苦難の日にはわたしを呼び求めよ。わたしはあなたを助け出そう。 (詩篇50:15)

アメリカのキリスト教会の一つの特徴は、リバイバル運動が何度も繰り返し起こったことでした。信仰復興とは生き生きとした信仰を失っていた個人、教会、社会、国、世界において、人々が神様への思いを新たにし、活性化され、使徒たちの時代と同じような躍動的な姿へと再生する動きの事です。

神様は愛するがゆえに時として、私たちを断崖絶壁まで追いやることがあります。それは殆どの場合、痛みを伴い、“神様, もうだめだぁ“っていうところまで。しかし、聖書の中に見る、”信仰によって生きた人たち“を見ると、どんな に耐えられない状況下にあったとしても、常に神の平安に包まれて歩み続け、最後に圧倒的な祝福を受けています。

私はただただうろたえるだけで、夜も眠れず、”神様、早く助けだしてください“と叫ぶだけでした。私は、”恐れ“だけに振り回されて、神様の平安は目にも入らなかったのです。

神の平安は揺るぎないもの、不変なるもので人間の頭では絶対に考えの及ばない領域。どうしたらパウロが持っていたものにたどり着けるのか、ただただ祈りました。

その時にもう一度、聖書に戻り創世記から丁寧に聖書を読もう、神様の語りを受けようと導かれました。“神様、あなたの平安を教えてください!“
聖書を読み始めて、祈り求めていくうちに、明確な答えが見えてきたのです。聖書の奥義は日々の学びと祈りを続けなければならないと。

神様はわたしのことを全部知っておられ、愛するがゆえに、今の私はここを通っているんだ。通らなければならないと。つらいけど感謝しよう。痛いけど感謝しよう。感謝できなくても感謝しよう。そして、隣人を自分の事のように愛していこう。そのうちに私の心は神だけを見上げ歩み始めていました。

神へのいけにえは、砕かれたたましい。
砕かれた、悔いた心。
神よ。あなたは、それをさげすまれません。(詩篇51:17)   

鈴木光一



ゴスペルベンチャーインターナショナル教会
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内村鑑三が札幌農学校で、新渡戸稲造らと”イエスを信ずる者の契約“に署名したのは1877年。西南戦争が起こったのは同じ年。内村は若く、西郷は晩年でしたが、西郷隆盛は、内村にとって同時代の英雄だった。あの堅物クリスチャンの内村が、神の声を聞いた第一人者に西郷を挙げている。

人間が何かをするのではなく、人間は無私になって、天 の道具になるのが最も美しい。江戸城の無血開城を実現させた、明治維新, 最大の指導者だ。“敬天愛人”朱子学、陽明学、そして、その後に聖書を学んでいた。最後にこの言葉が彼の心の中に必然的に収まったのでしょう。

モーセは奴隷の子供で、殺されるかもしれない危険の中、エジプトの王子になりました。40歳で, 急に殺人者になり、逃亡者になりました。彼が80歳になったとき、神が燃える芝の中から声を掛けます。

それまで80歳になるまで、彼の人生は、一度も計画通りになったことがありませんでした。40年間、ミデアンで、悶々と暮らしている時の事でした。神の前で靴を脱ぎ、ひざまずいて、完全降伏の宣言。モーセは神に出会うことによって, やっと意味ある人生がスタートしました。神はその時までモーセとイスラエルの民を見て、聞いて、知っておられました。

神様との出会いがあるか、ないかによって、私達の過ぎ去った過去が意味ある時間になることも、意味ない時間になることもあります。神様との出会いは, 人生を左右する一番重要な出来事です。私達一人一人にも、神様は必ず出会ってくださります。

しかし、恐れ、痛み、あらゆる思い煩いがあったとしても、諦めずに忍耐し、祈り求めてゆくときに、あなただけにしかできない、神の御計画を歩むことが可能になってくる。モーセは、”イスラエルの民を導き出す“ 使命が与えられた。私達にも、神様が用意してくださっている神の御計画が必ずある。

