私は確かに自分の意思でイエス様を信じたのですが、大いなる力に包まれたことによって、イエス様が神である事が分かったと言うべきかもしれません。
神様がいる、と信じた私には、聖書の話がどんどん素直に入ってきました。
イエス様を信じると、力が注がれる、喜びが注がれる、病気が癒される、問題の解決がある。私の心は新しい期待でいっぱいです。

しかし、心は喜びいっぱいでも、家での現実は悲惨なものでした。

父は、息子の問題に向き合うことができず、お酒や遊びに逃げる現実逃避。しかし、家中のガラス、扉、窓が壊れ、欠片が庭に散乱しているのを目の当たりにすると、正気に戻ったように、父はしゃがみ込みました。

イエス様を信じる前の私は、父に対して、「我が家の問題は父には荷が重すぎる」と勝手に判断し、父に心配、負担をかけないようにと、私は一人で頑張っていました。母には、「母は賢くなんでもできる人」という思いから、もっと頑張れ、もっと頑張れと叱咤激励の連続だったように思います。

本当は、弱り果てている人に、叱咤激励なんてしてはなりません。イエス様の愛を知るまでは、私は自分の思いを母にぶつけては、母の悲しみに追いうちをかけていました。また娘でありながら、娘として父を敬うことはせず、父を助けているつもりで実は父の権威を取り除くという罪を犯していました。
しかし、これらの罪に私が気がつくのはもう少し後になってからなのですが。

家中が荒れはてた様子を見て、しゃがみこむ父に、「おとうちゃん、ママがお世話になった教会へ行ってみようよ。」と私はとっさに言いました。父は、夜勤明けで疲れていましたが、一緒に教会へ行くと言ってくれました。車の中で必死に祈りながら、神様に期待しました。父がイエス様を信じればなんとかなる。私が変えられたように、父が変わるように祈りました。

教会では、第一ヨハネ4章から「神は愛」というお話でした。私はずっと泣いていて、父は黙って聞いていました。父は言葉の人ではないのですが、勘の良い人です。集会がおわり、牧師先生が父と私のために祈ってくださって、私たちは家に帰りました。

途中「アッコ、うどんでも食べてく?」と父に言われて、うどん屋さんへ入りました。そこで父が「アッコは教会に行ってんの? 気持ちがすっとすんな。たまにはああいうとこに行くものいいや。」と田舎訛りで言うのでした。 父がイエス様に心を開いている!と希望を持った時でした。

それから、16年、父が救われるのにかかるとは全く知らずに。 

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