イースター、おめでとうございます!

今年のイースター・サンデーは3月27日です。イースタから数えて40日間イエス様はこの地上で過ごされた。私の関心はイエス様は何をされて40日を過ごされたかです。使徒行伝1章はこう記録する”イエスは苦難を受けたのち、自分の生きていることを数々の確かな証拠によって示し、40日にわたってたびたび彼らに現れて、神の国のことを語られた”。復活から昇天までのイエス様の活動は”宣教”であった。マルコの福音書は”時は満ちた、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信ぜよ”、と冒頭でイエスの宣教活動を記録している。イエスの宣教は公生涯の初めの日から昇天、地上の最後の日まで継続したことになる。

それでは、復活のイエスと宣教を順を追って考えてみよう。

1) 罪の赦しの宣教(ヨハネ20章): 復活されたイエス様は、その日の夕方恐れ隠れている弟子たちに現われた。”安かれ”と弟子たちの恐れを除き、弟子たちに罪の赦しの特権を授ける。これまで、罪の赦しは神のみなさることであったが、復活のイエス様はその特権を弟子たちに授け、ご自分の使命を引き継ぐよう準備をされた。宣教には罪の赦しがなければなならない。罪の赦しのない宣教はイエス様の伝える宣教ではない。同21,22, 23 節で、”安かれ。父がわたしをおつかわしになったように、わたしもあなたがたをつかわす”、そして、”、、、聖霊を受けよ。、”あなたがたがゆるす罪は、誰の罪でもゆるされ、あなたがたのゆるさずにおく罪は、そのまま残るであろう”。宣教は悔い改め、罪の赦しから始まる。

2) 宣教への召命(ヨハネ21章):

ペテロを筆頭に7人の弟子たちは主を待つかのように、ガリラヤ湖で漁をしていた。長い夜の海は弟子たちには冷たいほどなんの反応もなかった。そこはイエス不在であったからであろう。やがて主が現れ153匹の大きな魚がザクザクと彼らの網の中にかかってきた。岸辺のイエスは今獲れたばかりの魚を焼き魚にし、パンを弟子たちにふるまった。お腹をすかしていては、話もそぞろ、イエスは食後の頃合いを見て、ペテロに”ヨハネ子シモンよ、あなたはこの人たちが愛する以上に、わたしを愛するか”、と三度も同じ質問をされた。心をいためたペテロはイエスにこう答えた”主よ、あなたはすべてをご存じです。わたしがあなたを愛していることはわかっています”。イエスは言われた”わたしの羊を飼いなさい”と。かくして、ペテロは逆十字架に火あぶりの殉教を遂げたと伝えられ、今もローマはバチカンの聖ペテロの大広場(プラザ)の名前で褒め称えられている。

3) 世界宣教大命令(マタイ28章):

19節で”それゆえに、あなた方は行っ て、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、、”と。(紙面の関係でみ言葉だけにします)。

4) 専属異邦人宣教(使徒行伝9章):

同章は迫害者パウロの殺意に満ちた生々しい姿を描いている、また、パウロの劇的な改心は復活の主との対面からであった。迫害の道、ダマスコ途上の改心は異邦人伝道への道と変えられた。復活の主は15節で”、、、あの人は、異邦人たち、王たち、またイスラエルの子らにも、わたしの名を伝える器として、わたしが選んだ者である。”迫害専門から異邦人伝道の専門者パウロは、イエスの旗印を掲げて、小アジア、ヨーロッパを西に東に飛び回った。

復活の主の40日は宣教の40日であった。まだ救われない魂に神の国を伝えられたばかりか、宣教がユダヤ世界に限定されず、全世界に広がるように宣教の器、人材を準備された。今日、主を信ずる貴方も私も、主のご命令を特権として福音の救いを伝えようではありませんか。貴方はこの福音によって今日あるのです。

時は近い!

前原利夫

Comments are closed.

Post Navigation