証(1)大久保 満
1977年6月11日、私はイリノイ州シカゴ郊外のハイランドパーク市の病院で生まれました。最初の子であり、また、遠い祖国日本から離れた出産ともあり、両親にとって、私の誕生は、とても不安があったことと思います。元気に生まれてくることだけを願ったことでしょう。
しかし、生まれてすぐ、私の右の鎖骨に悪い菌が溜まり、また、「敗血症」という病気にかかっていることが分かりました。とても危険な状態で、母親の話では頭から足に至るまで沢山の管が小さな体の至る所に取り付けられ、何度か生死をさまよったそうです。両親、特に、母は、元気に生むことが出来なかった自責の念で苦しんだそうです。
そんな状況の中、母は一つの祈りをしたそうです。それは、ハンナの祈りです。ハンナは、子供がなかなか出来ないことで苦しみ、日々激しく泣いていました。そして、こう主なる神様に祈ったのです。
「万軍の主よ。もし、あなたがはしための苦しみをご覧になり、私を心に留め、このはしためを忘れず、男の子を下さるなら、私はその子を一生の間、主にお渡しします。」(サムエル記第一1章11節)
このハンナの祈りは、神様に聞き入れられ、後にサムエルという男の子を授かります。そして、ハンナは約束通り、乳離れした息子を主の働き人として、主なる神様に捧げました。サムエルは、後に預言者として、一生涯、イスラエルの民を主なる神様に従うように導きました。それは、母ハンナの祈りなしでは成し得ませんでした。
同じように、私自身も私の母の祈りなしでは、今の自分に成れませんでした。あの時、母が、「もし、あなたがはしための祈りを聞き上げて、息子を癒してくださるなら、私は息子を一生の間、主にお渡しします」と祈ったことによって、今も尚、生かされ、主の働き人として献身し、主イエス様の福音を語り、主に仕え、人に仕えることができているのです。出生を思う時、母に感謝するのです。
大久保 満







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