しばらくの間教会へお世話になるという母からの電話の後、私は荷物をまとめ始めました。夏だったので、数枚の着替えと下着などを揃えて持っていこうと思っていましたが、母の下着はろくな物がなく、どれもボロボロでした。母の苦労が今更ながらに分かって涙がこみ上げてきました。

途中、母の下着を購入し、電車で田舎へ下って45分のところに、母がいる教会がありました。
 
私に取っては生まれて始めての教会です。そこは、とても小さい平屋の家で、『主イエスキリストの教会』と看板がありました。チャイムを鳴らすと中から男性が出て来て、中へ通してくださいました。

小さな部屋にはワープロがあって何か作業をされていたのかもしれません。その男性が牧師先生でしたが、私は牧師も神父の違いも分かりませんし、ずいぶん普通のおじさんで、普通の格好だなと持ったのを覚えています。

以前の私は、家庭の問題について聞かれれば、なるべく平静に、笑顔で相手に分かりやすいように説明してきました。私が悲んだり、泣いて落ち込むことは、弟の存在を否定することになると思っていたからです。ですから、あの時も家族の非常事態にも関わらず、私はきちんと落ち着いて挨拶してすぐに帰ろう、と決めていました。
 
しかし、その牧師先生がとても温かい笑顔で、歓迎して下さり、色々と話しかけて来られました。「弟さんはどうですか?」「お父さんはどうですか?」「今お家はどうですか?」等々。私を思ってくださっての言葉だと分かりました。私は感謝しながら、いつものように淡々と笑顔でお家事情を話しているのですが、涙が後から後から溢れて流れてしまいます。

やがて母と牧師夫人が出先から帰ってきて、私は荷物を母に渡し、先生ご夫妻にお礼を言って失礼することにしました。牧師先生が「最後にお祈りしましょうね」と言って、私の頭に手を置いて、祈ってくださいました。

祈りを聞いたのも、祈ってもらったのも初めての体験です。祈りが始まったと同時に、頭の上から足の先まで私に熱いものが流れこみました。涙が溢れ出して嗚咽するほど泣いてしまいました。その熱い中『もう大丈夫、今まで良くがんばったね』と。聖書も読んだことがなく、イエス様のことも知らない私でしたが、それは「神様だ!」と直感し、私は神様の存在を信じました。

喜びが泉のように湧いて

帰路の電車の中でも涙が止まらず下を向いて帰りました。その涙が止まると今度は、喜びが泉のように湧いて来て嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。

家の中は酷い状態なのに、母は家を出ている状態なのに、嬉しくて、私の中の大切な部分が理解されたような、大事な物を探し当てたような喜びが溢れるのです。

午後から仕事へ出ると、私にこみ上げる喜びを押さえ切れずに、職場の方々に「今日ね、教会へ行ったの。」と言い歩いていました。不思議な体験でした。

数日経っても、私の湧き上がる喜びは変わらず、また教会へ行きたい!あの場所へ行きたいという思いが募りました。母に聖書はどこで売っているのかを尋ねると、母も嬉しかったのでしょう、直ぐに新しい聖書が用意されていました。

再び教会へ

それからの私は、水曜日祈祷会、木曜日の婦人会、日曜日の礼拝、時々金曜日の徹夜祈祷会へと通うようになりました。教会に入ると、空気が変わる様でした。賛美に、メッセージに、いつも泣いていまいした。そして、その後は喜びで満たされました。

今までの私は、家族の問題を除けば、友達も多く、仕事もやりがいのある充実した生活でした。私のことを悪く言う人もそれほどいませんでした。

なのに、私の心はカラカラに渇いていたのです。私はずっと頑張っていました。本当は折れて倒れそうでした。
しかし、私を愛し、私を理解されるお方、私の霊のお父さん、神様と出会ったのです。私の霊は喜びで満ちて、渇いた心がどんどん潤っていきました。

こうして私はイエス様を私の救い主と信じるのです。

キム・明子

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