私たちは、父なる神様から愛されている〜愛の対象である事実をどのくらい受け止められているでしょうか。

「わたしの目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」イザヤ43:4a

私たちは、父なる神様から愛されている。愛の対象である事実をどのくらい受け止められているでしょうか。

主のことばは生きていて、力があります。私たちは主なる神様から愛され、喜ばれている事を体得する!それは、主との個人的な交わりの中で育まれるもの、それは主の計らいの中で起こると思うのです。

これは私の娘の証です。牧師家庭に生まれた子供たちは、小さい頃からイエス様を愛し、当たり前のように教会で育ちましたが、いつの日か、両親のような信仰は自分にはないかもしれない、と思い始めたそうです。

彼女が15歳の時、父親を亡くします。病気の父親が苦しんで、ついに死んでしまったことに、人生を神様に捧げた両親なのに、どうして父がこんな死に方をするのか。もう神様を信じないと、神様に対して怒りを持ったと言います。

しかしそんな中、母親(私)は大変な状況であるのに様子が違ったそうで、「お父さんが死んでしまい、こんな悲しいことはない。怒りも出てくるけれど、それを持ち続けるのはやめよう。

私たちにはこんなにも良いお父さんがいたのだから、お父さんとの良い思い出が私たちにはある事を大切にしよう。私たちを愛してくれた父がいた事を感謝しよう」と悲しみの中にあるはずの母親が穏やかに娘に話したそうです。

その態度になんとなく不思議を感じながら、しかし娘は父親が亡くなった時間になるとパニックアタックになり、眠れないなどの不安症が起こっていきました。
母親の私はそのために祈っていましたが、ある日娘が言うのです。

「今日ね、夢でお父さんが出てきて、『ごめんね、いつも思ってるよ』とハグしてくれたの!」

その日以来、パニックアタックが治りました。感謝。

ある時は「今日もお父さんが夢で出てきて、『お父さん帰ってきた!!!』と思ったら、お父さんの遺骨が家に戻ってきた日だった!」と話してくれました。

こういう中、どうしてお父さんが死んじゃったのか、と依然と悲しみの中でしたが、一つの聖書箇所が彼女の心に与えられました。

哀歌3:22、23「私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。主のあわれみは尽きないからだ。それは朝ごとに新しい。あなたの真実は力強い。」

そして、娘が私にいうのです。

「お父さんのことを神様どうして!と思っていたけれども、悲しみの中、苦しい中にもイエス様は私と一緒にいてくださっている。それも毎朝、イエス様は私に現れ、一緒にいてくださるとわかった!」

このみことばは亡き夫がいつも口にしているみことばで、娘たちの胸に入っていたのでしょう。

信仰の継承の難しさを痛感し、主に縋るように祈っている私ですが、娘から、哀歌が与えられた!と話してくれたとき、主は真実なお方、主のあわれみは尽きないこと、心から思い主を賛美しました。

生きるということは、時に困難があり、悲しみを体験し、痛みを伴うことがあります。しかしどのような状況の中にも、私たちには主が共におられるのが本当。主は私たちを愛してくださり喜んでくださっていることも真実。

このことを私がしっかり受け取るのは、説得されるのではなく、共におられる主と時間を過ごすことです。

娘は夢にお父さんが現れたことで、父の言葉を思い起こし、父なる神様の心を体験しました。

みなさんは父なる神様から愛されています!その確認は、イエス様と一緒にぜひなさってください。主の祝福

キム・明子


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