私の愛する方は、私に語りかけて言われます。
3月になるとフリーウェイの土手からさまざまな花たちが色を出してきます。冬が終わり春の芳しい季節となります。
「私の愛する方は、私に語りかけて言われます。『わが愛する者、私の美しいひとよ。さあ立って、出ておいで。ご覧、 冬は去り、雨も過ぎて行ったから。地には花が咲き乱れ、刈り入れの季節がやって来て、山鳩の声が、私たちの国中に聞こえる。いちじくの木は実をならせ、ぶどうの木は花をつけて香りを放つ。我が愛する者、私の美しいひとよ。さあ立って、出ておいで。岩の裂け目、崖の隠れ場にいる私の鳩よ。私に顔を見せておくれ。あなたの声を聞かせておくれ。あなたの声は心地よく、あなたの顔は愛らしい。』」雅歌2章10−14節
著者ソロモンが婚約時代を思い出し歌った箇所です。
羊飼いである花婿が、花嫁に優しく呼びかけます。「さあ、立って出ておいで」と。これは花婿なるイエス様の私たちへの呼びかけです。「私の愛する者よ」と優しく呼びかけてくださる花婿イエス様に、私たちは立って、主のもとに出て行きます。
ある日、教会のスモールグループでの事、「あなた方の内側にもし許せない心、怒りがあるならば、それは何か、それをどのように対処するのか」という事を分かち合いました。
一人の女性が手を挙げ、自分のうちに「怒り」があることが苦しいと告白します。それは両親を許せない思いでした。老舗の会社を営む両親は厳しく、泣くことは許されず叩かれる。女系家族のために後継を強いられ、自分の意思は受け入れられなかった。父親から優しい言葉をかけてもらったことがない、母は助けてくれなかった。これらの気持ちが大人になった今、彼女の痛みとなって出てきたというのです。
彼女は熱心なクリスチャンで、信頼がありよく奉仕をし、笑顔の絶えない女性です。彼女はカウンセリングも行った、クリスチャン
の癒しのミニストリーも行った、でも解放されないというのです。私たちは彼女のために輪になって、聖霊様を求めて、主を慕い求めて祈りました。
そこで預言をする者、ビジョンを見せられる者、御言葉が与えられ語る者たちが起こされます。圧倒的な聖霊様の臨在の中でした。「あなたの言葉で、神様にその苦しかった思い、あなたの思いを話せますか(祈れますか)」と導かれるのですが、彼女は声が出ないのです。祈れるのに、自分のうちに秘めた思いを告白するとなると、声が詰まって出てきませんでした。しばらくの沈黙の後、絞るようにして、彼女が痛みを告白するように祈りがされたのです。
その祈りは聖霊様の臨在の中に私たちが置かれ、主の大きな御腕が見えるような光景でした。我が愛する娘よと、彼女を抱きしめる父なる神様。我が愛する者よと、彼女を包 む花婿イエス様。ひとしきり泣いたスモールグループでしたが、その方は「すごく軽くなりました!」と笑
顔で帰っていかれました。そして、その夜も笑顔、翌日も笑顔、主の平安と喜びが内側から泉のように湧き上がるのだそうです。アーメン。
私たちは誰でも、苦い思い出、苦しい経験があるのですが、その苦い根っこをそのままにしてしまうことがないでしょうか。問題は時間が解決すると思いがちですが、問題の根っこを引っこ抜かないと、根っこは張り続けます。根っ子を自分で引っこ抜こうとする(自分で解決する)とプチって切れてしまったり、良いものまで壊してしまう。かえってリスクが高いのです。
だからこそ、あなたを愛すると言われる方、主なる神様の呼びかけに応答することです。
「我が愛する者よ、出ておいで。」と花婿である主が、私たち花嫁に呼びかけます。冬 が 過 ぎ 去 り 、 雨 も過ぎ去ったのです。こ の 方 の愛 に 私たちが、さあ、応答するのです。ハレルヤ!
キム明子







ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません