私たちの証・前原睦子 |
神様はいつ、如何なる時も真実であられる。ということを救いと恵みの体験を通して分かち合いたいと思います。 私は終戦直後の焼け野原と化し、生活必需品である衣食住でさえ不足がちな沖縄本島南の半農半漁の寒村で生まれ育ちました。 何もない時代、小学校に入学した時など掘っ立て小屋の藁葺き校舎には床もなく机や椅子、教科書さえありませんでした。 その頃、鉄の雨、蘇鉄地獄という言葉をよく耳にしましたが、 中学入学と同時に教会から遠ざかり高校卒業までぶっつりと教会へ行かなくなってしまいましたが、教会から頂いた文語訳の新約聖書が何故かこの上ない宝物のように思えて大切に大切に持っていました。 ある夕方一人の若者が、ロシヤの広大で肥沃な土地を見下ろすような小高い丘に座って物思いに耽っていました。其処へいかにも裕福そうで善良そうな一人の老人がやって来てニコニコしながら若者に話しかけました。 “どうだ、この土地すごいだろう。この土地は私の物だ。肥えていて良い土地だが、使いこなせない。一つあなたと約束しよう。この土地に明日の日の出から日没までの間に1メートルおきに杭を打ち込んで囲むことの出来る土地はすべて貴方にあげよう。” あまりのうますぎる話に若者は一瞬疑いの目を向けましたが、いかにも真摯そうで人のよさそうな老人の笑顔に安心して跳びあがって喜び、約束してしまいました。 “たとい人が全世界を儲けても自分の命を損したら何の得になろうか、また、人はどんな代価を払ってその命を買い戻すことができようか。”マタイ16:26 私はあの老人が氷のように冷たい目をしてニタニタ笑っているような気がしました。すごいショックでした。以前に読み過ごしてしまった聖書の箇所が思い出されました。金持ちとラザロの話、金持ちと収穫そしてそれを収納するための倉とその晩に取り去られてしまった命等。“自分の為に宝を積んで神の為に富まない者はこれと同じである。”と言い切っています。全世界よりも尊い命;神に対して富んでいたら、あの若者は欲の為に命を落とすようなことはなかったでしょう。もしあの若者に本質を見抜く識別力があったらあの善良そうな老人の心の奥を見抜くことができたでしょう。私もそんな識別力、命が欲しい。それからでした聖書を真剣に読み出したのは!聖書を読み進むうちに自分の罪深さをしらされ、その贖いのための十字架、そして復活のイエス様を信じて救いの確信が与えられて受洗しました。あれから私の側にはいろいろ問題がありましたがイエス様の愛は何時も変わりなく、恵みも充分でした。いつも、どんな時も真実であられました。今でも至らない私は神様を悲しませてしまうような言行をしてしまいます。その度に義なる神様の怒りの炎は私の頭上で燃えるのですが、主イエス様のあの十字架のとりなしの故にいつもいつも赦され、恵まれ、守られて今日までやってきました。ほんとにいたらない私ですが、“今あるは主の恵み”と心から感謝してます。 この喜びを日本人の方々にも伝えたいと願い日本人が住んでおられる方面に家が欲しいと祈っていましたら私どもの実力では天地がひっくり返って手にすることができないような素晴らしい家が与えられました。世的に考えると支払いのことが寝ても覚めてもきになるような額でしたが、神様が私どもに任せてくださった神様の家だと信じ、支払いのほうも神様が導いてくださると信じてやってきました。ですから私達は家を私物化することがないよう神様のために用いていただきたいと願っています。 神様のなさることは無駄なく全て時に叶って美しい。戦後の悲惨な状況の中で宣べ伝えられた神様の御言葉は、沖縄の多くの人々をキリストへと導きました。意味も分からずに幼少の頃通った日曜学校も私を導くための神様の方法であったと今は確信を持って言うことが出来ます。 “十字架の言葉は滅び行く者には愚かであるが、救いにあずかる私たちには神の力である” 第一コリント 1:18 |