神様との出会いが、最善の人生の答えを与えてくださいます。  

鈴木光一

小学6年の図書の時間に、太宰治の短編小説を読んだ。その中に、“悶々”という言葉が出てきた。“心の中で大いに思い悩むこと。

悩む様子を外面にあらわすことなく、内心でじっと悩み苦しんでいるさま。”と辞書にあった。

押せども、引けども、動かぬ扉が、この世の中にある。地獄の門さえ冷然とくぐったダンテもこの扉については、語るのを避けた。2005年から2009年にかけて、私はその悶々と生きることを実際に体験する事となる。

真暗闇の中にいた。何をするにも手がつかず、自分の力ではどうすることもできない。その思いは24時間、絶えず私を悩ませた。その思い煩いは消えず、朝まで寝付かれない時なども度々あった。

そんな中、神様の恵みにより、2009年にイスラエル・聖地を訪問することができた。初日の聖会では、私達二人は最初から最後まで涙、涙の連続。神様の憐れみと愛に触れ、癒やされる思いがした。

翌日、シナイ山に到着。午前2時に神の山、シナイ山頂を目指し、真っ暗な中、ヘッドライトを頼りに登り始める。頂上に登りつめると、うっすらと視界が開けてゆく、“見よ。わたしは濃い雲の中で、あなたに臨む。”神様との幻想的出会いを体験。次の日はガリラヤへ。早朝礼拝、あとは湖畔で聖書、そして祈りの時と神様の語りかけを待ち望んだ。

希望を持って生きる事に変えられていった。“いつも喜んでいなさい。たえず祈りなさい。すべての事に感謝しなさい。”“私を呼べ。そうすればわたしはあなたに答え、あなたの知らない理解を超えた大いなる事をあなたに告げよう。”聖地で二人に与えられたみ言葉。悶々と生きた4年間、とても苦しかった。

この苦しみの経験を通して、神様は全ての事を働かせて益として下さる事を見させてくださった。やがて神様は我が家全員, 一人一人に思いもよらぬ、溢れるばかりの祝福を下さった。

どんなに暗闇の中にあったとしても、神の時に眩い光が差し込んでくる。ハレルヤ!

鈴木光一

私が救われて、すぐに私の心を駆け巡った思いは家族全員の救いの事です。

愛する父母、姉妹にもこの偉大なる神様の事を知らせなければと。みんな教会には行ったことがありましたが、 洗礼はまだ受けていませんでした。いつも祈り続けていました。

1993年に, 日本リバイバルミッションによる聖会が甲子園球場で行われました。家族全員で聖会に出られると喜んで日本に行きました。しかし、日本についた日に, 父が脳梗塞で倒れ、入院していたのです。

すぐに病院に駆けつけましたが、意識が戻り、何もなかったかのように話ができました。それから三日間、父に神様の事を話しする機会が与えられました。驚いたことに父は聖書の事をよく知っており、自分が犯してきた罪の事も私に話してくれました。

聖会の最終日、行く前に病院により、話をして、また来ますねと言って、玄関まで来たときに、神様がもう一度病室に戻って、父にイエス様を救い主と告白するように導かれたので病室に戻りました。

父はその時に、罪を悔い改め、イエス様を救い主と信仰告白しました。その晩、滝元明牧師のメッセージが終わり、招きがありました。甲子園球場のグラウンドに作られた、真っ白い十字架の舞台に、続々と人が集まりました。

私たちも家族9人、全員降りていきました。みんなで心を合わせて、父の為にお祈りしているときに不思議にも、父も今、私たちと一緒にいることをみんなが実感しました。父が救われたことを感謝しました。

聖会を終えて家に戻ったときに、病院から電話が入り、父が召天したことを知らされました。その時間が甲子園球場の舞台で、家族全員が心を合わせて祈った時刻でした。

父の召天を通して、主は私たち家族を最善に導いてくださり、その後、家族は教会生活を経て、受洗の恵みに預かりました。主の祝福と恵みを受け、輝く人生へと導かれています。主のみ名をほめたたえます。    

