今年の独立記念日は、おおやけでの花火大会が禁止されたために、かえって個人単位で花火を上げる人々が多く、どこでも花火が許可されている市では当日夜中まであちこちで花火の音がきこえたようです。

花火を見ていつも思い出すのは鹿鳴館時代の舞踏会を書いた芥川龍之介の短編です。17歳の主人公の明子が父親に連れられて初めて鹿鳴館での舞踏会に招かれ、出席します。

明子はそこで出会った仏蘭西(フランス)人の海軍将校にダンスを誘われ、一晩中、一緒にダンスを踊って過ごすのですが、二人の中に漂う淡い恋が美しく描かれています。その中で花火が出てきます。その花火について、このフランスの将校が明子に向かって、花火のことをフランス語でいうヴィ(生)のようだといいます。

花火はあっという間にその美しさを見せて散ります。私達の人生もそうですね。ついこの間、結婚し、ついこの間子供が生まれ、そして、・・・・

でも聖書の詩篇にありますように私達クリスチャンはこの短い地上での生活でも一つの事だけを願います。詩篇27篇の4節です。

命のある限り、主の宮に宿り、主を仰ぎ望んで喜びを得、その宮で朝を迎えることを

そしてこれに曲がつけられ、魂に訴える賛美になっているのですが調べたところ、1984年Stuart Scott作、マンハッタンミュージック社より、世に出たものだということ以外わかりませんでしたが、なんとわれらが織田先生がミシガン州にいた2003年に日本語訳をなさっています。

「ただひとつ私の願い求めは、主の家にすまうことを いのちのかぎり うるわしき主を仰ぎ見て、主の宮に住み、主を思う。」

そして、わが教会の黒澤倫子さんがすばらしい賛美をしてくださっていますので、是非おききください。

イー弘美

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