチャンになったけれども、イエス様、聖霊様の役割は分かりませんでした。神様だけお父さんのような方でずっと頼っていました。その教会の担任先生から洗礼を進められ、洗礼のクラスで一緒に勉強し、それを通して、イエス様と聖霊様の役割を学ぶことができました。

2006年8月17日にAnis Japanというキャンプで洗礼を受けました。その時、自分のすべての罪を深刻に悔い改め、イエス様の血潮によって、私の罪が赦され、聖霊様の力によって、私の不良の心を取り去って、生まれ変わったことをすごく感じました。

イザヤ書53書5節、"彼が刺し貫かれたのは私たちの背きのためであり、彼が打ち砕かれたのは私たちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによって、私たちに平和が与えられ、彼の受けた傷によって、私たちは癒された。"
愛する兄弟姉妹、自分の思いや努力だけで自分の弱さと罪に打ち勝つことはできません

ただ聖霊様の導きによって、イエス様を信じ受け入れれば、すべての罪が赦され、素晴らしい人生を歩むことができます。主イエス様は本当の平安と喜びを与えようと待っておられます。

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2月・家族を通して救われた(2)

2014年は今年の御言葉の様に「働きの成果を無駄にするのではなく豊かな報いを受けられるように」、皆さんと主のために奉仕したいと思っています。

今回も引き続き私の信仰生活を紹介します。両親は離婚せず、関係を回復するようになりました。しかし、私は勉強する気がなくなって中学校を卒業して不良の生活、イエス様を信じながらも自分の弱さに負けてギャンブルをし始めました。家族は神さまに守られ、神様に恩返しをしようという気持ちが強くありながら、ギャンブルの誘惑に打ち勝つことが出来ませんでした。

その頃、できるのは毎週の日曜日に教会に行って礼拝をすることでした。牧師の説教の中で、神様に十分の一を捧げれば、その10倍、100倍の報いが与えられると教えられました。私はギャンブルする前に必ず神さまに祈りました。十分の一を捧げますからキャンブルに勝たせて下さいと。なぜかというと家族のために祈ってきて、神様は答えられると信じたからです。相手は大人にもかかわらず毎回勝ちました。母親は私の堕落の様子を見てよく泣いていました。それで、何回もギャンブルをやめる決断をしました。しかし、それは一時的で元のキャンブル好きな自分に戻っていました。その時人間の弱さどうすることも出来ません。

そのまま平日はギャンブル、日曜日は絶対教会に行きました。毎回勝ったお金の十分の一も必ず神様に捧げました。そんな生活が15から18才まで三年間続きました。人間の目で見たら私みたいな少年は人生観がないと思われるかもしれません。しかし、これを通して私は神様の慈しみと哀れみを深く感じ、信仰の土台を据えるきっかけとなりました。

詩篇の139篇の13節
“あなたは、私の内臓を造り、母の胎内に私を組み立ててくださった"
、とあります。

礼拝を捧げることによって神さまとの関係が深くなり、十分の一を捧げることによって神さまは天の窓を開き、祝福を限りなく注がれます。これからも愛する兄弟姉妹と共に礼拝を守り、十分の一献金を守り、信仰生活をして行きたいと願っています。

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1月・家族を通して救われた(1)

主にあって愛する皆さんとともに祈りあい、ともに成長している事を主に感謝します。中国から来ていまアメリカの神学校, International Theological Seminary(ITS)で勉強している劉 清心と申します。半年前に聖霊様の導きによってGVICに来て愛する兄弟姉妹と出会って恵みと平安の中で一緒に信仰生活してきたことも感謝です。これから約5,6回の飛脚を通して自分が救われた体験、恵みなどを皆さんと分かち合いたいと思っています。今回はどうやって救われたについて書かせていただきます。

いまの時代は家族が一番サタンに狙われる対象であり、一旦家族がばらばらになると子供の心は傷つき、不幸な人生を歩むことになります。それがいまの世の中の現状です。

私は5歳の時から心に強い信念がありました。その信念は家族が幸せになることでした。しかし幼い頃の願いは順調に行かずに、逆の方向に発展していきました。8歳から両親が喧嘩し始め、父はギャンブルをしたり、夜帰らずに二人の関係が相当悪くなって、13歳までに本当に離婚まであと一歩の距離でした。その状況を見てすごく悲しくなり、よく泣きました。

もし二人が本当に離婚したら、私はこの世の中で生きる希望がなくなり、勇気もなくなるし、死んでもいいと思うような気持ちでした。こんな人生の絶望がいっぱいのときに家の近くの教会の牧師さんが私と母にイエス様を信じて、あなたの家族を快復することができると教えてくれました。私はもう本当に自分で何もできない状況でしたので、信じて見ようと決断してそれから祈り始めました。その時から母と教会に行き始め、教会に行って賛美して説教を聞いて母は毎回平安な心を持って家に戻りました。

こんな状況が続いて母の心が徐々に離婚から離れて行くようになり、私はこれを見てやっぱり神様が存在しているんだと信じて、その後も母と毎週日曜日に教会に行きました。

神様の働きで母の心は優しくなって、父は母の変えられた様子を見ると自分もすごい罪悪感を感じて家族に申し訳ないと反省し、それからお互いに離婚する気持ちがなくなりました。

現在、苦しみや悩みの家庭にいる兄弟姉妹、イエス様が疲れた者、重荷を負う者は、誰でも私のもとに来なさい。休ませてあげよう(マタイの11:28)と語っています。

一緒に信仰を持ってすばらしい人生を歩みましょう!

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