洗礼 | 大久保 満
世間では、コスチュームで身を包むハロウィンの日、すなわち1993年10月31日に、私は古い自分を脱ぎ捨て、新しく主イエス様と共に生きる「クリスチャン」の衣を着る宣言をし、家族と教会の兄弟姉妹が見守る中で、洗礼を受けさせていただきました。
実に、主イエス様を自分の救い主と信じ受け入れてから三年経った後の洗礼でした。なぜ、イエス様を信じ受け入れる信仰告白をしてから、三年もかかったのかと思われるのかもしれません。理由は簡単です。
それは、私を育ててくださった母教会は、「自覚」が芽生え出す高校生から洗礼を受けることを推奨しているからです。今思えば、その推奨に従って、三年待ったのは、その後の私の人生において良かったと主に感謝しています。
なぜなら、主イエス様を信じたものの、神様について、聖書について、人間と罪について、イエス・キリスト様について、救いの確信と信仰生活についてなど、救いをいただいたとしても、まだまだ学ばなければならないことがたくさんあったからです。
それらを少しずつ、しかも成長期の中で、体と心と精神の成長と共に霊性も鍛え上げられたことは、本当に神様が私に与えてくださった成長プロセスだったと思います。
そして、この時期の成長が、牧師となった今の自分に繋がっていると確信しています。
確かに、洗礼は儀式的な所もあるかもしれません。しかし、洗礼と言う節目を通して、私は、本当の意味での「古い罪深い自分」から「新しい罪赦された自分」に造り変えられた大切な通過点だったと思っています。
コリント人への手紙第二5章17節の「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました」の御言葉は、まさにその事を物語っています。
水から上がった後の人生は、決して順風満帆と言うわけではありません。しかし、主がどんな状況でも私と共にいてくださるので、幸せな人生です。
大久保 満

ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
Gospel Venture International Church (GVIC)
17811 South Western Avenue, Gardena, CA 90248 U.S.A.
www.gospelventure.com/




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