2021年12月19日(日)礼拝報告

2021年12月31日

2021年12月19日(日) 礼拝

クリスマス礼拝の今日はまず、賛美チームに特別ゲストとしてギタリストの大岡遊氏を迎え、多くのクリスマス賛美、またプレイズで、主イエス様の御降誕を祝いました。メッセージは高吉聖悟先生(通訳峯岸麻子姉)により、マタイ伝1章18-25をテキストに「メチャクチャなこの世界にメリークリスマス」という題で、クリスマスの意義の核心に迫る力強い内容でした。

「クリスマスについて考えるとき、それを感傷的に捉えるのは簡単なことです。愛し合う若い夫婦が初めて迎える赤ちゃん。周囲の人々は喜び、天使は歌を歌ってその誕生を祝う…。

しかし、現実を見れば、歴史上最初のクリスマスは、私たちが見落としてしまいがちな様々な問題にあふれていました。未だ、身体的に夫婦とはなっていない若いマリアとヨセフの二人の間で、マリアの妊娠が判明します。まだ婚礼式もしていない状態です。この状態を想像してみてください。ヨセフの気持ちはどんな状態だったでしょう?義なる人であったヨセフです。

裏切られたと思いがあったことでしょう。このままマリアと結婚すれば、ヨセフは小さい村のことです。周囲から恥辱の目で見られ、またマリアはどうでしょう。マリアも死ぬまで十戒を守らなかったという一生姦淫の女というラベルを背負って生きていくことになります。当時このことは本当に大変なことでした。 

というように、最初のクリスマスは、本当にメチャクチャでした。しかし、このような無秩序の中に神様はお出でになり、問題を解決してくださったのです。

私達もいろいろな問題をかかえています。みなさんそれぞれ、健康問題、人間問題、経済的な問題、いろいろな苦難に向き合っていることでしょう。でも神様はこの問題の中にいて、ともに生きてくださるだけでなく救ってくださるのです。

ヨセフに名前を呼んでくれたと同じに私達の名前を呼んで、恐れてはいけないと言ってくださるのです。

私達の人生がどんなにメチャクチャでも、このクリスマスのお話を思い出すときに、私達は喜ぶことができるのです。だって、そんな私達の所に神様が来てくださったのですから!

そして私達に次に何をしたらよいか、をヨセフが神に答えをいただいたて、マリアを妻に迎えたように私達に生きる道を教えてくださるのです。」

今週のみ言葉、「マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です」マタイ1:21

it is easy to sentimentalize Christmas. In our minds we can easily picture a young couple in love welcoming their first child with people celebrating and angels singing. But the reality is that the first Christmas was filled with a lot of messy details that we may miss. Mary and Joseph’s was still not at the point where their marriage was to be consummated but Mary was found to be pregnant. Joseph would have been humiliated if he continued the marriage. Mary would forever be labeled as an adulteress. The first Christmas was messy. But in the midst of this messiness, God came and took on that messiness. The Christmas story is a story that we can rejoice even when life is messy because God has come!