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「・・・こうして王とイスラエルの人々は皆主の宮を奉献した。」(列王記上8:63) その1

ソロモン王はエルサレム神殿の建立にまるまる7年をかけました。もし、父ダビデ王が土地購入をせず、建材や財政的な準備をしなかったら宮の完成は7年以上かかったかもしれません。私たちの教会堂購入は発足から14年、そして今日奉献式を迎えるまでまるまる17年近く経ています。何年経たかがポイントではなく神殿建立(会堂購入)の背後には神の深い摂理の下にそれぞれが使命を授けられて完成していきました。

神殿建立の使命:

もともとエルサレム神殿の建立を思い立ったのは父ダビデ王で意欲的にその計画を進めていました。しかし、神様はダビデの手は“戦いで汚れている”として神殿建立の計画からしりぞけました。神殿に携わる者は“清い手”で携わるべきことを示されたのです。そこで、神様はダビデの子ソロモンを指名して父の果たせなかった夢を彼の一代事業の使命とされました。父は神殿建立の発案者で土台を作り、その子が神殿工事、完成という神のご計画があったのです。冒頭のみ言葉に「王と人々は皆主の宮を奉献した」とありますが、主の宮の完成は王だけの力ではなく全イスラエルの人たちが一致団結して神殿を奉献したのです。勿論、ダビデもその一人であったと言えましょう。

奉献の祈り:

列王記上8章が比較的に長い章であるのは、そこにソロモン王の祈りが長く続いているからです。神はソロモンの祈りを通して神殿に「わたしの名をそこに置く」と告げられて神殿がご自身の住いであることを言明します。神殿は神の名、イエス・キリストのみ名がそこで崇められてこそ神殿です。私たちもこの奉献式に本会堂が神に捧げられ神の住いであることを第一としたいのもです。私たちの教会は救い主イエス・キリストのみ名前が高らかに褒め称えられる聖所とならなければなりません。聖所は神の宮、祈りの場、異邦人へのメッセージの発信所であり、信ずる私たちが霊的成長と祝福を頂く聖所です。

神の思い、人の思い:

私たちの教会堂購入の道のりは実に不思議としか言いようがありません。レントしていた会堂がデベロッパー業者に売却されるとう悲しいことが発端です。リース契約が満期となり5,6ヶ月内で退去せよと通告を受け、礼拝、集会の持てる近隣の教会、ショッピング・センター等を物色しました。しかし、適当な礼拝の場が見つからずまたもやホテルへ戻ろうか等と考え始めました。ところが本建物の前オーナーのご好意があって購入が可能となりました。礼拝堂レントから購入へと導かれたのは実に神のご計画の内にあったことです。私たちの思いや、計画を遥かに超えて神はこのことを実現して下さったのです。ハレルヤ!こうして会堂奉献式を迎えますが、退去命令の通告で戸惑った頃を振り返り、何と神様の恵みの深さを思わざるを得ません。また、教会内外の皆様のお祈りと捧物があったからです。ここに深い感謝を申し上げ、数週間後に迎える奉献式を楽しみに待っているものです。 「、、、こうしてGVICの私たちは6月26日主の宮を奉献した、、」この一節は私たちの教会史を飾る主の証であり、また新会堂は多くの魂を導くために備えられたのであり私たちにとっては“大チャレンジ”であります。

「・・・こうして王とイスラエルの人々は皆主の宮を奉献した。」(列王記上8:63) その2             

6月26日午後3時から執り行われた奉献式、続く祝会は主の恵みの中に感謝と喜びで満たされ、V200(ビジョン200)の第二ステップとしの開幕となりました。 奉献式は終わりでなく始まりです。祝会プログラムは予定をオーバーし気掛かりでありましたが、“時間を感じませんでした、大変よかった”とのお声を多く聞き安心しました。礼拝堂の後片付け帰宅したのが9時過ぎ、2週間前からの疲れ気味にも拘わらず目覚めたのが翌朝6時前。いつものソファーにふかふかと座り、柔らかい日の出を浴びたロスの町々を眼下に“さわやか”を満喫、私は受けた沢山の恵みを思い返しながら主に感謝を捧げました。

1)霊的ルーツを探る:「・・・宣べ伝える者がいなくて、どうして聞くことがあろうか。」

私の霊的ルーツは沖縄の那覇市の小さな教会に根ざしています。母校、那覇商業高校のすぐ隣にハワイからきた宣教師が1950年代に建てた教会でした。宣教師の両親が沖縄出身であったため、自分のルーツ古里伝道に導かれ、宣べ伝える者となられたのです。宣教師一家の帰国後、琉球大学の講師である若い先生がこの教会を引き継 ぐことになりました。神の導きでしょうか、この牧師が私の高校時代の化学の先生であ つたとは。私は1961年、家内は1968年、この先生から洗礼を受けることになりました。それから数年、夢の米国留学でハワイへ、1972夏からUSCで学び、紹介されたLos Angeles Holiness Church へ出席することになりました。神様はその教会で多くのことを私に学ばせて頂きました。こうして牧師になるまでに神様はハワイからStanley kaneshiro師(今は主と共に天におられる)を遣わし、新任牧師の運天康正師、そしてLAでは辻本清臣師を備えて下さいました。それぞれの先生からみ言葉への全き信頼、霊的に生きる、また組織のリーダーの資質などを先生がたから学ばせて頂きました。一人の人が牧師になるまでに、神様は素晴らしい神の器を備えて下さいました。奉献式にはスタンレー師の御夫人Grace Kaneshiro、ご長男の牧師、Daniel Kaneshiro師、運天師、辻本師が出席され、一生忘れられない日となりました。

2)職業を大事にする:どのような職業でも神様が与えて下さったという感謝の気持ちが大事です。

職場は私達の経済生活の基盤ばかりではなく“福音の漁場”として活用できるからです。イエス様がペテロ、ヤコブと
ヨハネを召された場は彼らの職場、“海”でした。私は1997年以来クリスチャン関係の企業と拘わりを持つようになり、
特に2社のオーナーからは公私ともにお世話になりました。“公”とは教会のことで、私の個人的なビジネスを越えて会堂購入
のために多大な貢献をして下さいました。このことは職場、 職業を大事にすることの一つの証です。エナジック社会長の
大城博也御夫妻、ムラサキスポーツ社の会長金山良雄氏に深く感謝致します。 また、ヘンリー池原氏の礼拝堂の十字架(2本)、
細かなランドスケイピング、工事施工に当たっては久野氏、井上氏にお世話になりました。初期段階の設計ドラフトでは
我が教会の森田のりえさんが大活躍致しました。外、多くの兄弟姉妹のお祈りとサポートがあって、一つのチームをとなって
新会堂奉献式を持たせて頂きました。主に栄光あれ!

3)奉献の連祷に教会の存在:

私は奉献式の司式は初めての経験であり、奉献式にも出席したことがありませんでした。奉献の連祷を訳しながら、
また式の中で連祷をリードしながらここに地上にある教会の存在意味があることを再認識致しました。奉献の連祷をいつも
心の中に包みながら牧会、教会活動をすべきであることを深く思わされております。以下に式の中の「奉献の連祷」を
ご紹介して、主にある兄弟姉妹と共に心を一つに第二ステップ 「V200」に向けて前進したいと願います。  
多くの兄弟姉妹、 牧師ご夫妻の祈り、サポートを頂き心から感謝を申し上げます。