弟の登校拒否から8年 | 証・キム・明子(2)

2021年12月30日

弟の登校拒否から8年が経っても、彼の心の痛みは癒されないまま、私たち家族の心は疲れ切っていました。どうしてこんな風になってしまったんだろうか。家族一人一人がそれなりに努力してきましたが、私たちの抱える問題は大きくなるばかり。

母は、弟の前では笑顔でも、普段は泣き顔でした。外に出るのが辛くて、買い物は夜に出かけます。ある夜、息子のために牛乳を買いに出かけた母に、夜空の星が輝いていました。いつも下を向いていたのに、母は空を見上げて星を見たのです。

「私は、この子のために牛乳を買うことができるんだわ。」と輝く星をみて、感謝の思いがこみ上げてきたそうです。

ちょうどその頃,自宅ポストに無料英会話クラスのチラシが投げ込まれました。近所の教会の無料英会話教室です。英語好きな母は、そのチラシをもって、英語クラスへ行くと、そこには、アメリカから来た宣教師の先生がおられ、温かく迎えられました。

今までいろいろな所へ問題の解決を求めては行っていた母は、教会でも、自分のことを打ち開けたのでしょう。すると、みんなが母の為に手を取って祈ってくれたそうです。

自分の為に、涙を流して祈ってくれる人がいる、じっくり自分の話しを聞いてくれる人がいる、偏見なしに我が息子のことを理解しようとしている人がいる。これらのことは、母に大きな励まし、慰め、そして喜びとなりました。

これを機に母が教会に行くようになり、母が明るくなりました。いつも泣いていたのに、私たちの前ではボロボロだったのに、友人が出来て、元気になりました。真っ暗闇だった母の心に、一つの光が入り込んだのです。夜明け前が最も暗い時だと言いますが、一つの希望によって夜明けが来たのです。

一方、娘の私は、母のような疲れきった人には宗教も良いが、私は自分で頑張るんだと思っていました。母はキリスト教で楽になるならそれで良い。しかし私は自分の愛で弟を愛し、理解する、と思いました。決して家の問題で弱音を吐かず、泣かず、問題と向き合って頑張りました。同情されたくない、これが私の本音だったのです。

それでも24歳の私には背負い切れない、いくら強がっても大きな不安がいつもありました。

25歳の夏。少し落ち着いていた家の状況が崩れるように悪くなりました。今までになく、弟が暴れました。自分を責め、泣きながら物を壊していきます。物が壊れる音は彼の心が破れていく音のようでした。

頑張っても、またこの最悪な状態がくるんだ。。。

私の心はどん底、真っ暗闇。しかし暗闇の私に神様が一筋の光を投げようと働かれたのです。私の夜明けの始まりです。 

キム・明子

続く・・