鈴木光一


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私たちはロサンゼルス・ホーリネス教会でお世話になり、信仰の先輩方から愛され、たくさんの事を教わりました。

その頃は80歳を越える方々から20歳代の若い学生さんが集っておられました。水曜日の祈祷会にも出席するようになり、主にある素晴らしい交わりが与えられました。

前原先生もその時、欠かさず出席されておられました。ある時、後ろに座っておられたご婦人が、“この紙にあなた方のお名前を書いてください。これから祈らさせていただきます。特に赤ちゃんのためにね。”と言われ、二人の名前を書いたのを今でもはっきり覚えています。

とても可愛らしい老夫婦で、時々ご主人が司会をされたり、礼拝で祈られておりました。いつもはにこやかな方でしたが、神様の前に立つ時は、背筋が伸び、凛としておられたのが印象に残っています。私もこのような方になりたいとその時に思いました。急速にとても懇意にしていただき、家にも度々お伺いして、いろいろな事を学ばさせていただきました。

お二人とも、既に天国に行かれましたが、そのご恩は決して忘れられません。また、月に1度、我が家で友愛会の聖書の学びが持たれました。学生さんや若者達でいつも家いっぱいでした。いつも祈り、み言葉を学び、食事を共にして、いつも遅くまで悩みを聞いたり、泣いたり、笑ったりで、主にある楽しい時を過ごしました。その時の学生さんたちももう年を取り、日本に帰りましたが未だに連絡してくれます。

また、月に1回、友愛会が愛餐会の係で、いつもバーべキュ-チキン。土曜日に集まり、その時はちまこさんもいましたが、ワイワイ言いながら料理をしていました。英語部にもとても人気がありました。

主にある兄弟姉妹、いつもともに祈り、泣き笑いをともにし、そして神様の素晴らしい御業を見させていただきました。GVICも素晴らしい交わりをもって、神様に希望を持ち、共に主の御心を歩んでいきたく祈っています。

鈴木光一


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私がどのようにしてキリスト教に導かれたかを振り返ると必然だったように思われる。神様が見当をつけて、私の意思とは別に、生まれる前から私は神様に捉えられていたように思う。

父は韓国で祖父と祖母に無理やり神学校に入れられる。父の名は何故かヨナ。それじゃあ逃げちゃうでしょう。案の定、父はその神学校から夜逃げをして日本に来てしまう。その父が盛岡で医師として開業している時に私が生まれる。その父が私を何故か白百合幼稚園に入れてしまう。

その時から“主の祈り”を意味も解らないのに毎日するようになる。東京に移り、姉と妹がホーリネス教会に導かれる。私も足を運ぶようになる。ロスに留学した時に少林寺拳法に熱中。その先生がなぜか、キリスト教の話をするではないか。ある日、練習後、キリスト教小雑誌を私に渡して, 赤鉛筆でしるしてあるところを読むようにと言われる。

それがのちに私の妻になるあきの証だった。そんなこんなでロサンゼルス教会に導かれる。あきと結婚した年に洗礼を受ける決心をした。というより罪の赦しもはっきり把握せずに、それだけでなく自分の意思にも反して、強制にも似たような多少自分の良心にも反したものだったのである。ともあれ私は35歳でキリスト教の第一歩をふむ事になる。

教会生活が、聖書の学びが始まる。罪って何?違法はたくさんあれど、罪はただ一つ。神に背を向けた反逆。罪の罪、原罪なんだ。アダムとエバとが犯した罪の為、神と人の親子関係が絶縁となった。この原罪は人には決して取り除くことはできない。

解決法はただ一つ、神の子イエス様だけが癒すことがおできになる。人が、イエス様によって、神に対する反逆を認め、悔いて神様のもとに帰り、再び神の子となる。原罪、悔い改め、救い、すべて神の御愛を通してのみ顕現される。この奥義が私の中にずっとあった、空虚感を一度に満たしてくださった。神様が息を吹き込んだように。

鈴木光一


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