「聖霊によらなければ、だれも“イエスは主である”と言うことができない」第一コリント12:3

1月18日、聖日礼拝、富永純平兄の洗礼式が執り行われました。その一週間前の礼拝が終わり、「わたしは洗礼を受けたい」と申し出がありました。私たちはびっくりしました。話を聞きますと、「昨年、2014年の元旦礼拝に来て以来、何か感ずるものがあった」とのことでした。それから洗礼式の準備が始まりました。

富永純平兄:昨年の元旦礼拝はGVICの初めての試みでした。何人出席するであろうかと案じましたが、確か7,8人が集いました。その中に日本から訪問中の富永君が劉君に案内されて出席しました。彼はすぐ帰国しましたが、その後、いろいろなことがあり、その事と闘っているときに「無意識に胸に手を当てて十字架を切った。その瞬間、問題に解決が与えられた」とのことでした。

それがきっかけとなり、キリスト教に深い関心を抱き始め、洗礼を受けたいと思うようになったとのことです。神様の業は不思議です。11日の礼拝で洗礼を受けたいと導かれたのです。洗礼式は生涯に一度きりですから、十分時間を取り、その人の信仰告白を確認してから勧めるようにしていますので富永君の申し出には躊躇がなかったわけではありません。

しかし、もし、聖霊様の導きならば、導きに反することになります。彼との学びが進みました。聖書の罪、赦し、イエス様の十字架、この3つを基本に伸べ3時時間学びました。富永君はイエス様を救い主として受け入れました。アーメン!今回は短い2週間の英語の学びで来ました。ピアノが上手で、若者の歌,ヒップホップの作詞、作曲もする。近々、ゴスペルソングを歌うことであろう。楽しみです。

エチオピアの高官:使徒行伝8章にエチオピアの宦官がインスタントに洗礼を受けた記事があります。彼は馬車の中でイザヤ書53章を読んでいました。そのところに、伝道者ピリポが導かれます。同8章は聖霊はピリポを宦官に送ったとあります。もともと、ピリポ大迫害から逃れてエルサレムの北、ユダヤかサマリヤ地方に住んでいたはずです。ピリポは北から南に向うこの高官を追っかけて来ました。彼は、自ら進んで洗礼を申し出で、そして告白します「わたしはイエス・キリストを神の子として信じます」と。

イエス様と聖霊様:第一コリントの手紙12章3節「、、聖霊によらなければだれも“イエスは主である”と言うことができない」とあります。このみ言葉は洗礼を授ける牧師にはキーになる言葉です。「主イエスは救い主」と告白するのは人間の決断によらないで、神の働きであるということです。この告白をする者を、一体、誰が拒むことができましょうか。まかり間違うと、聖霊様の働きを邪魔することになりかねません。
  今回、富永兄の洗礼式にあたり、聖霊の不思議な働きを深く考えさせられています。聖霊が人の心を開き、導かれて魂が救われるのです。聖霊が働かれるとき、時間、空間を越えて働かれます。また、熱心にみ言葉を求めるところに聖霊も共に働かれるのです。

私たちは富永兄に記念の聖書を贈りました。今は太平洋の向こう側ですが、聖書を読み、祈り、霊的に成長することを祈っています。彼からのe メイルにこんなことが書いてありました。「またLAにもどってきたとき、まずはじめに先生や皆様方に会いにいきます、そして、また出会えた感謝をイエス様にお祈りし感謝したいと思います。毎日お祈りをかかさず、清く歩んで行けるよう心がけ、お祈りをいたします。」

前原利夫


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