前原利夫 - 飛脚 1月号
2012年、明けましておめでとう御座います!
“天にある大きな喜び、魂の救い!”(ルカ15章参照)
私達の教会は今年(教会年度は6月から翌年の5月)の前半、5人の方々が信仰告白、洗礼を受けられました。主の御名を賛美します、ハレルヤ! 失われた魂が神様に見出される時、教会にとってこれ以上の喜びはありませし、また天には大いなる喜びとパーティーが開かれるのです。イエス様はルカの福音書15章でこのように語りました。
- 「よく聞きなさい。それと同じように、罪人がひとりでも悔い改めるなら、悔改めを必要としない九十九人の正しい人のためにもまさる大きいよろこびが、天にあるであろう。」
- 「よく聞きなさい。それと同じように、罪人がひとりでも悔い改めるなら、神の御使 たちの前でよろこびがあるであろう。」
- 「しかし、このあなたの弟は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから、喜び祝うのはあたりまえである』。」
イエス様を救い主と信じる時、天にも地にも拍手喝采の喜びがあります。神の御使いたちも喜び、この地上の教会はその使命を果し続ける特権と感謝で喜び溢れます。
昨年、12月に洗礼を受けられた方々は戸羽正一兄、森田のりえ姉、真船圭子姉、山崎貞子姉、Wei Wei兄です。洗礼式は12月14日と12月25日のクリスマス礼拝の時に執行されました。今回、洗礼を受けられた方々がどのようにここまで導かれたかその背後や過程を考えるにつき、ただ主の不思議な配剤、導きを教えられます。5人の内4人は家庭や友人のクリスチャンに囲まれています、そしてある方には亡くなられた奥様の信仰の影響が強くあったと思います。それは私達のイエス様にある信仰はこの地上を去っても尚生きて働いていることの証です。また、救いに至るまでには何年も何年も忍耐強く祈り、励まし合い、いい交わりを続けていくことの大切さを教えられます。Wei Wei君(the first name/the last nameが同じ)は一年前に中国から来た留学生で、教会の十字架を見て足を踏み込んできました。教会に関心があったからではなく、大学のソーシャル・ワークの宿題のためでした。あれから4ヶ月、神様に捉えられました。その背後にキム師の教えと導き、皆様の愛の証がこの若者をしてキリスト教とは何ぞやと考え始めさせたのです。彼は中国ではキリスト教も教会も全く無縁のものとし、科学と相反するものとして拒否していました。宗教は阿片とする反宗教的生活環境と政治的なイデオロギーの影響の中でも神の言葉は鋭くこの若者を捉えたのです。皮肉でしょうか、同兄と一緒に来た牧師の子が途中で来なくなったのは神の救いの摂理の深さを思わされます。
私達の教会の第一義的な務めは“礼拝をもって神様を崇める”ことであり、そしてイエス・キリストの愛と赦しの福音を伝える“ことです。教会活動の全てはそのために焦点を絞っています。迎えました新しい年もお互いの霊的成長と家族、友人、同僚の救いのために祈り、具体的にケヤーして行こうではありませんか。今年もご協力下さいますよう宜しくお願い致します、また神様の豊かな祝福をお祈りしております。