Home

賛美に生きて・山内修一

yamauchi

夕日静かに

 夕日静かに  山辺に燃えて
   たそがれの訪うとき
   やすらかに主の  愛の迫りて
   我が心を満し給う
  来り給え  我が心の賤家に
  宿り給え  再び来る日まで

 

神学校の二年生のとき、校舎が東京都杉並区浜田山から都下、国立市の郵政局に近い広々とした郊外へ移転した。 1963年の春のことである。
鉄筋コンクリートの校舎と男子寮は完成したが、女子寮の方は間に合わず、校舎の三階を使うというあわただしさであった。
国立は国分寺と立川の中間にあり、音楽大学や一橋大学のキャンパスがある学園都市である。
夏休みになって私はふるさとの青森へは帰省せず、学校に残って、アルバイトに精を出すことにした。
沖縄出身の学生など、4〜5名の仲間もいた。校庭の草刈、道の工事など、なんでも引受けた。 校庭から谷保駅を眺めると、信州のアルプスが遠くに見え、その背後に富士山がうっすらと霞んでいた。夕日はアルプスの山並みの上に沈んで行くが、次第に左側から右側に移動して、ある時期富士山頂に落ちる。
落日は赤々と燃え、私たちの心もあかく照らす。
息を呑む美しさだ。再臨の輝きだ。汗を拭き、カッター(除草機)を片付けて、寮へ戻る。
が、食堂は夏休みで閉鎖されている。小銭をポケットに、夕暮れの街へ仲間と出かける。 

 

 シャロームシャロームまた逢う日まで
シャロームシャローム神のみめぐみ
シャロームシャロームまた逢う日まで
シャロームシャローム
豊かに豊かに豊かに1972年2月の作。

 

この頃、愛知県民の森,屋外ステージを囲んで、高校生、短大生のキリスト教大会が開かれた。集会の終わり頃、みんなで、シャロームを歌った。
私はこの曲に合わせて、大声で祈りのことばをかぶせた。そして数人の学生がステージに駆け上ってきて歌ったのである。聖霊の感動が人々を包んだ。
もう一つ。古今組の吉沢さんから電話をもらった。「あんたの曲シャロームを、テキサスのある教会で日本人の人々が歌っていたよ。」なんでも福島県の農業視察団の青年たち40人ほどが、交換会のとき歌ったらしい。クリスチャンのグループでない人々だったということで吉沢さんがびっくりしたらしい。
会津若松教会の高橋牧師は私の友人である。教会の近くにある商業高校の生徒手帳には私の作品が5-6曲集録されてあった。作品は様々の小さな流れにのって、いろいろな場所に散らばってゆく。
もう15年くらい前のはなしであるが。

すばらしき主イエスの愛は
広く深い(おっ!)

すばらしき主イエスの愛を
たたえて歌いましょ(おっ、おっ!)

 

3月27日(日)の礼拝、午後の食事をすごしながら、この歌を私は心の中で叫びつづけていました。
この歌は1971年発行の(友よ歌おう)第一集に収録したものである。
この頃私はギターを肩に、日曜学校の生徒たちと、この歌をよく歌った。
 おっ!というところはこぶしを上につき上げる。
 羽鳥明先生の説教のタイトルが「すばらしき主イエスの愛」となっていたこともある。
3月27日、改築された新会堂が初めて公開された。これはすばらしい。
いやすゥばらしい!音響がいい。さんび指導者の声が、きれいに、はっきり聞こえる。
サックスの特別さんび。滝元先生のパンチの効いた若々しい説教。ちょうど焼肉をレタスに包んで、
からみそをたっぷりつけてほおばった味わいだ。これゃうまい。
 滝元先生の息子さんたちを中心にしたグロリシンガーズというバンドがあった。
当時(歌集を発行していた頃)P.B.A.のゴスペルフォーク・ジャンボリーに毎回参加してくれた。
今、その中の一人が新城教会、つまり滝元先生の後をついで、主任牧師をしておられるとのこと。
GVICは名前がユニークだ。これから英語部もスタートする。内容も充実していく。
私は闘病中で体は動かない(声が出ない)
けれど、心の中で“おっおっ!”と こぶしをつきあげて、明日の夢をみている。  

 

赤いばらを あなたにあげよう
飾ってごらん あなたの胸に
イエスさまが 十字架の上で
流してくれた まっかな血汐が
あなたの心で 激しく燃えて

愛の命が めざめるように
小さなばらも いっしょにあげよう
さわってごらん あなたの指で
イエスさまが 十字架の上で
ひたいにかぶった いばらの冠が

あなたの心を 鋭く刺して
罪の痛みを 感じるように
葉っぱの零で 濡らしてあげよう 
のばしてごらん あなたの腕を

イエスさまの 十字架の下で
マリヤの頬を ぬらした涙が
あなたの心を やさしくうるおし
救いの恵みに ひたれるように

 

ある朝職場で、後輩のWさんからばらの花一輪もらった。さっそく机の上の花びんに飾る。
なんと鮮かな色!花自身はそれに気付かないのに、、、。ということで浮かんできたのが上記の詩。1972年6月の日付がある。
 それからしばらく経って「赤いばら」というタイトルのカセットテープが送られてきた。
ヒュペル・クリストというバンドの演奏。
う〜む、上手い。特に「ちびたザァカイ」のアドリブは最高!